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邂逅

 本日から二日間は五話投稿します。

 短くともわりと良い人生だったし、思い残すこともない。

 生を授かり二十余年。尊敬する祖父の言葉に従い弱い者イジメもせず、他人の努力を馬鹿にすることもなく、赴くままに過去を顧みることもなく生きた。


「要は他人に興味もない、自分勝手な奴ってことね」


 そんな真っ当に生きた俺は、愛する人を庇い、背を刺された。


「まぁ、素直で気立てがいい娘でも水商売の女だし、逆恨みされることもあるわよね」


 彼女の腕の中で……


「おい、さっきからうるせーぞ。黙ってろ、エセ女神」


 豪華な椅子に座り、気怠そうに頬杖をついて優雅に足を組んでいる女神とやらに、人の話は静かに聞くものだと短く諭した。


 そんな俺と女神の間には、床にまるで旅行パンフのように空から見た都市の景色が丸く切り抜かれ映し出されているが、一切興味がそそられないので一目見て無視していた。


「だから、転生させてあげるから好きな能力と武器を授けてあげるって言ってるの。素直に泣いて喜び、私に平伏し感謝しなさいよ!」

「いらねぇって言ってんだろ、ばか女!」

「はああぁあああ、あなたの世界のパラレルワールド。剣と魔法の世界に転生させてあげるって言ってるのに、なにが不満なのよ!」


 女神は椅子から勢いよく立ちあがると、半歩踏み出し両拳を硬く握って俺を睨んだ。


「不満も何も。さっさとあの世に送れって言ってんだよ。だいたいなんであんな古臭え世界に行かなきゃいけねぇんだ。ネットもねえ、スマホもない。ましてや目の保養にもならねぇ、色気もない服は!

 立つもんも立たねぇだろうがよ!」


 俺も椅子から立ちあがり、前屈みになって睨む自称女神の額に自身の額を押し当て、互いの吐息を感じる至近距離で睨み合う。


「だいたいの馬鹿は泣いて喜んで転生するの。そしてアニメやラノベとは違い、ままならない現実に己の非力さを憂い、転生しなければよかったと後悔して果てるの。そんな無様な様を観て、私はほくそ笑むの。そして最後にこう呟く「哀れね」って。

 そういうことだから、あなたも黙って私の娯楽の駒になりなさいよ!」

「ほんと、あきれた女だな。上辺だけの醜い女。誰もがお前の思い通りになると思うなよ!」


 強く押された額を押し返しながら反論する。やや、その近さに気恥ずかしさを感じるが、それよりも怒りの感情が勝る。そんな理不尽になど負けぬと。


「愛と豊穣の女神である私の神意に従えないと」

「残念だったな。俺の家は仏教で、日本古来の神道をも崇めている。異国の神など眼中にない」

「ほほう。私を眼中にないと。数多の神々の中でも最高の美の化身とされる私を!」


 怒りが頂点に達したらしく、俺の手が握りつぶされそうになる。とても痛い。死んでも痛みを感じるものだと初めて知った。そんなことは一ミリも知りたくもなかったのに。しかし、俺は屈しない。最後まで抗ってみせる!


「ふっ、外見だけ良くても心がな」

「……ねえ。今、私を鼻で笑った? ならあなたも私と同類でしょうが。外面だけの陰険野郎」

「馬鹿を言うな。俺は誰かさんと違って、騙して人が苦しむ様を、笑って眺めたことなんて一度もないからな。一緒にすんな」


 押されて仰け反っていた上半身を、ありったけの力を込めて体を起こし押し返す。そんな俺の力に驚いたのか、女神の目が大きく見開いた。


「戦いの女神でもある私を押し返した? まさかとは思うけど、そのまま私を押し倒すつもりなの。けど負けないわ。どんなにこの身を汚されようと、私は人如きに屈したりはしない!」


 は? なに言ってんだ、こいつ……


 そんなあほな言葉に思わず力が抜け落ちると、そのままあっさり体を押し倒された。そして勢いよく俺の額に女神の額が打ち付けられ、その衝撃で目に火花が散る。軽く意識を失いそうになった時、ふと唇に柔らかい感触を感じた。


 その正体を確かめるべく、俺はゆっくりと目蓋を開ける。

 肩を震わせ、うつむき、頬を赤らめた女神は片手で軽く唇を抑えていた。


 そして俺と目が合うと、俺の頬をおもいっきり叩き、器用に座ったままくるっと背中を向けた。


「せ、責任とりなさい。わ、たしの唇を奪った責任を」


 女神は今にも掠れそうな震える声で、そんな言葉を口にした。


「……尻軽女神がなに言ってんだ」


 そう。古来より愛と豊穣の女神はビッチだと決まっている。誰もが知っている常識だ。


「今なんて言ったの? 尻軽って言った?

 ねえ、未経験の私に向かって……

 私の事をなんにも知らないくせに、勝手に決めつけないでよ!」


 女神は倒れている俺に跨り、俺の胸を何度も叩く。悲しみで顔を歪め、大粒の涙を流しながら。


 胸が痛い。罪悪感を覚え、軽はずみな言葉を口にしたことを悔やむ。

 俺は力なく顔を横に背けて、小さく「ごめん」とつぶやいた。


「謝るくらいなら言わないでよ!」


 彼女は俺の胸に顔を預けて泣きじゃくる。

 そんな彼女の姿に、頭の片隅でほんの少しだけ疑問に思う。


 そんなに泣くことなのか、と。



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