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第1章12話 打算の理由

 テルは剣を手にして、魔獣に駆け寄る。まず気を付けるべきは、不可視の風魔法だ。カインはどういうわけかノーモーションの魔法も躱して見せたが、テルにそんな芸当はできる気がしなかった。


 テルは手に魔力を込めて、粉上のものを周囲にまき散らした。僅かに視界が悪くなるほどに飛び交う粒は、唐辛子粉でも特別なものでもなく、ただの乾いた砂だ。


 魔獣のもとに駆け寄るテルと動かないテルのあいだで、砂が異常な動きを見せる。横向きに竜巻を作り出したようなそれは、風魔法だ。


 テルは見えるようになった風の刃を飛び越えると、魔獣に向かって持っていた長剣を投げつけた。魔獣はぎょっとするが、当然易々と防がれてしまい、その直後に鱗弾が射出された。

 テルは剣を投げた直後に作っていた鉄製の円形の盾で防ぐと、それをフリスビーのように投げつける。


 まさか、盾を投げるとは思わなかったのか、ヤギの頭に直撃。そのまま、テルは飛び上がり、大斧を作り出した。

 テル一人では持ち上げることが出来ないほどの巨大な斧。それを飛び上がった勢いのまま鱗の腕もろとも質量で押しつぶしてしまおうという目論みだ。


 ずどんという落下音。巨大な斧を白刃取りで受け止め、その質量に三つ首の踏ん張る足が地面に埋もれていく。

 僅かに期待が高まったが、ヤギが歯茎を剥き出しにしながらも斧を受けきった。


「くそっ」


 地面に落ちた斧はテルの腕力ではもう持ちあがらないため、消し去り、距離を取った。

 さて、次はどうしたものか。テルが考えを巡らせていると、三つ首は、自分で鱗を毟り始めた。


「なにをしているんだ……?」


 訝しげな目をしてテルがこぼす。魔獣は拳に収まらないほどの鱗を毟り終えると、それをそのまま空中に撒いた。ひらひらと時間をかけて、花びらのように鱗が落ちていく。


 目くらましだろうか、意味不明な魔獣の動きに目を凝らすと、ヤギの口が小さく震えた。


 まずい。


 テルは急いで鉄の盾、それもさっきより大きいものを作ろうとすると「メェ」とまた声がした。


 瞬間、舞っていた鱗たちが、恐ろしい速度で広範囲に降りかかる。厳密には違うのだろうが、銀の鱗と風魔法を使った散弾銃を思わせるその攻撃に、テルは盾の生成が間に合わない。


「があっ!」


 頭や胸は守れたが足を鱗に貫かれ短く悲鳴を上げるテルに、魔獣は容赦なく追撃する。

 テルは懸命に大盾を構えるが、負傷した足と腕では踏ん張りも効かず、三つ首のドロップキックでなすすべもなく、吹き飛ばされる。


 スマートに着地した三つ首が、テルの方に顔を向けると、砕けた大盾の背後から、カインが三つ首に向けて大きく跳躍していた。



× × ×



 いまさら捨て身の攻撃か、と三つ首は噴き出すように笑う。


 学習を重ねながら戦う三つ首には、その程度の剣、その程度の技術では、鱗を突破することは叶わないのは明白だった。

 そんな嘲笑を見せつけるように、防御態勢をとった。しかし、違和感に気づく。


 どうやって跳んだのか?

 

「『エアブレイド』」

 

 カインがそう口にして剣を横に振るった。


 微かにみえる空気の刃。三つ首は即座に魔法と見切った。同系統の風魔法。目に見えるのは未熟な訳ではなく、それだけ切れ味があるということも予想できる。しかし、防御の姿勢を崩すことはしない。


 三つ首は、これが敵の渾身の攻撃であると判断し、そのプライドをぶち壊すべく、渾身の防御で受け答える。


 戦いの中で絶えず情報を取得し、応用し、成長する。それを可能にする積極的な知性が三つ首の魔獣に与えられた力であり、今両腕に纏う鱗の鎧も、その知性に寄って編み出された、二重の鱗の鎧だ。


 三つ首は迫りくる風の剣に両腕で迎え撃つ。そのはずだった。


「……!?」


 自分の意思と反して降ろされる両腕。自慢の腕が地面に落下したのを見やり、やっと腕が根元から切り落とされていることに気がついて、三つ首は愕然とした。


 嘆きたいのも束の間、またコイ頭が危険を知らせるために口を忙しく開閉する。


「ぎめええぇっ!」


 腕を切られた憤りを、コイ頭に怒鳴り散らす。


「イィィイイイイイ!」


 聞いたことがないような異音が鳴り響き、それがコイ頭の断末魔と気が付いたときにはもう遅かった。


 迫っていた風の刃がすでにコイの頭を完全に切り落としたどころか、ヤギ頭の首に差し掛かっている。


 必至に首を逸らして、逃れようとする。しかし、食い込んだ風刃は既に真ん中ほどまで抉っている。


「ぐべええええええええええ!」


 耳障りな音をまき散らし、必至で風の刃から逃れたときにはすでにヤギの頭は地面に落ちており、三つ首ではなくなった魔獣は、そのまま地面に崩れ落ちた。



× × ×



「魔法が使えるなら、初めから使えよ」


 尻もちをついたままテルは背を向け剣を杖にして立つカインにいった。


「ははは。今日は使う予定じゃなかったんだけどな」


 血と泥と達成感の爽やかさがある表情を向けると、冗談めかしたように言った。


「勿体ぶりやがって」


 いつもなら、その言葉に腹を立てていただろうが、今はそんな気に慣れず、つい笑いがこぼれた。


「それより、今のどうやったんだ?」


 テルは両腕が切り離された魔獣に視線を向けながらカインに問うた。


「首を切る風魔法より先に、腕を切る風魔法を出してただけ」


 つまり、腕の次に首を落としたのは完全に計算通りだったわけである。


「おっかな、俺魔獣じゃなくてよかった」


 身震いしながら言うテルに、カインは苦笑した。 


 テルは体を逸らしてカインの向こうにいる魔獣に目を向けると違和感に気づいた。


 ヤギとコイの頭はなくなり、左肩にあるカエルだけが残っている。しかし、まだ体が崩れていない。


「カイン、避けろ!」


 テルが叫ぶとカインは残っていた気力をふり絞り、真横に跳んだ。すると、カインがいた場所を凄まじい速度で触手のような一本の物体が伸びて通過していく。

 もしカインがその場にいればそのまま貫かれていただろう。


 触手はそのまま空に伸びていき、上空に飛んでいる鳥を撒きつくように捉える。哀れな鳥はあっという間に、触手の元であるカエルの口に運ばれ、そのまま飲み込まれた。触手はカエルの舌だったのだ。


 鳥を捕食した魔獣はおもむろに立ち上がる。よく見ると、なくなった首の根元が沸騰するように蠢いている。


「まさか」


 そう声を震わせたのはテルだった。


 魔獣の寂しくなった首から上には、悍ましい様子で鳥の頭が形作られていた。馴染ませるように、首を鳴らし、力むように屈むと、なくなった両肩から翼が生え変わった。


「勘弁してくれよ」


 思わずカインが笑うようにこぼすと、魔獣はそのまま空高く飛び上がり、その場で羽を畳んだ。

 魔獣な勢いよく落下する速度を利用した、跳び蹴りだ。魔獣は、まだその体になれていないのか、カインとテルの中間に落下した。直撃は免れたものの、凄まじい衝撃が二人にも及ぶ。


 テルはカインに目をやる。渾身の一撃を放ち満身創痍のカインは、先に自分でも言っていたとおり、自力で逃げることもままならないだろう。

 テルは手足の痛みを噛み殺し、剣を構える。魔獣はこちらに気づき、互いの視線が交わった。三つ首は二つ首になり、饒舌なヤギの不快な声はない。しかし迫力は大きな羽のせいで、なお強大なものに感じられる。


 魔獣の能力はどう変化を遂げたのか。いままでのダメージの蓄積はなにもなく、魔獣の性能が上がったならば、こちらに勝ち目はない。


 ずきり、とテルの脳を焼くような痛みが走った。今日と昨日で魔力を随分と使い、その反動がいまになってやってきた。


 何度も剣を作って投げるのはもうできない。カインに頼ることもできない。


 突破口を見いだせずにいるテルに魔獣は羽ばたかせる。すると、舞い上がった羽根がこちらに向かって一斉に飛び掛かり、テルは咄嗟に剣で防いだ。間合いを保たれては、一方的にこちらが削られるだけだ。


「うおおおおおおお!」


 策も技術もない、力があるわけでも、洗練された一撃でもない。ただ闇雲な剣。笑うという表情をもたないカエルとトリの顔が、ふと嘲笑するように歪み、テルの前に羽を突き出した。


 テルの脳裏で、羽根が銀の鱗で覆われる様が鮮やかに流れた。きっとこの剣もさっきと同様に防がれる。


 そう思ってもテルの動きは止まらない。そして振り下ろされた剣は、


「え?」


「ゲコ?」


 あっさりと羽を切り落とした。


 想定外の事態にフリーズする魔獣。テルはそこに間髪入れず切りかかり、残った二つの首を切り落とした。


 倒れた魔獣の胴体は、そのままぽろぽろと形を崩して、灰になっていく。

 茫然とするテルは辺りを見渡すと、同じく呆けた顔のカインもいる。


「なんだったんだ……?」


 テルの言葉にカインは控えめに笑いながら、首を傾げる。


「急激な自分の能力の変化に、順応できなかったのかも」


「……自分の鱗がなくなっていることを、うっかり忘れてたってこと?」


「鳥を吸収して、鳥頭になったんだな」


 カインの首ごとに能力があるといっていた話を思い出す。翼を手に入れたあとの魔獣の挙動は、首に応じて変化させる必要があったはずだった。しかし、それが間に合わなかったのなら、なんて締まりのない幕引きだろうか。


「ああ、もっとかっこよく勝ちたかった」


 命拾いをしたのに、肩透かしを食らった気分でテルは球体の魔石を拾い上げ、そのまま仰向けに倒れた。

 魔石を空に透かしてみると、前の人狼と同じような禍々しい色のなかに、淡いグラデーションがあって、気持ち悪さと心地よさが同居した感覚が込み上げた。


「いいとこどりされた俺よりはましだよ」


 声の方をみると、カインもいつの間に体を倒している。このまま気を抜けばそのまま意識が飛んで言ってしまいそうだ。


「カインはさ」


 そう言ってテルは首だけ動かしてカインの方を見た。


「なに?」


 眠っていたかのような掠れた声で返事をするカインも、同じように首だけ動かした。


「なんで魔獣狩りになったの」


「あー、その話か」


 魔獣と遭遇する前にしていた話を思い出してカインは視線を空へと戻す。


「あとなぜ俺をいじめた」


「あはは。悪かったよ」


 謝意に欠けるなと思いつつ、テルは次の言葉を待った。


「……この国の政治ってさ、貴族上がりのエリートばっかりで、平民は介入できないんだ。でもまれに、一般騎士から成り上がったような人もいて、そんなふうに成り上がりたいって野望を秘めた騎士もそこら中にいる。それで、俺はそのうちの一人ってだけだよ」


 詰まることも迷うこともなく、落ち着いた様子で言い終えたカイン。それはまるで準備していたかのような、適切すぎるゆえにどこか不自然さがあった。


「そんなご立派な目標があるくせに、何だって弟弟子いじめなんてしたんだよ」


「言ってしまえば特位騎士になるのが俺の目標なわけだけどさ、そのために箔が欲しかったんだよ」


「箔?」


「そう。『元特位騎士リベリオの唯一にして一番の弟子』っていう話題性」


「お前、そんなもののために俺を……」


「だって、『一番弟子』より『唯一にして一番の弟子』の方がインパクトがあるだろ。だからテルには騎士を諦めて欲しかったんだぁ」


 間延びした声で下衆な話をするカインに、テルは絶句した。始めはカインを許すためにこの話題を切り出したが、その気がみるみると失せていく。


「いやでももうそんな気はないんだ」


 テルのドン引く顔を見たカインが必死に手を振って否定する。


「ほ、ほら、弟弟子ができて新しい刺激というか・・・・・・た、互いに切磋琢磨して強くなれるというか・・・・・・」


「もうちょっとましな言い訳を考えてこいよ」


 ありきたりな借りてきた言葉を、目を泳がせて口にするカイン。テルは呆れて追及する気もなくなってしまった。


 カインはしっかりした方だと思っていたが、師のいい加減さはしっかりと受け継いでしまっているらしい。テルはそんなカインのことを好きになることは出来ないと思いながらも、憎むほどではない気がした。


 

「早く拠点に帰ろう。ていうかもう家に帰りたい。痛すぎて死ぬ」


「テル、杖作ってくれない? 剣だと心許なくて」


「はいはい、わかったよ」


 そんなやり取りをしながら、重傷の二人は遅い足取りで帰った。 

 そんなつもりはなかったが、互いに痛みを紛らわすために、愉快な馬鹿話をしていたため、帰路もそれほど長くは感じずに済んだ。

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