第3章30話 底なしの
百に届くかと思われる剣が、一斉にゼレットに目掛けて掃射される。
「おいおいおい、そこで寝ている皇太子はまだ生きてるんだよ?」
一度目の掃射の全てをナイフで弾き飛ばしたゼレットが、息も切らさずに言う。黒い砂に戻ることのない剣たちが地面に落ちていた。
「思わせぶりなこと言いやがって。そういうことは先に言え」
そう言ったテルが指を折り曲げると、新たに生まれた剣がヴァルユート目掛けて飛んでいく。そして、剣の鍔をヴァルユートの襟に引っかけると、器用に戦線を離脱させた。
「ちょっ、器用過ぎでしょ!? 人質にするつもりだったのに!」
「そんなことだろうと思ったよ」
非人道的なカミングアウトに、テルは呆れたような言葉を吐きつつ、再び剣を創るとすぐさま打ち放つ。
「今度はどうせ……」
またしても大量生産された剣を前にしたゼレットが、舌で唇を湿らせて構えた
次の剣の雨はゼレットに被弾する直前で爆発し、周囲一帯に破壊を齎す。しかし、ゼレットはテルと一定の距離を保ちながら横方向に逃げるように回避する。
ゼレットは、ちらと後方を見やる。
爆発のあとに残っているのは、地面を抉ったようなクレーターだけ。その他に残骸等のものはなく、火薬での爆発であればこうはならない。
物質が過剰に魔力を持つと、熱を帯びる性質がある。その状態では軽い衝撃でも、爆発を引き起こし、元の物質諸共、木端微塵になってしまう。
テルの剣が、爆発を引き起こす仕組みを凡そ理解したゼレットは、瞬時にその対策を打ち立てた。
大前提、テルに近づかなくてはいけないゼレットは、あの弾幕の合間を掻い潜らねばならない。
爆発する剣と、零魔力圧を突破してくる物質の剣。それら両方に対処しつつ、テルに接近することは至難の業だ。
「ならば、近づかなければいい」
ゼレットが小さく呟く。
魔法、異能、権能。それらすべては魔力を消費して行われる。魔力には個人差はあるが有限であるため、それらの魔力行使は際限なく続けることはできない。さらに、それら三つには、それぞれ燃費がある。
自分と相性がいい属性魔法であればあるほど、魔力効率は良く、逆に不得手な属性を強引に使おうとすると、魔力消費は大きい。また、難解であったり、大規模であったりする高等な魔法も魔力を多く必要とする。
風魔法使いを例に挙げると、彼らは空を飛ぶことも可能ではあるが、その魔力行使は燃費が悪いことこの上なく、途中で魔力切れを起こして落下するのが関の山だ。
それが魔法の基本であるが、異能の場合はこれとは異なる。
異能は例外なく燃費が悪いのだ。
それが『獣』だろうと、『圧力』だろうと、五大属性魔法の比ではない程の魔力を食うのだ。
全ての魔人は魔力を自分で生み出せる体質上、魔力問題とは縁がないが、テルをはじめとする異能使いは違い、どこまでも魔力問題が付きまとう。
「ましてや『物質』を司る異能など、語るまでもない」
消耗戦こそ、最適解。それがゼレットの選んだ答えだった。
間断なく投射される剣は、物質化されたものと爆発性のものとの比率は半々といったところだろう。これらの使い分けにも魔力の消費は嵩むうえ、過剰魔力の爆発なんて芸当を続けていれば、|いずれ魔力が干からびる《・・・・・・・・・・・》。
ならば、ゼレットが堪え続ければよいだけの話だ。
そう念じてゼレットは肩を竦める。
百を優に超えた剣たちが、隊列を組むように並び、我が身を貫かんと魔力を漲らせている。言うは易し行うは難しとはまさにこのこと。
「だが、ボクなら不可能ではない」
そう言って、ゼレットが駆け出すと、幾百の剣も射出される。
『血圧』の操作を用いた、身体能力の向上は、常人離れした動きを実現した。放たれた剣を、身を翻して次々に躱し、自分の周辺で爆発が起こる。
「ちぃッ」
テルが奥の歯を噛んだのは、剣の掃射の精度が狂わされているからだ。
『威圧』による気配の撹乱は、次の動作の予測を、何十倍にも難しくさせた。
二つの『圧』の組み合わせは、雨のように降り続ける剣を、見事に躱しきって見せた。
ならばと再び剣を生成するテルに、ゼレットは笑みを浮かべる。今度こそ仕留めるためにと創られた剣は、空が剣で埋め尽くされたと錯覚するほどだ。
あの量の剣を創るのに、どれほどの負担があるのか。あの攻撃をどれだけ続けることができるのか。そう考えると、ゼレットの口角が自然とあがる。
避け切れば、断然勝利が近づく。
そうして打ち出される剣を、またしても全身全霊で躱しきる。たった一つの被弾もなければ、新たに生まれた傷もない。
時たま打ち出す、『水圧』の弾で、テルを脅かせ、焦らせると、思った通り、創る剣が多くなる。
満足感とともにゼレットは額の汗を拭いた。
あと少しだ。
威圧の攪乱で、遥か彼方に暴投された剣を見送る。
もう少しだ。
飛び跳ね続ける心臓を、さらに加速させて、剣の雨を全て躱す。
ほら、今にも。
ナイフで剣を弾く。地面には役目を果たせなかった剣たちが積もっていく。
そして、ゼレットはふと思った。
一体、いつ終わるんだ?
顔中から噴き出す汗が目に入らないように、腕で拭う。心臓が太鼓のように大きな音を立てて、爆発の音さえ遠くに聞こえる。
そして見上げた視線の先、最初の空中浮遊から一切高度を落とさないテルが、何の顔色も変えずにゼレットを見下ろしている。
「……底なしとか、笑えないよ」
「観念しろ」
テルはこれまで魔力版の筋肉痛である魔力返りには、幾度となく苛まれてきた。しかし、魔力の欠乏は、一度として経験していない。
ゼレットからこぼれた笑みは、虚勢ではなく、完全な敗北を悟った諦めから生まれたものだった。
ヴァルユートの『紫電帯動』と同じく『血圧』の操作は、身体的な反動が大きい。多少の無理は利かせることはできるものの限界はあり、そしてその限界はもうとっくのとうに通り過ぎていた。
足を止めてしまった今、もはや一歩も動けない。
膝に手を突いたゼレットに、テルはまた剣の幕を展開し、掃射した。
ゼレットは目を瞑り、命を散らす剣の群れを受け入れた。




