道
公爵邸が襲撃され、公爵が死亡したと王都の中は物々しい警戒体制が敷かれ、彼方此方に完全武装の衛士が至る所で見回りと情報収集に当たっていた。
そん中、ようやく執務室にたどり着いた俺は机にうつ伏していた。
「どうなされたのですか」
「いや、少し考えごとをな」
「そうでしたか。それで珍しく歩いてこられたのですね」
今朝の一件を話すべきか悩んだがやめた。そう直感が囁く。
「ここってロマーニャって名前だったんだな。知らなかったよ。で、ローマ王国ね。全然知らなかった」
「え、今更ですか。本当ですか」
「ああ、興味ないしな。ここに来たのも一番大きい都市だからって理由だし」
俺が異世界から来たことはアリステラとマチルダの二人にだけは話してある。雪乃が女神だということも含めて、その話を信じているかはわからないが。
「魔王はいないが魔物はいる。ダンジョンはあるが宝箱はない。はぁ、ほんとよくわからん世界だ」
「どうぞ。気分がリフレッシュしますよ」
マチルダが静かにお茶を机に置いた。
「ありがと」
体を起こして、お茶を一口飲んだ。
「なんだか優しい味だな」
「気に入っていただけたようで何よりです」
「話は変わるが、この書類や俺の仕事減らせないか」
「七割は減らせると思いますよ」
「な、そんなにか!」
「スコット殿は悠哉様に対して嘘偽りなく細かに報告して判断を仰いでいる。それはスコット殿の悠哉様への真摯な思いからなのでしょう。ですから、スコット殿や幹部の方々に裁量権を拡大すればいいのです」
「おおお、そうか。それはいい、すぐやろう!」
こうして俺とマチルダの二人でどこまで裁量権を与えるのか。組織体系に無駄はないのか。細部まで妥協なく、ふざけることもなく、全力で話し合った。その甲斐あって朝までにはまとめることが出来た。
大仕事を終え、二人してソファの上でぐったりしていた。けれど、その表情にはやり切った満足感が現れている。
「どうだ、俺達の本気は。誰もこれには文句も言えまい」
「はい。完璧だと思います」
マチルダの頭が俺の肩に、俺の頭はマチルダの頭に。それぞれ支え合うようにぐったりしていると、いつの間にか二人してそのまま眠りについていた。
◇
俺の仕事もかなり減り、俺はある計画を雪乃やアリステラ、マチルダに伝えることにした。
皆を部屋のリビングルームに集め、その計画を伝える。
「俺は旅にでる。もちろん週に一回はここに戻ってくる。未知が、この世界の未知が俺を待っている。
世界をもっと知れと。世界をもっと自由に飛びまわれと。男なら冒険をしろと!」
一拍おいて、また話し始める。
「旅に、冒険の旅に女、子供は不要。
冒険には危険がいっぱいだ。そんな危険な場所に大事な君達を連れて行くわけにはいかない。
そんな男のわがままを許して欲しい。
俺の愛しい雪乃。信頼できる大切な仲間であるアリステラやマチルダ。そして、俺が全力で守護すべき愛らしいアンヌ。
どうか、わかっておくれ。
俺も君達と離れるのが辛いのだと。
けれど、同時に、君達を危険な目に合わせてはならないと」
右手を左胸に当てて、俺は軽く腰を曲げた。
「却下、却下よ」
どこか懐かしいフレーズ。
でも、あの時より冷たい感じがする。
腰を曲げたまま、顔を少しあげて雪乃をこっそり見た。
とてもとても冷たい表情。そして突き刺さるような冷めた視線。最高の美の化身が醸しだす、そんなオーラに思わず身震いする。
「あなたを一人になんて出来ないし、そんな事は絶対に許さない」
「どうしても?」
恐る恐る顔だけをあげて聞いてみる。
「どうしても、よ」
「どうしてだよ、なんでだよ! 頼むよ、たまには俺のわがままを聞いてくれてもいいだろ!」
豪華なテーブルの上に音もなく土下座したまま跳びのり、華麗にそのまま土下座を決めた。
「はぁ、あなた。距離が離れて、私とのリンクが切れると、あなたは死ぬのよ」
その衝撃の事実に土下座したまま驚愕する。
「ちなみにどれくらい?」
「10キロメートル程ね」
「ほんとに?」
「ほんとよ」
その言葉に全身が震える。
雪乃以外には不能。雪乃と離れれば死。なんて無慈悲な!
「俺に自由はないのか! 俺に、俺には自分の人生すらも決めることが出来ないのか」
無気力感に苛まれる。体が、全身から力が抜けていく。
「ひどいよ。ひどいよ、雪乃。こんなにも、世界中で誰よりも君を愛しているのに」
俺の頬をそっと涙が伝う。
雪乃の温かい手が涙を拭うように、そっと頬に触れる。
「それが女神を得た代償なの。私にはどうすることも出来ない。とても、不本意で悲しいのだけれど」
雪乃の名を呼び、頬に触れる手を両手で包み、俺は号泣した。
一頻り泣いた後、俺は泣き疲れて雪乃の胸の中で抱かれるように眠りについた。
「嘘ですよね」
「私もそう思いました」
アリス、マチルダが私の嘘を指摘した。
「普通はこんなに簡単にだまされないわ。まさか、私も信じるとは思わなかったもの」
私の胸の中で眠る彼の背中を優しくさすりながら二人に答えた。
「素直なお方なのですね」
「ええ。とても素直で優しい人よ」
私はそう答えて、彼の頭に軽くキスをした。




