春到来
執務室で頭を悩ませていたグレイシアのもとにイングランドからの書簡が届けられた。
その中身を確認するとすぐに政務補佐官に投げ返すと素っ気なく指示を下す。
「同盟など有り得ん。我が国はローマとの同盟を現在も変わらず結んでいる。もし、貴国がローマと争うというのならば、我が国とも争うという事だと言ってやれ。身の程知らずの新興国が図になるなと教えてやれ」
政務補佐官は彼女に何も問うことなく、それが当然と言わんばかりにその指示に従い行動を始めた。
「まったく、これではいくら金があっても足りんではないか。なぜこうも次々と問題が沸いてくる。今までローマは何をしてたのだ」
街や村などを整備する予算よりも、軍事費に重きの予算を割いてきたローマのツケがまわってきたのだ。老朽化した橋や街道の予算は膨れ上がるばかりで。それに伴い、その予算を横領していた文官などの犯罪も明るみになっていた。
全て前の国の事と切って捨てるのは容易い。
「こんなのを放置していたら、また私が怒られるではないか。なあ、爺さん。なんか良い知恵はないものなのか」
「金が天から降ってくるならいざ知らず。そんな都合の良い、上手い解決策などある訳ないじゃろ。地道に一つづつ解決していく他あるまい」
そんなのはグレイシアだって分かっているのだ。
けれど、悠哉とまた口論になるのが嫌なだけで、だからこそ頭を悩ませている訳なのだ。
「ヴェネシーア本島から融資を募りますか。前回からは十年以上経っていますし、今ならば海運業者も喜んで金を出すと思います」
「うむ。大儲けしている今なら出し渋りはしないじゃろな。自分の金庫に金を入れておいても増えんしな」
その皆の意見にグレイシアは眉を顰めた。
彼女は借金というものが嫌いというのではなく、金を融資してもらう代わりの見返りを送るのが嫌なのだ。あの時協力したのだから、今度は。みたいなやつを。
「却下だ。それは私の選択肢に存在しない。大体誰のおかげで安全に商売できるというのだ。それを忘れて融資したからといって都合よく見返りを期待されるのは困る」
まあそうでしょうな。と、いった周りの反応だった。言い出した政務官ですらその反応だ。取り敢えず言ってみただけといったところなのだろう。
「まあ、幽霊船騒ぎで浪費したのも手痛いがな」
グレイシアはその発言にまた眉を顰めるも、完全にスルーすることにした。
「いつも通り優先度の高い順にこなしていけ。水上バイクレースでの税金で、思わぬ大金が転がり込むかもしれんしな。そうなれば早めに手をつけられる。かもしれない」
「煮え切らんのう。本当に小僧の事となるとポンコツじゃな。そんなだと小僧に捨てられるぞ」
老紳士の補佐官の頬かすめて、物凄い勢いで羽ペンが壁に刺さった。
「縁起の悪いことを言うな。良いか。これは彼から聞いたことだが、言葉には言霊が宿るという。即ち、嘘でも口に出せば真になるということだ。いいか。理解したなら気をつけろ。二度とは言わん。次は爺さんでも容赦しないからな」
そこまで気にするものなのだろうか。という、感情はさておき。本当に悠哉に捨てられるのが嫌なのだろう。想像すらしたくないという事だけは周りも充分に理解していた。なので敬愛する主君を怒らせてしまった老紳士に怒りは集中する。
「卿も少しは発言に気を遣ってもらわなくては困ります。陛下の御心を乱すような真似は見逃せません」
「そうです。くそ爺。グレイシア様に対してなんたる暴言。殺すぞ、くそジジイ」
戦闘メイドまで参戦し、混沌と化す執務室。
まさに一触即発の雰囲気に包まれる。
「黙れ、色欲メイド。貴様にとやかく言われる筋合いはないわ」
その言葉が開戦の狼煙となった。
無表情のメイドに僅かな怒りの感情が面にでたその刹那、彼女はスカート中から素早く両手で暗器を取り出し投げつけた。
それを霧のように姿を消して躱すと、二本の針状の暗器が壁に刺さる。それと同時にメイドの足元から氷の槍が下から突き出て、彼女のスカートを捲るように貫いた。
ま、丸見えだった。
誰もが驚きのあまり声を失い、行動を止めた。
「私も人には言えないが、下着は履いた方がいいと思う。まあ、ユウヤの好みもあるのでアレなのだが」
少し気恥ずかしかったのか。頬染めたグレイシアからのそんな助言に、メイドの彼女は一瞬で茹で蛸のように赤く染まり姿を消した。
「まあ、あれだ。人には様々な性癖がある。今回の事はくれぐれも他言しないように。それと、一刻も早くこの事は忘れろ。これは女王としての命令だ」
しかし、この一件から三日程、彼女の姿を見たものはいなかった。余程、敬愛するグレイシアだけには知られたくはなかったのだろう。
また、その姿を消した彼女を咎めることもなかったグレイシアの優しさにメイドの皆は更に深く彼女を慕うようになった。らしい。
一方、その頃悠哉の方はといえば。
エリザを横向きに抱いて空を連れて日課の散歩をしていた。
しかし珍しく雪乃が居ない。何故かと言えば空に拒否されたからだ。エリザに抱かれた空に執拗に唸られて雪乃は泣く泣く同行を断念することになった。
「ユウヤ様。私、もう一人で歩けます」
恥ずかしそうに頬を染めたエリザに悠哉は喜んでいた。
「うんうん。ここまで回復したか。ほんと良かったな」
「ありがとうございます。で、でも、本当に一人で歩けますので降ろしてください」
「ははん。なんだ頬を染めて。恥ずかしいのかエリザは。初対面で斬りつけてきた人と同一人物には思えないよな」
グレイシアとは打って変わって、こちらはラブコメ街道真っしぐらな展開を見せていた。
「あの時は色々と誤解があって」
「自分で言っておいてなんだが、過ぎたことだ。気にするな。俺も気にしてないし」
「ごめんなさい」
「おう。謝罪は受け取った。これでお終いな」
彼女を抱いたまま、ゆっくりと散歩しなから笑ってみせた。その笑顔にエリザはまた頬を染めていた。
すると空が何かを急かすようにエリザの頬を少し軽く叩いた。
「あの、私は本当に此処に居ても良いのでしょうか。私が原因で戦争になり、そしてローマは負けました。そんな罪人がユウヤ様のお傍に居てご迷惑ではありませんか」
一瞬なんのことかと思った悠哉だったが、すぐに彼女に向けて微笑んだ。
「もちろんだ。エリザは俺が最後まで責任を持って面倒見るとシャルルと約束したからな。だから構わない。それにエリザを責め立てる奴がいたら、俺が成敗してやるから気にすんな」
その嘘偽りの無い言葉に感謝したエリザはうっすらと目に涙を浮かべた。
「では。もう少し身体が回復しましたら、私を抱いてくださいますか」
そのエリザの意外な申し出にうっかり彼女を落としそうになって、たたらを踏んでなんとか堪えた。
「いきなりびっくりするだろ。なんだよ急に」
「私、気付いたんです。ユウヤ様が大怪我をして戻って来られた時に。あなた様をお慕いしてると。ですから、一生面倒を見ていただけるというのであれば、私はあなた様に愛していただきたいのです。そして、あなた様に抱いて欲しいのです」
頬を色鮮やかに真っ赤に染めながらエリザは想いを悠哉に告げた。
「分かった。死が二人を分つまで、君を、エリザを俺は愛し続けると誓おう」
悠哉は珍しく紳士的な真面目な表情でエリザの気持ちに応えると、彼女にくちづけをした。
そして二人の唇が離れるとエリザが誓う。
「私も。死が二人を分つまでユウヤ様を愛し続けます。それをあなた様とユキノ様に誓います」
「うん。ありがとうエリザ。でも今は、君の心と身体の回復が一番だからな。焦って無理だけはしないでくれよ」
「はい、わかりました」
エリザはそう言って涙を流しながら笑った。
一時期は言葉も上手く話せなくて、感情を失っていた彼女がここまでの回復をみせたことが何よりも悠哉は嬉しかった。
そして泣きながら笑っているエリザを祝福するように、空が尻尾を大きく振りながら彼女の唇を何度も舐めていた。
「そらちゃん、くすぐったいよ」
そう言われてますます大きく尻尾を振って彼女の口を舐める空と、嬉しそうに笑うエリザを見て悠哉はまた笑みを溢していた。
★★★★★ も出来たら付けてくれると嬉しいです。
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