一般jkは孤独な魔王です
「ねえ、水島さんって友達いるの?」
「いないんじゃない? いつも一人だし」
廊下を歩けば聞こえてくる、そんな声。
水島優子――高校二年生。友達ゼロ、趣味はVRゲーム。それが私の全て。
放課後、誰もいない校舎裏。一人で弁当を広げていると、頭に何かが落ちてきた。
「痛っ」
見ると、赤黒いボタン。裏面には注意書きらしき文字が並んでいるけれど、肝心の用途は書かれていない。
誰かの落とし物かな。
そう思いながらも、優子はボタンをカバンに放り込んだ。誰にも話しかけられない性格だから、落とし物として届けることもできない。
――その日の夜。
「やった! 今シーズンも一位!」
優子はVRヘッドセットを被ったまま、小さくガッツポーズをした。
目の前に広がるのは、荒廃した戦場。数千の敵軍が灰燼と化した跡地だ。空には巨大な満月が浮かび、優子のアバター――黒龍の娘アカシア――の四枚の翼が月光を弾いている。
『さすがアカシア様! 強すぎます!』
『今シーズンもぶっちぎりでしたね!』
仲間たちの声がヘッドセット越しに響く。
「えへへ、まあね! また次も頑張るよ!」
優子は笑顔で返事をしながら、ログアウト操作をした。
――カタストロフィサバイバル。
プレイヤーが種族を選び、戦争や冒険を体験できる大人気VRMMORPGだ。優子はその中で、黒龍族の魔王「アカシア」として君臨している。
ゲーム内では誰もが優子を讃え、頼りにしてくれる。
現実とは真逆の世界。
「はあ……明日も学校か」
VRヘッドセットを外し、ベッドに寝転がる。天井を見つめながら、優子は呟いた。
「もしゲームの中の私だったら、現実ももっと楽しいのにな」
そんなことあるわけない、と自嘲しながら優子は体を起こした。宿題をやらなきゃ。
カバンを漁っていると、昼間拾ったボタンが手に触れた。
「あ、これ……落とし物箱に入れ忘れてた」
優子はボタンを手に取り、何気なく眺める。
特に何の変哲もない、ただの赤黒いボタン。
――ポチッ。
軽い好奇心で、優子はボタンを押した。
何も起こらない。
音も光もない。
「なんだ、壊れてるのかな」
そう呟いた瞬間、窓から爽やかな風が吹き込んだ。
――え?
外が、やけに明るい。
夜中のはずなのに、まるで昼間のような光。
「…………え?」
視線を上げた優子は、息を呑んだ。
そこは自分の部屋ではなかった。
磨き上げられた大理石の床。天井まで続く巨大な柱。月明かりが差し込む、荘厳な城の広間。
「ここ……」
見覚えがある。
ゲームの中で何度も見た光景。
優子が拠点にしている、黒龍の居城だ。
「え、ちょっと待って。VR外したよね? なんで……」
慌てて壁に駆け寄り、磨かれた表面に自分の姿を映す。
そこに映っていたのは――。
四枚の黒い翼。
頭から伸びる二本の剛角。
黄金に輝く瞳。
黒いドレスに身を包んだ、完璧な美貌。
ゲームで使っているアバター、「アカシア」だった。
「う、嘘……」
優子は震える手で、自分の頬に触れた。
滑らかな肌の感触。現実の自分とは全く違う。
「夢? それとも……」
もう一度ボタンを押す。
視界が切り替わり、次の瞬間には元の部屋に戻っていた。
「戻れた……」
安堵のため息をつく優子。しかし、違和感が残る。
なんだろう、この感じ。
顔に、何かある気がする。
「ニキビでもできたかな」
優子は洗面所へ向かい、蛇口をひねって顔を洗った。冷たい水が心地いい。
タオルで顔を拭きながら、鏡に視線を向ける。
そこには――。
黄金の瞳。
黒い剛角。
完璧な美貌。
アカシアが立っていた。
「――――え?」
声も出ない。
優子は自分の手を見下ろした。白く細い指。現実の自分より遥かに華奢で、美しい。
背中には、翼の重みを感じる。
「え、ちょっと、え……?」
もう一度鏡を見る。
腕を動かせば、鏡の中のアカシアも同じように動く。
「嘘……だよね?」
頬をつねる。
――痛い。
「いやいやいや、ちょっと待って!」
優子はパニックになりながら、何度も鏡を確認した。
でも、何度見ても変わらない。
鏡に映っているのは、ゲームの中の自分――アカシアだ。
「お母さん!」
恐怖に駆られた優子は、廊下を駆け出した。
翼が壁にぶつかる。
足音が、やけに重い。
両親の寝室のドアを叩く。
「お母さん! お父さん!」
しばらくして、ドアが開いた。
眠そうな顔をした母親が顔を出す。
「なによ優子、こんな夜中に――」
母親の表情が凍りつく。
「……あなた、誰?」
「私だよ! 優子だよ!」
「え……」
隣で父親も起き上がり、優子を見て絶句する。
「お、お前……誰だ?」
「だから私! 優子だってば!」
「「――――えええええええええ!?」」
両親の悲鳴が、深夜の住宅街に響き渡った。
――そして翌朝。
優子は鏡の前で、途方に暮れていた。
一晩経っても、姿は戻らない。
黄金の瞳も、黒い翼も、そのままだ。
「……学校、どうしよう」
時計を見る。
あと一時間で、登校時間だ。
ゲームの中では最強の魔王。
でも現実では、友達一人いない、ただの地味な女子高生。
そんな自分が、ゲーム内で使っていた完璧なアバターの姿になってしまった。
「まさか……このまま学校に行くの?」
優子は震える手で、制服に袖を通した。
翼が邪魔で、ブレザーが着られない。
――今日から、私の人生はどうなるんだろう。
そんな予感だけが、優子の胸を満たしていた。
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