ゴーストシップ
ノワール専用艇トリアイナに一人乗りこみ、密かに港をでる。別に誰も見送りに来てくれなかった訳ではない。大冒険へ赴く自分の後ろ髪を引かれたくはなかっただけだ。きっと今頃は雪乃をはじめとした女性達は、俺の居ない寂しさで涙で枕を濡らしているだろう。
冬の終わりも近づいたとはいえ、冬の地中海の荒波は今だ猛威を奮っている。
少し操舵で疲れた俺は、一旦操舵室から船内のキャビンに入り体を休めることにした。
スペシャールな内装。冷蔵庫やコンロなどの魔道具もあり豪華で快適な空間を演出している。
ふわふわふかふかなベッドに飛びこみ、少し目を閉じる。
「怖くて寝れるわけないだろうが!」
勢いよく上半身を起こしながら叫んだ。
愛艇トリアイナが波に流されて勝手に幽霊船に近づいたらと思うと眠れない。
取り敢えずユキナ特製の眠気覚ましを飲む。
「そういやあ、商会に強壮剤を卸してボロ儲けしてんだよな。ユキナにそんな特技があったとは思わなかったぜ。まあ、お小遣いをねだられることも少なくなったし良いことだよな」
キャビンから出て操舵席に座り、また目的の海域を目指しトリアイナを走らせる。
陸地も見えない海上でふと寂しくなるが、星空に照らされた海原はとても綺麗で幻想的だ。
そんな素敵な海原にあいつが少し離れた場所に忽然と現れた。
「幽霊か!」
思わずつっこむ。しかし頭の中では、雪乃が幽霊船だよ。と逆につっこんでいた。
そんなどうでもいい小芝居を一人で演じた後、幽霊船に近づくためにトリアイナを慎重に動かす。
「おいおい。なんで急に霧に包まれてんだよ。雰囲気あり過ぎだろ」
薄っすらと霧に包まれた幽霊船は星明かりに照らされて、その存在感をより不気味なものへと演出していた。
撃つか。魔導砲のパネルスイッチに手が伸びるが親方の言葉を思い出して伸ばしていた手を止めた。
ゆっくりと幽霊船に近づき、フックを幽霊船に打ち込んでトリアイナを固定すると、幽霊船に縄梯子を引っ掛けて登る。
そして、朽ちてボロボロの幽霊船の甲板が抜けないよう、ゆっくりと片足づつ足を降ろした。
「ふむ。思っていたよりは頑丈そうだな」
雪乃に改造してもらった薔薇のファンネルを全て宙に浮かべて光らせた。これで暗闇に呑まれる事はない。俺は周りを警戒しながら慎重に船内へ歩を進めた。ブリッジと呼べば良いのか分からないが、よく映画とかの海賊船の後部にあるその扉をこっそりと開けて中を覗き込んでから足を踏み入れた。
「さすがに誰も居ないな。しかし、船内は朽ちて酷く荒れた感じはあまりしない。が、ボロボロなのは間違いない」
怖くて独り言を言ってるわけではない。声を出して指差し確認をしてるのと同じ感じだ。
奥の下の階へ繋がる階段をゆっくりと降る。幅の広い真っ直ぐな通路を船首の方向に向かって歩く。
また、途中の部屋にお宝がないか部屋を一つづつ慎重に素早く確認していく。もうそろそろ船の中頃かと思っていると突然通路の奥から順に蝋燭の火が灯っていく。
あまりの驚きと怖さに声がでない。
通路の全ての蝋燭に火が灯ると奥から人影が現れた。俺に近づくにつれて人影の正体がはっきりしてくる。
それはまさに噂されていた、船首に立つ、人のシルエットそのものだった。
俺は両手に炎と氷の剣を具現化させる。半身になり、炎と氷の剣を斜め下に構えて、ゆっくりと迫ってくる人影を待ち構えた。
俺と同じくらいの背丈で、白髪の長い髪で顔を隠していて性別ははっきりしないが、たぶん胸が無いので男だ。そいつは驚くべき事に、俺と同じ炎と氷の剣を手にしていた。咄嗟に以前、キョウヤが話していた使い手の事が頭に浮かぶ。
「そうか。最強の使い手はお前か。なら、お前を倒せば、俺が最強だっ!」
体を深く沈みこませて全力で疾走する。そして剣の間合いに飛び込んだ瞬間、相手に斬り込む。
炎と氷の剣で交互に斬り掛かるも、それを相手は容易く剣で弾く。足を止めて互いに剣を打ち込み、数え切れない程の剣戟がその場に連続して響いた。
一旦、一息つくために相手との間合いを取り直し距離をとる。
一見、第三者から見れば互角と思われた斬り合いは、確実に俺の方が押されていた。その証拠に、俺の頬に。腕に、全身に浅い切り傷が至る所に刻まれているのだから。
「さすが最強。息すら乱れねぇ。まあ、幽霊なんだから、それは当たり前だよな」
腕で粗野に頬の血を拭う。勝てそうもない敵に心が踊る。つい、口の端があがる。
「いくぞ、最強!」
同じように姿勢を低くして間合いに飛び込む。
今度は剣だけではなく、蹴りも織り交ぜながら相手に全力で挑む。それに応えるように相手も同じように応戦する。
相手の一瞬の僅かな隙を見逃さず、ショート転移で相手の背後を取る。袈裟斬りをしようと剣を振り下ろした刹那、相手の姿が掻き消えた。そして殺気とは違う危険を感じた瞬間、堪えきれない激痛が全身を駆け巡り、俺は氷の剣で体を貫かれていた。
「大切なものは二度と奪わせない」
その声にゆっくり顔を振り返させると、男の顔が顕になっていた。
「お前は俺なのか」
声を絞り出すように、そう呟く。
つまらない素振りで、剣で貫かれた俺を横に払うと踵を返し立ち去っていく。
払われて、うつ伏せに倒れ込んだ俺は必死に足掻くように仰向けになると、痛みで震える手でポーチから雪乃にもらった回復ポーションを取り出し、腹に空いた傷口にポーションをかけた。
瞬時に傷口は塞がり、痛みも消えた。けれど、立ちあがろうとしても、中々立ちあがる事ができない。何度も立ちあがろうとして途中で倒れた。
「泥棒風情が、まだ抗うか」
倒れた俺の頭の先には、白髪姿の俺が氷の剣を片手に、悠然と立っていた。
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