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第1章9話 烈火の千日紅

 カインとのいざこざを乗り越えたテルは魔獣狩りの準備をしていると、偶然その日が休みだったリベリオに呼び止められ、


「これからカインと稽古か? なら丁度いい。紹介しておきたい人がいるから今日は俺についてこい」


 と無慈悲にも初陣の延期を言い渡された。


 テルのすぐそばで待っていたカインは心当たりがあるようで「はあ?」と口を開けた。


「なんで急に、ていうか俺ここに来るの無駄足じゃないか」


「どういうこと?」


 腹立たし気なカインにテルは首を傾げる。


「テルに紹介するヒルティスって人はカインの大家なんだ」


「へえ、そうだったんだ。でもカインの大家さんをなんで俺に合わせようと?」


「細かいことは気にするな」


 説明が面倒になったのか適当な言葉でテルをあしらう。リベリオらしいいい加減さである。




 そうして言われるがままに四人は村に向かった。

 そう、テル、リベリオ、カイン、ニアの四人である。


 テルの知る限り、過去にニアが外出していたことはなく、一体どういうことだと目を白黒させていると、カインが「ニアさんはたまにヒルティス婆さんに会いにいくんだ」と言った。


「そうだったんだ……ていうか、カインってニアをさん付けしてるの? 他人行儀だな」


「別に呼び方なんてなんだっていいだろ、うるさいな」


 様子を見るに、カインもニアに碌に口を聞いて貰えていないであろうことがなんとなく察せられた。

 ニアは大きなローブで顔をすっぽりと隠しており、傍から見たら男か女かもわからないようにしている。リベリオにそのことを質問しても、「まあ、色々あってな」とはぐらかすばかりである。


 はぐらかすと言えば、ヒルティスという人物に関してもそうだった。


「ヒルティスってどんな人なの?」


 テルがそういうと、リベリオとカインはすごく苦々しい顔をしてから、


「薬屋をやってるんだ。昔からの付き合いがあってな」


 とリベリオが答えるが、それ以上のことは二人そろって口を噤むのだった。


 今日は俺を小馬鹿にする日なのか、と少し腹を立てながら、テルたちはそのヒルティスの待つ建物にたどり着いた。


 やってきたのは、シャダ村の真ん中ほどに位置する建物だ。三階建てほどの高さの石が積み上げられてできた建物がいくつか並んでおり、三人はその建物の間にできた日の差し込まないくらい狭い路地に入っていった。


 奥まで行くと、木製のドアが静かに佇んでおり、小さく営業中を知らせる看板が掛かっていた。


 リベリオが何も言わずにドアを開けると、ベルがその部屋の中に静かに響いた。部屋には小さなランプひとつしか灯がなく、その薄灯はテーブルの上を照らしているだけだ。


「婆さん、いないのか」


 リベリオが暗い部屋の奥に向かって声を出す。そして、しばらくすると、


「ああ、うるさいうるさい。そんなに大声出さなくても聞こえるわよ」


 そんな可愛らしく苛立つ声が部屋の暗い場所から帰ってきた。

 テルはどこか違和感を覚えたが、その声の主が現れるのを待つ。


 そして、現れたのは、長い薄桃色の髪の少女だった。十歳ぐらいだろうかテルの腰くらいの背丈で、古びたローブに身を包んでいる。


「あれ、こんな小さい子もいたんだ」


 テルは腰を屈めて視線を低くした。


「ねえ、君。ヒルティスって人をよんできてくれない?」


 そういわれた少女はしばらく、テルの目をじっと見てから、少女とは思えないほど深く眉に皺を寄せると、テルの耳をつまんで引っ張り上げた。


「いででででででで!」


 突然の痛みに悲鳴を上げると「何度もうるさいといわせるんじゃないわよ」と言って耳を解放した。


「あたしがそのヒルティスだよ」


 床に転がるテルにむかってヒルティスと名乗る少女は鋭い視線を向ける。


「は? いや、婆さんって……」


 テルは助けを求めるようにリベリオとカインに目をやるが、カインは死者を見るような

憐みの目をしているし、リベリオは目を合わせようとしてくれない。


「リベリオ、この見た目で人を判断する失礼なガキは一体誰なんだい?」


 ヒルティスは視線をリベリオに移すと、「あーそいつか」と頭を掻く。ヒルティスの苛烈さにリベリオも対応がたじろいで遅れている。


「そいつは新しい弟子のテルだ」


「弟子ぃ? なんだい、随分な心変わりだねえ」


 ヒルティスはリベリオの顔をしたから睨むように覗き込む。

 圧倒的体格差がありながら、ヒルティスのほうが威圧感を纏っているように見えてなんとも珍妙な光景である。


「まあ、そんなところだ」


「ふん、だとしたら礼儀がなってないね。躾ができないんなら下手に弟子を取るんじゃないよ」


 顔を背けるヒルティスは、リベリオから興味を失ったようにして、ローブを被ったニアに視線を向けた。


 まさかニアにも矛先が向くのかと、恐ろしい予感で体が強張るが、テルの予想とは裏腹に、ヒルティスはぱあっと優しく可愛らしい顔をして、ニアに駆け寄った。


「ああ、ニア、会いたかったよ。さあ、こっちの部屋においで。美味しいお菓子を用意してあるよ」


 ニアもヒルティスを迎えるために膝をまげて視線を落とすと、ヒルティスがローブをゆっくり外してニアの頭を撫でた後に抱きしめた。


 一見、可愛らしい幼女と美しい少女が仲良さげにしている、大変微笑ましい場面だ。しかし、会話の内容が久々の孫に会う祖母といった様子で、ちぐはぐすぎて頭が混乱してくる。



 ヒルティスとニアが奥の部屋に行くのを男三人は見送り、ドアが締まるのを見るとカインとテルは大きく息を吐いて緊張を解いた。


「なにあの人、どういうこと!?」


 テルがリベリオに噛みつくような勢いで迫った。


「あれは俺の恩師というか恩人というか、そんな感じの人」


「そうじゃなくて! 説明不足すぎる!」


 最初はリベリオが多くを語ろうとはしなかったため、それほど特徴がない人物なのかと思っていた。しかし、蓋を開けてみれば、老婆と呼ばれる幼女ではないか。

 魔法や魔獣の時点でしみじみと感じていたが、異世界らしさが際立ってきている。


「説明してごねられても嫌だったからな。おかげでテルがここに来るまで面倒はなかっただろ?」


「それはリベリオだけの都合だろ」


 言ってくれればあんな怒られずにすんだのに、とテルの納得していないぞと訴える視線をリベリオに送り続ける。


「それよりあの人いくつなんだ?」


 テルはリベリオの不義理よりもヒルティスという少女が何者なのかが気になって、奥の部屋に聞こえてないか注意しつつリベリオに聞く。


「さあな、俺が会ったときから見た目は変わってない」


「初めて会ったときから?」


「ああ、十五年前から」


 テルが言葉を失い、リベリオが肩を竦める。するとカインが揶揄うような目をした。


「歳を聞いたら烈火のように怒りだすから気をつ―――」


「烈火のついでに、あんたの部屋も燃やしちまおうかねえ。カイン?」


「あ、やば。じゃなくて、ごめんなさい」


 酷く冷たいトーンの声でカインの言葉が打ち止めにされ、カインは顔色がみるみる青くなる。


「テルっていったかい? 淑女の歳を探るだなんていい趣味をしてるじゃないか」


「あの、ご、ごめんなさい」


 可愛らしい顔から、ドスの利いた声とナイフのような視線を向けられると、身じろぎもできないほど恐ろしいということをこの時テルは初めて知った。


「リベリオも―――」


「まあ、落ち着いてくれ婆さん。二人には注意しておくから、本題に移ろう」


「……はあ、まったく」


 リベリオが前に出て窘めるようにすると、ヒルティスは今日のところは勘弁してやるとテルとカインを睥睨し椅子に座った。


「それで、なんの用事なんだ?」


 リベリオは用事があってよばれていたようで、テルはそれを初めて知った。とことん何も話をされていないのでテルの不満は溜まるばかりだが、今回はそのおかげで、折檻を受けずに済んだ。

 椅子に座ったヒルティスは、テーブルにあったメモとペンでなにかを書いて、リベリオに渡した。


「いつものおつかいだよ」


 受け取ったリベリオは目を通すとメモをズボンのポケットにしまう。


「わかった、三日後には持ってこれるだろう」


「別に急ぎじゃない。リベリオの都合があうときでいいんだけど」


 言い終わる前にリベリオがテルとカインに視線を向けるので、ヒルティスもそちらに目をやった。

 困惑するテルとカインを気に賭けず、リベリオは踵を返し、


「じゃあニアを頼む」


「ああ、あんたたちも気を付けなさい」


 そう言葉を交わし、リベリオは薬屋を出ていく。残されたテルとカインは「おじゃましました」と言って後を追うように外にでようとしたとき「待ちなさい」という声がぴしゃっと響いた。


「な、なんですか?」


 恐る恐るテルが振り返るとヒルティスはガタリと音を立てて椅子を立ち上がり、テルは思わず肩を震わせた。




ーー・--・--・--




 テルは重い荷物を隣の座席に置いくと、背もたれを覆うように伸びをした。


 荷物には食料や野営のための道具が詰められ、大きさも重さも相当なものになっており、背負っているテルは人を背負って歩いてるような気持ちになっていた。


 荷物があるのはカインもリベリオも同様で、決してテル一人が荷物持ちを務めている訳ではなかったが、その二人はテルに比べるとまるで汗をかいていない。



 ヒルティスにおつかいを頼まれたリベリオと、リベリオの下請けのカインとテルは目的地の狩場に向かう馬車に乗っていた。馬車は町に向かうものより遙かに小さく、三人と荷物でいっぱいになった。

 薬屋に訪れたのはまだ朝と呼べる時間だったが、遠征の準備をしていただけでもう日が高い位置に上っている。


「ただのおつかいでなんでこんな大荷物なんだ」


 愚痴をいいながら、下ろしたものを横目に見る。


「二日滞在するから荷物が多くなるのも当然だろ」


 ちょっとした行商くらいの荷物量をカインはものともしていない。


「ああ、そうだ」


 リベリオは思いついたように、紙に包まれたサンドイッチに近いような食べ物をカバンから取り出した。


「せっかく婆さんがくれたんだ。着く前に食おう」


 テルはサンドイッチを受け取ると、空腹と同時にヒルティスのことが思い出された。


 ヒルティスに呼び止められた一行は、


「昼食を用意するから、少し待ってなさい」


 と言って、もともと準備していたのかと思うくらいの早さでサンドイッチと革製の水筒をテルたちに渡した。


「うん、うまい」


 リベリオが頬張るのを見てテルもそれを口にする。


「たしかにうまい」 


 横に視線をやるとカインももくもくと食べている。


「リベリオはヒルティスが怖くないんだな」


「慣れてるからな」


 テルが思いついたように言うと、リベリオは素っ気なく答えた。


「心配性で面倒見がいいから、怖くてもいまいち怖がれない」


 烈火のごときロリババアが生み出したあの恐ろしさのなかに慈愛の部分を見出すと、怖さも一周回ってしまうらしい。


「それにしても随分ニアを気に入ってるんだな」


 ヒルティスはニアには抱きつくほどだったし、ニアはニアでそれを嫌がるどころか、無表情の中でも最も柔らかな無表情を見せていた。


「ああ、ヒル婆がニアだけ特別扱いなのは全く謎だ」


 リベリオが心底同意するように言った。


「そういえば、ニアが外出してるのを初めて見た」


 テルはふと、気になっていたが変に気を遣って聞けなかったことを呟くと「まあ、色々あってな」とリベリオは案の定、濁すように答えた。


「ヒルティスにはたまにニアの様子を見てもらってるんだ。俺一人じゃ至らない部分も多いからな」


「リベリオとニアってさ……」


「ああ、血は繋がってない」


 テルが言い淀むとそれを察したリベリオがはっきりと言う。

 勝手な憶測でそうではないかとは考えていたが、はっきり教えられるのは初めてだだった。


「一年前に親子になった。端的に言えば養子だ」


「一年前……」


 テルは話の続きを要求するようにその言葉を復唱するが、リベリオは髭を撫でて気まずそうな顔をした。


「経緯の話はそのうちな」


 はぐらかされたテルは諦めて窓の外に視線を移す。

 街に出た時に乗った馬車を引いていた馬と同じ大きさの馬が四人乗りの車を牽いているため、かなりスピードが出ている。


「あの山の麓についたら降りるから、そろそろ準備しておけ」


 リベリオは前方にある山に目をやった。大きな山ではなく、一つの岩山とそれをまるまる包む込む森といった方が正しいだろう。

 森の一部が剥がれ落ちたように岸壁が目立つほどの急斜面があり、独特な形状の山はどこからでも登ろうとするとかなり苦労するだろうなと予想がつく。


「あのメモはなんだったんだ?」カインが聞く。

「ああ、これか」リベリオはメモを取り出してカインに渡す。

「オニノセ、ヒョウイモ、ヒトヒト……」


 カインがメモを読み上げるが、テルはその単語の羅列が理解できない。


「この薬草、俺たちの手伝いいらないんじゃないか?」


 カインが困惑したようにいうとリベリオは当然かのような顔をして「薬草取りは俺だけで十分だ」と言った。


「じゃあなんで俺たちを?」


「穴場なんだ、あの辺は」


 その言葉でカインの口元がきゅっと引き締まった。


「穴場?」


「この間カインに任せたばっかりだが、せっかくだ」


 話について行けていないテルが首を傾げるとリベリオがニヤリとしたり顔をした。


「師匠らしく、弟子に指南でもしようじゃないか」

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