表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/118

第3章24話 必然の邂逅

 一人ブラックガーデン邸に戻ったテルは、酷く落ち着きのない様子でレイシアの帰りを待っていた。


「ちょっと、鬱陶しいわよ」


 立てば家の中を意味もなく歩き回り、座ればそわそわと挙動不審になり、セレスに苦情を入れられた。


「レイシア、遅いね」


「……」


 言葉にしないテルの不安を、ニアは感じ取っていたのだろう。そう口にすると、茜色に染まり始めた空に目を向けている。


 どうしてあのとき、レイシアを一人にしてしまったのだろう。

 テルの胸に後悔が立ち込めた。


「ごめん、ちょっと出かけてくる」


 焦燥を取り繕ったハリボテの冷静さは、ニアたちには通用していなかった。テルの様子から、尋常ではない何かがあることは誰の目からしても明らかだった。


「うん、いってらっしゃい」


 だとしても何も訊かないニアの優しさが、テルの焦りを少しだけ楽にした。


「ありがとう。きっとすぐ戻る」


「夕食作ってるから、急いで帰ってきてね」


 そんなニアに見送られて、テルは夜の王都を走った。


 先ほど偶然遭遇した四番区の繁華街、その周辺を隈なく探した。日が沈むと、道を歩く人は一気に少なくなる。だというのに、レイシアの姿はどこにも見当たらない。


 その後も、レイシアと一緒に訪れた場所を巡る。それでも見つからず、手掛かりもなく闇雲に走り回った。


「…………まさか」


 テルの頭をよぎったのは、二つの悪い予感だった。

 一つはレイシアが一人で国外に行ってしまったのではという予感。二つ目はヴァルユートに囚われてしまったという予感だ。


 二つ目の可能性はそれほど高くない。テルとゼレットの拷問が明日に予定されていたため、テルが脱走したことがまだバレていないかもしれないし、今日の内にレイシアを連れ戻すための行動に出るとは考えにくい。


 当然、ゼレットが捕まっているものだと信じ込んでいたテルは、事態がもっと悪い状態に進んでいることを知るはずもなかった。



――・――・――・――




 ヴァルユートは執務室で火急の書類仕事にあたっていると、扉が叩かれた。許可を待たずに見知った臣下が乱暴に部屋に入ってきたことで、異常事態を察知した。


「何事だ」


「地下牢が破られました。中にいた二人がいません」


「……」


 ヴァルユートは眩暈を起こしそうになりながらも、表情を変えない。ただ、こめかみを押さえる仕草を見せたが、それ以上に取り乱すことはせず、混乱を部下に見せぬよう努めた。


「第二隊を動員。風詠みを四人拝借して、捜索に充てろ。あくまで捜索だ。手は出すな。発見次第俺に報告しろ」


 風詠み。

 それは、ソニレ王国が抱える、情報伝達に特化した風魔法使いの総称である。

 迅速かつ正確な情報のやり取りは、魔獣との戦争などの緊急時には、ある意味防衛の要と言っても過言ではない。

 また風詠みの管轄である情報局では、新たにシャナレア・ワンズが総合司令長に就任したことで万全の布陣を固めており、いつか来る有事に備えていた。


「はッ。殿下はどうなさるのですか」


「俺も出る」


 臣下の問いに、短い声で返したヴァルユート。そこに込められた迫力は、長く連れ添っていた臣下に緊張を感じさせるほどであった。


 ヴァルユートは慣れた戦闘服を着こむと、足早に『星見の間』に向かった。



「ヴァルユート、かなりまずい事態だ」


 扉を閉めた直後、耳を叩いた声は危機的な未来が迫っていることを物語っていた。

 アンは部屋を訪れたヴァルユートに、一瞥も向けないまま低い声で言う。ヴァルユートを愛称で呼ぶ精神的な余裕さえ、今のアンにはないようだった。


「聞かせてくれ」


「今日と似た明日を見ることは叶わないと思った方がいい」


「最悪か」


 平穏な日々を何よりも尊びアンの声は険しい。


「レイシア姫が、魔人の手に落ちた。あまり予見の内容を説明させないでほしい」


 やっとこちらに顔を向けたアンの顔は酷く青白かった。なのに、隠された右目は長い前髪の内で、極彩色の輝きを放ち続けている。きっと長い間、ずっと権能(クラウン)を使い続けているのだろう。


「場所は」


「王都が起点だ。最悪の場合、ソニレ全域」


「いつからだ」


「早くて数時間後」


「……早いな」


「この段階に至ってしまえば、わたしにできることは何もないよ……」


「少し身を休めていろ」


「俺は行く。エイミー、アンに何かあればすぐに報告を」


 ヴァルユートが端的にいうと、喋ることができないエイミーは無言でうなずいた。

 黙ってしまったアンに背を向けたヴァルユートは、傍目を気にせず、全速力で城下に下りた。


  『予見の権能』は未来を見通し、過去を確定することができるが、文面ほど万能ではない。

 理由として、未来視の不確定さがあげられる。


 アンが見えるのは、あくまで実現する可能性が高い未来の切り抜かれたようなシーンと、そのシーンごとに映る要素だけだ。当然、目にした要素が、知っている人物や手に負える代物ならいいが、この世の大半の出来事はそうでないことが多い。


 予見に異常があれば、すぐに報告するはずのアンが、そうできなかったということは、それだけ未来視が怒涛に変動したのだ。言ってしまえば、運命が味方してくれなかったと言ったところだろう。


  そしてなにより、アンはあの部屋から移動することができず、いくら鮮明に最悪の未来への回避方法が見えていようと、アン自身で活動することはできないのだ。


 それは、反吐が出るようなこの国の伝統に由来するのだが、今は省略する。


 ヴァルユートは、アンから聞いた重要ないくつかの要素を思い出す。


「魔人とレイシアが一緒にいる……」


 小さく呟く。それがどれほどの事態なのか、ヴァルユートは幼いころから何度も聞かされてきた。


 事は一刻を争う。自分の配下にある人員を全て動員させても、足りるかどうか。


 そんな焦燥を一度忘れ、夕暮れの街を駆け回った。




――・――・――・――




 七番区にある、大きな噴水がある公園がある。

 昼間は老若男女問わず、多くの人で賑わっているが、日が沈み始めたこの時間はひっそりとしている————否、その場所には、ただ一人を除いて、誰もいなかった。


 そんな、静寂の広場の真ん中に、陣取ったように佇むのは『圧力』の魔人、ゼレットだった。


 『圧力』の異能は、『獣』とは違い、多岐にわたる事象に干渉し、器用に効果を発揮させる。

 第一の目的を果たした魔人は、そのほとんどこじつけにも思える能力を存分に用いて、最後の仕上げにとりかかろうとしていた。


 威圧感。


 存在感と言い換えてもいいだろう。自分から発せられる()を操ることができるゼレットは、人相が割れていようと、威圧感を限りなくゼロにすることで、なんの不安もなく人前に現れることができた。そして、逆もまた然り。


 ゼレットの強い威圧感が、王都の内壁区を中心に広がる。関係のない一般人には、なんとなく公園には近づきがたい胸のざわつきを与えた。しかし、魔人の目的はそこにはない。


 その存在感は、誰かを探している者にとっては、無視し難い直感を誘発させる。


 穏やかに木々の揺れを眺めていたゼレットが、自らに向けられる殺気に気づいて肩を竦めた。


「二人同時は想定外だ。だがしかし、このエリートが相手取るに相応しいとも言える」


 圧力の魔人の戯言。ほぼ同時にこの場所に到着したテルとヴァルユートは付き合わない。

 荒野の花畑以来の面々に、その場にいる誰もが緊張感を抱いた。


 シャボン玉のような不安定な均衡の崩壊が近づく。


今、三つ巴の戦いが始まろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ