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プロローグ 鶏胸肉の呪い

2024/11


 鳥越燃、32歳。

どこにでもいる普通のサラリーマンである。

 平日は上司や先輩に怒られ続け、休日は家事や趣味に没頭して終わる。友達はいない。彼女は………..作るのを諦めた。

 職場に嫌気が差して転職も考えてみたが、倦怠感が錆のようにいつまでもこびりつく。どうにも動く気にもなれなかった。このまま何の変化もない味のしない人生を送って、一人で死んでいくんだろう。


そう思っていた。


雪のような白き肌に映える眉間の小じわ。

常にふんぞり返っているが故の若干の反り腰。

凹凸の少ない出立は気品すら漂わせ、釣り上がった事でほぼ猫と変わらなくなった青い瞳が光る。

そして一番重要である金髪の縦ロール。

そう、これは。


転生して悪役令嬢になったのだ。この俺が!


鳥越は仕事で疲れて果てたせいで赤信号をに気づかず、トラックに轢かれて死んでしまった。

なろう小説は趣味で読んでいた鳥越だったが、最近はトラック死にはあんまり見ていなかった。

逆に落ち着くまである。伝統芸能異世界トラック。


そして転生した体の名はマーシャ・プレノワール。

ヒンナイ王国の宰相を父に持ち、第一王子ルシャモ殿下とは許嫁の関係。容姿端麗、文武両道。魔術学園の副生徒会長として王子を支えながら生徒を導く。貴族の間では社交界の華と呼ばれ、常に称賛と感嘆の雨を浴びる日々。婚約した暁には王子すら凌駕し国を支配する王妃となる!


なる!


なる?


なるかぁ


なるねぇ………


………….


「もう追放されてるじゃねえかああああああああああああああああ」


洞窟の中でみすぼらしい姿の女の鳴き声が生暖かく響く。




1465年9月


 鳥越が目を覚ますと洞窟でドレスを引き裂かれた女になっていた。これがいわゆるバ美肉か!と、かつてない胸の高鳴りを覚えた。とりあえず胸とか体とかを揉んでおいた。大きさは無いが、その柔らかさと自身の良い香りに一通り満足する。


 転生モノといえば転生後に付与されるスキル。雑魚スキルを上手く使いこなしブルジュ・ハリファを築き上げるが如くハーレムの頂へと登り詰めるのもよし、世界最強の俺つええええスキルで富・名声・力、この世全てを手に入れるもよし、と転生においては非常に重要なファクターだ。


鳥越は試しにステータスオープン!と叫んでみた。


マーシャ・プレノワール


Lv48/48

HP10/200

A 85

B 43

C 33

D 47

S 41


魔術属性 火 

     雷

スキル 「物体把握」

    触れた物の構造、記憶を把握できる


 文面上は中々便利なスキルじゃないか。なぜかポケっとな魔物っぽいステータスだが。何も知らない異世界で知識が増えるのはありがたい。だが目の前には岩の壁に囲まれたどこまで続いているのか分からない真っ暗な道しかなかった。どうしたものかと思案して、試しに自分の右手を胸に当て、物体把握、とつぶやいてみた。


 そしてマーシャに起きた全ての事を知った。

マーシャの性格は苛烈、わがまま、意地悪が人の形を辛うじて成したような性格で、よくある悪役令嬢のそれであり、どうやら市民からの出で、もの凄い才能のある女に王子を取られた挙句、彼女を殺そうとした事がバレ、今まで行った数々の嫌がらせが社交界で白日の物となり、ここに島流しの刑にされた。既視感。


 ここは極東の島、”リュージュ”。貴族が罪を犯した後、島流しにされる所で有名であり、「罪人の蠱毒」と呼ばれている。


 マーシャには島でも住めるよう財宝を両親が渡していたようだったが、それも運び人に全て取られ、彼女を殴って気絶させた挙句、島の洞窟に雑に置いて逃げられた。


 目を覚ました彼女は自分の置かれた所業に許せず、怨念を吐き散らした後に狂乱、憤死してしまった。拳と頭を洞窟の縁に幾度となく叩きつけ、歯軋りが反響する中、地面を這いつくばり屈辱と怨嗟と罵倒を家族、王子、王子の婚約者、市民、国と、ありとあらゆる存在に怒鳴り散らす姿は中々に堪えた。


そして冒頭の叫びに戻る。


 悪役令嬢という物語が現実となった喜びはあったが、すぐにその気持ちは友達を呼んだのに誰も来てくれない誕生日会と化した。もう追放済だという事実に、マーシャのため息もねずみ算式に増えていく。もうどうやっても逆転できないじゃないか。


 転生してもこの有様か。


「やあやあ、こんなところに面白い玩具がありますねえ、ますねえ!」


自分しかいないと思われていた洞窟に快楽と汚濁が混じったぬるい声がこだまする。

その声のする方に目線を向ける。


「誰だ!と貴方は言うでしょう。だがそれすら不要!なぜなら私直々に名乗りますからねぇ、からねえ!」


こだまだと思っていた声は自分で言っていたのかと、軽くツッコんでやりたい気分だったが、語気の強まり方が、いかにもお前を殺してやらんとするストーカーのそれであり、思わず体が弛緩する。


「私は天上天下、森羅万象に魔王様の威光を知らしめる伝道師!魔王軍最高幹部にして魔術王、そしてあらゆる魔族を束ねる軍師。私の名はマスカッター!以後お見知りおきを」


マスカッターと名乗る男はご丁寧に帽子を外し、深々と礼をする。手慣れているのかその佇まいは洗練されており、石膏像のよう。


しかし魔王軍。この世界に魔王がいるのはマーシャの記憶で知っていたが、確か約200年前にもう討伐された筈では。なぜそれが。


「まぁ、貴方はもう知る事はないんですけどねえ!けどねえ!」


マスカッターを名乗る人物は何もない空間からおもむろにステッキのようなものを取り出し、マーシャの胸に突き刺した。


「この”洞窟の噂”を聞いてやってきましたが、いやいや、こうも簡単に望みが叶うとは!女の体なのに魂が、精神が違う。これ程面白く改造しがいのある玩具は初めてですねえ、ですねえ!アッヒャッヒャヒャッヒャッアアア!」


体に流れ込んでくる確かに感じる異物。

全身の神経に激痛が走り、悶え苦しむ姿は憤死する直前の彼女そのものだった。

自分が自分でないものに置き換わるような感覚。


なんで自分ばっかりこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。

生前からずっと、ずっとぞんざいな扱いばかり。

ああ、もう、いいや。


それを最後に俺の意識は切れた。



全身が紫に発光するマーシャを見つめながらマスカッターはひとしきり笑う。しかし恍惚の表情は次第にチベットスナギツネへと変わり果てていた。杖を突き刺してから大分経っている。30分もだ。


「ん〜長いですねえ、ですねぇ!!中々魔鳥化が始まりません。」


マスカッターは訝しみ、彼女に刺していたステッキを覗き見る。


「これは!サブジェクの!あやつ私の魔術ポケットに無断で失敗作を入れやがりましたね!ましたねえええええ!」


ステッキには 異世界語で「呪い 失敗作 たぶん使えそう」と書いてあった。


「んんんんんん!本当に残念ですが、ここに捨て置きましょう。なに、一匹目が上物でしたから次に出会う玩具もきっと上物に違いありません。ません!!!」


マスカッターはマーシャを放置して鼻歌を歌い方ながら洞窟の奥へと向かっていった。



目が覚めた。

俺はなぜ、生きているんだろうと全身を確認する。

服の胸部分に穴が空いているくらいで特に何か変わった感じはしない。


腑に落ちないながらも自分のステータスを確認する。


マーシャ・プレノワール


Lv48/48

HP25/200

A 85

B 43

C 33

D 47

S 41


魔術属性 火 

     雷

スキル 「物体把握」

    触れた物の構造、記憶を把握できる


状態異常 「鶏胸肉の呪い」

     


体力が回復している。大分時間が経ったんだろう。洞窟の出口の方を見るとすでに日が海に沈む頃だった。


どちらかと言えば一番下の「鶏胸肉の呪い」とやらがものすごく気になる。ファンタジー物はよく見る方だが、これ程不思議な呪いは今まで見た事がない。

さらに下にスクロールする。



状態異常 「鶏胸肉の呪い」


  一日一回鶏胸肉を食べないと死にます。

  死にますねぇ。ますねぇ!!


      あと20:21:33


マーシャは口を開けたまましばらく顎が戻らなかった。


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