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神様と歩む悪党街道  作者: そらまめ


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19/85

 少しだけ陽の傾きかけたスラム街の路地裏で、槍を肩に乗せて不敵に笑う男。その圧倒的な存在感に気圧される。抗いようない強者だと思っていても自然と口角が上がる。


 どんなに拳や蹴りを振るっても届かなかった。

 けれど、此処で引くことだけは絶対にできない。


「数多の神々が創りだし世界の一つ。そんなありふれた世界でも犯してはならないルールは存在する。

 神の定めたバランスを人が犯してはならないと。

 なのに彼女は誤った道を選択した。

 誰もがあの美しさと強さに焦がれ、誰もが彼女を欲した。

 そう、誰もが彼女の圧倒的な力が欲しかった!

 神々の万の軍勢を相手にも、誰にも靡かず、誰にも屈せず。ただひたすら己の道を一人突き進む。

 誰よりも人に甘く優しく、不遇な人の世を嘆き、溢す涙は黄金となり、その黄金は無垢なる人々を救う。

 更には神々に見捨てられた枯れた大地を歩めば、そこは豊穣の大地と化す!

 誰よりも優しく、誰よりも不徳を嫌う。

 人々の無垢なる真摯なその願いを、誰よりも叶うことを願う!

 そんな孤高の女神に選ばれた君は、本当にその資格があるのか!」


「資格だあ、そんなの知ったことじゃねぇんだよ! ああ、確かに出会いは最悪だ。だってそうだろう。死んだと思ったら暇つぶしの駒になれってよ!

 けどよ、あいつの気持ち、あいつの想いを受け入れたんだよ! 今更、否定なんて出来ないだろうが!」


 全ての力を振り絞り、俺は立ち上がると血の混じった唾を吐く。

 左足を前に踏み込み、震える右手を引いて、男の顔面目掛けて拳を振るう。


「僕にここまで抗い、拳一つで挑んできたのは、君が初めてだ。けれど、その拳は僕には届かない」


 気力を振り絞った、想いをのせた拳は、その想いを否定されたように空を切る。

 逆に男は完璧なタイミングで踏み込み、拳を突き上げるように小さく鳩尾に振るった。その強烈な衝撃は全身に広がる。


 振るわれた拳で少し体が持ち上げられ、男が拳を引くと、俺はそのまま前に倒れた。


「どうした、本気出しなよ。狂気に満ちた人を殺すための技を。君が幼い頃から血反吐を吐きながら仕込まれた技をさ。己の意思とは関係なく人の命を刈り、ただ命じられるがままに人を殺す、道具としての技を。さあ、立てよ。そのくらいの痛みで、倒れる君じゃないだろう」


 くそがっ、好き勝手言いやがって。

 ああ、そうだよ。これくらいで倒れることなんて許されなかったよ。けどな。爺さんはだからこそ、大切なことを俺の魂に刻んだ。


「勘違いしてんじゃねぇよ。俺が仕込まれたのは己の意思で、己の信念を突き進む為の技だ」


 ゆっくりと腰を上げ、両手で踏ん張りながら両膝を曲げて起こす。最後の気力を振り絞り、ゆっくりと立ち上がる。


「なあ、おまえ馬鹿なのか。倒れてる時に殺さなかった事を後悔すんじゃねぇぞ」


 腰を折ったまま、体を揺らしながら、ゆっくりと上半身を起こす。


 ああ、もう力が入んねぇ。視界もぼやける。

 あと一発か。でもあと一回も拳を振るえる。拳を一回当てるだけでいいんだからよ。


「最高だ! こんなに心が躍ったのは君が初めてだ。彼女が君を選んだ意味が僕にもわかったよ!」


 互いに避けることなく、渾身の拳を全力で叩き込む。

 けれど、俺の拳は男の頬を掠めただけに終わり、逆に俺は拳を斜め上から振り下ろされて地べたに叩きつけられた。


 意識が遠ざかりかける。それでも必死に立ちあがろうと抗う。


「僕の名はアレースだ。いずれ最強となった君の命を刈り取る者だ。今は安心するがいい。僕がこの世界にいる限り、誰にも君に手だしはさせない」


 地を伝う音で男が去っていくのを感じる。

 負けたことなのか。それとも、見逃されたことからなのか、悔しさで強く歯噛みした。

 いつの間にか降り始めた雨が背中を打つ。

 雨で身体中の熱が奪われていく。

 最後に心に浮かんだのは雪乃の笑顔。

 そんな雪乃に向けて、何度も何度も謝った。




 去ってゆく男に、一人の女が寄り添うように歩み寄る。


「本当にこれで良かったの。あなた、彼女に殺されるかもよ。私が彼女の立場ならそうするし」

「だよなぁ。僕も本当はこんな役目引き受けたくなかったけどさぁ。僕以外の奴等なら問答無用で彼殺しちゃうじゃん。そうなったら、あれだろ」

「まあ、大変なことになるよね。でもだよ。アレースもお役目失敗。または叛逆の疑いありって処罰されるよね」

「じゃあ君はさ。彼女と他の奴等。どちらを敵にまわしたくないと思う」

「そんなの決まってるじゃない。フレイヤの敵になるなんて、絶対に嫌よ」

「さすがは僕の愛しのアフロディーテ。僕も全く君と同じ意見だよ。そしてね。フレイヤは彼に人の範囲でしか力を与えていない。だから僕は彼の味方をしようと思う」


 アフロディーテが疑いの眼差しを向ける。


「正直に言ってごらんなさいよ。怒らないからさ」

「いやぁ、彼が強くなったら遊ぼうかと」


 アレースは頭を掻きながら答えた。


「楽しそうだったもんね」

「ああ、楽しかった。だってさ。勝てないと分かっていても立ち向かってくるんだよ。好きな女性の為だけにさ。そんなの同じ男として共感するし、好感が持てるだろ」

「結局、あなたも男の子なのよね。良かったね。気の合いそうな友人候補が見つかって」

「なんだよ。男の子って」

「棒切れ振りまわしてばっかりの、クソガキってことよ」

「酷くない」

「的を射てるでしょ」

「……はい」


 雨に煙る中で、二人は霧に包まれるように消えていった。


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