第3章15話 余計なお世話①
この後に何か予定があるわけでも、園芸作業が嫌なわけでもなかったテルは、頼みを引き受けると、もくもくと作業をこなした。
ブラックガーデンの言葉通り、作業は単純なもので、まだ種を植えていないと思われる花壇に根を張った雑草をひたすらに抜き取る作業だった。
しかし、単純といえど簡単という訳ではない。背の低く小さい雑草でも、何倍もの根を伸ばしており、それ相応の力が必要だった。
短剣で根元から切るだけで楽をしようとすると、背後から「根は全部抜かないとまた生えてくるぞッ」と釘を刺され、仕方なくシャベルと素手で、雑草と戦い続けた。
「趣味なんですか?」
雑草抜きがひと段落着いた頃、いつのまにかお茶の準備を整えていたブラックガーデン。勧められて休憩をしていたテルが、お茶を口に運びながら尋ねる。
ハーブティの香りが、しみついた土の匂いを遠ざけるようだった。
「ああ、土いじりか。そうともッ、実に老人らしいだろう」
「逆にしっくり来ませんね。名前はぴったりですけど」
溌溂としたブラックガーデンが、隠居と結びつきやすい園芸に興味を示すのは、もっと後のことでもいいような気がした。
「ずっと仕事をしているのかと思ってました」
「そんなことはないッ。なにせ今は休業中だからなッ」
「え、どこか悪いんですか……?」
あけすけに答えるブラックガーデン。
だったら、家で安静にしているべきでは、そう口にしようとしたが、ブラックガーデンはぶんぶんと首を振った。
「病気なんざ、ここ三十年罹ってないわいッ」
「じゃあどうして……」
「そりゃ、もちろん育休だッ」
「え、えぇ……?」
育休。あまりにも想定外の言葉に、テルは耳を疑った。しかし、胸を張ったブラックガーデンは、冗談を言っている素振りはなく、つまり、ブラックガーデンは子育てのために、仕事を休んでいるのだ。
「半年前になあ、三人目の子供が生まれたんだ」
「孫ではなく?」
「ああ、孫じゃなくて、娘。念願の女の子だった。あれほど可愛らしい存在と、こんな年になってやっと出会うとは、……人生何が起こるかわからないものだッ」
「おめでとうございます」
幸福に満ちた表情で、ぼんやりと空を見つめるブラックガーデン。テルは、困惑もあったがそれ以上にそう口にするべきだと思い、祝福を言う。ブラックガーデンは「ふっ、ありがとう」と爽やかに返した。
「上の二人の息子のときは、仕事や弟子のことばかりでほとんど育児に関わらなかったんだ。そんなある日、久々に家に帰ると、『誰このおじいさん』なんて言われてしまってな……」
「それで育休なんですね」
「ああ、わかっている。皆まで言うな。ならどうして今は土いじりなんかしているんだ、と言いたいのだろう?」
苦々しい顔をして腕を組むと、唸るように首を傾げる。
「いや、別にそんなこと思ってないですけど」
「できることなら、ワシだってずっと娘の傍に居たいとも。だがなぁ」
ブラックガーデンは、膝に頬杖を突くと弱々しく続ける。
「妻に言われてしまったのだ、『あなたは、呼吸の音も心臓の音も何もかもがうるさいのです。騒音のせいで、一向に赤ちゃんが寝付けないから、どうか仕事にでも行っててください』とな。それからは、日中は半出禁状態だ」
「それは、悲しいですね」
呼吸音や拍動さえも睡眠を妨げるとは、少々大げさな気もした。しかし、目の前の巨老人ならあながち有り得るかもしれない。
「ああ、全くだ。しかし、赤子の世話がないとそれはそれで暇でな。仕事に行けば、自然と遠出も必要になるから、こうして土いじりに励んでいるという訳だ」
そんなわけで、元々使用人が育てていた花壇を、ブラックガーデンが頼み込んで、自分で世話をするようになったのだと言う。暑季にはこの花壇で家庭菜園を作っていたようで、初めてにしてはまあまあの出来だったらしい。
「だから、次はいつでも構わん。王都に戻ってきて、またこの花壇の様子を見にくるといいッ」
何気なく言ったブラックガーデンの言葉が、テルの胸に引っかかった。ささやかな肉体労働で、遠のいていた悩みがまた姿を現した。
「俺は、もうここには戻ってこないかも、しれないです」
テルの言葉に、驚くこともせず押し黙ったブラックガーデンは髭を撫でながら口を開く。
「それは、あのお嬢さんに関りがあるのかッ?」
「……どうしてわかるんですか?」
テルを見据えるブラックガーデンの目は、穏やかでそれでいて底が見えない深さを感じさせた。
「老いぼれの勘、といったら少し大げさだな」と前置きをしたブラックガーデンは、遠い目をした。
「ワシは見た顔を忘れたことは一度もないんだ。たとえそれが、まだ乳飲み児だったとしてもな」
意図を汲むのに時間が掛かったテルは、やがて目を見張った。
「まさか、姫君がまだ生きておられたとは……」
「……っ」
テルは、昨日と同じ種類の驚きに、言葉を飲んだ。
ブラックガーデンは、レイシアのことを見抜いていた。




