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第3章26話 三つ巴②

圧力(プレッシャー)か、やっかいだな」


 『圧力』の異能。その正体を端的に見破ったヴァルユートが吐き捨てるように言う。


 なるほど、と口には出さないが同じようにテルも納得して、肩を竦めるゼレットに視線をやる。

 自分の完全に気配を消し去ったことや、こちらに意識を向けていなかったヴァルユートの敵意が、ヴァルユートの意図と関係なく増幅したことの理由付けとして、的を射ている。


 威圧感。


 気を抜けば致命的な隙を、強制的に発生させる恐るべき異能だ。例え、わかっていたとしても常に気を張っている必要があり、精神的な消耗は激しくなるだろう。


 そして、更に気になるのは、異能の名付けだ。

 圧力と威圧感。些細な違いだが、どうにも引っかかった。さきほどヴァルユートの権能を無効化した異能は、威圧感となんの関係もない。


「あいつ、多分まだ何かを隠してるぞ」

 

「……そういうことか。しかし、敵に助言とはずいぶんと余裕だな」 

 

「これで借りはチャラだ。お前の助力なんて、こっちから願い下げだ」


「下郎が。貴様が言える立場か?」

 

「エリート魔人を前にして共闘しないとか、マジ?」


 小休止のような貶し合いを、強制的に打ち切ったのはヴァルユートだ。風を巻き上げるほどの魔力の溜めから、景色が明滅するほどの激しい雷を迸らせる。速さを捨て、威力に重きを置いた、雷撃はゼレットに向けられている。


 一方のゼレットは全くの無警戒だった。退屈なのか手癖なのか、ナイフをくるくると繰っており、まるで戦いの最中とは思えない自然体だ。だというのに、ヴァルユート渾身の雷撃は、ゼレットに届くことはなかった。


 轟音とともに、一本の稲妻が魔人に炸裂する。あまりに巨大な雷で、テルの目は眩みそうになってしまうほどだ。

 巻き上がる爆音と砂煙で、悲鳴さえも聞こえなかったと思いきや、煙が晴れると、やはりまったくの無傷でゼレットが直立している。


「なるほど、『魔力圧』か」 


神妙なヴァルユートに、「ご名答」とゼレットが鳴らした指を向けた。


 魔力圧。

 それは魔力を用いる行動の全てに作用している圧力である。生身の人間には感知し得るものではないが、人間あるいは自然発生する魔力現象にこの圧力は存在しており、この圧力がない限り、魔力は現象という在り方を保つ事ができない。

 ゼレットは、魔力圧がゼロになる領域を、自分を中心とした手の届く範囲に広げており、この空間内では、魔法、異能、権能と魔力が絡む全ての現象は、無色の魔力に戻ってしまうのだ。


「猪口才な」


「……厄介だな」


 何を言っているのか理解できていないテルは、それを悟られないように知ったかぶりをする。


 眉を(ひそ)めたヴァルユートは、ゼレットへの直撃を諦め、周囲の地面に落雷を幾つも落とした。炸裂する大地は、幾つもの瓦礫が生まれ、それらが礫となり、ゼレットに襲い掛かる。


「いてててて」


 しかし、その程度では有効打にはならず、ヴァルユートが雷を収める。直後、剣を握りゼレットの背後に飛び込んだテルが、剣による一閃を放った。


「――――ッ!?」


 有効打を確信したテルの攻撃。しかし、魔力圧がないということは、テルの『オリジン』も剣の形を保つことができないという意味でもある。


 大きな舌打ちとともに、後方に飛び退くテル。見せつけるために、わざと攻撃を受けたゼレットが嫌味っぽく鼻を鳴らす。


「『圧力』の異能――――ズルだろ、なんでもありかよ」


「本来、異能は意味を押し広げて、解釈を何度も重ねるものなんだ。『獣』が単調で粗雑過ぎるだけだよ」


 テルの恨み言に対し丁重に返答するゼレット。テルもヴァルユートも、その余裕な態度に業腹な様子だ。


「自分を責めてはいけない。ボクほど熱心に己が異能を研究した魔人も多くはない。相手が悪かったのさ」


「牢屋に入っていた奴のセリフとは思えないな」


「過去の過ちを認めよう。その失敗を糧にしたからこそ、今、君たちを圧倒するボクがいるのだから」


 憂さ晴らし目的の舌戦でも、天井無しの前向き思考のゼレットを相手取ることは難しい。皮肉を利かせたヴァルユートさえも、鋭い視線はそのままで、口を閉ざしてしまう。


「『圧力』の魔人、なんてダサい名前の癖に」


 続けざまに出たテルの罵倒。子供じみた悪口に皇太子は呆れ、魔人は目を丸くした。

 自称エリートのゼレットは、その程度の(そし)りなど、軽く流してしまうだろうと思われた。しかし、


「言っちゃいけないこと言ったなああぁッ!?」


 急に顔を赤くしたゼレットが、テルに唾を飛ばして喚く。紳士を気取っていたような魔人の逆鱗が、まさか自分の異名であったとは。テルはそんな驚きよりもさきに、ここぞとばかりにお行儀の悪い笑みを浮かべた。


「やっぱ気にしてたのか。だってダサいもんなぁっ?!」


「ぶっ潰してやる!」


「俗物どもめ」


 獲物のナイフを構えたゼレットは、驚異的な速度でテルとの間合いを詰める。


  目の前に迫ったゼレットから、凄まじい威圧感が発せられたと思ったら、凪いだ海のように穏やかな気配に切り替わり、その刹那に生まれた僅かな油断をついて、ゼレットの攻撃が飛んでくる。


「やりにくいッ……!」


 ゼレットは威圧感の増減を繰り返し、こちらのタイミングを攪乱しているせいで、防御は不安定に、反撃など絶望的に思わされてしまう。


 向けられるナイフを打ち払うのが、徐々に身に近い場所に迫る。いつまでもこの防戦が続けば、先に崩れるのはテルだと、自分でもわかっている。


 次は切り傷じゃ済まない。なにか打つ手を探せ。


 逆転の一手を模索するテルが、突き出されるナイフを剣で弾こうとしたとき、目を丸くした。


 着実に距離を縮めるナイフを前に、自身の想定の甘さを悔む余地すらない。 


 ゼレットのナイフが、テルの剣を砕き―――否、黒い砂に分解し、テルとナイフの間には邪魔するものは何もなくなった。


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