とある酒場の不幸な出来事
一昨日の夜は散々な目に遭わされた。
けれど、驚くほどの回復をみせた俺はとある行きつけの酒場を訪れていた。
別に屋敷に居て気まずいとかそんな訳じゃない。ただ分け前を渡しに行くだけだ。
「レベ、約束の分け前だ」
金貨二百五十枚入っている革袋をカウンターの上に置いた。
「おっ! さすがはユウヤ様。きっちり倒して、えっええええええぇ!」
レベは革袋の中身を見て驚くと、そのまま気絶して後ろに倒れた。
あれはとても痛いやつだ。頭をかなり強く打ったに違いない。
そんな事を思っていると、女性スタッフが倒れたレベを抱き起こして容態を確認していた。
「だ、誰か、回復魔法かポーションを!」
とても青褪めた顔で、その名前の知らない女性スタッフは叫んでいるが、その慌てぶりがとても愉快に思える。
「死にやしないから安心しろ」
俺はポーションをカウンターの中へ軽く山なりに投げ入れると、名前の知らない女性スタッフは落とさないように、あたふたしながら何とかポーションを空中で捕んだ。
その愉快な慌てぶりのまま、ポーションのコルクを抜くと躊躇いもなく一気にポーションをレベの口に差し込んだ。
あれはきっと痛い。
前歯が欠けてなければいいが。
「あっはははは! 前歯の欠けた間抜けな女主人! これはいい、なんとも愉快だ!」
想像しただけで笑える。つい、口にして笑ってしまったが、おかしすぎて笑いが止まらない。
「ユウヤ様! 人の不幸を笑うなんてサイテーです!」
「ひゃっはははは! 不幸も何も、勝手に気絶して倒れて、その上前歯が欠けたんだぞ。これが愉快でなくて何が愉快だ、あっははははは!」
腹を抱えて大笑いする俺に、周囲の注目が集まってくる。
「あああああ、愉快だ。本当に今夜は愉快極まりない。騒がせた詫びだ。皆、好きなだけ飲むがいい。今夜は全て、俺がおごってやる!」
その小粋な計らいに客達のボルテージが一気に盛り上がると、他の何名かの女性スタッフに次々と注文していく。
「なんでもいいのか?」
「おう。この店一番の高級酒でもな」
ニヒルな笑みを浮かべてそう答えると更に酒場は盛り上がりをみせる。
だが、レベ以外の誰も知らない。
この店のスポンサーが俺であるということを。
「高い広告料だが、これで更に評判は鰻登りだ」
しかも何の腹も傷まない。
「おい、そこのスタッフィ。この支払いはレベが手にしてる革袋から払っておけ」
「えっ。これで、ですか」
名前の知らない女性スタッフがレベの手から革袋を取り、確認がてら俺に見せた。
「ああ。そこから払って構わない。その分込みの分け前だからな」
「はい。かしこまりました」
なにか腑に落ちないような顔をしてるが、大体レベにこんな大金を渡していい訳がない。どうせ碌なことに使わないのだから。
珍しい高級酒やら、珍しい食材やら、落ち着いた店内を演出する地味な調度品だとか。そんなどーしようもない事に金を使うだけ。たまには自分に投資して、早く良い旦那でも見つけろよと思う。
「じゃあ後は頼んだぞ」
俺はそう言って、酒場を後にしようと席から腰を上げていると、慌てて駆け込んでくる見知った商会スタッフが息を切らしながら俺の前まで駆け寄ってきた。
「さ、サリー様から至急の、ハアハア。緊急のの連絡があり、ユウヤ様とユキノ様にジブラルタル支店まで、お越しいただきたい。との事です!」
そう言い終えると膝を軽く曲げて、その膝に両手を乗せて息を切らしているが、至急なのか、緊急なのか、はっきりさせて欲しい。
「まずはそこの席に座って水を飲め。話はそれからだ」
若い男性スタッフなのだが、普段は冷静で物静かな印象しかない。スコットさん曰く、商談などを任せるとかなり良い結果をもたらしてくれると、大絶賛している若き商会幹部の一人だ。
そんな彼が、喉を潤すために水を何杯も一気飲みする姿に嫌な予感を覚える。
「それでどうした。なにがあった」
彼は片手を口の横に立てて小声で話し始めた。
「それが。ジブラルタルの港で、とんでもない大物人物が密航で捕まりまして。その判断をお願いしたいとの事です」
「大物、だと。密航で捕まる奴がそんな大物な訳があるか。罰として商会でタダ働きさせてやれ」
彼は俺の耳元まで近づいて、更に小さな声で話した。
「ローマの属州。イングランドを解放した、かの英雄王。騎士王と誉高い、アーシャ・クズリュウ。その人なのです。とてもではありませんが、私達では扱いに困ります」
アーシャ・クズリュウって、まさかな。まさかの、まさかだよな。
「そいつの髪の色は」
「はい。薄いピンク色と聞いています」
おいおい。まさか、まさかの、まさかですよね。
「ちなみに生まれは」
「いえ。そこまでは聞いておりませんが、本人曰く、ユウヤ様と同じ異世界人だそうです」
………これはやばい。
なにがやばいって、色々な意味で、俺の身の危険を感じる。
「もう雪乃には伝えたのか」
「いえ。先にユウヤ様かと思い、まだ伝えてはおりません」
「よくやった。でかしたぞ。いいか、この件は皆に内緒だ。雪乃にも誰にも絶対に秘密にしろ。いいな。もしこれが、この事が知られたら、俺は確実に不幸になる。だから頼むぞ、絶対にこの件は隠し通してくれ」
俺のいつになく真剣な表情と、その真摯な頼みに彼は迷うことなく大きくうなづいた。
「現状この事を知っているのは私を含めて三人です。スコット様とサリー様ですね。私は二人が誰かに伝える前に急いで戻り、ユウヤ様のご意向をお伝えしてきます。どうかユウヤ様もなるべく急いでジブラルタルに行かれますようお願いいたします」
さすがはできる男に認められた若き幹部。
俺の意をきっちり汲んでくれる。
「ああ、頼む。俺も明日中にはジブラルタルへ行くと伝えてくれ」
優秀な若き幹部は一礼して、また走り去っていった。その後ろ姿に頼もしさを感じる。
「名を訊き忘れたな。しかし、彼とは良い友人になれそうだ」
俺は今度こそ店を出ようと席を立った。
一度、まだ目を覚さないレベに目をやり、店を後にした。
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