バカンスへの準備
俺は馬車を取り扱っている中で一番大きな商会を訪れていた。
色々なタイプの馬車が並んでいて、車屋さんに行っているようで見ているだけで楽しくなる。
その中でも派手な装飾のない大きな箱型の馬車に目がいった。
「シンプルイズベスト。やや丸びを帯びた形も上品で美しい」
「ほう、お客様。お若いのに目が高い」
老紳士がそう言って話しかけてきた。
「こちらは旅の道中の快適さを追求したタイプです。馬車の揺れも、中のシートの快適さも、全て兼ね揃えた逸品です。ただ、それだけじゃありません。なんとこの馬車は室内で寝泊まり可能。シートがスライドしベッドに早変わり。また、室内の温度を一定に保つ優れものであります!
ただ、お値段が高く。その、」
「要は高すぎて売れないってことだな」
「仰る通りでございます。この老骨の最後の理想の馬車として制作しましたが」
話の途中で老紳士はがっくりと肩を落とした。
「まあ、あるあるだよな。で、いくらなんだ」
「え、はい。金貨650枚です。馬二頭付きですと750枚ですな」
おいおい、宿屋のスィートルームの永年使用権より高いじゃないか。まあ、判断出来るほどこの世界の物価のこと知らないけどな。
「よし、買った」
「そうですよね。あきらめ、えっ、今なんと!」
「買うよ、爺さん。それも馬付きでな」
「え、はいっ、ありがとうございます!」
「それで馬車の管理とかメンテナンスとか、保管場所ていうのがよくわかってないんだよ。色々と教えてくれると助かるんだが」
商談室で教えてくれるというので俺は老紳士の後をついて行った。
「あの、爺さん。こんなにお菓子とかお茶とか要らないんだが」
「いえいえ。これは私の気持ちです。なんなら持ち帰っていただいても結構ですので」
これが俗にいう菓子折りってやつか。まあ、アンヌが喜ぶだろうからいいか。
「馬車のメンテナンスはこちらで格安で対応致します。というか、工賃なしでやらせていただきます」
「いやいや、それは悪いって。少しは取ってくれよ。じゃないとメンテに出しづらいからさ」
「左様でございますか。まずは登録だのの書類関係はこちらで代行いたします。手数料はいただきませんのでご安心ください。そして馬車の保管場所が無ければ当商会で預かることもできます。もちろん、馬も預かれますが、なにせ生き物なので死んでも保証できません」
「そうだよな。ちなみに、馬車を轢く馬には乗れるのか」
「軍馬なら問題なく乗れるでしょうが、少しお高くなります」
ほほう、それはいいな。まあ、馬には乗れんが。
「よし、軍馬で頼む。多少金が掛かってもいいから。美しくて丈夫で元気な馬にしてくれ」
「かしこまりました。この馬車三頭立てにも出来ますがどういたしますか。軍馬であればパワー的にそちらの方がよろしいと思うのですが」
「三頭立てにしよう。ではそんな感じで頼む」
「かしこまりました。では、ご用意が出来ましたらご連絡差し上げます」
俺は爺さんに連絡先を教え、金貨千枚入った皮袋を渡した。
何のことはない。金貨を数えるのがめんどうだったのと、多めに払えばよくしてくれるかな、という淡い期待からだ。
そして満足した買い物を終えた俺は屋敷に戻った。
「うーん。何処に馬車をおこうか。馬房も必要なんだよな」
そんな事を考えながら庭を眺めていると、俺を見つけたマチルダが中から出てきた。
「悠哉様、如何なさいましたか」
「なあ、今屋敷って確かパンパンなんだよな。あ、住んでる人のことな」
「そうですね。割と手狭にはなりましたね」
「よし、ここは執務室と子供達の学校にして。新しい屋敷を買おう」
思い立ったら吉日。俺はマチルダの手を引いて不動産屋に向かった。そして、以前世話になったオーナーに要望を伝える。すぐ住めて、今より大きい、馬房も備えられる、広い敷地の屋敷。そんな無茶なオーダーにも関わらず、二つ返事で探してくれた。
そしてその夜。ノワール&ブランの格好をした、俺と雪乃は購入予定の屋敷の前にいた。
その理由なのだが、浄化と除霊だ。
「幽霊が出るとは思えない程、建物は綺麗だよな。庭もちゃんと手入れされてるし」
「夜だけなんでしょ、出るの」
「ああ、三階の当主用の大部屋と地下。その二箇所だな」
「ふーん、これは呪いね。怨霊がいっぱいいるわ」
「え、視えるの」
やばい、膝が笑ってる。
「これでも女神だからね。じゃあ、屋敷の中に入ろうか」
ブランに手を引かれながら屋敷の中に入った。
「中も案外きれいね。ここなら住んでもいいかも」
「まじすか。じゃあ、前の屋敷はそのまま住まわせて、こっちには俺達が引越す感じ?」
「それもいいわね。大きなお風呂もお願いね、ダーリン」
「任せておけ。そこで二人で一緒にだよな、もちろん二人で!」
「そう、二人で」
なんだこの漲る気力は!
「じゃあ、さっさと浄化しようか」
ブランは左手を掲げ、ゆっくりと弧を描く。
すると、光がシャワーのように降りそそぐ。
「ん、厄介ね。生と死を司る私に抗うとはいい度胸ね。輪廻転生すら許さないから覚悟なさい!」
ブランはもう一度弧を描くと、腕を前に振りおろした。
一層強い輝きに包まれ、光で目が眩む。
手で目を隠し、薄っすらと様子をみる。
「グワァーーーー!」
「ギャァーーーー!」
とても人が出したとは思えない叫び、いや、断末魔が聞こえた。
「完了よ」
なんかあっけなく終わって拍子抜けした。
「まさか戦闘するとでも思ってたの、ダーリン」
揶揄うように微笑んだ雪乃に少しの間見惚れていると、彼女は頬にキスをした。
「いつまでも好きでいてね。大好きよ」
俺は雪乃を抱き寄せた。
まだ浄化の光は降りそそいでいる。キラキラと輝いた光の中で、長い口づけをかわした。




