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贅沢な悩みと言うなかれ

作者: 国先 昂



「「婚約を解消したい?」」

 

「しっ、2人とも声が大きい」


 朝から浮かない顔をしていた私を見て、心配したサディアとリリスが放課後お茶に誘ってくれ、人気のカフェにやって来ていた。


 店内は若い女性で賑わっているが、辺りを見回しても私たちに注目している人はいないので、どうやら大丈夫のようだ。


 ほっと、胸をなで下ろす。


「どうしてまた、婚約解消なんか言い出したの?」

「そうよ!あんな美形にこれでもかというくらい愛されてるのに……もしかして浮気でもされた!?」

 2人は今度は小声で話しかけてくる。


「……浮気はされてないけど……疲れちゃって」


 私は正直に自分の気持ちを伝えた。 


「ねぇ、なんで私なんだと思う?」


「なんでって……性格が良いから?」

「そりゃあ、家柄が釣り合ったんじゃないの?」


 容姿について2人が触れないあたりお察しの通り、私の外見は平々凡々である。貴族といえば金髪が多いのに、栗色の髪の毛、ブラウンの瞳、髪はくせっ毛でとかしてもとかしてもまとまらないため、毎日三つ編みにしている。


 性格についてはひとまず置いといて、家柄は伯爵家次女。確かに派閥に属さない中立な家柄で、結婚に差し障りはない。


 一方の婚約者である。


 エデュアルド=ビスマン公爵令息。私の2歳年上で、御歳18歳。太陽のように輝く金髪と、ルビーのように輝く赤い瞳、どこか色気を感じる整った顔立ち。身長も高く、剣技にも優れているため程よく筋肉のついた体つき。また、学業にも優れ、父親の後を継ぎ次の宰相候補筆頭と目されている。文武に優れたオールマイティな人物である。しかも、いつも爽やかな笑顔を絶やさず、困っている人を見かけたらさり気なく手を差し伸べるその人柄から、学園の白王子と呼ばれていた。


 憧れる女性は数知れず、婚約者も先月までいなかったことから、女性たちの互いに抜けがけしないようにという牽制もすごかった。


 そんな白王子からなんと先月婚約の申し出があったのである。


 我が家は大いに慌てた。


 ちなみに両親と弟も私と似たりよったりな容姿をしている。我が家は可もなく不可もなくといった領地経営をしており、上位貴族から是非とも縁を結びたいと言われるほどの旨味もない。


 最初は何かの間違いかと思った。私と名前が似た人物と間違えたとか、そもそも白王子は送っておらず、ビスマン公爵家の政敵の嫌がらせとか。


 我が家でも何かの間違いだろう、後で笑い話になったらいいねくらいのノリで、公爵家にさり気なく不敬にならないように「何かの間違いで届いてしまいましたので、この話は聞かなかったことに」と父が文面を書いて送った。


 ほっと胸をなで下ろしたのもつかの間、なんと父が手紙を出した翌日、先触れもなく、宰相閣下とエデュアルド様が我が家にいらしたのである。


 普段そんな上位貴族を招いたことがない我が家は大慌てで、その場しのぎだが何とか体面を取り繕い、お二人をもてなした。


「わざわざ、謝罪などよろしかったのに。我が家は今回の手違いを口外することはありませんから、お気になさらずに、なぁアリア?」

「……はい、もちろんです」

 下を向きガチガチに緊張しながら私は何とか答えた。


 少し上目遣いに相手の方を見ると……

 

 いる。学園の白王子が我が家に。

 ご尊顔が眩しすぎて直視できない。


 実は私も学園では白王子をお見かする度に友達とキャーキャー言っていた。

 

「まずは先触れもなく参ったこと、本当に申し訳ない。めったに頼みごともせん息子が、直ぐにでも行きたいと言うのでな、失礼を承知で来させてもらった」


 宰相閣下と白王子は深々と頭を下げた。

 それを、見た父が慌てて、


「頭をお上げください。本当にお気になさらなくて良かったのに……なあ、アリア」


「……はい」


 父よ緊張しているからと言って私にばかり振るのはやめてほしい。と心で呟きながら、私自身緊張からギュッと拳を握り下を向いていた。


「アリア様」


 エデュアルド様に名前を呼ばれ顔を上げる。


「……はい」


 すぐ目の前にある麗しい顔立ちに私の頬どころか耳まで真っ赤になっているのが分かる。


「誤解を早く私が解きたかったんです。実は……私があなたのことを好ましく思っており、この度婚約の申し出をいたしました。間違いではありません」


 えっ?

 今、エデュアルド様は何て言われた?

 あなたのことを好ましく思っておる?


 あまりのことに私の脳内はパニックになっていた。


「我が息子ながら朴念仁で今まで恋愛についての浮ついた話もなくてな。それが急に好ましい女性がいるから、婚約の申し出をしてほしいと。聞けばデアス伯爵家と言うじゃないか。貴家は中立派で領地経営も堅実に行われている。なんの問題もないと思って申し込みをしたのだが、何か問題があっただろうか?」


 問題……ありまくりです!

 私と白王子が婚約なんて……


 夢のようと思うには現実を知りすぎている。もしこのまま婚約になれば明日からの学園生活が針の筵になるのは見えています。


 そう思いいたると、顔色が赤から青に一気に変わった。後は、お父様しかいません。


 お父様、我が家には不釣り合いすぎますと言ってください。私は父に、アイコンタクトを取ると必死で伝えた。


「……大変光栄なお話ですが、家の娘はこう言ってはなんですが、地味で平凡、勉学も可もなく不可もなくといった特に秀でたところのない娘でして、エデュアルド様とは到底釣り合わないのでは……」


 お父様――!!本当のことでももっと言い方があるのでは……でも、今回は断る場面なのでまあ、良しとしましょう。


「勉学は私が得意です。ですのでアリア様が苦手ならその分私がカバーします。それにアリア様は大変可愛らしくていらっしゃる。何より心根の優しいところに惹かれたんです」


 エデュアルド様は私を見つめながら断言された。

 

「分かりますか!家の娘は平凡ですけど、心根が真っすぐで優しいところは自慢なんです。そこに気付いていただけるとは……大変光栄なことじゃないか」


 お父様!!ころっと絆されてどうするんですか。娘の明日からの生活がかかっていますのよ。キッと睨むが娘を褒められて上機嫌な父には伝わらない。


「エデュアルドも言い出したら聞かない性格でして……是非前向きにご検討いただきたい。と言ってもお嬢さんも急な話で戸惑っていることだろう。良かったらこの後息子とゆっくり話をしてもらって考えてもらえないだろうか」


 エデュアルド様と2人きりで話?無理、無理、無理。ちゃんと話せる自信がない。お父様――!!!


「では、後は若い2人ということで。アリア、中庭を案内して差し上げなさい」


「エデュアルド失礼のないようにな」


 笑顔の父と宰相閣下に見送られ、私とエデュアルド様は中庭に向かった。


「素敵な中庭ですね」

 すぐ隣を歩くエデュアルド様が爽やかな笑顔で話しかけてくる。

 

「……はい」

 前を向いたふりをして横目でチラチラとエデュアルド様を見ながら答える。


 近くで見るエデュアルド様は普段遠目で見る時以上に格好良く見えた。おまけになんだか柑橘系の爽やかな匂いもする。……私なんだかヤバい方にいってませんか。


 この顔を毎日見られるなら婚約も悪くないと思っている自分がいます。


 エデュアルド様は内面で評価してくださったのに、自分は外見で判断するなんて……と2人の会話の隙間時間に慌ただしく脳内で考えます。


「アリア様には突然のことでびっくりされたでしょう。でも、実はあなたが園芸部で活動されている姿をお見かけしてから、ずっと好ましく思っておりました」


「園芸部?」


 地味かつ地道な活動しか行っていない園芸部で見初められたとは……。いったいどの活動のときでしょう……。 


「はい。虫を相手に一歩もひるまず駆除されている姿を拝見して、結婚するならこの方が良いと思いました」


 害虫駆除。確かにアブラムシなど花や野菜の害虫は容赦なく駆除しておりましたが……でもそのどこにトキメキ要素が……。


「そこから、何度かこっそりお姿を拝見するうちにお優しい内面にも惹かれ、卑怯にも父に願ってしまいました」


 エデュアルド様は足を止めると、真剣な表情で優しく私の片手を持ち上げた。


「あなたとなら私は幸せになれる。お願いします。是非私と結婚を前提としたお付き合いを……」


 手が、手が触れられている。それだけで体中の血が顔に集まるのが分かる。断りたいのに、断れない。


「……私でよろしかったら」


「良かった。ありがとう」


 エデュアルド様はそのまま輝くような笑顔を見せた。そして手を引かれ、そのまま同じく輝くような笑顔の父と宰相閣下に報告し、婚約が結ばれた。

 


 次の日、いろいろ考えすぎて眠れず、顔色の悪い私だったが両親に促されてしぶしぶ学園へ向かった。


 正門に差しかかった時、背後から声をかけられる。振り返るとなんとエデュアルド様が立っていた。


「間にあって、良かった。姿をお見かけして走って来たんです。よろしかったら一緒に登校してもよろしいですか?」


 エデュアルド様は走ってきたせいか、若干汗ばんでいていつも以上に色気がダダ漏れである。


 ヤバい。直視できない。


 何より断りたい。でも断れない。


「……はい」


 私は俯き小さな声で返事をした。


 2人で並んで歩くと皆の視線が一気に集まる。


「……どういうこと?」

「なんであの子とエデュアルド様が?」

「まさか……」


 ガヤガヤと普段は気にしない外野の声が良く響いて聞こえてくる。


「大丈夫ですか?顔色が悪そうですが……」

 頭がくらくらする。

 

「……はい……大丈夫で……す……」

 

「アリア様……アリア!……」

 折からの日差しの強さと、体調の悪さ、そして外野の声が気になるというトリプルパンチで私はやられ、その場に倒れてしまった。


 

 目を覚ますと、白い天井が見えた。体を起こすと頭がスッキリしてくる。


「あら、起きたの?顔色が戻って良かったわ。それにしてもよく寝てたわね、もうすぐ3時間目よ」


「……嘘」


 そんなにも寝てたなんて。


「本当よ。寝不足は美容と健康の大敵よ。悩みごとがあっても早く寝なきゃ駄目よ。ま、分からなくもないけどね」


 そう言って先生は、ドアを開いた。外には誰もおらずシーンと静まりかえっている。


「すごいわね……誰もいないわ」

「どういうことですか?」

 

「ちょっと前まであなたの婚約者もいてね、あなたたちを見にたくさん来てたのよ」


 保険医は私に朝からの出来事を教えてくれた。倒れた私をエデュアルド様がお姫様抱っこでここまで運んでくれたらしい。その際あまりに慌て過ぎて「婚約者が倒れたから診てほしい」と告げ、そこから一気に私とエデュアルド様の婚約話が広まり、多くの生徒が保健室まで見に来たらしい。


 エデュアルド様は私にずっと付き添ってくださっていたらしいが、あまりの外野の煩さに耐えきれなくなり、「先生、外をなんとかしてくるのでアリア様をお願いします」と言い残して外に出て行き、何か言うと、その後保健室を覗きには誰も来ていないとのことだった。


「そうですか……それでエデュアルド様は?」


「婚約者なら必ず出なきゃいけない授業があるとかで、3時間目だけ授業を受けに行ったわ。また戻ってくるって言ってたわよ……あらタイミングよく終わったわね」


 チャイムが鳴り響き、3時間目が終わる。


 と同時にエデュアルド様が飛び込んできた。


「先生、アリア様は?」

「目を覚ましたわよ」

 

「エデュアルド様、迷惑をかけてしまい申し訳ありません。いろいろありがとうございました」

「いや、私の方こそいろいろ思い至らなくてすみません。外野については一言言ってあるので、大丈夫だと思いますが、何かあれば遠慮なくおっしゃってください」


 エデュアルド様って本当に王子様みたい。いつも爽やかな笑顔を絶やさない。


 お姫様抱っこについてもそうだし、私が悩んでいた外野についてもすぐに解決してくれる。この人なら私のことを幸せにしてくれるかも。


 この時から、エデュアルド様の外見だけではなく内面についてもよく観察するようになった。


 その後我が家から学園までは近いためメイドと徒歩で通っていたのだが、途中で倒れてはいけないと朝わざわざエデュアルド様が迎えに来てくれて、毎日一緒に登校するようになる。

 

 朝が苦手な私はたびたびエデュアルド様をお待たせすることがあるのだが、いつも笑顔で「大丈夫です。慌てず行きましょう」と優しい言葉をかけてくださった。


 暑い中私の好きな植物園に行ったときも、花や木の話も嫌がらず笑顔で聞いてくださった。


 放課後園芸部の活動が長引き、1時間以上お待たせした時も、いつもと変わらない笑顔で「帰りましょう」と手を握ってくださった。


 学園内で美人でナイスバディーの女性(園芸部部長)と仲良さそうに話していて、後で問いただした時も、微笑を浮かべて「君の話をしていただけだよ」と説明してくださった。かなり根掘り葉掘りお聞きしました。


 とにかくこの一ヶ月、エデュアルド様に尽くしに尽くされ、ついたあだ名が学園の理想のカップル。


 もちろん嫉妬ややっかみもあっただろうが、エデュアルド様が牽制してくださったおかげで全く感じず。最近では「あの子でも王子様と付き合えるなら、私にも王子様が来るかも」と私が平凡だからこそ周りに希望を与えているらしく、今度私たちをモデルとして演劇部が劇を上演するらしい。


 というように、私は幸せの絶頂にいた。

 


 ……かに見えていた。


 本音では、正直戸惑っていた。  


 常に笑顔のエデュアルド様に。

 

 この世に完璧なものなどない。と私は思っている。あまりにも隙がなさすぎてどこか人間味のない人物のように私は感じてしまった。


 結婚するなら、私の両親のように何でも言い合える対等な関係を築きたい。


 でも、エデュアルド様はたとえ私が怒っても、笑って私が悪かったと言われそうだし、逆にエデュアルド様に怒られる場面が想像できない。


 だから放課後エデュアルド様に断って、サディアとリリスに相談することにしたのだ。


「相手が本心を見せてくれないってつらくない?」

 

「そんなの本音と建前だったら、婚約者の前なら好かれようと猫被るのも当然じゃない?」

「私も3匹くらい被ってるわよ」

 

「そうじゃなくて……私だって、好きな人の前では猫被るわよ。何て言ったら良いのかな……常に笑顔の仮面をつけてる感じ……分かる?」


「分かるような……分からないような……」

「まあ、アリアは顔に出るから分かりやすいわよね」

「でも皆がみんなアリアみたいに感情を表に出すわけじゃないし、高位貴族なんて隙を作らないために仮面を被るなんてあたり前じゃない?」

「それは公の場でしょ?親しい人の前では、いろんな表情をするはずじゃない……でも、エデュアルド様は常に笑顔なの……」

「つまり、アリアはエデュアルド様が何考えてるか分からないってこと?」  


 私はこくりと頷いた。


「まだ、一ヶ月でしょう?分からなくて当然よ……でもアリアも悪いわね」

「どういうこと?」

  

「今の内容エデュアルド様に伝えた?伝えもしないのにいきなり婚約解消はないわよ」

 

「それに貴族の婚約って家が絡むからそう簡単なものじゃないわ。私もリリスも運よく好きになれるお方だったから良かったけれど政略で好きでもない方と婚約する人も多いわよ」

「そうそう、愛されてるのにその実感がないから解消したいなんて人によっては何言ってんのって話よ」


「……私、愛されてるかな」


「何言ってんの、毎日甲斐甲斐しく世話焼かれておいて」

「最近のエデュアルド様のあだ名知ってる?……白王子から黒王子に変わり、今はアリアの忠犬よ!」


 忠犬……。それは知らなかった。

 

「……とにかく、一度エデュアルド様に今アリアが思ってることを伝えなさい。婚約解消まで考えたんだから、それくらいできるでしょ?」


 確かに。

 婚約解消まで考えたんだから、それ以上怖いものなどないかも。


 2人に話を聞いてもらいどこかスッキリした気持ちでカップの紅茶を飲み干した。



 次の日の放課後、思い切ってエデュアルド様を私からデートに誘った。


 場所は園芸部の花壇の前のベンチである。今朝苦手な早起きをして料理長に教えてもらい作ったクッキーも持参している。


「……あの、これ良かったら」

 さっそく可愛らしくラッピングした、クッキーを渡す。


「……ありがとう。開けても良いかな」

「はい!」

「……美味しそうな、クッキーだね。」

 エデュアルド様は笑顔を浮かべているが、少しためらった後、クッキーを食べかける。


「はい、ストップ!!」

 と私はエデュアルド様の手を掴んだ。今日の私はいつもの私ではありません。


「……エデュアルド様、もしかして手作り品て苦手じゃありません?」

「……そんなことは……」

「いいえ、いつもよりも笑顔が陰っています!」

 

 毎日観察してきた、私の地道な作業に驚くなかれ、笑顔の微妙な違いが分かるようになったのだ!!前回のマフィンの時も、同じような笑顔をしていた!!


「どうしていつも笑顔で誤魔化すんですか?私の苦手な物はきちんとお伝えしてます。でもエデュアルド様の苦手なものは教えていただいておりません。……弱みを見せるのがためらわれるほど私のことが信用できませんか?」


「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ」


 エデュアルド様は、下を向いてしまった。


「……お恥ずかしい話ですが聞いてくれますか?」


 そして、ゆっくり私の方を向くと話し始めた。


「実は小さい頃から、人の感情を読み取ったり自分の感情を表に出したりすることが苦手で……父が私のことを朴念仁と言っていましたが、その言葉通り、無口で愛想がなくて人形みたいと言われていたんです。外見は良いらしく女性から声をかけられて、話をしてみても、思った反応が返ってこないせいか、すぐにみんな私から離れていきました。そんな私を見かねた父が貴族たるもの弱みを見せるなと言って、処世術として笑顔で対応することを教えてくれたんです。大体のことはそれで乗り切れたのですが……でも、根本は変わらないので笑顔以外の表情はやはり苦手で、ついどんな時も笑顔で対応してしまうんです」


「……そうだったんですね」


 常に笑顔なのも理由があったと分かると、もやもやしていた気持ちが楽になった。


「でも、アリア様。アリア様を好きな気持ちは本当なんです。最初は園芸部でお見かけした時、『ごめんねこれもトマトのため』と言いながら申し訳なさそうに虫を退治する姿を見て虫に話かける令嬢がいるのか……くらいに思っていたんですが、そこからアリア様に惹かれてよく見ているうちにころころ変わる表情が自分には無いもので可愛らしくて……気がついたら恋に落ちてました」


 虫に話かけたのがきっかけ……何だか微妙な気もするが、今のエデュアルド様の表情を見るとどうでも良くなった。


「手作りの食べ物はなぜ苦手なんですか?」

「……実はよく女性から食べ物をいただいていたんですが、礼儀として一口は食べていたんです。ところがある時、その食べた物から大量の髪の毛が出てきまして……それ以来苦手になってしまいました」


 ……それは私でもトラウマになりそう。


「ですが、アリア様のためなら克服してみせます。だから、だから婚約解消などおっしゃらないでください」


「別に手作りにこだわりはありませんから克服しなくても大丈夫ですよ。……ただ、どうして婚約解消と言われたんですか?」


 そっちの方が気になる。


「実は、昨日私も気になって変装して同じ店にいたんです。その時婚約解消と聞こえて来て……すみません、どうか考え直してください」


 エデュアルド様は捨てられた子犬のような瞳で私を見つめてくる。


 くすくすくす。

 

 堪えきれずについ私は笑ってしまった。そして、大胆にもエデュアルド様を抱きしめる。


「婚約解消はしません。でもこれからも私の聞いたことには正直に答えてくださいね。……それにエデュアルド様、笑顔しか作れないと言われましたが今の顔は捨てられた子犬のように必死な顔でしたよ。ですから、私といる時はありのまま無理せずいてくださいね」


 エデュアルド様もそっと私を抱きしめる。


「……こんな私で良かったら」


「はい、ありのままのエデュアルド様がいいです。一緒に幸せになりましょうね。私もエデュアルド様と一緒で、観察は得意なんです。だから……余所見は許さないんでよろしくお願いします」


 私の瞳が一瞬鈍く光る。


 その後私は何事もなかったように笑顔でエデュアルド様を見た。エデュアルド様も笑顔で私を見つめる。


 そして、口づけを交わした。 


 

「……何だか心配した私達馬鹿みたいじゃない」

「ま、バッドエンドよりハッピーエンドの方が良いじゃない」

「……でもエデュアルド様って……」

「アリアも似たようなもんだから良いんじゃない?」

「……それもそうね」

「馬に蹴られる前に退散しましょ」


 2人の様子を見守っていた2つの影は、そっと校舎の方へ消えていった。

 


 



 

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