新しい力、新しい姿
昼休み。
優子は校舎裏で一人、弁当を広げていた。
いつもの場所。誰も来ない、静かな場所。
でも今日は、いつもと違う。
優子は弁当に手をつけず、宙に浮かぶ半透明のウィンドウを見つめていた。
ゲーム内で見慣れたメニュー画面。
ステータス、装備、アイテム、スキル、魔法。
「装備を外せないなら……他に方法は?」
優子は装備一覧を何度も確認したが、角や翼は「外せません」と表示されるだけだった。
「アイテムは……」
次にアイテム欄を開く。
回復ポーション、魔石、素材アイテム――ゲーム内で集めたものが全て表示されている。
「変身アイテムとか、ないかな……」
しかし、そんな都合のいいものはない。
「はあ……」
優子は項垂れた。
その時、ふと目に留まったのが「魔法」の欄だった。
「そういえば……」
優子は魔法一覧を開いた。
攻撃魔法、補助魔法、回復魔法――ゲーム内で習得した魔法が全てリスト化されている。
「魔法が使えるってことは……試してみようかな」
優子は周囲を確認し、人がいないことを確かめた。
そして、手のひらを前に向ける。
「ファイア」
小さく唱えた瞬間――。
ボッ、と手のひらに炎が灯った。
「うわっ!」
驚いて手を振ると、炎は消えた。
「本当に……魔法が使えた」
優子は震える手を見つめた。
熱さは感じなかった。まるでゲームのように、炎は優子に害を与えなかった。
「じゃあ、他の魔法も……」
優子は再び魔法一覧を開き、リストを眺めた。
攻撃魔法、回復魔法、補助魔法――。
そして、ある魔法に目が留まった。
「これ……!」
幻影魔法
対象の姿を幻で覆い、別の姿に見せかける補助魔法。
「もしかして、これを使えば……!」
優子は急いでスマートフォンを取り出し、カメラを自撮りモードにした。
そして、魔法を唱える。
「イリュージョン!」
淡い光が優子の体を包む。
スマートフォンの画面を見ると――。
角が消えていた。
翼も消えていた。
「やった……!」
優子は小さくガッツポーズをした。
でも、喜びは一瞬で消えた。
画面に映る顔は、やはりアカシアのままだった。
黄金の瞳。完璧な美貌。現実の自分とは違う、ゲームのアバター。
「見た目は……変わらないんだ」
優子は肩を落とした。
「まあ、角と翼が隠せるだけマシか……」
そう自分に言い聞かせ、優子は弁当を食べ始めた。
でも、食欲はなかった。
※ ※ ※
午後の授業。
教室に戻った優子を見て、クラスメイトたちがざわついた。
「あれ? 水島さん?」
「さっきと違う?」
「コスプレ外したんだ」
「なんだ、やっぱりコスプレだったのか」
周囲の興味は、すぐに薄れていった。
優子はホッと息をついた。
「これで……普通に過ごせそう」
しかし、その安心は長く続かなかった。
「水島」
担任教師が優子を呼ぶ。
「放課後、職員室に来なさい」
「……はい」
優子の心臓が跳ねた。
絶対に、午前中の姿のことだ。
※ ※ ※
放課後。
職員室に入ると、担任教師だけでなく、他の教師たちも優子を見つめていた。
「水島。今朝の格好は何だ?」
担任が厳しい口調で尋ねる。
「コスプレではありません。これが、私の今の姿です」
優子は冷静に答えた。
「今の姿……?」
「はい。両親も知っています」
担任は困惑した表情で、額に手を当てた。
「……分かった。このことは、後日ご両親と話し合おう。今日は帰っていい」
「はい……」
優子は職員室を出た。
廊下を歩きながら、優子は唇を噛んだ。
――私、何も悪いことしてないのに。
好きでこうなったわけじゃないのに。
※ ※ ※
校門を出ると、周囲の視線がまた集まった。
優子は俯いて歩いた。
その時、ふと思いついた。
「翼があるなら……飛べるんじゃないかな」
でも、人前で飛ぶのは危険だ。
優子は人通りの少ない裏道へ向かった。
誰もいないことを確認し、優子は深呼吸をした。
「飛ぶ……飛ぶんだ」
背中に意識を集中する。
翼に力を込める。
――次の瞬間。
ゴッ、と風が吹き、優子の体が地面から離れた。
「わ、わっ!」
バランスを崩しかけたが、すぐに体勢を立て直した。
気づけば、優子は空中に浮いていた。
「飛んでる……私、本当に飛んでる!」
風が頬を撫でる。
下を見れば、地面が遠い。
怖いのに、楽しい。
心臓が高鳴る。
「家まで……飛んで帰ろう」
優子は翼を大きく羽ばたかせ、空を駆けた。
※ ※ ※
家まで、わずか三分。
優子は自室の窓から家に入り、ベッドに倒れ込んだ。
「はあ……疲れた」
でも、少しだけ楽しかった。
空を飛ぶのは、思ったより気持ちよかった。
「ゲーム、やろうかな」
優子はVRヘッドセットを手に取り、ログインしようとした。
しかし――。
『接続できません』
赤い文字が表示される。
「え……?」
もう一度試しても、同じメッセージ。
「なんで? 壊れてるの?」
優子はVRヘッドセットを確認したが、どこも壊れていなかった。
「どうして……」
その時、優子の視線が机の上の赤黒いボタンに向いた。
「そうだ……このボタンなら」
優子はボタンを手に取った。
これを押せば、ゲームの世界に行ける。
でも――。
「本当に、大丈夫なのかな」
不安がよぎる。
でも、VRMMOにログインできない今、これしか方法がない。
「……行こう」
優子はボタンを押した。
――ポチッ。
視界が切り替わる。
次の瞬間、優子は黒龍の居城にいた。
「やっぱり……来れた」
優子は周囲を見回した。
ゲーム内で何度も見た光景。
でも、今は違う。
空気の匂い、石畳の冷たさ、遠くから聞こえる風の音――全てがリアルだ。
「アカシア様!」
声がして、優子は振り返った。
そこには、鎧を纏った大柄な男が立っていた。
ガルド――優子がフレンド登録しているプレイヤーの一人だ。
「ガルド……?」
「お久しぶりです! 最近ログインされてなかったので心配してました!」
ガルドは嬉しそうに笑った。
「あ、うん……ちょっと色々あって」
優子は曖昧に答えた。
ガルドは、優子がリアルになったことに気づいていないようだ。
「それじゃ、俺は巡回に戻りますね!」
「う、うん」
ガルドが去った後、優子は大きな鏡の前に立った。
そこには、アカシアの姿が映っていた。
角も翼も、はっきりと見える。
「この世界だと、幻影魔法が解けるんだ……」
優子は呟いた。
そして、居城の外へ出た。
外は夕暮れ時。
オレンジ色の空が広がっている。
風が吹く。
太陽の温もりを感じる。
VRでは絶対に味わえない、リアルな感覚。
「本当に……ゲームの中にいるんだ」
優子は空を見上げた。
その時、ふと思いついた。
「ダンジョン……行ってみようかな」
ゲーム内で何度も通ったダンジョン。
もし本当にこの世界がリアルなら、戦闘も――。
「試してみよう」
優子は翼を広げ、空へ飛び立った。
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