第3章21話 女子会
「うん、やっぱりニアの料理が一番おいしい」
テーブルに並んだ、三つの小ぶりなオムライス。そのうち、一番見栄えの良いものを口に運ぶと、唸るように言った。
テルが突然出かけていき、残されたニア、レイシア、セレスの三人はお料理教室を開催していた。唯一、普段から料理を作っているニアを先生として、残る二人が簡単な料理を教えてもらうというものだった。
「全然思ったように作れないな……」
隣にあるニア作のオムライスと自分のオムライスを見比べて、ため息交じりに呟く。初めてにしては悪くないとは思うが、火の通りにばらつきがあり、少し形も崩れていて、上出来には程遠い。
「レイシアの料理、普通に美味しいわよ」
「ほんと? でも少し見た目が……」
セレスはレイシアが作ったものを食べると頷いて言った。決してお世辞や励ましではない、本心からの言葉にレイシアの胸はむず痒くなる。
「見栄えは経験だよ、私もたまに失敗するし」
「料理ってやっぱり難しいわね。ニアに言われた通りに作っても全然うまくいかないわ!」
「セレスは私の言う通りに作ってなかったよ……」
そしてほぼ真っ黒な焦げた料理を前に、ニアとレイシアは苦笑いをした。
根っからのせっかちなのか、ほぼすべての工程を強火で行い、味付けの分量もなんとなくに放り込んだそれは、オムライスには見えない。
「少し、触感が変なだけで、食べれなくはないかも」
「ごめん、私が悪かったわっ。体に障るからもう食べないで!」
ニアはそんな消し炭同然のものを躊躇なく食べる。流石のセレスも「そうでしょうそうでしょう」と胸を張ったりはせず、申し訳なさそうにニアの手から自分の料理を取り上げた。
「これを毎日やってるの、心から尊敬しちゃうわ……」
三人横並びになって洗い物をしていると、セレスが言った。
三人は炭のようなセレスの料理以外を平らげ、洗い物をしていた。初めは、セレスが「私、二人のを食べてばっかりだったから」と自ら名乗り出た。しかし、皿洗いすらできないのではという一抹の不安を感じ、レイシアもその手伝いを買って出たのだ。
「私は料理なんて、一度もしかことがなかったから、楽しかったけど、それ以上に大変だった……」
「へえ、それはそれで珍しいわね。訳アリって感じなのね」
「そう、訳アリの家出少女なのです」
テル以外に自らの身分を隠しているレイシアは、何故か得意げに言った。レイシアの中で、“家出少女”という言葉は、お姫様よりも特別感があった。
「そういえば、その服って……」
ふと、セレスがレイシアの来ている服に目を向けた。
「うん、セレスと買ったやつだよ。ごめんね、私が着てもあまり似合わなかったから」
ゆったりとしたシルエットで、フリルが可愛らしい洋服だった。ニアに似合わない服と言われたセレスが不服そうな顔をした。
それは、思い出の品を人に渡してしまったニアへの不満などではなく、自分の審美眼が間違っていることに納得していない類の不服さだった。
「絶対かわいいと思ったんだけど」
「えっと、かわいいよ。でも私が着ると太って見えちゃって」
ばつが悪そうに目を横に逸らしたニア。レイシアとセレスは、導かれるようにニアの豊かな胸部に視線を向けた。
「ああ、そうね。ニアの胸が大きいの失念してたわ」
「……」
セレスのあけすけな物言いで、ニアは少し恥ずかしそうにする。レイシアは、なるほど確かに自分は似合うだろうと納得し、可愛かった洋服が少し恨めしい気持ちになっているところ、セレスは、まあまあとレイシアの肩を撫でる。服に罪はない。ていうか誰にも罪はない。
「嘆くことはないわ、レイシアは飛び切りかわいいもの。とびきり可愛くて胸も大きくて、料理もなんでもできる。ニアがずるいだけよ」
「セレスちゃん……」
そっと引き寄せられたレイシア。しかし、セレスの柔らかい胸が当たると、温められていた心がスンッと冷めていった。
「セレス、意地悪な言い方しないで。私だって初めは上手にできなかったよ」
腰に手を当てたニアが少しむくれた様子で言う。
「上達するまで半年くらいかかったんだから」
「どうして、そんなに頑張ろうって思えたの?」
最初の理想と現実のギャップで、既にレイシアは根を上げかけている。何を原動力にすれば、そこまでできるのか、純粋な疑問に、ニアは少し考え込むようにすると、
「美味しいって思って貰いたいから」
とはにかんで笑った。なんとなく、ニアが誰のことを考えてその言葉を言ったのか、レイシアはわかってしまい、心臓の音が一瞬だけ大きくなった。
「ニアとテルって、どういう関係なの?」
不意に口をついて出た質問が、客観的に見ればかなり突飛であったことに気づき、レイシアは自分の言葉で肩を震わせる。
「うーん、テルとの関係……」
しかし、ニアもそれを唐突とは思わなかったようで、目をしきりに閉じたり開けたりして考え始める。
レイシアは、初め二人は兄弟のような間柄だと考えていた。
同じ空間で生活し、共に旅をする関係なら、家族かそれに近い親戚だと考えるのが自然だ。
実際に二人の会話を聞いていると、そうではないことはわかった。同時に、自分たちにまつわる込み入った話をしてくれたこともなかった。韜晦しているのは自分も同じだし、事情があるなら、仕方のないことだと思っていた。
だが、共に過ごせば過ごすほど、二人により深い繋がりがあるのだと、何度も思わされた。
「家族、に近いような……でも、少し違くって」
適した言葉を探すニアを、セレスとレイシアは黙って見守った。
「だけど、うん。————大切な人」
「……そっか」
優しげな声で紡がれた言葉に相槌を打つと、ニアは少し恥ずかしそうに笑った。
周りの心も和ませるような笑顔だったのに、レイシアの心だけは波が起こったように揺れていた。
「二人は、仲がいいんだね」
「うん」
ぎこちない言葉を返すだけでいっぱいいっぱいになっていた。セレスはそんなレイシアを複雑そうな目で何かを話しかけようとしていたが、レイシアはそれにさえ気づくことができなかった。
「テルってば帰ってくるの遅いね。私、探してくる」
レイシアはそう言ってニアたちから背を向けると、小走りでリビングを後にあとにする。
「レイシア?」
ニアの声を聞こえないふりをして、外に出ると、そのまま呼び止められない場所まで走り抜けようと足に力を入れる。
広大な敷地を駆け抜けて、正面門まで走ったレイシアは、膝を地面につけて浅い呼吸を繰り返した。
普段、走ることがないせいで、この程度の運動でも体は辛い。
「胸が、痛い」
肺は出血したと錯覚するほどに熱く、呼吸するたびに喉の奥が痛んだ。だが、この痛みは違う種類のものだった。
「ニア……」
初めてできた友達の名前を口に出す。とても優しくて、可愛くて、自分ではとても敵わないような素敵な女の子だ。
「テルぅ……」
そして、一目惚れをした少年の名前を、レイシアは絞り出すように口にした。
目の前に事実を突きつけられると、初めからこうなる気がしていたと感じてしまうのはどうしてだろう。
二人の間に、割り込むなんてできない。
直感で、そう確信したレイシアは、ただ一人ひっそりと涙を流すことしかできなかった。




