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第3章22話 偶然の行き着く先①

「レイシア」


 四番区の外れにある繁華街は、人でにぎわっていた。気を抜いていると、人とぶつかってしまいそうな人ごみの中、人の目を引く、淡い紫を孕んだ金色の髪の少女は自分を呼ぶ声に反応して振り返った。


「……テル?」


 聞き馴染んだ声に、胸を弾ませたレイシアが振り返ると、そこにはテルがびっくりした顔で立っていた。


「何でこんなところに?」


「今帰るところ。レイシアこそ、こんなところで何を?」


 レイシアの質問に、どこか躱すような返事をしたテルは首を傾げた。


「……ちょっと散歩に」


 目を泳がせて気まずそうに答えるレイシア。咄嗟の誤魔化しはかなり下手くそで、案の定テルは怪訝な顔をしている。

それもそうだ。魔人と兄に身を追われている自分が、一人で外に出かけるなんて、まともじゃない。

 ニアとテルの関係性は、それほど自分にショックだったのだと自覚させられる。


「テルは、何をしてたの? 急に出て行っちゃって」


 テルの追及を逃れるために、レイシアは先ほどの質問を掘り返す。


「……」


「あれぇ、何かやましいことでもしてたの?」


 予想外に答えを詰まらせたテル。そんな決まりの悪そうな顔は、レイシアの悪戯心をかき立てて、口元をにやけさせて揶揄う。


 しかし、テルの反応もまた予想外だった。後ろめたさが際立つと、覚悟を決めるような呼吸をして、「レイシアはさ」と真剣な眼差しをレイシアに向ける。


「このまま、この国から逃げ出しても、後悔しない?」


 ああ、そういうことか。テルが今まで何をしていたのか、おおよそ見当がついたレイシアは、周りの喧騒が急激に遠ざかった。


「昨日の夜、助けてって言ってただろ。ああ、別に誰かに頼ることがダメってことじゃない。俺は君を助けたいし、ニアも、多分セレスも、きっと同じように考えると思う。だけど、その選択は取り返しがつかないものだ」


 苦々しい表情で、自分の弱さを懺悔するように、テルは語る。


「だってここは君の生まれた場所だ。何も覚えていない俺が言えたことじゃないし、ただの独りよがりなお節介なのもわかってる」


 目を伏せていたテルが、少し涙ぐんだ視線をレイシアに向ける。


「俺は、君がこの国を出るっていうなら、絶対に一人にしない。だけど、全部を捨ててしまうにはまだ早すぎるんじゃないか。まだ、何かできることが————」


「兄さまのところに行ってたんだ」


 言葉を遮られたテルは、レイシアの目を見ると、少しだけ驚いたように頬を強張らせたが、やがて頷いた。

 テルの様子がおかしいのは今日の朝からだった。気もそぞろで、ずっとぼおっとしていた。自分のことを気にかけてくれていたのはわかっていたが、兄に直接話をつけに行くほど、思いつめていたのかと、少しだけ可笑しくなった。だが、本人が言う通り、これは余計なお世話だ。

レイシアから、空っぽな笑みがこぼれる。


「全部教えてもらったの?」


「いいや。でも、レイシアは全て知っているって……」


「ばれちゃったんだね、私が嘘を吐いていたこと」


「……うん」


 頷いたテルは、そのまま視線を低くした。二人とも喋らなくなると、周りの賑やかさが濁流のように押し寄せて、二度とお互いの声が届かないのではないか、そんな予感じみた孤独感が込み上げた。


「どうして、そんな嘘を」


「……知らない方が、幸せだからだよ」


「俺は一緒に背負うことはできないのか?」


「……」


 あなたには関係のないことだから。


 レイシアの沈黙はそういわんばかりで、テルは奥歯を噛み締めて、拳を強く握った。

 

「俺は、君の新しい旅立ちに憂いも後ろめたさも持っていて欲しくないんだ。たった、それだけなんだ……」


 テルの言葉に、レイシアは了承も拒絶もせず、曖昧な返答さえしなかった。


「少しだけ、一人にさせて」


 息苦しい沈黙が連れてきたのは、結局のところ解決ではなく先送りだった。

 その要求にテルが重々しく頷くのを見ると、レイシアは何も言わずにテルに背を向けた。そのまま去ってしまおうかと思ったレイシアだったが、衝動的に振り返り、口を開いた。


「どうしてテルは、私に優しくしてくれるの?」


「どうしてって……」


「だって変だよ。初めから私はテルを脅してここまで付き合わせただけなのに。同情? 憐憫?」


「……」


 あるいは拒絶にも思えるその質問を、テルは正しい意味で受け取った。

 レイシアはこの問いかけに意味がないことを自覚していた。どんな答えだったとしても、きっと自分の気持ちが動くことはない。ただ、テルに目に、自分はどう映っていたのだろうと、唐突に知りたくなった。


「同情も憐憫も、少し違う」


「……」


「エゴだよ」


 その言葉を、自分はどういう顔で受け取ったのだろうか。

 急にテルの顔を見るのが怖くなったレイシアは、慌てるように顔を背けると、今度は立ち止まることなく歩き続けた。


「先に帰ってる。待ってるから」


 振り向くことなく歩き続けるレイシアに、テルは精一杯の声をかける。しかし、その声諸共、群衆の雑踏のなかにレイシアは溶けていった。


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