死闘の果てに
氷の剣を片手に悠然とその場に立ち、俺を見下ろす変わり果てた姿の俺を、顔だけをあげて睨み返す。
「泥棒風情だと。負け犬のような風貌の奴には言われたくはねえな」
俺の言葉に腹を立てたのか、氷の剣を軽くあげて突き刺してきた。それを体を横に回転させる事でなんとか躱し、力を、気力を全て振り絞って立ち上がった。
「やっぱ、男は拳だよな」
もう俺には剣を具現化させるほどの魔力は残っていなかった。けれど、まだ闘える。
「いくぞ、負け犬」
一気に踏み込み、拳を相手の顔を目掛けて叩き込むも、相手は熟練した足捌きで拳を最小の動きで躱した。逆に相手から腹を突き上げるような拳が振るわれるが、俺はそれを拳を叩き込んだ勢いのまま斜め前に体を捻りながら移動した。そのまま軽く跳ねて相手の首筋を狙って回し蹴りを繰り出すが、上半身を前に倒すことで相手は難なく躱した。
そして俺は片手を地に着いて跳ねると、そのまま相手と距離をとる。
「しゃらくせぇなあ」
どうせ駄目なら、最後は足を止めて殴りあうしかねえよな。
ったく、雪乃の意地悪がまさか現実になるとはな。
「まあ、散々悪党共を殺めてきた。殺される覚悟は常にしてる!」
相手の懐に飛び込むと、奴は剣を消して拳で迎撃してきた。
「いいねえ。やっぱ、最後は拳だよな」
互いに足を止めて避けずに殴りあう。相手からの一発一発が重く強烈に叩き込まれる。けれど、俺の拳も相手に届く。互いの意地を掛けた殴りあいに自然と笑みが浮かぶ。
もう何度、打ち合っただろうか。どれくらいの間、殴りあっているのだろう。
微かに残る意識の中で、俺は必死に動きを止めずに拳を振るう。
もう、目蓋は腫れて。その上切れて血が目に伝い落ちて、視界がぼやける
負けたくねえなあ。
「自分自身にはよっ!」
そんな最後の想いを乗せた拳は相手の顳顬を奇跡的に貫いた。
相手は吹き飛ぶように床を転がり倒れた。そしてその全身から煌めくような光の粒が溢れて宙に上がっていく。
「私は、私の過ちで、かけがえのない愛する人を失った。雪乃を。俺みたいに悲しませるなよ、自分」
彼が見た景色が、その光景が、頭の中に流れ込んでくる。
彼の最後に見た光景が終わると、彼は最後に満足したかのように小さく笑い、そのまま光の粒となって消えた。
力尽きて崩れ落ちるように倒れた。
そして、血と涙が目から流れて床に落ちる。
「馬鹿だな。お前も、俺も」
そう呟いて、俺は意識を手放した。
◇
妙な胸騒ぎを覚えた雪乃は、居ても立っても居られなくなり、悠哉のもとへ転移した。
船のデッキの上で、着ていた服もボロボロに全身傷だらけで大量の血を流し、うつ伏せに倒れている悠哉を発見する。
その場ですぐ様、彼の息を確認して回復魔法を施した。
「何があったの」
海を見渡すが何も確認できない。しかも、悠哉の船は無傷だ。何があったのか状況が把握できないでいた。
「いえ。今はそんな事よりも」
彼女は悠哉を抱いて屋敷へ転移した。
雪乃は屋敷へ戻り、悠哉をベッドに寝かせて彼の全身を隈なく確認した。
一度の回復魔法では消え切らなかった無数の痣が、傷跡が残っている。その一つ一つに手をかざして更に回復魔法を施していく。
「生きていることが奇跡ね」
焦り、狼狽しながら皆が部屋に飛び込んでくる。
そして全身痣と傷跡だらけの彼を目にして、その場で膝から崩れ落ちる。
そんな中で空だけが、彼の顔に背中を付けて体を丸めた。
「あなたも悠哉くんを癒して守ってくれるのね。ありがとう」
そう言って空に微笑み。彼女はまた治療を再開した。
あれから十日以上悠哉くんは目を覚さない。
日に日にやつれていくその姿に胸が痛む。
そっと彼の頬を撫でると、反対側で体を丸めていた空が顔をあげて雪乃を見た。
「あなたも本当に彼のことが大好きなのね」
おしっことうんちの時以外はごはんも食べずに彼から絶対に離れようとしない。彼から離そうとすると誰であろうと唸って威嚇する。そんな空でも、雪乃から手で与えられたごはんはその場で食べるし、ベッドのシーツを替える時は雪乃に抱かれて替え終わるのを大人しく待っている。
「あなたのご主人様。早く目を覚まして欲しいよね」
雪乃は空の小さな頭を優しく撫でた。
そして、ベッドの脇に立て掛けてある刀に視線を移した。それは倒れていた彼の傍に落ちてた刀で、雪乃がその場で回収してきた。
金の小尻。綺麗な組紐が巻かれた光沢のある朱色の鞘。その鞘に納まった刀の柄は使い込まれたように光沢を失った金の柄巻きで、どこか儀礼的な側面を感じるものだった。
「何故こんなものが一緒に。でもあの国の神の力を宿してるのは確かだわ。どの神かは分からないけれど」
部屋のドアがノックされて、ソフィアの入室を許可した。
「海軍が現場海域を隈なく調べてはいますが、現時点で何一つ手掛かりは見つけられていません」
海軍の手により彼の船は既に回収してある。彼女自身は海軍が総力をあげて調査しても無駄だと思っていたが、グレイシアがあきらめなかった。
その気持ちを雪乃は尊重して、口を挟むことはしなかった。
何一つ、手掛かりを掴めぬまま、悠哉が目を覚ますのを待っていた。もどかしさを隠しながら。
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