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飛べない鳥のセッション 〜宇宙船がファンタジーな惑星に落ちたので帰還できるまで冒険します〜  作者: 右中桂示
第二章 アンダーポップスハミング

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4 妖精の大きな歩み

 チッチィは書庫の妖精である。

 紙とインク、文字と絵、物語が備える魔力から生まれ落ちた存在だった。

 王城の書庫が故郷であり、膨大な書物が糧。伝説、御伽噺、学問、資料。あらゆる書を好み、把握。事実に空想、あらゆる記録記憶と親和性の高い性質が故に、未知を求める欲が強かった。

 長年書庫に住んで知識を求める者に協力していたが、やがて我慢できなくなった。書庫を飛び出し、王国戦士団の一員となる。それからの日々はまるで物語が現実になったようだと興奮しっぱなしだった。


 そんな彼女も「新星の使者」の監視役を命じられた時は正直怖がっていた。意思の疎通の為には書庫の妖精である彼女が適任だと納得はしていても。

 未知の存在への好奇心も確かに大きかったが、ズカイナルが乗り物を落とした事で怒らせ、その仕返しが自分に向くかもしれないと思っていたのだ。しかも人手は割けないと一人だけ。

 表面上は温厚かつ友好的な態度でも、内心必死だった。

 ただ、話している内にすぐ忌避感はなくなった。


 クールなキウリャも飄々としたヂンペーも頼もしい。使うものは新鮮。揉めてばかりの二人を(なだ)めつつも楽しんでいる部分はあった。

 警戒と監視は欠かせなくとも、肩入れしたくなってしまった。今まで見た事も聞いた事もない新たな冒険に、どんどん興味が湧く。今度はワクワクを隠さないといけなくて苦労するようになった。

 友達。というには立場を利用し過ぎか。

 簡単に気を許すのは甘いのかもしれない。早過ぎるかもしれない。以前から注意されている部分ではある。

 それでも二人を好きになっている。もっと見たくなる。もっと想像してしまう。力になりたくなる。他の仲間も好きになりそうだ。


 ただし、自分はあくまで監視者であり傍観者、そうであるべきだと言われていたし、自分でもその通りだと肝に銘じていた。






「わっ、私ですかあ!」


 ダンジョンにやたらと響いた声が恥ずかしくて、チッチィはキウリャのポケットの奥へ引っ込んだ。


 迫る壁も落とし穴も降ってくる刃も、罠は床や壁との間に少しの隙間があった。

 確かにチッチィなら作動していても通れる。唯一の攻略法に思えた。


「想定解かねェ。いややっぱバケモンの速さでつっ走るのが正解か? イケる奴いそうなんだよなァ。……まァ危なかねェだろ」

「確かに、危なくはない、かも、ですけど……」

「あァ。そのナリじゃ歩くのは辛いか」

「いやあ、歩くのも別に大丈夫ですけど……私はあくまで案内役なので……」


 驚き照れていたが、落ち着いたのでまたひょっこりと顔を出す。その表情は陰っていた。


 役割は見極め。それが唯一の手段なら必要な助けだろうが、肩入れし過ぎは問題。

 頼られて嬉しい気持ちと、指示を守るべきという使命感の間で、大いに揺れる。

 それを感じてか、キウリャが上から優しく声をかけてくる。


「なら引き返す? 無理はしなくていいけど」

「えぇと……でもお二人が……」

「気にしなくていい。攻略法が分かったんなら報告すれば十分でしょ」


 そう言ってくれるキウリャ。確かに情報だけでも大きな成果。だが、より大きい成果があれば、もっと二人の役に立てるはずだ。

 優しいからこそ、応えたくなる。

 チッチィは冒険を決めた。


「いえ、やります!」

「……そう。なら頑張って」


 大きな微笑みが力をくれた。

 ポケットから出て掌に乗せてもらい、冷たい石の床へ運ばれる。そっと床へ降ろしてもらえば、キウリャとの距離が遠くなった。

 日常的に飛ぶ妖精は滅多に歩かない。足が地を踏む感触は痺れるように全身を巡った。体が重く、落ち着かない。

 それでも、彼女は決めたのだ。


 魔法が使えない事による問題は飛行だけではない。

 灯りもだ。今はドローンというらしい、勝手に動くように見える物体が周囲を照らしている。しかしそれも隙間より大きい。手持ちの光る道具もあったがチッチィにとっては巨大。

 キウリャ達が反対側から照らす事になった。


「無理ならすぐ言って。オジサンの間違いかもしれないし」

「信用なさ過ぎじゃねェ?」


 さっさとヂンペーは先へ。一方キウリャは一時の別れも惜しむように後ろ向きに歩いていく。

 そうして二人とも罠の範囲から出たところで、気の抜けた声がかかった。


「もういいぞー」

「急かさないで」


 苦言もまたチッチィに勇気をくれた。

 だから、今更込み上げてきた弱音は強引に呑み込んだ。


「それじゃあ、いきます!」


 自分を鼓舞し、軽くジャンプしてスイッチを踏む。

 軽いはずの体重でもしっかり作動。ダンジョン全体が揺れ、壁が両側から迫ってくる。そして圧迫感のある形で止まった。

 細い光だけが頼りで、あとは暗闇。ぶるりと体が震える。


 ふん、と力を込めて一歩を踏み出す。

 壁の間は狭い。多少体がこするが、無事に通れる。

 奥から届く光は明るい。陽光や火、魔法でもない不思議な光。

 背後の影が濃い。振り返れば怖くなるので前だけを見て進む。


「ひいい……っ!」


 それでも怖かった。今にも壁が動き出しそう。悪い想像をしてしまう。

 ヂンペーを信じていない訳ではない。だから大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 提案に乗った事を少し後悔して、すぐにそんな考えを否定する。


 苦労して半分程進んだ頃、壁の向こうから声が聞こえた。


「チッチィ、大丈夫?」

「大丈夫です!」


 キウリャの落ち着いた声は、冷たい印象はあっても優しい。だから本当に大丈夫だ。

 命綱のように頼りにして歩いていく。

 安全だ。そう確認されている。一歩一歩、段々足早になって進む。

 そして、とうとう壁の隙間を抜けた。


「わー! キウリャさあーん!」

「うん、ありがとう」


 涙声で叫び、しゃがんで迎えてくれたキウリャの手に飛び込む。温かな掌が心までぽかぽかにしてくれる。


「よっしゃ。じゃ次次」

「オジサンは労う事もできないの?」

「モタモタしてっと日が暮れっぞォ?」

「それぐらいいいでしょ」

「嬢ちゃんこそ俺への態度を改善してくれよ」

「そっちが先」


 喧嘩のような言い合いがいっそ微笑ましい。ほっと安心できた。

 あとは繰り返しだ。


 落ちる天井。突き出す刃物。危険な罠の隙間を潜り抜ける。必要以上に床に体をこする。

 その度にキウリャが迎え、雑な対応のヂンペーは蹴られたりどつかれたりしていた。


「おーし、これで最後だ」

「チッチィ、頑張って」

「はい!」


 最後の罠は迫る壁。

 同じ物を乗り越えたとはいえ、怖い物は怖い。慣れない。

 光と声を心の支えに一生懸命歩を進める。


 突破できた時は、心地よい痺れが肌に広がった。


「やりましたっ! やりましたよ!」

「うん。ありがとう」


 掌に乗せてもらい、再び胸ポケットへ。

 温かさが全身を包む。真上を見上げれば微笑みが迎えてくれた。冒険を終えて帰ってきた感覚。まだ終わっていないのに、充実した疲れが心身を巡った。


「さて……お。ほれ、開いてんぞ。仲良しはいいがあんま時間かけんなよォ」

「黙って」


 確かに扉が開いていた。その先には下への階段。前人未到の難関を越え、更なる未知へと進む資格を得たのだ。

 実感したチッチィは疲れも忘れて興奮し、自然と声が大きくなる。


「凄い、凄い事ですよこれ!」

「チッチィのおかげ」

「お二人の活躍もありますって!」

「いや俺のおかげだろ。嬢ちゃんは今回何もしてねェ」

「……まだ続いてる。そこで活躍できるでしょ」

「だといいがなァ」


 ヂンペーが肩より低い頭に乗せようとした手を、キウリャが掴んでねじった。大袈裟な悲鳴をあげる彼を冷たく見下ろす。


「もう! 仲良くしてくださいよー!」


 聞き入れられない主張も諦めずに叫ぶ。

 が、この仲が悪いような良いような二人のやりとりは、実のところチッチィにとってはご褒美だ。


 ──この二人、やっぱり面白い関係になりそうで気になる!


 ぐふふとにやけてしまう口元をポケットに隠して、堪能。


 険悪な出会いから唯一無二の組み合わせになるのは定番だ。想像が、期待が際限なく膨らんでいくのだ。

 後ろめたさはある。

 それでも特等席で見られ、仲を後押しできるかもしれないこの立場を、チッチィは絶対に離したくなかった。

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