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第3章31話 決着、『圧力』の魔人

「─────あれ」


 目を開くと、目の前に剣の切っ先がある。

 最悪のタイミングで目を開いてしまったと思ったが、その切っ先は自分に近づくことなく、その場で完全に静止している。


 死んでいない。


 そうわかった瞬間、全身から力が抜けて、その場に尻をついてしまう。


「まだ殺さねえよ。レイシアの居場所を教えろ」


「……あ、まあ、そうか。そうだよね」


 腑に落ちたというより、改めて覚悟ができた心持ちで目を伏せたゼレット。


テルは、地面に降りて、ゼレットの元まで寄る。そこにいた魔人は消耗していて先ほどより小さく見えた。


「さあ、答えろ。レイシアはどこだ」


「十一番区のコモレビ通りの喫茶店」


「そりゃ、そう簡単に言わないだろうな。こっちだって拷問したって口を割らせ……ってあれ?」


 予想外にも、ゼレットがあっさりと口を割った。スプラッタもグロテスクも得意ではないテルは、残酷なことに手を染める覚悟を決めかけていたので、驚きと同時に安堵がこぼれそうになって、咄嗟に気持ちに蓋をする。


「そこまで運ぶのがボクの任務だったんだ。箝口令(かんこうれい)も出されてないし、訊かれれば答えるよ」


 神妙なゼレットの態度に、テルは牙を抜かれたようになり、続く言葉が出てこない。

人の人生を踏み荒らしておきながら無関心であることに憤りを覚えたが、「なら答えない方がいい?」と言われるのが目に見えている。


「……レイシアを攫った理由は」


「だから知らないんだって」


「なんでその喫茶店なんだ」


「それも知らない」


 無感情で首を振るゼレット。地下牢獄を再現したようなやり取りはどこか緊張感がない。それはおそらく、ゼレットが無気力だからだろう。


「ボクは店の前まで連れて行っただけで、その店に何があったのかも、誰がいたのかも、何もわからない」


「嘘を吐いている……わけじゃなさそうだな……」


「エリートの幕切れだ。見苦しい真似はしないよ」


 ゼレットの口振りはいつまでもふざけているようだったが、遠くを見るようなその目は何を思っているのか、儚さがあった。人よりも何倍も長い時間を生きる魔人は、ほんの数秒で自らの生を顧みることを止めて肩を竦める。


「こんなところかな。……せめて、楽に頼むよ」


「……」


 そう言ったゼレットが目を瞑る。

 展開した剣はそのままで、少しでも反撃の気配があればすぐさまとどめを刺せる状態で待機させていた。


 自らの生を諦めた魔人は、わざわざ少し上を向いて、喉元を突き出すようにする。生殺与奪の権を握っていると、改めて思い知らされて、テルの心臓が一度だけ大きく脈打った。


「ほら、あまり待たせないでくれよ。こう見えても結構怖いんだぜ?」


 手も口も、まるで震えてもいないので、その言葉はどこか白々しい。


「……いや、いい」


「?」


 短くない沈黙のあとで、短く言い捨てたテル。ゼレットはその言葉で、薄目を開く。


「お前を殺さない」


「正気? 君、人殺しが怖いなんて性質じゃないだろ」


「良い店を教えて貰った。その借りをここで返す」


 テルがそう宣言すると、魔人を囲んでいた剣たちが、黒い粒子に還った。

 薄ら笑いが剥がれたゼレット。まさしく絶句したと表現するべき呆け顔をしていたかと思えば、「ぷふっ」と急に噴き出して笑う。


「ふ、ふはは、あっはっはっはっはっはっは!」


「気が変わる前に早く失せろ」


「あぁ……、バカだろ君、絶対バカだ。あはは」


 あまりの面白さにお腹を押さえているゼレットに、テルは眉を吊り上げる。自分の立場を理解していない魔人を、やはり今この場で切り捨ててしまおうという衝動に駆られる。


「だけど、君みたいなバカは大好きだ」


「俺は嫌いだ。次はない」 


「なら、これを君に預けよう」


「は?」


 ゼレットが膝の土を払いながら立ち上がると、何かを懐から取り出して、それをテルに投げた。受け取ったテルは、怪訝な顔でその物体をまじまじと見る。

そこにあったのは一見ただの球状の魔石だ。特徴を挙げるとすれば、属性を示す色がなく、濃い魔力がなければただのガラス玉のように見える。


「なんだよこれ」


「それは、───────────────」


「なッ!?」


 透明な球体の正体を聞かされ、今度はテルが絶句する。ゼレットはそんなテルを見ると、満足そうに紫の髪を手で払った。


「どうして、こんなものを……」


「愚問だね。次も見逃して欲しい、それ以外に理由があるとでも?」


 どうしてこんな情けないセリフと、ドヤ顔で吐くことができるのだろう。呆気にとられたテルは、手にした魔石を地面に叩きつけようと振りかぶる。悪党からの賄賂など受け取ってはいけないのだ。


「待て待て待てっ!」


「何だよ」


 テルに飛びついて、魔石の破壊を食い止めたゼレットに、テルが鬱陶しそうに口を開く。


「何だよ、じゃない! これがどれだけ貴重なものかわからないのか!?」


「知らねえよ……」


 見逃したのにだらだらと目の前に居座り続けるゼレットに面倒臭さを覚え始めたテルが頭を掻きながら、ぶっきらぼうに言う。


「全く、人の親切心を何だと思ってるんだか」


「賄賂が親切なわけねえだろ」


 まるで自分が迷惑を掛けられているかのような物言いを、テルは一蹴する。改めて魔石に視線を移すと、透明な魔石が反射して、星空を取り込んだように輝く。


「たしかに壊すのはもったいないか」


「うんうん、そうだろう?」


「困ったときは路銀の足しにでもするか」


「本人の前でそういうこと言うかな、普通!」


 食い掛るゼレットは、可笑しそうに噴き出す。一体何がおかしいのかと顔を背けるテルは、緩みそうな頬に力を込めている。


「じゃあ、ボクはそろそろ逃げるとするか」


「悠長すぎるんだよ」


「ボクらはいずれどこかで再会することがあるだろう。だから、それまでは簡単に死なないでくれよ、ボクはテルを買っているんだから」


「勝手なことばっかり言いやがって」


 テルが苦言を呈するが、そんなことはお構いなしにゼレットが清々しい笑みをして、テルに背を向けた。


「じゃあね、テル。また逢う日を楽しみにしているよ」


「さっさと行けよ、ゼレット。再会なんか願い下げだ」


 遠ざかるゼレットが手を振る姿は、どこか無邪気な子どものようで、テルがこの場から動かなければ、ゼレットは何度も振り返って手を振ってきそうな気がして、早々に背を向け、レイシアのもとに向かった。


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