第1話 根黒探偵事務所 前編
少女の銀髪がガイコツに触れた時、ブザーのような悲鳴が聞こえた。
ガイコツを抱えたまま、少女は部屋の窓から身を乗り出した。
すると、ルビーの瞳が外の景色を映し出していく。
女の子だ。
赤いランドセルを背負って、歩道を必死の形相で走っている。
まるで命の危機から逃げるみたいに。
一体、何があったのか。
女の子の後ろへと視線を滑らせると、そこにいたのは男の子だった。
なんの変哲もない、どこにでもいそうな格好だ。
角が生えているわけでも、凶器を持っているわけでもない。
銀髪少女が手を振ると、男の子はゆっくりと振り向く。
そして、まるで風船のように浮かび上がり、ビルの2階――少女の目の前で止まった。
しかし、銀髪少女には動じる様子はない。
「おは、よう」
「もうこんにちは、でしょ」
男の子は照れながら返したものの、なかなか少女と目を合わせようとしない。
それも仕方がないことだろう。
ルビーのような瞳ひとつとっても、少女の容姿は刺激が強すぎる。
月明かりをため込んだように輝く銀髪。
朝もやのようにみずみずしく透き通った肌。
小鹿のように細くて、曲線美が際立つ手足。
全身が黒いレインコートに包まれているが、下に何も着ていないのか、隙間から肌色が見え隠れしている。
おとぎ話の住人?
死神?
女神?
妖精?
それとも、お姫様?
彼女を目撃した時、その人が思う、最も現実離れしたイメージと重ねるだろう。
「それ、なに?」
チラチラと少女の顔を見ながら、ガイコツを指さす男の子。
「だい、とう、りょう?」
「大統領?」
若葉が擦れるようなかわいらしい声で、少女が頓珍漢な言葉を発した。
舌足らずで、見た目以上に幼い印象を受ける。
「ぴっかぴか、てっかてか、つるつる」
「どういうこと?」
「つるっ、ぱげ!」
「??????」
男の子が困惑しているのも気にせず、少女は「ひかえおろー」と叫んだ。
しかし、すぐに男の子の反応が悪いことに気付いて、少しきまずそうな顔をした。
彼女なりに男の子を励まそうとしていたのかもしれない。
「だい、じょう、ぶ?」
「つらいかも。すき、だったから」
「そう、なんだ」
少女は男の子の手を優しく握って、じっと目をみつめる。
「どう、する?」
男の子はゆっくりと深呼吸したあと、少女の手を握り返した。
「いい、の?」
「うん、もう疲れちゃったから」
「……そう」
少女の細い腕が、男の子の体を抱きしめる。
そして、2人の顔がどんどん近づいていき、薄い色の唇が彼のおでこに触れた。
「おや、すみ。いっぱい、がんばっ、た」
男の子の姿が薄らいでいく。
毛糸玉がほどけるように形が崩れていき、湯気のような曖昧な状態へと変化していく。
そして、それらは少女の手のひらに集まり、半透明の液体となって落ち着いた。
体液のようにトロリとした半透明の何か。少女はそれを自分の体内へと流し込んでいく。
ゴクゴクゴク、と。
どこかつらそうな鼻息を漏らしながら、飲み切った。
「…………ふぅ」
ふと、窓の外をみると、女子高生が手を合わせていた。
道の端には花束が供えてあり、数週間前に起きた出来事を物語っている。
少女は女子高生のうしろ姿を見届けた後、自分の手のひらをじっと見つめた。
まるで、自分の過去を見つめなおすみたいに。
「……おと、うと」
ふいに言葉を発した後、振り向く。
すると、少女の瞳は部屋の中を映し出していく。
薄暗く、手狭なオフィス。
ソファーとテーブルは比較的新しく見える。来客用だろうか。
それ以外の備品はどこか古臭い。
備品棚、掃除用具入れ、ボールペン、古いノートパソコン、電話、ファックス、スマホの充電器などなど。
それらはキレイに手入れされているが、目を見張るのはカレンダーだろう。タイムセールの時刻がこれでもかと書き込まれており、部屋の住人の神経質さがにじみ出ている。
だが、少女の座っているオフィスデスクだけは毛色が違う。
カップ麺の空容器と割りばしはもちろんのこと、中ほどで折れたボールペン、クシャクシャに投げすてられたスポーツブラ、ミミズ文字が書かれたネームプレートなどなど。
キレイ好きの人間が見たら発狂しそうな惨状である。
しかしながら、少女には気にする様子はない。それどころか、居心地がよさそうにしている。
「…………」
誰かを探すみたいに、視線を滑らせていく銀髪少女。
しかし、この部屋に自分以外がいないことを認識すると、パイプ椅子に座った。
ギシギシ、と。椅子のきしむ音がいやに大きく聞こえる。
少女は少し目を伏せながらも、マイクロファイバーのタオルを使ってガイコツの表面を撫でていく。
「……ふわぁ」
最初はしっかりとしていた動きが徐々に遅くなっていく。
眠気。
やがて完全に手の動きが止まって、まぶたが閉じて、少女の頭がカクッと落ちそうになった瞬間――
バン、と。
無遠慮な音とともにドアが開かれた。
少女は飛び起きて、慌ててドアの方向に目をやる。
そして、彼の姿をみつけると、安心したような、焦ったような複雑な笑みを浮かべた。
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