第3章25話 三つ巴①
「我こそは、魔人十三会議が一席、『圧力』の魔人ゼレット。姫を求める兵どもよ、あえて陳腐な言葉で君たちを迎えよう」
七番区の公園で、再び相まみえた三人。
一対一対一。三つ巴の幕開けと同時に、最も敵意を集めたのは、悠長に口上を上げる魔人ゼレットだった。
「レイシア姫を目指すならば、ボクを倒して行くがいい」
どこか不気味な笑みを向け、向かう二人を挑発する。
あの笑顔こそがゼレットの甲冑なのだと、一度面と向かって話をしたテルはなんとなく確信した。
ヴァルユートは、眼力の籠った視線を魔人に向ける。直後、刹那的な魔力の起こりが発生したかと思えば、ほぼ同時に電が走った。
「ソニレ王国第一王子、ヴァルユート・レヴィトロイ・ソニレ。推して参る」
放電を無差別に展開したヴァルユートは、連続する轟音が収まると勝利宣言の如くゆっくりと名乗りを上げる。
先手必勝にして一撃必殺。そんな卑怯じみた『王の権能』。しかし、そんな卑怯が通用するのは、初めの一度だけだった。
「王の権能は痛いからね。二度は食らわないよ」
雷が舞い上げた土埃の奥には、全くの無傷で佇むゼレット。そして、魔人の挑発を無視したヴァルユートの視線の先には、同じく電流に屈しなかったテルが立っている。
「テル。ただのテルだ」
いくつもの鉄の槍を地面に突き刺し、電を逃がしたことで、初見殺しを乗り越えたテルが簡潔に名乗った。
「素晴らしい。流石はボクの認めた戦士たちだ」
ゼレットの張り付けていた笑みの口角が更に吊り上がった。演技臭い発言には、それ相応の迫力があった。
前回、一撃で沈んだという圧力の魔人だったが、今度は一切の油断も出し惜しみもない。
均一に距離を取り、視界に両者を収めつつ、構える三者。攻撃に転じれば、逆に標的になるリスクを持っている状況下では、全員が慎重な判断を迫られる。
何かの攻撃の前触れに思える、魔力の揺らぎがゼレットから起こる。
どんな攻撃にも対処できるように構えたテル。しかし予想外にも、テルの左手にいたヴァルユートの気配が増大した。
「————ッ!」
目を見開き、ヴァルユートから離れるように飛び退くテル。目手にしていた長剣を地面に突き立てると、白い軌道が長剣に直撃。ほんの僅か間を置いて、炸裂音が鳴り響いた。
ぎりぎりの回避だったが、テルはそれ以上の違和感を抱く。不意打ちを仕掛けたはずのヴァルユートもまた、こちらに驚きの視線を向けていたのだ。
ぞくり、と背中の汗が溢れるような感覚。今度はゼレットの方向からだ。
新たな剣を創ると同時に、防御の姿勢をとったテルだったが、その向きにゼレットの姿がない。
「後ろだ!」
ヴァルユートの叫び声。突然の指示に従い、身を翻すと、ゼレットが既に自分の懐に潜り込んでいる。
ゼレットの握るナイフが、テルに迫る。首を傾け所劇を躱すが、頬が切り裂かれ、傷ができる。続く攻撃を剣で受け流すと、二人の間で、鉄がぶつかり、火花が散った。
「くッ!」
不意をついた強襲と洗練されたナイフ捌きは、テルを劣勢に追いやった。このまま打ち合いの回数が増えれば、いずれテルが対応しきれなくなって、我が身でナイフを受けることになるだろう。
しかし、それ以上にテルを惑わせていたのが、先程の出来事だ。ヴァルユートの驚いた顔と完全に気配を消したゼレット。思い出してみれば、ゼレットが初めて現れたときも、全く気配がしなかった。
「こんなときに考え事かいっ!」
溜めの大きい構えという、わかりやすいフェイントに引っかかったテルは、まんまと剣を絡めて奪われてしまう。無防備な体にゼレットの蹴りの直撃を受け、表情が歪む。
「くそっ」
顔を上げたテルに、またしても背後のヴァルユートから膨大な殺気が向けられた。電流に撃ち抜かれる恐怖に思考が鈍る。しかし、
「何度も同じ手に乗るかよっ!」
振り返りたい衝動を押さえつけ、ゼレットの影を目で追うと、先ほどまでと逆サイドに切り返したゼレットが、今にもナイフを突き出そうとしていた。
目論見が外れ、目を丸くするゼレットと視線が交わった直後、テルはその横顔に回し蹴りを叩きこんだ。
カウンターを上腕でガードし、何事もなく着地したゼレットが、笑顔を崩さないまま、驚きを口にした。
「あれ、もう対処されちゃった?」




