第3話 次郎天狗
次郎のお兄さんは車を出してくれて、お爺ちゃんを病院へ連れて行ってくれた。
お爺ちゃんの足は折れてはいなくても、捻っていたようで、全治三週間。丸っと私の留守護期間中は安静にしなければならない様子。
「ありがとう。タロちゃん。って、次郎、一緒に帰らないの?」
「俺はチャリもあるし、お前ん家でご飯食ってから帰るわ」
「いつもごめんね、タミちゃん。次郎がお世話になってるんだから、今日みたいに困った時は遠慮なく言ってね」
タロちゃんはそう言って帰って行った。
さぁ、ちゃぶ台でコロッケを囲んで夕飯だ。
「「「いただきます」」」
ガヤガヤと遅めの夕食が始まった。と同時に、タケル様への質問も始まる。
「タケル様。今後は私、どんな感じになるのでしょう?」
「どんな感じとは? 建造、マヨ取ってくれ」
タケル様はコロッケから目を離さず、マヨネーズをたっぷり付けながら話を聞いている。
「私は普段、学校があります。その間に鬼が出没したらどうなるんでしょう?」
答えてくれたのはお爺ちゃんだった。
「問題ない。留守護が鬼を退治する時は、まず神社の拝殿に結界を張って鬼をそこに入れて置く。一時的に閉じ込めて、正装に着替え神器を携えて戦うんだ。
タケル様が見守っている土地は広いからな。各地の神社から鬼が出たら連絡が来るようになっている。普段はタケル様が直接その地に行って祓っているが、今の時期だけ、ウチへ連れて来る。連れて来るだけなら、お小さいタケル様でも出来るからな」
「じゃぁ、私が居ない時に鬼が出たらウチの神社の拝殿に閉じ込めておくって
事? それって毎日あるの?」
「日によるが、一日二体の時もあれば全く無い日もある。そうじゃなぁ、だいたい週に二〜三回ぐらいだ」
「そうなんだ… お爺ちゃん、そんな事してたんだぁ」
「タミ、心配ないぜ。俺もいるしさ」
って、ニコニコ顔の次郎。そうだよ、次郎が何で必要なんだよ!
「タケル様、さっきから気になっていた次郎との関係を聞いてもいいですか?」
ん? とコロッケを頬張っていたタケル様が急いでモグモグごっくんする。
「あぁ、そこの次郎坊はな… 我が話してもいいのか?」
と、タケル様はニヤニヤと次郎を見た。
「タケル様。俺から話します。俺の計画ではもっと先だったんだけど…」
「何、次郎? モゴモゴしてないでハッキリ言ってよ」
お爺ちゃんとタケル様はもう次郎の話に興味がないのか、コロッケ争奪戦を再開していた。
「あのな。本当はもっと先に言おうとは思っていたんだ。実は…」
まだ煮え切らないのか、次郎は言いよどんでいる。
「ねぇ、しゃっしゃっと言ってくれない?」
「あぁ… 実は俺、天狗の生まれ変わりなんだ。だからタケル様も鬼も視えるんだ」
は?
私が呆気にとられている間に次郎はそのまま話を続ける。
「生まれた時から、天狗だった時の記憶を持っていて、何でそんなモノがあるのか不思議だったんだけど、特に生活にはこれと言って不便はないし、ただ記憶だけを持っている状態で七歳まで過ごして居たんだけど」
と、次郎は話しながら上目遣いで私の反応を伺っている。
「七歳の祝いの時にここへ初めて来たんだ。ほら、俺ん家も神社だろ? 他の神社へ行った事がなくてさ。なぜか、その日はお爺に連れられてここに来たんだ。覚えてるか?」
「… そんな事もあったような… って、次郎の家も神社じゃん! ん? でもなぜに天狗?」
「あのなぁ、お前、うちの神社の別名も知ってるだろう?」
「あっ! 太郎坊さん。つまり天狗!」
「そう言う事。俺は、俺の神社がある山を守護をしていた天狗の生まれ変わりなんだ。これは、さっき言った七歳の時にここへ来てタケル様に教えて頂いたんだ」
「そうなんだ… 天狗ね~。何か出来るの? 漫画に出てくるような感じの技とか?」
次郎はチラッとタケル様を見てオズオズと話してくれる。
「技って程じゃないけど、言の葉系と風を起こせるかな」
「言の葉?」
今まで話を聞いていたタケル様が口を挟む。
「建美、言の葉の事は明日に教えるから。それより、天狗と聞いてあんまりビックリせんのじゃな?」
「え~。これでもビックリしてるんですよ。だって、天狗ですよ! 伝説の生き物ですし。実在したのが驚きです。それより、次郎の事情はおっちゃん達は知ってるの?」
「話してない」
なぜに? 私が次郎に聞く前にタケル様が教えてくれた。
「我が黙っておくように言ったのじゃ。
今の世は、神力を携えている者や信じる者が少なくなったからな。次郎の両親や兄弟は、いたって普通の人間だ。神力を感じない。まだ幼い子が言う事とは言え、破天荒な内容だから周りを変に混乱させてしまうやも知れん。
その代わり、学校帰りにこっそり建神社に来たら、我が神力の出し方などを指南する約束をした。
こやつは、言わば我の眷属の部類に当たるかな。次郎の記憶の主である『太郎坊天狗』は大昔に我と一戦やり合った事があってのう、その際色々あって我に降ったしな」
「そっか… だから家は結構離れてるのに、毎日のように遊びに来てたんだね。そっか、そう言う事か」
「いや、違う! それだけじゃないんだ! 実は、俺はおま〜」
次郎が話している途中でお爺ちゃんが話をぶった切る。
「次郎、コロッケがなくなるぞ! 建美、明日は土曜日だ。タケル様と十分お話をする時間はある。今日はこの辺でいいだろう」
「そうだね。タケル様、明日何かしますか?」
「あぁ、神力の使い方を教えよう。代理とは言え、ちっとは使えた方がいいじゃろうし」
「わかりました」
と、三人はコロッケを食べ始める。次郎は… しょぼくれて下を向いたままだ。
「次郎、早く食べな。残り二つしかないよ」
「… うん」
「でもさぁ、不思議だね。長男のタロちゃんじゃなくて、天狗は次郎なんだね。タロちゃんこそ『太郎』って名前なのに。ぷぷぷ」
「そうだよな。今の神社を継ぐのは兄ちゃんなのに。なんで俺なんだろうって、結構悩んだけど答えは出なかったよ。
まっ、たまたまなんだろうな。持ってしまったもんはしょうがないよ。記憶も神力の事もタケル様に出会えて解決したし、それが俺の運命なんだと思う」
「そう… タケル様はわかっていたんですか? 次郎が天狗って事」
「あぁ。次郎が生まれた際、神力を少し感じてな、ちょっと散歩がてら見に行けば阿之神社の倅じゃないか。じゃから頃合いを見計らって、建造にこちらに来るように手紙を出してもらったんじゃ」
「へぇ~。でもお爺ちゃん、次郎のお爺ちゃんと犬猿の仲じゃなかったっけ?」
「ふん。あのクソじじいは気に食わんが、タケル様のお願いだ。その時は、お互いの孫の七歳の祝いって事で招待したんだよ。まだ、みさ子も生きていたしな」
え? お婆ちゃん?
「お婆ちゃんが何か関係があるの?」
なになに~。まさか、ベタベタに行けば、お爺ちゃんと次郎のお爺ちゃんとでお婆ちゃんを取り合ったとか? で、仲悪いって? わくわく。
「あぁ、あのクソじじいはみさ子の元婚約者だったんだ」
ビンゴ!
「結果的にあいつはみさ子にフラれたくせに、儂が嫁にもらった事を今だにグチグチ言って来るからうっとおしいんだよ」
「フラれた! 駆け落ち的な?」
「あほう。こんな近場でそんな事はせんわ。もう大昔の事だから時効でいいか。みさ子はあいつと婚約する際、占術のお告げで『凶』と言われてな、そんな迷信じみた事で婚約をなかった事にされたんじゃ。昔は今と違って占術を神のお告げとして信じていた…
みさ子自身は、数回話しただけの、親が連れて来たお見合い相手だったし、そう言うことならと、すんなり身を引いたんだ。それで、その後、ウチの春祭りで儂と出会って… と言う訳じゃ」
「へ~、色々あるんだね。でも占術って。お見合いまでしてそんなのあり? ま~でも、神社の跡取り問題は今でも深刻だしね。って、ごめん、次郎の家の話でもあるんだった」
「いいよ。俺もそんな風習は大昔のもんでアホらしいし。それにさ、俺の両親の時はしなかったんだって。オカンが『そんな時代錯誤な! 占いで私のダーリンとの未来を左右されてたまるか』って押し切ったらしい。ほら、うちのオカンって、猪突猛進な所があるから」
「かっこいいね。おばちゃん! さっすが!」
「ははは。後な、何を隠そう、みさ子をウチの春祭りに呼んだのは実は我じゃ! みさ子はああ見えて巫女の血が濃い娘でな、ぜひウチの建造と夫婦になって欲しくて。
阿之神社と縁談が消えたと聞いた時、急いで春祭りに来るように夢枕に立って導いたんじゃ。すごいじゃろ?」
『えっへん』と胸を張りながらタケル様は誇らしげにしている。
「タケル様、グッジョブです。おかげさまで私がこの世に誕生できました」
私もタケル様のノリに乗って『ははぁ~』と頭を下げる。あとの二人は『はいはい』と言う感じで食後のお茶をしていた。