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第1章7話 狩人の条件

「俺、魔獣狩りやってみたいと思うんだ」


 その日、テルはテーブルに身を乗り出して、一大決心をリベリオに告げた。この決断を下すまで、二日ほどの眠れない夜と越え、人狼への恐怖に打ち勝ち、ついにリベリオに打ち明けたのだった。 


「あー、まあ、いいんじゃね」


 しかしリベリオの返答はあまりにあっさりとしていて、反対されようと何とかして説得してみせるとやる気に漲っていたテルは盛大に空回りした。


「もっと反対されるかと思った。異能は極力使うなとか言ってたのに、それでいいの?」


「世間に大っぴらにならない分には問題ないだろ。そもそも、テルには魔獣狩りになって欲しかったし」


「なる、ほど」


 力なく落ちるように椅子に座るテル。ニアはリベリオの隣で淹れたお茶を(すす)っている。


「だけどテル」


 リベリオは引き締めたような顔をテルに向けた。


「本当にいいのか? 今度は無事じゃ済まないかも知れないんだぞ」


 命だとか死という言葉を使わないのは、テルの気持ちを尊重したいというリベリオの気遣いだ。

 そしてテルはそれを理解してなお、自分の中に揺れる部分が見つからず、真っ直ぐに頷いた。

 

 リベリオは「わかった」と息をついて増えた仕事に辟易するように言った。


「じゃあお前、今日から俺の弟子な」



--・--・--・--




 リベリオとの剣の特訓が始まったのは一週間後の朝からだった。

 

 リベリオは練習用に木製の模擬剣を用意したが、テルは同じものを得意げに異能で作り出す。


「まずは、どれくらいできるのか試す。剣の経験は?」


「修学旅行で買った木刀で少し遊んだくらい」


「なんだそれ」


「いや、わからん」


 リベリオはピンと来ていない様子だったが、テルも同様に言葉の意味が判然としなくなる。不意に出た言葉の中身がどんどん塗りつぶされていき、不快感が込み上げる。あの古都の名前さえ思い出せない。


「限りなくゼロってことで」


 鼻から期待していなかったようで「わかった」と言ったリベリオは持っていた剣をテルに向ける。


「とりあえず、自分が思うようにやってみるといい」


 すると、今まで何ともなかったリベリオから重々しい圧が放たれているように感じ、テルは身を竦める。


「俺は受けるだけだ。怖がらなくていい」


 軽く深呼吸をして、剣をリベリオに向けて構える。「本気で来い」テルの目を見て、挑発するようにリベリオが言った。


 初めてなのだからダメでもともとだ。


 テルは模擬剣をぎゅっと握り大地を強く蹴って、リベリオに木刀を振り上げた。




「記憶があるときにも剣は握ってなかったみたいだな」


 苦笑交じりの言葉が、テルの胸に突き刺さる。

 初めて剣を振り、何も教えられないままぼこぼこに打ちのめされたテルは大の字に横になって空を仰いでいた。


「受けるだけっていってたのに!」


 大声でリベリオを非難する声は、涙混じりだ。


「泣いて悲観するほどじゃなかったぞ。飲み込みの早さはかなりのもんだ」


「そうじゃない!」



 端的にいえば、テルには剣のセンスがあった。

 序盤は目も当てられないほどだったが、アドバイスや型の指南を受けるたびに目に見えて動きが良くなっていった。


 しかしテルが調子に乗り始めたことを察したリベリオは、


「今度はこっちも軽く打ち込むから、防いでみろ」


 そう言ってテルの伸びかけた鼻を根元から削ぎ落したのだった。


「足りないのは明白だな。経験と基礎的な筋力」


 そりゃそうだろうとテルは不貞腐れるように顔を背けるが、リベリオは意に介しておらず、腕を組んでいると「よし」と呟いた。


 おもむろに地面に手を(かざ)すと、岩の柱が生成された。神殿にもちいられるような無骨な円柱。リベリオは穏やかな丘に不相応な代物を魔法で生み出したのだ。


「これを切り倒せるようになるまでは基礎鍛錬だ」


「切るってこの柱を?」


 テルはそういわれて体を起こした。高さは自分と同じ程度だが、その太さは抱きつくとなんとか手が握れそうなくらいで、中が空洞でないこともわかった。


「剣を振るときはさっき言った型を意識しろ。あと使うのは木製の模擬剣だ」


「嘘だろ……?」


 絶句するテルはリベリオをまじまじ見つめるが、冗談を言っている素振りはない。


「こんなのに真剣を使ってたら刃こぼれしてダメになるだろ」


「その事情、俺にはあんまり関係ないんじゃ」


「ズルしてもすぐわかるからな」


 眉を寄せるリベリオ。建前はすぐに露呈した。

 鉄より木のほうが、岩を壊しにくいため特訓になる。それだけの話だ。


「これを壊せたら少しずつ実戦に慣らしていく」


「……質問があるんだけど」


 言うべきことは全て言ったというようなリベリオにテルが小さく手を上げる。


「リベリオはこれを切ろうとしたらどれくらい時間がかかる?」


 リベリオは顎髭を触るようにすると、にやりと口角をあげた。

 空いた手でテルを少し下がらせ、持っていた模擬剣を構えると、斜めに振り下ろした。


 最後まで振り切られた、もう使い物にならない模擬剣と、重々しい音とともに地面に落ちた石柱の上半分。


 リベリオは質問に対して、


「一太刀」


 と自慢げに答える。


 格好をつけさせる前振りをしてしまった不満もあるが、一撃で石柱を切り伏せた事実に、テルは空いた口が塞がらない。


 リベリオは破壊した石柱の隣に新しいものを、先ほどと同じ工程で作りだすと、模擬剣を肩に乗せ家のほうに歩き出す。


「目標は二週間だな」


「短い……」


「文字が分かるようになって暇だったんだろ、丁度いいじゃねえか」


 リベリオは手をひらひらと振って立ち去った。




 それからの日々は単調で、特筆するべきことは筋肉痛と頭痛が新しい友人になったことくらいだろう。


 筋肉痛は言わずもがな、頭痛のほうは少し特殊なようで、魔法版筋肉痛の「魔力返り」と言うらしい。普段魔法を使わない人間が急に魔法を使うと、尋常じゃない頭痛に苦しめられるというものだ。


 言われてみれば魔獣に襲われた翌日は頭が重かったことを思い出した。突然魔法を多用すると、体に負担が掛かるようで、重度なものだと命に関わるらしい。


 テルに異能を使わないつもりはなく、後々のリスクを減らすために毎日寝る前に、疲れるまで砂を出しては消してを繰り返し、徐々に異能と魔力に慣れようとしていた。



 そして石柱を木刀で切りつけた。型を意識し、無駄をなくし、とにかく必死にひたすらに木刀を振った。



 そして、目標の二週間が経過したその日、リベリオは石柱を生やした丘を見下ろし、腕を組んだ。


「ひとまず合格か」


 破壊された石柱を前に、リベリオは渋々認めるといった様子であった。


 


--・--・--・--




「明日街に行くぞ」


 昨日の晩、唐突にそう言われたテルは、今まさにその街に立っていた。


 テルの住む家から少々歩いたところにシャダ村という小さくない村があるが、そことは比べ物にならないほどに大きな都市だ。


「で、でかい」


 コーレル地方の中心街セントコーレル。石造りの門を通り抜けた途端に広がった、背の高いレンガの建物と石畳の街並み、それらを前にしたテルは感嘆の声をもらした。

 馬車が往来する車道と人が歩く歩道の区別があり、道路の脇には賑やかな露店のような作りの店が立ち並んでいる。


 シャダ村からここに着くまでの間でも、トラックのような馬車を牽く巨大な馬に歓喜し、


「これって魔獣じゃないの?」


 などと素っ頓狂な質問をリベリオに浴びせ、周囲から冷たい視線を向けられていたが、初めて見るものに対する熱は留まることを知らない。


「人、多いな」


 足を止めて店を見る人、目的地に一直線な人、立ち止まり雑談に興じる人と色々な種類の人が、村とは比べ物にならない程にいる。


「ほら、置いてくぞ」


 リベリオの声が聞こえ、振り向くと既に歩き出していた。


「どこに行くの」


「騎士庁舎。魔獣狩りを仕切っている組織に、魔獣狩りの認可を貰いに行く」


 観光気分でいたテルは、目的が公的な手続きをすることだったと知り苦い顔をする。

 大通りをまっすぐ進むと、ずば抜けて大きな建物がいくつか屹立しており、リベリオはその中で特に目立つドーム天井の建物に躊躇なく入っていった。


 自分がこの建物に入ってもいいのか不安になり、自分と似たような服装背格好の人を探しながら歩く。


 高い天井と、広いラウンジ。最低限の装飾品は、反対に上品さを醸し出しており、一見すればテルは場違い極まりない。しかしそうならないのは、リベリオやその他魔物狩りで賑わっていたからだ。


「ここが騎士庁舎だ」


「そういえば、なんで騎士?」


「騎士庁が魔獣狩りの管轄で、魔獣狩りの正式名称も騎士だ」


 騎士の化け物退治といえば確かにしっくりくるが、リベリオと騎士という二つの単語が結びつかない。


「おい、こっちだ」


 リベリオはいつの間にか歩き出していて、油断すれば迷子になってしまうほどの広さと人の多さのなか、テルは急いでついて行った。




「推薦状と認可証、確認いたしました。こちらがテルさんの認可証です」


 受付の女性がにこやかに差し出したのは、掌サイズの黒い手帳のような物だった。


「魔石の換金にはこちらの認可証が必要なのでご注意ください」


 リベリオはそれを受け取ると素っ気なくその場をあとにする。


「これでテルも一応魔獣狩りだ」


 ラウンジの大きな柱の下、テルは渡された認定証を受け取る。


「これで魔獣を狩りにいけるんだ」


「狩るだけなら、認可(それ)がなくてもできるけどな」


「いまさらだけど、リベリオってかなり説明がいい加減だよな」

 

 テルは眉を潜めてリベリオを見上げると、「俺、魔獣狩りのことなんにもしらないぞ」という文句を言う。リベリオは返す言葉がないとばかりに口をもごもごさせた。


 二人は騎士庁舎を後にしても、リベリオはなかなか口を開かなかった。


「そもそも魔獣ってなに」


 自分から訊いた方が早いだろうとテルが質問をすると、リベリオは「ああ」と納得したように声を出す。


「さっきの大きな馬は動物だったんだろ。魔獣と動物の区別ってどこにあるの?」


「そうだな、一番の違いは魔獣が死ぬと灰になって魔石だけ残るってところだな」


「灰?」


 首を傾げるテルは遭遇した人狼を思い浮かべる。テルはあの後すぐに気絶してしまったため、魔獣が灰になった瞬間を見ていない。


「魔獣は生物ではあるんだろうけど、生態がほとんどなにもわかってないんだ。何故か現れて何故か人を襲う。この国はそんな魔獣が異常なほど発生するんだ」


 ソニレ王国。通称獣国ソニレ。際限なく魔獣が発生する国だが、魔獣は死んだとき人間に生活に欠かせない魔石を落とす。故に、ソニレは魔石産出国世界一であり、輸出によって世界中から利益を得ている。魔獣は国を豊かにしているという側面もあるのだ。

 しかし、そうなると密輸などの問題も発声するため、魔石の売買は国が管理し、そのための認可であるとリベリオは言う。


「認可がないと魔獣を狩っても、稼げないってことだ」


「なるほど」


 テルは貰ったばかりの認可証をじっくりと眺める。あまり高級なものではなさそうで、簡単な黒文字で数単語書かれただけのものだ。


下位騎士(・・・・)、だ」


「別に読めなかったんじゃないし」


 テルはきまりが悪く顔を逸らした。実際読めなかったのは図星だった。


「武器を持っている人も皆騎士なんだ」


「コーレル地方は魔獣の発生数が多いから、騎士も多くなる」


 人が武器を持ち、人が魔法を使い、人が何かと戦っている。すれ違う人達の生活をなんとなく思い浮かべると、いまさら自分が異世界にいることを実感してしまう。



「そういえば亜人とかっていないの?」


 だしぬけにテルが言うと「は?」と聞き返される。


「ほら、動物の耳が生えた人とか羽が生えた人とか」


 真っ向から否定されるんだろうな、という確信をリベリオの表情から感じ、説明する声が徐々に小さくなる。


「んなもんいるわけねえだろ。御伽話じゃあるまいし」


 案の定の言葉に「ですよね」と不貞腐れるテル。魔法と獣耳もテルにとってはどちらもおとぎ話である。

 しかし、そんなテルをよそ目にリベリオは「『魔人』はいるけどな」と小さく付け加えた。


「『魔人』?」


 テルが聞き返すと真面目な顔を真っ直ぐ前に向けている。


「魔獣の人間バージョンってこと?」


「まあ、大体合ってる」


 リベリオは少し間を置いて、簡潔に答えた。


 「一番怖いのは人間」なんて言葉が頭をよぎった。テルを襲った人狼も胴体は人間だったことを思い出し、背すじに嫌な感覚が走る。


「悠久の時を生き、人の姿をした人ではない存在。とにかくヤバい奴らだ。遭遇したら死ぬ気で逃げろ。運がかなり良ければ助かる」


「そこまで?」


 出会ってしまったら最後というような大げさな物言いに内心鼻白むような気持ちになった。


「それってなんかの寓話? 寝るのが遅かったり悪いことをすると食べられる、みたいな」


「現実の話だよ。ほとんど人前に現れないけど、実在する」


「……どんな見た目?」


 リベリオは何とも言えない、難しそうな顔でこちらを見返すので、テルは自分が何か見当違いなことを行ってしまったのではないかと焦る。


「残念ながら、見た目はまんま人だ」


「……なるほど」


 テルは道行く人が急に怪物のように暴れだす様を想像し青ざめた。確かにそれは助からない。


「リベリオは会ったことがあるの?」


「ああ、何度かな。その度、死にかけては運良く生き延びてる」


「運良く……」


 重い言葉を受け止めるためにテルは反芻する。


「人は運が悪いだけで死ぬ。その確率を減らすのが魔獣狩りの本質だ」


 放置していれば人を襲う生物を駆除する。扱うものは自分の命だけではないのだ。

 

「まあ、なにはともあれ、テルはもう魔獣狩りだ。初めのうちは自分の運が良いことを祈るんだな」


 リベリオの言葉を裏返せば、運が悪ければあっという間に死ぬという警告のようなもので、テルには手にある認可証が酷く重いものに感じられた。

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