第3章27話 三つ巴③
投稿が滞ってしまい申し訳ありません。
前回の投稿で話の順番が前後してしまったため、全体的な整理のためお時間を取らせていただきました。
今後ともよろしくお願いします。
ゼレットの魔力圧の制御により、『オリジン』製の剣が黒い砂に還元された。
しまった。
テルに向けられたナイフを妨げるものがなくなり、自分の想定の甘さを後悔する暇さえ許されない。
ゼレットの刃がテルの命に届くと思われたとき、テルの目の前を電流が走った。
刹那の後、轟く雷鳴は、魔人の動きを僅かに鈍くし、その隙にテルは距離を取った。眩んでもないのにテルが目を細めたのは、またしてもヴァルユートに助けられたことが気に食わなかったからだ。
ヴァルユートには決して手助けのつもりはなく、『威圧』と『魔力圧』を同時に扱うことができないと踏んでの奇襲だった。しかし、運悪く零魔力圧の障壁で電流が阻まれてしまった。
「なんだ、仲いいじゃん」
テルとヴァルユートは、怒りが収まった魔人の戯言を無視した。その二人には間違いなく共闘という意思はない。だが、消耗の少ないまま漁夫の利を狙いたいという思考は同じだった。
難敵である『圧力』の魔人を、自分が戦わないまま如何にして体力を削るかを考えれば、必然的に各個撃破の結論には至らない。
「結託しようが関係ないけどね」
そう口にしたゼレットからは、異能とは別の魔力の気配があった。
まだ別の手を隠している。
テルが何かを生成するより先に、ヴァルユートは魔力を惜しみなく吐き出し、唸るような雷撃をゼレットに放つ。
零魔力圧の障壁を使わせることで、新しい攻撃を邪魔しようとした皇太子の思惑は外れる。
「残念ながら、別種の圧力も同時に制圧できるんだ」
当然というように、ゼレットの目の前で雷が霧散した。直後、懐から青く輝く魔石を取り出したかと思うと、幾つもの水の玉が周囲に浮かび上がる。
「得意じゃない魔法は魔力消費が激しいから、コレは虎の子なんだ」
全方向から圧力をかけられ、全ての水玉が完全な球体を模る。するとレーザーのような攻撃が一斉に放たれた。
「『水圧散弾』」
新たな圧力による攻撃。魔人が虎の子と言うだけあって、簡単に人を貫通するだけの威力は持ち合わせているだろう。
黒泥と戦ったときに、いくつも体に魔弾を浴びた。そんな嫌な経験を持つテルは、的確に凶悪な水鉄砲を、剣で撃ち落としていく。
落雷を壁のように展開したヴァルユートは、水鉄砲を次々と蒸発させている。
「その手の攻撃は、もう慣れっこなんだよッ!」
怒りの声とともに、テルがゼレット目掛けて生成したナイフを投げつける。
零魔力圧は容赦なくナイフを黒砂に帰すが、その瞬間、ゼレットは視界の端で捉えた。少し後方に、得体の知らない物体が落下した。
爆発音が公園に響き渡った。
巻き起こった爆発、それは『オリジン』製の手榴弾によるものだった。
爆発をもろに食らったゼレットが、石のように転がった。上手く受け身を取ったのか、それほどの外傷はないが、その額には血が流れている。痛みのためか、偽物臭い笑顔が剥がれ落ちていた。
「やってくれるじゃないか」
「爆発そのものに魔力は関係ないもんなァッ!」
顔に付いた土を拭うゼレットに、テルが快哉を叫んだ。
戦闘が始まってから初めての魔人に対する有効打。仕掛けるならば今だと、さらに新しく剣を創り上げ、ゼレットの懐に飛び込んだ。
鋼と鋼がぶつかりあい、鍔迫り合いになる二人。ナイフで剣を受け止めたゼレットは、目を見張ったあとで、もとの笑顔をなんとか取り戻した。
「多芸だね、テル」
「気安く名前を呼ぶんじゃねえ」
ゼレットの零魔力圧に晒されてなお、霧散しない剣には理由があった。
『オリジン』で生成した物質は、基本的にテルの意思で消滅させることができる。しかし、その一方で『オリジン』の掌握を手放すこともまた可能であった。常に物体の形を維持するためにテルの魔力が付与されている被造物だが、『オリジン』の支配から解放された物質は普通の物質同様、魔力がなくともその形状が崩れることがなくなるのだ。
つまり、今、テルが持つ剣は、ゼレットに分解されることはないのだ。
ナイフと剣、ゼレットとテルの間で起こる刃の応報は拮抗していた。
威圧感による攪乱は、慣れという耐性がつくためかほとんど使われていない。
このまま戦いが続けば、大きなダメージを受けたゼレットが先に倒れるだろうと思われたそのとき、魔人の服の裏から青い輝きが漏れ出る。
水の拡散弾が来る。
距離をとりつつ、ゼレットの攻撃に備えると、予想通り先ほどと同じ水玉が発生し、水圧弾が放たれた。
あくまでもテルから距離を取るための、全方位への水圧弾。テルは思惑通りゼレットから距離を取らざるを得ず、後方に退避する。みしり、と僅かに頭が痛んだ。
ふぅ、と短く息をつく魔人。しかし、
「逃れられると思うか」
ゼレットは突然の背後からのヴァルユートの声に、零魔力圧の障壁を展開しながら振り返った。ほぼ同時にヴァルユートの拳が腹部に直撃する。
「――――ッ!?」
ここにきての徒手空拳に困惑するゼレット。痛くないわけではないが、爆発に比べるとあまりにも威力が劣る。しかし、その行動の答え合わせは電撃と共にやってくる。
「があっ、アアアアァッ!」
全身を突き抜ける電流に白目を剥いて大きく痙攣するゼレット。トドメとばかりにヴァルユートに上段蹴りを食らわせられると、魔人は地面を弾み、木に打ち付けられた。
「貴様自身は常に異能を使っていたのだから、直接触れてしまえば魔力圧の障壁も意味を為すまい」
既に聞こえているかも怪しいゼレットに吐き捨てたヴァルユートは、肩を上下させて呼吸している。
体を煤で汚し、うっすらと煙を立たせている魔人はぐったりとしていて、もう起き上がってくることはないように思えた。しかし、そんな安堵に近い予感を抱いたとき、テルは不可解な光景を目にした。
背後の噴水の水が、沸騰している。
「――――勇者たちよ、讃えよう。この『圧力』の魔人ゼレットを、よくぞここまで追い詰めた」
ぼろぼろになったゼレットが、上体だけを何とか起こして、大仰に言った。
「しぶといな。……流石、魔人と言った、ところか」
ヴァルユートの呼吸は今なお浅い。ほとんど攻撃の標的にされていないヴァルユートが何故これほどに息を荒げているのだ。
そして、その息苦しさは、テルもまた同じだ。途端、耳の奥でキーンと不愉快な音がなる。
「違う、気圧だっ!」
テルは戦いに集中していて気づくことができなかったが、ここら一帯の気圧が徐々に低くなっていたのだ。息苦しさも、頭痛も、耳鳴りも、全て気圧の極端な変動の影響だ。
零気圧、すなわち真空。
決して生身の生命が生存することのできない領域を、魔人は人知れず生み出していたのだ。
「ご名答」
顔を上げた魔人が、清々しく笑った。
このままでは窒息する。
ここにきて、遂に見せた魔人の切り札を前に、一時撤退を決意したテル。気圧を操る範囲から離脱しようと、魔人から背を向けると、先ほどの噴水の水が凍り付いている。
沸騰した水が瞬く間に凍り付いた。それはまさしく、零気圧下での水の挙動だ。
ここより外側は、とっくに真空になっていのだ。
「『|真空・爆縮《 ホロウ ・ インプロ―ジョン》』」
直後、発生した衝撃は、公園の姿を見るも無残な更地へと染め上げた。




