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第3章5話 振り回される休暇

「なにこれ、おいしいぃっ!」


 綿菓子に瞳を輝かせ、口の周りが汚れることも厭わずに齧り付く金髪の美少女。そんなレイシアを横目に、テルは不満を口にしない代わりのため息をついた。

 まさしく悩みの種である少女は、テルの困惑と呆れが合わさった視線に気づくと、「あ」と声を漏らした。


「皆まで言わないで、言いたいことはわかるから。……ごめんね、テルの分買ってくるの忘れちゃった」


「全く伝わってないんですけど……」

 

 傍から見れば、男女二人が仲睦まじく遊んでいるようにしか見えない。しかしその実、脅迫の真っ最中なのだ。そんな状況のギャップに、テルは頭を抱えた。



 思い返すこと一時間前、自分を誘拐しろという脅しを受けたテルは頭に特大の疑問符を浮かべた。


「ゆ、誘拐……?」


「正確には、お忍びで城下に遊びに行きたいから、それに付き合って欲しいの」


「……」


 絶句するテルにレイシアは「だって一人で遊んでもつまらないでしょ?」と、悪戯っぽい笑みをぎこちなく浮かべている。


 王城に侵入することと、やんごとなき身分の人を攫うこと。どちらも重罪だが、後者は確実に首が飛ぶだろう。

 そんなことを考え、テルは口元を痙攣させていると、レイシアが思考を見透かしたように口を開いた。


「断れば今すぐ牢獄行き。多分、二度と青空とは再会できない。でも私のお願いが果たされれば、テルは無事日常に戻れる。考える余地がある?」


 初めからテルに拒否権がないことをはっきりと告げるレイシアに、テルは何も言い返すことが出来なかった。無言は肯定と同じとは、まさしくあの時のことだろう。レイシアの支度はあっという間に整い、気づけば二人で隠し通路を引き返していた。


 そして、今に至る。



「どうして、こうなった……」


「ん、なにか言った?」


 レイシアの圧のある言葉に、テルは無言で首を振る。

 二人がいるのは、王城からほど近い七番区で、大きな噴水がある公園だった。周りにははしゃぎ回る子どもがおり、彼らはお菓子の歩き売りを囲んでいる。その中にいたレイシアの手には、先ほどとは違うお菓子を持っていた。もちろん支払いはテルだ。


「えっと、レイシア様……?」


「敬語も敬称も禁止。お忍びで来てるのがバレちゃうでしょ。ほら、リラックス、リラックス」


 テルは、脅迫の真っただ中でどうリラックスしろっていうんだ、という言葉を飲み込むと、ベンチの隣のレイシアの方を向いた。


「じゃあ、レイシア。……何を、してるんだ?」


「何って、美味しそうだったし、食べたことなかったから。今度はテルの分も買ってきたよ」


「だから、そうじゃなくて……」


 レイシアの差し出すお菓子を、手を前に突き立ててノーさんキューを伝える。

 はぐらかしていたつもりのなかったレイシアは、テルの意図を察し、「ああ、そういうこと」とため息を吐いた。


「言ったでしょ、私は城の外を満喫したいの。あなたはそのボディガードってこと」


「……さっきの説明本気だったのか」


 到底本気とは思えない動機に、テルが苦い顔をする。しかし、その言葉にレイシアはむっと頬を膨らませた。


「ふんっ、平民に私の苦悩を共感してもらいたいなんて思ってないから」


「いや、その、ごめん。今のは、配慮に欠けてた、かもしれない」


 へそを曲げたレイシアに、テルは焦って頭を下げる。うっかり怒らせた結果、即刻投獄なんてことがないとはいえない。そんな、保身を隠しきれていないようなテルの謝罪だった。しかし、


「あ、あの、ごめんなさい。本気で見下してるわけじゃなくて……だから、その、怒らないで……」


「……どういう情緒してるの?」


 レイシアは、テルに怒りを向けるどころか、なぜか目をうるうるさせて、濡れた子犬のように自分の言動を反省している。


「わかった、別に怒ってないから、落ちこまないでくれ!」


 人が変わったように弱気になるレイシアの対応に困ったテルは、ベンチから立ち上がり必死に慰めるように声をかける。すると、「そ、そっか。……そうだよね!」とけろりと平常運転に戻り、表情を明るくする。


「観光に付き合うのは……まあ、いいとして、いつまで付き合えばいいんだ? 俺にも予定が……」


「私の付き人よ? かなり光栄なことなんだから」


「情緒不安定すぎる……」


 話題を元に戻すが、すぐさまに胸を張って、尊大な物言いをするレイシア。さっきまでの反省していた素振りはなかったことになっているようだ。


「別に一生私の奴隷なんてこと言うつもりはないよ。大事(おおごと)になる前……そうね、数日一緒にいてくれればそれでいいの」


「まあ、数日なら、なんとか……」


 数日お姫様がいなかったら十分大事だ、と思いつつ渋い声を出す。


 テルの懸念は、ニアのことだった。さきほど別れてから、ニアと合流できておらず、さらにこれからもほったらかしが続くのは、テルとしても避けたい。

 

 そもそも、図書館でニアを放置している時点で、罪悪感で胸を痛めていた。

 そんなことを考えているテルが挙動不審になっていると、またしてもレイシアの表情が転がるように暗くなった。


「……その、本当に迷惑だったら言ってね。……そこまで無理強いはしないから」


 うつむいたレイシアは膝の上で手を震わせ、テルは呆れる気持ちを隠しながら、レイシアの機嫌をとる。


「わかった、大丈夫だから落ち着いて……!」


 高貴なお方らしい冷淡なツンとした態度から一転、自信がないためか、不安で急にオドオドした態度になるレイシアに困惑するテル。「めんどくせえ」という言葉を必死で堪え、嵐が過ぎるのを待つことしかできなかった。

 



「それで、これからどうするつもりなんだ?」


 売り歩きのお菓子でレイシアの機嫌を取ったテルは、改めて今後の予定を尋ねた。


「うふふっ、予定はもう決まってるの」


 小ぶりのお菓子を頬張るレイシアは微笑み交じりに答えたかと思うと、カバンから一冊の手帳を取り出した。

 その手帳は大切に保管されていたのだろう、かなり年季が入っているが、汚れなどはない。

 テルは古い手帳とレイシアの顔を順番に見る。


「これは、一体……?」


「これは、やりたいことノート。小さい頃から、やりたいことをずっと書き込んでいたの!」


 そういって、レイシアはその手で、手記のページをめくっていく。そのレイシアの表情が、とても楽しそうに見えたテルは、何となく気になってレイシアの手帳を覗き込む。しかし、手帳は即座に引っ込められ、顔を上げるとレイシアが守るように手帳を抱きかかえている。

 じーっとテルに向けられる視線は冷ややかだ。


「見るの禁止」


「……ごめんなさい」


 人に日記を見せるようなものなのだろう、とテルは素直に反省した。今度はレイシアに非がないため、オドオドモードに入ることもない。


「全部はきっと無理だから、特に優先順位が高いものから消費していかないとね」


「それで、まずはどこへ?」 


 首を傾けたテルに、レイシアは不敵な笑みを浮かべる。


「まずはお買い物をします。この服装は適してないでしょう?」


 そう言って来ているワンピースをひらひらと揺らす。

 レイシアは、王城にいたときの服装から着替えないまま、テルと外にきたので、今着ているのは部屋着ということになるらしい。その上に一枚上着を羽織っているだけで、少し寒そうだが、部屋着のだらしなさなどはなく、どことなく気品がある。


 一体何を買うのだろうか、と嫌な予感で冷たい汗がテルの額に流れ始める。高級レストランや、有名ブランドなどを求められれば、テルの小遣いでは到底賄えない。


 初対面の少女に貢ぐために、リベリオの残した貯蓄に手を出すことになるのか。

 いずれ頼るかもしれない最後の手段を思い浮かべたテルは、胃が縮むような思いだった。


 しかし、テルの心配は全て杞憂に終わった。


 「あれもかわいい!」


 レイシアは気に入ったものを遠慮なくテルにねだった。その量はなかなかのものだったが、使った金額はテルの想像より大きく下回っていた。

 というのも、レイシアはブランド物に拘ることなく、一般人向けの安い衣類を好む傾向にあったからだ。


「ほら、これなんか凄く良いと思わない?」


 満面の笑みで手に取ったのは、やはり高級品とはかけ離れた丈のそれほど長くないパンツだった。ザ・村娘といった洋服なので、熱心に変装しようとしているのかと思ったが、純粋に気に入っているみたいだ。



 洋服の買い物が一通り終わり、大通りの脇にあるベンチで休憩をとっているところで、テルが随分と軽くなった自分の財布を見つめていた。

 初めは豪奢なドレスのせいで少し目を引いていたレイシアだったが今では。可愛らしくはあるが周囲によく溶け込んだ服装になっている。


「……もうお金なくなっちゃった?」


 心配そうにレイシアが覗き込むが、テルは首を振る。


「……いや、思ってたより残ってる」


 今の言葉は嘘ではないとはいえ、テルが自由に使える予定だったお小遣いはもうほとんどない。

 テルの強がりを見透かしたレイシアは、若干の申し訳なさを滲ませながら「なら」と立ち上がった。


「最後にパジャマだけ買って、今日のお買い物は終わりにしましょう」


 レイシアの言葉に、テルは僅かに苦い顔をする。


「……やっぱり本気なんだな」


「当然でしょ?」


 自慢げに胸を張るレイシア。テルはため息を吐いて、


「無理矢理、人の宿に上がり込んで、誇ることなんて何もないだろ」


 と、さきほどまでなら堪えていたであろう言葉を言った。

 

 それは、ついさっきの出来事。

 テルがだしぬけに、レイシアの泊まる場所について尋ねたときのことだ。


「レイシアは今日は城に戻らないんだろ、宿は決めてるのか?」


 考えてみれば、当然な疑問だったが、レイシアはその問いに対して、


「どこって、テルの家だけど」


 と、不思議そうな顔で即答した。

 そこから始まったのは、感情的な言い争いだった。


「一人で宿に泊まるなんて無理!」

「連れがいるから困る!」

「私はテルの連れなら気にしないもん!」

「レイシアがどう思うかの問題じゃない!」


 そんな言い争いから始まったが、いつまでも平行線のまま、どちらも折れることなく、最終的にレイシアが、


「あなた、自分の立場をわかっていないみたいね」


 とドスを聞かせた視線で、要求を強引に押し通したのだった。

 幸運にもブラックガーデン邸の離れには、空き部屋が幾つかあった。しかし、ニアにどう説明するか、テルは深くため息を吐く。


「じゃあ、あとは一人で買ってくるから、ここから動かないでね」


「はいはい」


「逃げたら国中に指名手配だからね」


「国外逃亡したくなってきた」


 レイシアは冗談を言うテルに手を振って、そのまま女性服売り場に入っていった。



 レイシアの目的は、日用品と寝巻、そして下着だった。どれも生活には必要で、正直一人で動くのは怖かったが、いくら世間を知らないお嬢様でも、下着を買うのに男子を同行させるのは恥ずかしかったのだ。


「これくらいでいいかな」


 買い物を終え、荷物を抱えたレイシアが店を出て、テルの元へと足を急がせる。

 ここまで交わした言葉は、決して多いとは言えない。しかしそれでも、なんとなくテルが自分から逃亡するようには思えなかった。


「あれ、うそでしょ?」


 しかし、テルがいたと思われる街灯の下には誰の姿もない。


 逃げられた。

 レイシアは当然そんな考えに至る。しかし、どうしても受け入れたくない気持ちが抑えられず。


「何か事情があるのかもしれないし、少し待ってようかな」


 と、わざわざ震えた声を出して、その場に留まった。

 

 膨れ上がる不安に気づかないようにしていたレイシアは、しばらく俯いて立ちすくんでいた。心拍数は徐々に上がり、厚くもないのに汗をかき始める。段々、息苦しくなって深呼吸をするために顔を上げると違和感に気づいた。


「さっきの場所と違う……?」


 レイシアが店に入るときの風景が違う。この店の正面は、レストランではなく、別の服屋だったはずだし、店の入り口も見た目が色々と違う。


 別の出入り口から出てしまったのだ。

 かなりの時間をかけて、その結論にたどり着いたレイシアは、深く安堵の息を吐いた。


 テルが自分を置いて逃亡したなんて嫌な想像は、全て杞憂だった。ならば、すぐに待っているテルのもとに向かわなければ。


 そう思ったレイシアが、店に入ろうとしたところで、誰かが肩を掴んだ。


「て……る?」


 自分を待つ人の名を呼んで振り返るレイシア。しかし、そこにいたのは、まるで会った覚えのない二人の男だった。


「きみぃ、さっきからずっと一人じゃん。暇なら俺たちと遊ばない?」


「お茶とか奢っちゃうよ」


 見るからに軽薄そうな二人は肩を掴んだまま、大げさな身振り手振りを交えてレイシアに唾を飛ばして喋る。

 レイシアの美貌に惹かれ、気づかれぬように視線を送るものは数いれど、隣にテルがいたことで、ナンパに踏み出る者はいなかった。しかし、一人で、長い時間同じ場所に留まっていたのなら、その手の者が現れるのは時間の問題だった。

 

 ナンパの二人組も、ほとんどダメ元で声をかけていたのだろう。美人であれば、必然的にそれへの対処法を身に着ける。

 しかし、レイシアの対応は、ナンパ二人の予想とは違うものだった。


 見知らぬ人に声を掛けられ、レイシアは思考がまっさらになって立ち尽くしてしまったのだ。

 茫然とする表情を、話に耳を向けていると受け取った男二人は、これはいけるかもしれないと踏んだ男二人は、増々強引になっていく。


「ほら、あそこにいいお店知っててさ」


「一杯だけだからさ、お願いだよー」


「ぃ、ぃゃ……」


 他人に迫られるという未知の出来事にレイシアの声は震えて、ほとんど発声できていない。

 それをいいことに、男たちはレイシアの細い腕を掴んだ。

 掌の微妙な湿り気と、覗く体毛に、レイシアの肌が粟立つ。


 声も出せない。体に力も入らない。遂に涙がこぼれ落ちたときに、その声がレイシアの耳を打った。


「その手を放して」


 ハッとしたレイシアが視線を上げると、そこに立っていたのは、純白の髪の少女だった。

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