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第3章3話 明かりになった温もり

「リベリオの娘と弟子か……」


 ブラックガーデンが唸り、意味を咀嚼するように(こぼ)す。この言葉を口にするのも、既に三回目だ。

 馬車盗りを衛兵に引き渡した三人は、同じ馬車に乗っていた。


 探していた人物とまさかの遭遇を果たしたテルたちは、リベリオから預かった手紙を見せると、老人は僅かに悩んだ後で、全てを吹き飛ばすように笑い声をあげ、「とりあえず、うちに来なさい」とテルたちを家に招待したのだった。


 現在、ブラックガーデンは馬車の中で天井にぶつからないように少し身を屈めている。そしてその手には、テルが以前リベリオから預かった手紙があった。何度か読み返された手紙は強く握られて、(しわ)ができている。


「全く、とんだ大馬鹿だ。何故、新しい家族ができたというのに、知らせを寄越さなかったんだ。祝いの言葉一つも言えやしなかった」


 テルはあの手紙に何が書かれているのかは知らなかった。しかし、断片的な情報から察するに、旧い間柄への近状報告のように思えた。

 豪快に笑っていたブラックガーデンも、今は亡き知人からの手紙には真剣な表情で臨む。テルとニアは読み終わるのを無言で待っていると、ブラックガーデンが手紙を畳んだ。


「さて、済まんなッ。しばらくほったらかしにしてしまった」

 

 一息ついたブラックガーデンは、手紙を懐に仕舞うと、前に向き直る。


「二人は何の目的で王都に来ていたんだったかなッ?」


「観光です。色々な場所を見て回ろうと思って」


「なら王都にはしばらく滞在するのだろうッ?」


 厳密には決めていないが、決めていた予定もいくつかあり、一週間ほど滞在するつもりだった。テルはそれを素直に話すと、ブラックガーデンは腕を組んで、何度か頷く。


「そうか、なら宿代も馬鹿になるまいッ。しばらくはうちに泊まっていくといい」


 急な提案に、テルは「え」と声を上げた。ニアも口には出さないが目を見開いて驚いている。


「そこまで甘えられません」 


 テルは首を横に振るが、ブラックガーデンは白い歯をニッと見せて笑う。


「テル坊よ、リベリオはお前の師匠であり、ワシはリベリオの師匠だ」


ブラックガーデンが身を乗り出し、顔が近づく。「そうだったんだ」と隣でニアが素直に驚いている。


「つまりワシはお前の大師匠であり、面倒を見るのは当然ッ。そして、テル坊がワシの言うことを聞くのは当たり前なんだッ」


 迫力のある一言一言に、師としての無茶ぶり的な意地悪さは感じない。あるのは、なんとしても世話を焼きたい、お祖父ちゃん心のようなものだろう。


「……お言葉に甘えさせて貰います」


「ガハハッ、それでいいッ! 利用できるものは全て使い潰す気概がないと、特位騎士はやっていけんぞ!」


「いや、なる予定はないです……」


 もしかしたら、王都に来てまで修行漬の日々になってしまうのではないかと不安に駆られ、テルは即座に首を振る。


「若い頃のお父さんは、どんな人だったんですか」


 ニアが不意に質問をする。少しだけ呆けたブラックガーデンは腕を組むと、「ふうむ」と悩み始めた。しかし、その口元は笑みが見える。


「そうだな、ワシはリベリオをたった五年ぽっちしか見ていないが、あいつは飛びぬけて生意気なクソガキだったなッ!」


 五年は「たった」には適切でないと思いつつも、ブラックガーデンのいうリベリオを思い浮かべる。


「だが、リベリオほど才能に抗った努力家はいなかった。紛れもなく特位の実力があったさ。ワシより確実に強いッ」


ブラックガーデンはどこか自慢げに語り、テルとニアも不思議と誇らしい気持ちで話を聞いていた。しかし、機嫌よく話していたところ、急に体の動きが止まり、「うぅーん、だがなぁ」と唸り声を上げる。


「しかし、生活力はなかったなぁ。女にも酒にもだらしない。こう言っちゃ悪いが、あのときは剣しか取り柄がなかったなッ」


「ほんとに手厳しいですね……。女遊びは聞いたことがないけど、たまに泥酔で帰ってくることがあったな」


「え、そうなの?」


 辛辣なブラックガーデンに苦笑いを浮かべるテルが、以前あった出来事を思い出す。酔っぱらいのリベリオはかなりめんどくさかったが、ニアはそのことを知らないらしい。てっきり、ニアも酔っぱらいリベリオに辟易(へきえき)して、全力で避けていたのかと思っていた。


「家事も全くやってなかったしな。一人で生活している様を想像できない」


「私がいなかったときは、おばあちゃんが定期的に家の片づけに来てたらしいよ」


 初めて聞いたリベリオの子どものようなエピソードに、テルとブラックガーデンが笑い声をあげた。


「ハハハハッ、若い頃も似たようなことをしていたな。そのときは、ぼこぼこにして舎弟にした不良たちだったが」


「まじか……。いや、でもリベリオならやるかも……」


 がたがたと揺れる馬車の騒音に負けない程の声でブラックガーデンが笑い飛ばすと、つられてテルとニアの声も大きくなった。

 会えない人を惜しむように、互いに思い出を話し合っていると、目的地までの時間はあっという間に過ぎていった。




――・――・――・――




「で、でかい……」


 愕然としたテルがその場に立ち呆ける。これまでは、異世界の事情に疎いテルの驚きに、共感を示してくれる者は多くなかった。しかし、今回ばかりはニアも目を大きく見開いている。


「これ全部、おじ様の屋敷……?」


「おうともッ。この本邸のほかに十五番区と三十番区にも別邸がある。必要になればそこで泊まるのもいいだろうッ」


 なんともないように語るブラックガーデン。紳士的な謙遜というわけではなく、本気で大したことではないと考えているようだ。

 ニアは、首を振っても視界に入りきらないほどの敷地の広さの屋敷があるというのに、他にも家があると聞いて目を白黒させている。


「昔は百人近い弟子の世話を見ていたから、無駄に建物もでかい。空き部屋の数も途方もないぞッ」


「弟子が百人……!?」


 何気なく言ったブラックガーデンの言葉はどれも簡単には飲み込み難い。

 

「今はいないの?」


「ああ、今は弟子を取っていないから、広々している。心置きなく過ごすといいッ」


 ニアの質問に答えると、ブラックガーデンは本邸ではない別の方角に歩き始める。


「あの離れなら、二人とも気を遣わずにいられるだろう」


 その目線の先には、シャダ村の家よりも立派な二階建ての建物が立っていた。家の作りに大きな違いはなく、石造りの一軒家だが、屋敷に合わせたデザインと上品な装飾で、洗練された印象がある。平民離れした環境に、逆に緊張してしまいそうだ。

 

 すると、ブラックガーデンは何を思ったのか、テルの肩を優しく叩くと、顔の位置を低くしてテルの耳元で口を開いた。


「誰も邪魔をすることはないが、あまり羽目を外しすぎないことだ」


 ブラックガーデンの口元はニヤけており、野暮なお節介を焼かれていると気づいたテルは冷たい笑顔を向けた。


「そういうんじゃないです。全然本邸でいいです。なんなら、外の宿でも」


「ガハハハハッ! すまんすまん、ほんの冗句だッ! 」


 小さい声を出せたのかと思えば、こんな冗談を言うのかと呆れているテル。その横でニアは不思議そうに首を傾げている。


「中も案内してやりたいところだが、ワシはこれから用事があって出かければならんッ。二人は長旅だったのだろう、ゆっくり休んでいなさい」




 ブラックガーデンが去ったあと、荷物を馬車から離れの家に運び込むと、テルはもともと置いてあった高級そうなソファに身を沈めた。


「ふぅ……」


 疲労の息を漏らしたテルは、首だけを動かして部屋の中を観察する。食糧庫には貰った食材が入っているし、生活に必要なものは全て揃っている。まさに至れり尽くせりである。


始めは屋敷の使用人が料理を作ると提案してくれたが、さすがに申し訳ないとニアが断ると、代わりにと言って食べきれるか怪しい量の食料を置いて行ってくれた。


「広すぎて落ち着かないかもな」


 テルが大きな独り言を呟くと、不要なものがない空白が目立つ室内に響いた。自分の声が反響するという経験があまりなかったテルは少し驚いていると、背後からニアの声が聞こえた。


「こんなに豪華だと慣れないね」


「部屋の整理、お疲れ様」


 テルは僅かに驚きつつ、ソファにニアの座る場所を作るため横にずれる。ニアは腰を下ろすと、「わ、ふかふかだ」と嬉しそうな声を上げた。ニアの後ろをついてきたイヴも、その声に反応してソファに飛び乗ると、感触が気に入ったのか表面を前足でこねるようにふみふみしている。


「あんまり量がなかったから、そんなに時間かからなかったね」


テルは「確かに」と同意するが、ニアはセレスから貰った洋服が大量にあった。それに比べテルの荷物は、衣類の大半はオリジンに頼り切りなので本当に少ない。


「ひと段落したことだし、お茶でも淹れようか」


「でも、テルも疲れてるでしょ?」 


「たいしたことない……よ」


 テルはキッチンに向かおうとするが、立ち上がったところでニアに袖を掴まれた。袖を引っ張るニアの目は無言で「休んでいて」と訴えており、テルはおとなしく従う。


「昨日の夜からずっと起きてたでしょ、今はゆっくりしていて」


「……わかった、そうする」


「私がお茶を淹れてくるね」


「うん、ありがと」


 キッチンに向かったニアを目で追うテル。ニアは初めてのキッチンなのに慣れた手つきでお湯を沸かし始め、戸棚に仕舞っていた茶葉を取り出した。

 そういえば、ニアの淹れるお茶は久々かもしれない。料理はいつもニアがやってくれているが、お茶を淹れるのは何故かテルが担っていた。率先して自分から動くのはいつからだっただろうか、そんなことを考えていると頭と瞼が重くなり、テルはいつの間にか船を漕ぎ始めていた。


「……テル」


「あっ、寝てた」


 テルが顔を上げると、二人分のハーブティを持ったニアがテルを覗き込んでいる。


「部屋で休む?」


 横に座ったニアはカップをテーブルに置く。


「まだ日が出てるのにベッドで寝るのは、ちょっとね」


 そういってテルは背筋を伸ばしてから、置かれたカップを手に取った。


「うーん……そうだ」


 お茶を啜るテルをじっと見つめるニアは、突然に手を打った。テルが疑問符を浮かべて横を見ると、ニアがテルから少し離れたところにずれて、自信ありげな顔で自分の太ももを二度叩いた。


「枕にしていいよ」


「……なっ!?」


 理解が追いつかなかったテルは膝枕を勧められていると気づき、思考が凍り付く。名案を思い付いたと確信した表情のニアは、テルが太腿(ふともも)に頭を預けるのを待っている。

 正直、ありがたいし嬉しい。しかし、それ以上に心の準備ができておらず、テルはとっさに遠慮する理由を口にする。


「いや、重いだろうし、ニアだって疲れてるだろ」


 僅かに顔を赤くしたテルが視線を逸らし、取り繕うようにお茶に口をつける。しかし、ニアは全く気にしないといったように、首を振った。


「ううん、疲れてないよ」


 真っ直ぐなニアの視線が痛い。

 純粋な親切心を向けてくれているというのに、テルだけが恥ずかしがっていて、申し訳なさが込み上げる。


「えっと、じゃあ……」


 どう答えるべきか全くわからなくなってしまったテルが(しき)り目を泳がせる。

ここで無理に断ってしまえば、もしかしたらニアを傷つけるかもしれない。だが、ニアのお言葉に甘えても、絶対に眠れない自信がある。それどころか、顔や耳を赤らめて不審がられる可能性も高い。

 そして、今のニアはスカートだ。しかも短めのやつ。


テルがそんな葛藤に悶えていると、ソファで丸くなっていたイヴが、時間差で飛び起きた。


「キュイッ! キュキュッ!」


 凄まじい勢いでテルに体当たりするイヴに、痛くはない条件反射の「いて」を溢す。イヴは、テルに背を向けたままニアの膝の上に乗り上げると、その場で再び丸くなった。


「もう、イジワルしちゃダメなのに」


「ま、まあ、仕方ないよ」


 頬を膨らませるニアに、イヴは尻尾を微かに振るだけで、狸寝入りをしている。テルは苦笑してニアを宥めると、「まったくもう……」と少々不満げに息を吐く。イヴを無理やりどかそうとはしないようだ。

 邪魔をされたと同時に助けられたような気分になったテルは、自嘲気味に肩を竦めると、より確かな睡魔を感じ取った。


「座ったまま寝るの?」


 ハーブティを飲み終え、ソファにより深く座り腕を組むテル。ニアは少し申し訳なさそうに尋ねた。


「うん、少ししたら起こして」


「わかった、おやすみ」


  ニアの言葉に頷くと、目を瞑る。やはり徹夜が堪えていたのだろう、テルの意識はあっという間に微睡(まどろみ)に溶けていった。



 テルが寝息を立ててから、ニアはイヴを撫でるしかやることがなく、ぼーっとして時間を過ごしていた。

 テルは少し苦しそうな体勢のまま眠っている。首を痛めてしまってはいけないと思い、今からでも頭が膝にくるように、こちら側に倒してしまおうかと思案する。半分ずつ膝を使えば、テルもイヴもゆっくりできるだろうと考えたが、それでテルの休憩を邪魔してしまえば本末転倒だ。


 結局、ニアは膝枕を諦めた。しかし、何もできないのがもどかしく、テルの頭に手を伸ばした。そのまま優しく頭を撫でると、硬さのある髪の毛がニアの手に反発するのを感じた。

 初めて会ったときよりも、髪の色が明るくなっている気がする。耳の裏に黒子(ほくろ)がある。

 近くで見ると新たな発見があって、段々楽しくなってきたところで自制心が働き、手を引っ込める。これで起こしてしまっては元も子もない。


 ニアは不意に、昨晩の馬車で同じように横に並んで座っていたことを思い出す。馬車の寝ずの番もテルに頼りっぱなしだった上に、外壁区ではニアの油断のせいで馬車を盗まれてしまい、迷惑をかけた。長い間、気を張り続けていたのだ、疲れるのも当然だ。


「無理をしないで、とは言えない」


 苦労は掛けたくない、頑張りすぎも負担を強いることも心苦しい。


だが、ニアだけはそれを口にすることはできない。テルとはそういう約束(・・・・・・)をしているから。


「でも、せめて、労わることぐらいは許して」


 溢れる思いを我慢できなかったニアは手を伸ばし、もう少しの間だけテルの頭を撫で続けた。


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