剣姫
本日五話投稿します。3/5
「すまない。私の至らなさから爵位と領地を取り上げられた。今まで献身的に尽くしてくれた皆に心から感謝する。皆の今後の為に紹介状は書くが、おそらくたいして役に立たないだろう。不甲斐ない主人で本当にすまない」
屋敷の大広間に騎士や使用人を集めて国から下された沙汰を皆に伝えた。皆一様に表情は暗い。中には声に出さずに泣いている者たちもいた。
そんな中、長年仕えてくれた執事が口を開く。
「アリステラ様は今後如何様になさるおつもりなのでしょうか」
祖父の代から支えてくれていた者に隠し事をしても無駄だと思い、正直に答えることにした。
「おそらく暗殺の手の者が送られるだろう。抵抗もせずに殺されるつもりはないが、長くは逃げ切れないだろうな。領土拡大を目論む強硬派の者達にとっては、私は邪魔な存在でしかないからな。私を生かすという選択肢は彼等にはないだろう。いや、慰め者として惨めに生かされる可能性もあるやもしれん。まぁどの道、不幸な未来は変わらないだろうな」
そう言って呆れたように肩をすくめてみせた。
「領地に戻り、徹底抗戦すべきです。ボルドーの地であれば我々が敗北することなどありえません!」
ボルドー家騎士団団長が半歩踏み出して徹底抗戦すべきだと叫んだ。それに同意するように次々と騎士達は声を上げる。
「それだけはならん! 私の命欲しさに領民達を危機に晒すことなど出来ぬ。それこそ、女神様のもとにおられる父上や母上に顔向けできないではないか。だが、私の為にそう言ってくれる、その皆の気持ちは嬉しく思う」
戦うという選択肢をとらないと知ると、皆あきらめたようにうつむき涙を流していた。
後のことは執事に任せ、私は大広間を出て自室に向った。
己の不甲斐なさと、やりきれぬ悔しさを胸に秘めながら。
その日の深夜。ようやく眠りについたかと思えば襲撃を知らせる侍女の声で起こされた。
着替えながら自室の窓から様子を確認した。
「まさか王都で、このような大々的に襲撃されるとは。彼らはよっぽど私が目障りなのだろうな」
着替えを手伝う侍女が笑って答える。
「お嬢様に散々懲らしめられた仕返しかもしれませんね。本当にあきれてしまうほどの小物ぶりです」
生きてやり過ごすことも叶わぬ時だというに、たいした胆力だ。さすがは武門の家に仕える者たちだと感心した。
そして着替えも済み、剣を手に取り、おそらく最後となろう命を下す。
「私は外に出て最後まで戦う。お前たちは地下の通路から隙を見て脱出せよ。よいか、一人でも多く生き永らえよ。決して私の後を追うことは許さんからな。生きて、私の分まで人生を謳歌せよ」
私はそう言って侍女の肩を軽く叩いて自室を出て、足早に外で戦う騎士達のもとへ向かった。
傭兵くずれの荒くれ者達に抗戦している騎士達に加勢すべく戦闘に加わる。
倍以上の敵に押し込まれ、次第に不利になっていく状況を打破すべく必死に剣を振るう。
味方が次々と力尽きていく中で、私も徐々に傷を増やしていった。
戦えぬ使用人達が逃げ延びる時は稼いだ。後は一人でも多くの敵を道連れにするだけ。
最後の気力を振り絞り、剣を高く振り上げた時に敵の後方から次々と閃光が走った。
敵味方共に何が起きているのか分からず、動きを止めて一瞬の沈黙が訪れた。
「はい、カツアゲしまーす。むさ苦しい襲撃者のみなさん」
「命も金も、全て差し出しなさい」
黒と白の場違いな服装をした男女二人が声を荒げることなくそう告げると、白の高価なワンピースを着た女性が見たこともない武器をスカート中から素早く取り出し、襲撃者に向けて攻撃を放った。
低い音を連続して大きく響かせ、武器の先端からは火花が咲くように小さく丸く輝いている。
どんな攻撃をしているのか分からないが、的確に襲撃者だけを倒していた。
その様子を隣で眺めていた黒の服を着た男がゆっくりと私のもとへ歩いてくる。
途中、襲撃者が男に襲いかかるが、まるで羽虫を振り払うように殴り飛ばしていた。
「アリステラ・ボルドー。君を勧誘しにきた」
男は開口一番、意味が全くわからないことを口にした。
「無職で、命を追われる身なのだろう。おっと!」
男は話の途中で私の背後に周り、私を背後から刺そうとした者を逆に背後から手刀で貫いた。
「ほう、こいつはいい。ブラン、まんまと暗部が釣れたぞ」
「うーん、なんか弱くない。期待外れね」
いつの間にかブランと呼ばれた女が、男の隣に立っていて私を背後から襲った男を眺めていた。
「まぁ本命は剣姫だしな。こいつらはオマケだ」
そう言って男は襲撃者を横に軽く放り投げ、状況も掴めずに驚き困惑している私の耳元で彼は囁いた。
「取引をしよう。周りで死にかけて倒れているお仲間を五体満足で治療してやる。そのかわり、アリステラ、お前は俺達の為に働け」
その囁きは劇薬のように私を魅了し、支配した。
私はその男の言葉に迷うことなくうなづいた。
「オーケーだ、ブラン。倒れている騎士達を頼む」
「ちょっと、色気出し過ぎよ。気をつけなさい」
女はそう言って肘で男の横腹を突いた後、手を天に向けて掲げると周囲が淡い青の輝きに包まれた。
「約束は果たした。お前は身支度を整えて、ここへ来い」
小さな紙切れを私に手渡すと二人の姿が消えていた。
私はぼんやりとした頭を何度か振って、大声で使用人達を呼び集め、無事だった騎士と共に倒れている騎士達を屋敷の中に運んだ。
「皆無事で良かった」
そうつぶやき、私は星空を見上げて涙を流し、助けてくれたあの二人に感謝した。
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