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第2章13話 アフターダーク

「私はしばらく忙しいと、前にも言ったはずだと思うのだけれど」


 シャナレアは落ち着きと迫力を伴って、正面の所長席に鎮座している。後ろから付いてくるパーシィは「ひぃ」と小さい悲鳴を上げたが、テルは湧きあがる緊張を抑え込む。


 テルが来ていたのは、セントコーレルの騎士庁舎だった。外はすでに夜の帳が降りており、建物にはおそらく今いる三人しかいない。


「てっきり俺がくるのは、把握していると思っていました」


 テルがそういうとシャナレアは「ふふっ」と笑った。


「うん、わかっていたよ。あの少女の話でしょ?」


 テルは、ニアとノーラントの一件のあと、すぐにニアの手掛かりとなる情報を探して、手当たり次第に何か知っていそうな人を探した。


 最初はヒルティスの元を尋ねたが、その際に、リベリオとシャナレアが懇意にしていたことを聞かされた。もう頼りの綱はそこしかなく、夜が更け始めていたというのになりふり構わず、騎士庁舎に飛び込んだのだった。


 テルはかまをかけたつもりだった。きっとシャナレアもそれをわかっていたうえで、話に乗ったのだろう。

 こちらは奇襲くらいのつもりだったのに、逆にお膳立てをされてしまい、ばつの悪さを感じたが説明する手間が省けたと考え、素直に頷いた。


「一年前、リベリオがニアを養子にしたときの話を教えてくれませんか」


 シャナレアは頬杖を突くと、「ふうん」とテルに視線を飛ばす。

  

「まるで魔性の女だね」


 シャナレアがノーランドに近い言葉でニアを語り、テルの眉間に皺が生まれると、「あんまり怒らないでよ」と目を細めて手を振った。


「概ね話はわかってるよ。ノーラントという男と共にニアが君のもとを離れた。ノーラントの異常性は明らかだから、ニアを連れ戻したい、ってところだね」


「……はい」


 ほんとうに全てお見通しだったのかという感心よりも先に、全てを監視されていたという事実に拒否感が掻き立てられる。

 シャナレアの管轄下の仕事をしていたとはいえ、恐ろしい人物を前にしていることを実感してしまう。


「一つ聞きたいんだけど、どうしてニアを追わなかったの?」


 シャナレアの問いかけにテルは心臓が跳ねた。


「てっきり君は神聖魔法でも治りきらない大怪我を負っていたのかと思っていたけど、見たところそうでもなさそうだし」


「それは……」


「説明できないなら別にいいよ。人間は常に矛盾を積み重ねていくものだからね」


 シャナレアはそう言うと、テルに微笑む。


 あの時どうして追いかけることができなかったのか、テル自身もわからなかった。実際正気を取り戻してすぐにニアを探すための行動に移していた。それほど迷いのあるはずのない感情を持っていながら、ニアを追いかけることができなかった自分に困惑していた。


 しかし、シャナレアはそんな煩悶はんもんを、「矛盾」の一言で断じた。


「『魔が差す』とか『血迷う』とか、そういう言葉で生まれた矛盾を限りなく無かったことにしようとする。よくある自己の変化の萌芽だけど、人はいつだってそれを忌避するものだよ」


「ニアを諦めろって言いたいんですか?」


「もぉー、すぐ怖い顔をする。そう思ってくれても構わないけど、それを決めるのはテル君でしょ?」


 ニアを諦めさせるための講釈かと早とちりしたテルだがそうではないらしい。シャナレアも「寄り道が過ぎたね」と一つ咳ばらいをした。



「ニアとリベリオの過去を知りたいんだったね」


「はい」


「でも、残念ながら、私はニアについてなにも知らない。リベリオとニアがどこで出会ったかなんて私が知りたいくらいだ」


「……そう、ですか」


 なにかを知っている故の冗長的な前置きかと思って、まともに請け合っていた。しかし、テルの期待を裏切る発言に、苛立たしい気持ちが湧きあがりながらも、それ以上の無力感で膝の力が抜けそうになる。


「遅くに、失礼しました」


 力なく別れを告げてそのまま踵を返し、所長室を出ようとする。これで頼みの綱は全て断たれたという事実がテルの両肩にのしかかった。


「私とリベリオがどういう関係だったか知ってた?」


 しかし、そんなテルにシャナレアは唐突に、意図のわからない質問をした。テルは振り返ると、無関心を隠さないで「ビジネスパートナー?」と当てずっぽうに答える。


「ぶっぶー。正解は、私の一方的に好意を抱いてた、いわゆる片思いだよ」


「……そうですか」


 先立たれた悲恋を打ち明けるシャナレアに、同情をする気持ちもあるが、それよりもなんの話なんだと胡乱な目を向けるテル。しかし、意に介さずシャナレアは続ける。


「それとこれは別として、私たちは仕事上パートナーと言える間柄だったから、常に居場所は把握していたんだ」


 テルは、戦争のときにもテルの動向を知るときにも使っていた、風魔法のことを思い浮かべる。


「でも時折、リベリオは私が付けた風印(ふういん)を外して、連絡を断つことがあった。風印がないと私は居場所もわからない。一体なにをしているんだろうって思いながら帰りを待っていると、急に何でもないような顔であの子を連れてきて『養子にする』なんて言い出したんだ」


 深い深いため息をついて、睨むようにテルに視線を向けた。まるでお前に責任があると追及してきそうな迫力がある。


「私の気持ちを中途半端に誤魔化されて、挙句の果てにあんな若くて可愛い女をつれてこられた私の気持ちがわかる?」


「な、いや、えーっと……、心中ご察しします」


「もっと女の慰め方を勉強した方がいいよ」


 冷たい視線でなじられるが、テルは「は、はい」と曖昧な返事しかできない。

 シャナレアは「はあ」ともう一度息をついた。そして、崩れていた所長の振舞いを取り戻すように、咳ばらいをする。


「リベリオはあの子に酷く拘泥していたように見えた。言動には現さないけど、本当に娘のように思っていたんだと思う」


 リベリオは確かにニアを愛していた。二人の生活をまじかに見ていたテルはシャナレアの言葉に頷いた。


「初めは少女趣味かと疑ってたけど、いかがわしいことは何もなかったしね」


「盗聴してたんですね……」


 シャナレアの暴露にテルは頬を引き攣らせるが、「あれ?」と違和感に気づいた。

 シャナレアの風印を外せるリベリオが、盗聴を易々と許すのだろうか。


「まさか、リベリオじゃなくて、ニアを……?」


 テルがそう口にすると、シャナレアは観念したように両手を上げた。


「そうだよ。だって、あんなに怪しい人物を放っておける訳がないでしょ?」


 無断でニアの領域に踏み込んだシャナレアに、テルは自分のこと以上の怒りを覚えたし、それを弾劾せんとしかめた表情で向ける。しかしシャナレアは、「悪いとは思ってるけど」と前置きをして言った。



「おかげで居場所がわかるでしょ?」




ーー・--・--・--




 シャナレアが教えてくれたニアの居場所は、隣国フェニマの国境沿いにあるハッカ山脈に近い森林だった。馬で丸一日はかかる距離で、近くに村もない。そんな僻地にニアは連れていかれたのだ。


 覚悟を決めていたテルは、すぐさま馬を借りて、遠征の支度をしていたとき、背後から声をかけられた。


「げ」


 テルは苦々しい声を出して振り向くと、そこにはしかめっ面のセレスと、感情の読み取りにくい真顔のカインの二人が立っていた。


「なにをしていたのか、教えてくれるかしら?」


 セレスがテルに詰め寄る。テルは良い言い訳が見当たらず、目を泳がせるばかりだ。家を燃やされたとき、暴走の直前で抑えられたっきりなにも言わずに今に至るので、怒るのも当然だろう。


「これ」


 カインはそういって取り出したのは手紙だった。手紙というにはあまりにも簡素で、封筒に一枚紙が入っているだけだが、手紙以外の呼び名も見当たらないそれには、差出人の名前が書かれている。

 綺麗とは言い難い文字は、まさしくニアからの手紙だった。


「『今までありがとう、さようなら』って書かれてた。テル、どこに行こうとしてたんだよ」

 

 黙りこくるテルに、セレスが(しび)れを切らしたように口を開く。


「答えにくいなら私が答えてあげる。ニアのいる場所、でしょ?」


 テルは首を縦にも横にも振らないが、今この場では沈黙はなによりも肯定だった。

 セレスは何も答えようとしないテルの胸倉を掴む。鬼気迫るセレスの顔が近づけられた。


「なんで私たちに何も言わないのよ。部外者扱い?」


「……そうじゃない」


 そのことを問い詰められるだろうことをテルはわかっていた。ニアの救出に行くなら、二人がいれば心強いのは間違いなかった。それをわかっていてなお、テルは一人を選んだ。


「落ち着けよ」


 カインがそういってセレスを引き離す。それでもセレスの鋭い視線はテルに向き続けている。


「あのあとニアと会ったんでしょ?」


 そうしてそんなことまで、と口に出かけた。

 そのことを知っているのはヒルティスかシャナレアだけだったので、二人がテルと同じように色々と駆け回ったのだと想像がつく。


「なにを話したの?」


 セレスの真っ直ぐな問いに、やはり、テルは目を逸らして口を噤んむ。


 ニアは魔人である、だなんてことは誰にも言うべきではない。

 ニアが帰ってきたとき、彼女の身に降りかかる辛苦を取り除くなら、すべてを一人でやり遂げるなくてはいけない。それがテルの決断だった。


 カインとセレスを信用していない訳ではない。カインの律義さもセレスの優しさもテルは判っているつもりだった。しかし、それでも『魔人』という存在が、どれだけのものかもテルはその身をもって知っていた。

 味方だった人たちが敵になるなんてことは、決してあってはならない。そんな残酷な結末だけは絶対に回避しなくてはならないのだ。


「なにがなんでも口を開かないってわけね。別にいいわよ、本人に聞くから」


「……セレス」


「私の情の深さを侮るんじゃないわよ。誰に何を言われようが私は簡単にニアを嫌いになったりしない。テルを殴るかどうかはそのときに決めてあげる」


 ニアがなにかを抱えていたことを、誰もが薄々察していた。セレスはそのうえで簡単に嫌いにならないと断言する。

 テルの不安を打ち消したセレスが、その脇を通り過ぎていく。


「そういうことだ。なにより、テル一人じゃ心細過ぎる。三人いたほうが確実だろ?」


 カインがテルの肩を叩いて、セレスの後を追う。


「二人とも……」


 思わず声を振るわせたテル。

 一人でしか抱えられないと思っていたものを、有無を言わせず三等分にしていった二人の背中を見ていると、目頭が熱くなった。


 セレスがテルへの怒りを保留にしたことも、カインがいかにニアを確実に助けるかを考えていることも、ニアを助けたいという気持ちを裏付けるようで、テルの心を重くしていた不安が、気づけば払われていた。


 清々しくも熱っぽい気持ちのテルに、セレスが振り返った。 


「テル、この馬車小さいわよ。もっとおっきいのつくりなさいよ」


「急ぐんだろ? 荷物を取りに行ってる時間も惜しいから、頼むよ」


 当然と言い張るセレスに、もっともな理由を持ち出して断りずらい言い方をするカイン。

 テルのこぼれ落ちそうになっていた涙は、足早に元の場所に帰っていった。


 

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