たぶん青かった俺の春
全国サッカー選手権青森大会の4回戦
前半終了時点の点数の差は4点だった。
相手のスタメンをみてわかっていた。
あいつらは俺達相手に本気を出してないってことを。
U20の代表に選ばれて話題になっている高校一年生の田中がベンチに座っていたからだ。
それなのに4点も決められた。
俺達が諦めるには充分であった。
「……諦めるな」
監督が声を震わせながら言った。
「俺達、青森実業高校は今回で初めての準決勝に来ることが出来たんだ。たしかに青森山田のやつらにとってこの試合は全国への通過点かもしれない。でも俺たちにとっては挑戦だ。人生を決める試合なんだ。今までの試合がそうだったようにな」
俺が顔を上げるとチームメイトが一人、また一人と顔を上げていた。
「今までの試合で俺達が圧倒した試合があったか?全部ギリギリで勝ってきたろう。今回もそうだ。挑戦者として最後まで挑み続けろ!それがお前たちのサッカーだろ!」
監督に鼓舞されて俺たちは後半戦に臨んだ。
勝利を確信した青森山田は主要メンバーであるはずの三年MF坂本と二年CB八木を交代した。
代わりに出てきたのは一年生のMF桜井とCB木村。
後半17分に試合は動いた。
桜井が後ろ向きでボールを受け取った際にFWの田中がプレスをかけた。
焦った桜井は木村にボールを戻すが一瞬のスキを逃すほど俺は下手じゃない。
俺は木村へのパスをカットしてそのままゴールへ独走。
華麗なループシュートを決めて一点を返した。
「まだまだこっからだ!いくぞ!」
俺は声を上げながらボールを拾って自陣へ戻った。
まだいける。
俺達は勝てる!
そう思ったときであった。
青森山田の三年生FWの源がフィールドの外へと向かった。
源と変わってフィールドへ入ってきたのは田中元気であった。
182㎝の恵まれた体格に努力を欠かさず行ってきたのであろう筋肉量。
俺達は一瞬にして理解した。
こいつはこれから日本のサッカー界を引っ張っていく存在であると。
俺達とは違う世界の人間であると。
振り返ると先ほどまでの笑顔が皆から消えていた。
でもそれは諦めの表情ではないことを俺は知っている。
覚悟を決めた顔であった。
「こっから勝つぞ!青森実業!」
キャプテンのCB車田の声に俺達は応えた。
そしてそれから5分後、後半22分。
青森山田の田中が追加得点
後半37分
青森山田の楠が得点
そして試合が終了した。
俺は一生忘れないだろう。
勝利の可能性が限りなくゼロになり、無力な中で駆け抜けた20分間を。
試合終了のホイッスルが鳴って地面に倒れこんだ皆の姿を。
「みんなと……みん……みんなと一緒にサッカーができて……よかったです……」
試合後のミーティングで車田が泣きながら言った。
更衣室には俺達の泣き声がこだましていた。
「――最後になるが、お前たちは自信をもってこれからの人生を歩んで行け!俺たちの努力は無駄じゃない!一年生と二年生には来年がある!三年生にもここから先の人生がある!この負けは絶対に無駄にならない!」
監督の最後の言葉が俺の中にずっと引っかかっていた。
試合会場から帰っても、それから1か月がたっても。
俺達三年生はここで引退だ。
俺達の学校の生徒の多くは卒業後就職をする。
そのためほとんどの三年生が秋の大会まで残った。
その結果が準決勝敗退だ。
青森実業高校サッカー部で初めての準決勝出場という快挙だったが、この結果でプロになれるというわけでもない。
その後就職してサッカーから離れる俺らにとってサッカーのテクニックは何の役にも立たない。
俺達がいくら悔しがっても次につながるものは何もないし、勝ちに勝る負けなんて存在しない。
俺達の負けは無駄だ。
俺達のサッカーにかけた熱は、努力は無駄なんだ。
12月31日
高校サッカー選手権大会一回戦
青森山田vs流通経済大柏
試合結果
0ー3
その日は見たいテレビもなかったし、夜の紅白と初詣まで暇だったので試合を見ていた。
試合は流通経済大柏の大勝利であった。
試合内容も一方的なものであった。
田中元気のスピードも高さも柏の徹底的な対策によって死んでいた。
得点を生むこともできず、柏の高速カウンターと波状攻撃によって点を決められていった青森山田は、後半に立て直すこともできずに敗北したのだ。
青森山田が負けて選手が涙を流しているのを見て何とも言えない気持ちになってしまった。
正直言って彼らと俺らのサッカーへの熱量は違う。
練習時間も、質もすべてで負けていたはずだ。
こちらが敗者であちらが勝者なはずなのになぜ俺が同情してるんだ?
「なぁ車田。今日の昼にあった青森山田の試合見たか?」
「見てないな。スコアは知ってるけど0-3で負けたんだろ?」
11時50分に神社に集まって俺と車田は話し始めた。
「俺さ、山田が負けたときに変な気持になっちまったんだよな。高体連でサッカーやってるやつらのうちで笑って最後を迎えれるのって優勝した1チームだけだろ?そのチームの中でも試合に出れなくて悔しい思いをしたやつらだっているわけだ」
「まぁそうだな。正直俺達はいつかは負けて引退するってのを理解してたんだろうな」
車田は屋台で買ったたこ焼きを食べながら言った。
「そうだよな。じゃあさ、最初からあきらめてた俺達と最後まであきらめが悪かった山田のやつらってどっちが正解なんだろうな?」
「……好きなことを続けてただけなんだし、正解とかないんじゃないか?」
「でもさ、サッカーを続けないやつらってのはサッカーの努力が無駄になるってことじゃん。俺達のほうが正解だったなって同情しちまったんだよ
車田は黙ってたこ焼きを食べ終えるとこちらを見つめた。
「去年の夏に俺のじいちゃんが死んだじゃんか。俺のじいちゃんの夢ってお医者さんだったんよ。勉強をつづけたけど最終的に徴兵で戦場に行って腕を無くしたんだ。PTSDで血も見れなくなっちまって家業を継いで生きたんだって。俺のじいちゃんの人生って間違いなのかな?」
「それは……」
言葉が詰まってしまった。
何と言ったらいいのかわからない。
そんなつもりで言ったんじゃないのに。
俺はただ……
「わかってるよ。そんなつもりで言ったわけじゃないことくらい」
車田は笑って言った。
「俺はこの三年間を無駄だとは思わない。山田のやつらの三年間も。そしてお前の三年間も。そりゃあ全国行けるなら行きたかったし優勝できるんだったら優勝したかったけど。後悔はあるけど、無駄じゃなかったって胸を張って言えるよ」
「……なんでそう思えるんだよ」
「なんでだろうな……」
車田は何も言わずに夜空を眺めていた。
108回目の除夜の鐘の音が新しい年の始まりを告げた。