想い
本日あと二話投稿します。
目を覚ますとベッドの上だった。温かな人肌を感じて視界を下げると、肩の上に雪乃の小さな頭が乗っていた。その金に輝く綺麗な髪を眺め、俺は小さく謝った。
「どうして謝るの」
「起きてたのか。ごめん、それとも起こしてしまったか」
雪乃は胸を合わせるように上半身だけを重ねて顔を少しあげた。
「なんか後ろめたいことでもあった」
「心配かけたよな」
「まあ、あんな大怪我をして運ばれてくれば普通は心配するよね。それで、誰に殴られたの」
俺の心臓の音を確かめるような感じで、俺の左胸に雪乃は顔を乗せた。
新手の嘘発見器なのだろうか。そんなことを考えながら言葉を選んだ。
「名前は知らないけど、もの凄く強い男だったな。俺のパンチもキックも掠りもしなかったよ」
何故か雪乃から返事がない。続きを無言で促されているように思った。
「いやぁ、ショックでした。上には上がいるもんだな、あっはは」
「隠しごとはいけないと思うよ」
やはり、嘘発見器だったのか。
「まあ、男の子の喧嘩に、女がしゃしゃり出るのも野暮だよね」
「男の子って、俺一応大人なんだけど」
「棒切れ振り回している子供と変わらないと思うけど」
「そうかなあ」
「そうだよ」
雪乃は、俺の胸に耳を当てたまま会話を続けていた。察するに少し怒っていると思われる。
「手当てしてくれてありがとう。お陰でどこも痛くないよ」
「それは良かったね。こっちも元気そうでびっくりだよ」
さすがに苦笑いをした。
「そこは雪乃への愛は無限だということで。なんとかなりません」
「仕方がないね。そういう事にしておくよ」
雪乃はさらに下半身も重ねて、俺に覆いかぶさるとキスをした。
そのキスに安心したのか、俺はまた目を閉じた。
◇
「悠哉様はまた眠られたのですね」
「うん。怪我は癒せても、精神的疲労は残るからね。しばらくは起きないと思う」
「そうですか。しかし、悠哉様があのような大怪我をするとは思ってもみませんでした」
相手が人ではないことは確かでしょう。
殺されなかった。ということは、警告なのでしょうけど、なにか引っ掛かる。
「たまには良い薬よ。負けて得られる事の方が多いのだから」
「それはそうなのでしょうが」
「アリスは心配性ね。それとも好きな男にはとことん甘くなるタイプなのかしら」
「……あの、それって雪乃様のことですよね」
思わず胸を抑えて声をあげそうになったけれど、表情には出さずに必死に堪えた。
「あなたのことよ。それより、軍馬には一家言あったのでしょう。早く行かないと変更出来ないわよ」
アリスは思い出したように急いで部屋を出ていった。その背中を眺めながら私はため息をついた。
「しばらくは目を覚さないと思うし、なにをするか迷うわね。悠哉くんをあんな目に合わせた者に仕返ししたいけど、野暮な真似はしないって言っちゃたしなぁ。あああ、理解ある女の振りなんてしなきゃよかった」
ソファに座り、頭を抱えて過去の自分を呪う。
ここでもし、相手を見つけて仕返しなんてしたら絶対に引かれる。それだけは絶対に回避しないと。
「ここは水着の製作に取り掛かろう。超おしゃれな水着で悠哉くんに元気になってもらうしかないよね。あ、おしゃれな感じの柄の入ったシャツも上から軽く着た方が淑女ぽいよね。それに麦わら帽子は必須アイテムだから用意しておかないと」
やっぱり気分転換には裁縫よね。こうしてると無心になれるし。
◇
夢を見ていた。大好きな爺さんの夢を。
いつも俺を連れて歩いて、いつも遊んでくれた。
そして、たくさんの事を教えてくれた。
「いいか、悠哉。自分より弱い者を虐めてはいけない。それと、一生懸命に真面目に努力している者を笑ったり、否定したりしてはいけない」
爺さんは事あるごとにそう言って、俺に言い聞かせた。
あれは幼稚園に入った頃からだった。
俺が爺さんから武術を仕込まれたのは。
優しかった爺さんが、その時ばかりは鬼に見えた。とても厳しく、とても辛い時間だった。
けれど、それでも俺は爺さんが大好きだった。
なぜ、そんな事をするのか教えてくれたし。何より、俺の為にそうしていると思ったから。
小学校高学年になった時に、友達から聞いて自分の家がヤクザをしていると知った。
その頃からだろうか。露骨に避けるようになった奴もいれば、露骨に利用しようとして近づいてくる奴が現れたのは。
あああ、こういう事だったのか。爺さんが言ってたことは。
俺の名前を語り、金を巻き上げたり。弱い者に対し見せしめのように暴力をふるったり、馬鹿にしたり。
もちろんそんな奴等は叩きのめした。二度とそんな事が出来ないように徹底的に。そういえば初めての喧嘩もそんな事が理由だった。
相手を病院送りにして爺さんに怒られるかと思っていたら、頭を撫でられて褒められた。
一緒にそんな事をしていたら、わしがお前を殺すところだったと。満面の笑みでそう言われて少し背中がゾッとしたことを覚えている。
でも、いつしか誰とも連るまなくなった。自分から他人と距離をとった。だからといって、友達が居なかった訳でもないし、孤立している訳でもなかった。と、自分では思っている。
「爺さん。俺、家は継がないよ」
「お前の好きにせい。やりたい事をやるのが男だ」
初めて彼女が出来て、初めてキスをした旅行から帰ってきた時に爺さんにそう告げた。
父さんはとても寂しそうな顔をしていたけれど、父さんも笑って、お前の道だと言ってくれた。
爺さん。俺、初めて負けちまったよ。
大好きな人の為に勝たなければいけなかったのに。彼女の選択が間違いじゃないと証明しなければ駄目だったのに。
なんでだろう。
悔しくて、悔しくて、目から水が溢れてくる。
「一度、たった一度負けただけで、お前はあきらめるのか。命ある限り、勝つまで挑め。そう、お前に教えたはずだ」
俺は目から溢れでる水を手で払い、立ち上がる。
「次は負けねぇ。勝って証明してやる」
俺は踵を返して爺さんのもとから立ち去った。
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