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第3章38話 白亜の狼煙②

 王都カナンの中央に、騎士庁本部は位置しており、最も大きな会議室に、これでもかと風詠みたちが詰め込まれていた。ざっと百人ばかりの風読みたちは、それぞれ現場に出向かった別の風詠みと遠隔通話を行い、王都各地の情報を事細かに仕入れるため、まさしく総動員で働いている。


 それも全て、今目の前に迫った王都の危機を救うためだ。

 室内は緊迫感で満たされ、声を震わせる者も怒声を上げる者もいる。


「十八番区の母胎樹発生から五分経過、依然として目立った活動はしていません」


 風詠みの一人が、会議室の奥に向かって声を上げた。周りの他の風読みたちは、皆、自分のやり取りで精一杯だったが、最も奥に鎮座する喪服のようなドレスを纏ったシャナレアだけが、唯一それに反応した。


 次の瞬間には、全ての風詠みの通話に割り込むように、先ほどの情報が知らされる。本来、風詠みとは、一対一の会話を実現させるもので、一人が百人もの会話に介入するなんて神業が使えるのは、シャナレア・ワンズただ一人だとされている。

 

 稀有な才能や過去様々な防衛の功績から、さまざまな場所からスカウトを受けていたシャナレアは、つい数カ月前まではそれを断り、コーレル地方という田舎に留まり続けた。しかし、ある日突然、軍部省の誘いを受け入れ、入省するや否や中央情報部長に就任するという異例の出世を果たした。


 さらに此度の、魔獣軍団による王都への直接攻撃の際も、皇太子の推薦を受け、防衛の要を任された。優遇ともとれるその扱いに、妬み嫉みを抱く者は数あれど、手腕に不満を持つ者は一人もおらず、まさしく風魔法使いのエキスパートと言える。


「十八番区の市民の避難、完了しました!」


 風詠みの一人から、またしてもシャナレアに対して声が上がると、即座にそれが全体に共有される。


「了解。現地の騎士に攻撃の許可を。 九番区十番区の避難の進捗は?」


 シャナレアの言葉は、それぞれ担当地区の風詠みの耳元に届く。風詠みはまた自分の相方にその言葉を飛ばし、返事を受け取ると、それをシャナレアに伝える。


「十番区の避難は順調で、もうすぐ完了するそうです。ですが九番区は、避難先の四番区の貴族が避難民の受け入れを快く思っておらず、滞っています」


「ふん、リディーニャ卿か。貴族が何と言おうと関係ありません。黙らせて避難を進めなさい。ブラックガーデンの名前を出せばおとなしくなるでしょう。あまり長引くようなら私が対応します」


 的確に告げると、やがて「九番区十番区の避難、完了しました」と報告が入り、深く息を吐く。

 魔獣の総攻撃が始まってから、まだ時間は経っていない。これから何が起こるかわからない状態で現状できる最善は尽くすべく、準備を重ねてきた。




 思い返すのは、三日前の対策会議だ。一週間前、唐突にヴァルユート皇太子の命を受け、魔獣侵攻対策本部の指揮官を仰せつかったシャナレアは、現在集めることのできる最高戦力を呼び寄せた。


「急用のヴァルユート皇太子に変わって、私シャナレア・ワンズが、今回の会議を取り仕切らせていただきます」


 特位騎士『妖艶(ようえん)』のカミュ、準特位騎士『万世氷山(ばんせいひょうざん)』のアインライヴ・ブラックガーデン、近衛騎士団長ガリス・ナザーク、エウゥ・ギャンツ、ウラセナ・モルターの計五人の準特位以上の騎士たち。カイン・スタイナーの想定外の乱入はあったものの、突然の招集にしては悪くない面々だった。

 

「こちらはヴァルユート皇太子から預かった、この先予想される魔獣による王都への直接攻撃の被害予想図です。これらは、予見の巫女に基づく情報なので信憑性は確かです」

 

 余計なものを省いた、端的な概要に対する反応はまちまちだった。

無言で傾聴するもの、頬杖をついて気怠そうにするもの、「ほんとうに予見の巫女は存在してたんスね」と初耳の情報に驚くもの。しかし、魔獣の侵攻に怯えるようなものは一人もいなかった。


 シャナレアは王都カナンを上から見下ろした俯瞰図と、皇太子の委任状、そして伝言の記された手紙を、卓上に並べる。

 俯瞰図には、様々な大きさの丸がいくつか書かれており、そのなかでも大きな三つの丸が特に目を引いた。


「大きな円が、もっとも被害が大きくなると予想される箇所です」


「予見があるのは大変ありがたいことなのだが、いかんせん被害を絞り切れていないな……」


 腕を組んで難しそうな顔をしたのは、ガリスだった。ブラックガーデンの次に体躯が大きく、濃い紺色の髪をきっちりと固めている。ガリスの言葉を皮切りに、「今回も人手不足か」「街のど真ん中じゃないか……」などと各々が独り言のように所感を呟く。


「はい。残念ながら、パターンが絞り切れていないようです。しかし、この被害規模を考えると、この大きな円に現れるのは母胎樹あるいは魔人と考えるのが妥当かと」


「戦力の分断は避けられんなッ」


 ブラックガーデンが大きな声で断ずると、全員の呟きが止まった。こういうとき、ブラックガーデンがいるだけで、全体の統率が引き締まる。ありがたみを感じながら、シャナレアは落ち着いた調子で続ける。


「ブラックガーデン殿の仰る通りで、戦力を一極集中はできません。あらゆるパターンを想定して、それぞれ別の場所の配置になると思いますが、不測の事態に柔軟に対応できるよう、風詠みを王都全域に置きます」


「ま、それが最善かな。足が遅いゴリマッチョには厳しいだろうけど」


「ロンドはどうした。予見があったのに奴が王都にいないとはどういう説明する」


 全員がカミュの言葉を無視したところで、俯きがちのウラセナが小さく声で辛辣な物言いをする。特位騎士ロンドの行方についてはこの場の全ての者が気になっていたようで、全員がシャナレアに注意を向けた。


「ロンドは死にました」


 余計な着飾りをしないシャナレアの言葉に、全員が息を飲んだ。

 しかし、多くがその結末を予想していたようで、大きな反応を見せたのはガリスだけだった。

 

「代わりとは言えませんが、国中の魔獣狩りを王都に呼びつけています」


「千人集ったところで、代わりにはなるまいなァ……」


 ブラックガーデンが珍しくため息を吐くと、気まずそうに髭を撫でた。その後はそれぞれの配置を決め、その会議は解散した。

 到来する災厄に、誰もが明るい未来予想図を描くことができていないようで、重々しい空気はしばらく会議室に溜まっていた。




「母胎樹の現状は?」


「現在、エウゥ準特位騎士が攻撃中。母胎樹から発生した魔獣はおよそ三百。他の騎士たちが対処に当たっています。市民の救出も並行して行われています」


「……」


 母胎樹が現れたのは、エウゥ・ギャンツが担当するエリアだった。カミュやブラックガーデンだったなら、もっと早く討伐が終わっていただろうと思いつつ、最年少で準特位まで駆け上がった実力を持つエウゥなので、それなりの安心感がある。近くにガリスの率いる近衛騎士団もおり、すぐに到着するだろう。


 敗北の場面はなかなか思い浮かばない。それでもシャナレアの胸を曇らせる不安がぬぐえないのは、魔人の動向がつかめないからだ。


 魔人たちの攻撃がこれで終わるとは考えがたい。そう考えると、風詠みの一人が一際大きな声を張り上げた。


「二体目の母胎樹が発生! 三十三番区に二体目の母胎樹です!」


 風魔法を使わずとも、室内全てに届いたその言葉で、全員が一斉に顔色を悪くした。しかし、悪い展開はそれでは収まらない。


「に、二十五番区にも、三体目の母胎樹が発生しました……!」


 震える小さな声を、即座に全体に拡散させたシャナレアは、手で頭を覆った。


 前回の戦争から、まだ半年。シャナレアの心を乱したのは、リベリオを亡き者にした魔人の言葉だった。


—————私たちの狙いは、初めからリベリオ・キースエルの殺害だけだよ。


 当初はその事実が辛くて、深く考えることができなかったが、今ならわかる。魔人たちはこの日のために、前回の戦争を引き起こしたのだ。

 準特位騎士という貴重な戦力を削ぎ落し、確実に獣国ソニレを滅ぼすために。


「リベリオ……」


 誰も拾い取れない声を出す。そんな魔法の言葉は、シャナレアから心細さを取り除いてくれることはなかった。


 薄光を発する三つの白い巨竜は、王都の至る場所から立ち上る黒煙を、見せつけるように照らしている。

 こうして、ソニレ王国と魔獣との戦いは、幕を開けた。

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