表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/118

第3章29話 剣と雷と血

 創り出した物体を、自身の魔力で自在に操作するという、ノーラントと戦ったテルではないテルが用いた、『オリジン』の新しい能力を、新たに発現させたテル。


 しかし、テルにできることは、これだけに留まらない。


「厄介極まりない!」


「『剣の輪舞曲(ソード・オブ・ロンド)』」


 喜んで受けて立つと言わんばかりのゼレットの叫びとテルの詠唱が重なった。


 生み出された膨大な魔力を前に、魔人と皇太子が防御の姿勢を取る。

 テルの周囲に発生した膨大な黒い砂。それらが集まると、やがて剣の形になっていく。


「『ひとつのちいさな夜アイネ・クライネ・ナハトムジーク』」


 すべての(つるぎ)は、例外なく敵二人に向けられている。大剣の上で仁王立ちするテルが、おもむろに手を振り下ろすと、剣たちが一斉に射出された。


「魔力で動いている限り、ボクには届かない!」


 そんなことはテルも知っていた。故に、剣はゼレットの零魔力圧の直前で、爆発した。


「が、ァっ……!」


 高速で飛来する剣を、消滅させることはできても、それが生み出す爆発が魔力由来ではない限り、ゼレットはそれを防ぐ術を持たない。


「くそッ!」


 ゼレットから遂に笑顔が剥がれ落ちた。もはや、凌ぎ切ることはできない。そんな諦めが魔人の脳裏を過ったとき、辺り一帯が眩い閃光に照らされた。


 ヴァルユートの雷撃だ。それも無差別的に広域を対象とした、落雷の嵐の如く稲妻の連続。


 とめどない雷撃がカーテンのように重なり、それに触れた剣は、その場で爆発する。

 満遍なく降り注ぐ落雷は、全ての水を蒸発するためのもので、電磁砲(レールガン)を封じられたヴァルユートが編み出した打開策だった。


 テルの攻撃を防いだことはあくまで副次的効果に過ぎず、ヴァルユートも予想外のことだったため、結果的にゼレットの手助けをしてしまうことになった。

 いわば、電磁バリアのようなものだろう。


 ヴァルユートの電磁バリアは、当然触れれば感電する。しかし、ゼレットには全く効果がない。

 ゼレットは、テルの攻撃を防ぐ手段はない。

 テルはヴァルユートの電撃を浴びれば、ゲームオ-バー。故に距離を取るしかない。


 完全な三竦みにより、戦況は拮抗した。しかしそれも、僅かな時間だけだ。


 自分の権能の庇護下に勝手に入り込む不届き者が、意気揚々と今からナイフを向けますと言わんばかりの顔をしている。

 鋭い目で射抜くヴァルユート、ついさっき、魔人が口にした言葉を思い出した。


 ────切り札は出揃った。


 そう(のたま)った魔人の油断を突くならば、今しかないと、ヴァルユートは新たな雷を練り上げる。


 傍から見ていたテルは気づいた。

 ヴァルユートを中心に発生していた落雷の壁、その密度が薄くなっている。


「『紫電帯動(しでんたいどう)』」


 ゼレットは、その言葉と同時に皇太子の纏う魔力が大きく変質したことを理解する。


 それまでは、闇雲に電流を自分の周囲に放っていたヴァルユートだった。それだけで十分強力で、それ以上を必要としない故の単調さ。ゼレットはその弱点を突いた。しかし、それはつい先ほどまでの話だったと、即座に悟る。


 ヴァルユートは電流を纏うのを辞め、それを取り込んだのだ。


 少し距離を取ろうと、地面を踏ん張ったゼレット。それより遥かに速いヴァルユートの拳が、魔人の腹を抉った。


「かはっ……!」


 そのまま繰り出された蹴りがゼレットを後方へと押し出すが、電磁バリアの淵でなんとか足を踏ん張る。


 紫電帯動。


 それは、ヴァルユートの二つ目の切り札だ。

 放出していた雷を、自らの身体に流し込むことによって、体の内部で電流が流れる痛みと引き換えに、超人的な運動能力と反射速度を実現することができる。


 しかし、使ってしまったら最後、やがて行動不能に陥る本当の意味での最後の手段を切ったヴァルユートに残された時間は少ない。


「ここで、けりをつけるッ!」


 並々ならぬ覚悟が籠ったヴァルユートの言葉に嘘はない。体勢を立て直す前のゼレットに正拳を打ち込む。


 魔人の体に風穴を開けんと意気込んだヴァルユートから、渾身の一撃が放たれた。


「……ッ!?」


 ヴァルユートは目を大きく見開いた。

 攻撃に至るまでの動作。そして、衝撃の瞬間の手ごたえ。命のやりとりの合間に生まれた、必死の一撃。


 しかし、ゼレットはその拳を、口もとに笑みを浮かべながら掌で受け流した。


「その手の技が、君の専売特許だと思わないほうがいい」


 微かに上気した顔をヴァルユートに近づける魔人にヴァルユートは奥歯を強く噛んだ。僅かな焦りを混ぜて、畳みかける。

 絶え間なく打ち出される拳と蹴り。ナイフを手放したゼレットは短い呼吸でその猛攻をことごとく捌く。その洗練された立ち姿は、熟練の達人のようだ。


 しかし、依然としてヴァルユートの有利は変わっていない。


 先ほどの、ヴァルユートがゼレットに直接触れることで感電させたように、直に触って電流を流せば、ゼレットは敗けるのだ。


 一度当たれば、その時点でゲームオーバーという条件を課されていることを了承している魔人は、それでも笑みを崩さない。


 どうやってヴァルユートの動きに肉薄しているのかはわからない。それでも速さは劣る。ヴァルユートの制限時間がくるか、ゼレットが追いつけなくなるか。決着はすぐに着いた。


 ヴァルユートが伸ばした手が、ゼレットの首に触れた。


 遠巻きから見ているテルも、魔人の敗北を確信した。


 ヴァルユートがゼレットの首を掴んだような恰好のまま、僅かに制止する二人。しかし、その状態から地面に崩れ落ちたのはヴァルユートだった。


「血は魔力の源だからね。心臓が止まればその時点で魔法も権能も使えなくなるんだ」


 一人立つゼレットが、肩を竦めるように講釈を垂れる。語られているヴァルユートの耳にはきっと届いていないだろう。


「称賛しよう、君は強い。しかし、相手が悪かった。ご愁傷様」


「血圧……」

 

 雷を直接触れて流し込む。その勝利条件を満たしたはずのヴァルユートが、地面に倒れた真相を、ぼそりと呟くテル。すると、ご名答と言わんばかりの視線をゼレットに向けられる。


 血圧の操作。


 ゼレットの二つ目の切り札だった。

 ヴァルユートの『紫電帯動』に対しては、自らの血圧を高め、血流を加速させることで、身体能力を極限まで高めた。

 そして、ヴァルユートに触れられたというのに、逆にヴァルユートを戦闘不能に陥らせたのは、簡単な話、彼の血圧をゼロにしたのだろう。


「いい趣味じゃないか、いつまでも人を見下して楽しいかい?」


 倒れた皇太子の傍ら、ゼレットがテルに向けて口にする。その両手にはナイフが握られており、ちょっとした手品を見ているようだった。


「ああ、もうしばらくはこの景色を満喫するよ」


 高い位置から挑発するように言い放つと、再び空中で無数の剣を創り出す。


「決着をつけよう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ