第3章18話 雷
「何を、言って…………」
ヴァルユートの言葉は、とても単純だったが、咀嚼して飲み込むのに時間を要した。
レイシアは、全てを知っている。全てという言葉が、どこまでを指しているのかはわからない。しかし、少なくとも、自らが幽閉される理由は知っていたのだろう。
つまり、レイシアはテルに嘘を吐いていたのだ。
「いや、だけど……どうして……」
ヴァルユートが嘘を吐いているのかもしれないが、そんな嘘を吐く理由がわからない。レイシアの言葉はどこまで真実だったのか、と疑心が膨らむ。
「至極単純な話だ。レイシアは貴様を巻き込むまいと気を遣ったのだ」
そんなテルの心を、両断したヴァルユート。
「巻き込まないって、何に?」
「それもまた、言う必要はない」
「……ッ。全部だんまりかよ」
レイシアには悪意はないのかもしれない。だがそれもこれも、全て直接聞きたい。故に、テルの最優先の目的が更新される。
ブラックガーデン邸への生還だ。
始めから王城に潜入してただで済むとは思っていない。レイシアの国外逃亡の片棒を担ぐ時点で、極刑級。多少の罪が重なっても、結果に変わりはないのだ。
「いいよ、本人に直接訊く。ヴァルユート、お前にはもう用はない」
「ふんっ。とことん不敬だな。なんにせよ、端から貴様は大罪人だ。特別に、俺が牢獄まで案内しよう」
テルは剣を握り直し、ヴァルユートの様子を伺う。
少なからず相手には、初めからこの展開を予想していただろう。だというのに寸鉄も帯びないことに何の不安もないようで、テルは警戒心を高める。
ここは初めから、敵の居城なのだ。
戦闘に不向きな恰好から放たれる魔力は、先日同様に異質だ。
昨日の戦いでは、一度爆音が轟いたきり、何も音がなかった。そう考えると、その一撃でけりが着いた、あるいはどちらかが逃亡したと考えるのが自然だ。そして、一切の外傷がないヴァルユートこそが、その爆発を生み出したものと考えるのが自然だろう。
「魔人相手に圧倒したのか……」
小さく独り言ちると、庭園でさえずっていた小鳥が羽ばたく音がした。
相当のやり手を前にしたテルは出方を伺うように距離を保つ。そんなテルにヴァルユートは目を細めた。
周囲の魔力が唸り、波打ち、別の性質に編成していく。
テルが目を見張ったのは、その魔力の起こりの速さだ。
通常の魔法より、一線を画した速度で、新しい現象が発生する。
「遅い」
来る。
テルが身構えるより早く、ヴァルユートが言い放ったのは、ほとんど勝利宣言と言っても過言ではなかった。
視界にほんの一瞬映った、白い一閃。
直後、電流のような衝撃がテルを貫いた。鋭い痛みは瞬く間に全身を駆け巡り、体の自由を奪う。
直後、ぴしゃん、と雷鳴が響き渡った。
電流のような、ではない。これはまごうことなき、雷だ。
「——————ッ!」
回避も反撃も、思考さえ許してくれない雷撃に打たれたテルは、そのまま成すすべもなく、地面に倒れ伏す。意識はある。しかし、痙攣で体が言うことを聞かない。
防御の余地を与えない一撃必殺の初見殺し。ヴァルユートが放ったそんな攻撃は、稲光と破裂音を伴っており、間違いなく雷だった。
昨日、テルとレイシアが隠れているときに聞いたのも、その轟音だったのだろう。
そして同時に理解した。あの魔力の波打つような前触れは、自分のものに近しい。
「い……のう……」
ヴァルユートが放ったあの魔力行為は魔法ではなく、異能だった。テルが導き出した結論を、絞り出すように口にする。
「そんなものと一緒にしてくれるな」
しかし、ヴァルユートはそれをにべもなく一蹴した。
「これはソニレの王族にのみ許された御業にして、国王が雷帝と呼ばれる所以」
視界の外から一方的に話しかけられるテルは、その足音が近づいていることを感じ取っていた。ヴァルユートは、力なく倒れるテルを見下した。
「それがこの、雷の権能だ」
「くら……う、ん…………?」
一度聞いたことのある言葉。しかし、そんな疑問が解消されることはなく、ヴァルユートが再び放った電流が、テルの意識を今度こそ刈り取った。
――・――・――・――
コツコツと、足音が反響するのが聞こえて、テルは意識を取り戻した。
一定のリズムで、体が上下に揺れ、その度に腹に硬いものが食い込み痛んだ。ヴァルユートの初見殺しの電流を食らって、失神したことを思い出す。苦々しいうめき声をあげながら目線を上げると、自分の状況がやっと理解できた。
両手足を錠で拘束され、知らない巨漢に担がれながらどこかに運ばれているのだ。
「殿下。こいつ、起きました」
「そうか」
テルを背負う男が低い声で言うと、ヴァルユートが一瞥もくれずに答えた。
「自分で歩けるから、下ろしてくれ」
まだ痛みの残る体を粗雑に扱われることに不満を言うが、巨漢はテルの言葉を無視する。
苛立ちを抑えながら、周囲を見渡す。窓一つない不気味な地下に続く階段を、ひたすらに下っている。レイシアの部屋と大図書館を繋ぐものではない、別の階段だ。
「じきに着く」
テルに対する間を置いた返答か、部下に対する言葉か、独り言か。どれか判然としないヴァルユートの言葉に、テルは進行方向に目線をやった。
石で組まれた壁と天井と階段。代わり映えのなかった景色のなかで、突然現れたのは、まっしろな巨岩だ。
自分の背丈の倍もある白い岩には、鉄格子が着いたドアがついており、それがなんなのかおおよその見当がついた。
「特別製の牢屋だ。そうそうない機会。存分に味わってくるといい」
「…………いや、いやいやいや。これは一体どうなっているんだ」
急に困惑を口にしたテル。それは決して、自分が牢屋に入れられることに対する言葉ではなく、中にいる存在に向けられていた。
「やあ、君は昨日姫君と一緒にいた少年だろ?」
牢獄の中だというのに、能天気な声を出したのは、紫色の髪の青年だった。
「改めて、ボクはゼレット。魔人十三議会の魔人だよ。ルームメイトってことだし、これからよろしく」




