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第3章67話 明明白白

 高らかな笑い声を発し続ける魔人は、ヴァルユートの表情を見るとさらに声を甲高くして笑う。

 王都の一番区全体、すなわち王城の全てを、母胎樹シャラとして塗り替えられ、ヴァルユートが今立つ場所も不安定な白い体の上だった。

 クォーツは、いつだって自分の命を簡単に捻り潰すことができるうえに、レイシアも魔人の手に落ちた。他の王族は父であるエルヴァーニ・L・ソニレのみ。しかし、


「シャラにとって、王城は骨。そして、城の内側にある部屋の数々にも自らの肉を満たして、臓器として用いている。当然、中にいた者たちは魔獣を生み出すための養分となった」


 ヴァルユートの頭の中を覗き込んだように、クォーツが解説する。現実から目を背ける隙もない。病床に伏していた父は、無念にも母胎樹シャラに飲み込まれてしまったのだ。 


 たった一人の魔人に、ソニレ王家は根絶の危機に瀕して────否、その未来がほぼ確定している。

 

「救えないなあ、愚かなソニレ王家よ。暗愚は血に引き継がれていることを証明するかのような自縄自縛だ」


放心したように立ち尽くすヴァルユートに、クォーツは悠々と階段を降りて近づく。


契約(・・)を破ったエルヴァーニ君は詰めが甘く、レイシアちゃんはその血の契約(のろい)の重さを軽視し、この事態を引き起こした。そして、ヴァルユート君、お前の策がとどめを刺したんだ」


その言葉に、ヴァルユートは肩を弾ませた。早々に全てが終わってしまい、審判の時がやってきたのだ。


「……うるさい」


 弱々しく言い返すが、弱者の情けない抵抗は、強者の嗜虐心に油を注ぐだけであった。


「城門を開かなければ、私がこの場所に来ることはなかった。お前の決定が、ソニレ王国を滅亡へと(いざな)った」


「……黙れ」


 纏わりつくように、至近距離を闊歩するクォーツが言葉でいたぶるが、ヴァルユートは成す術もない。


「どんな気分か教えてよ。大勢の民を殺した気分は。私は、最高の気分だよ!」


「黙れぇッ!」


 罪悪感と喪失感と怒りが精神を蝕み、遂に憎き敵を打ち取らんと火を噴いた。

 ヴァルユートは間近にいたクォーツを突き飛ばすと、手にしていた宝剣を怨敵に向ける。


 帯電した魔力が一気に膨れ上がり、ヴァルユートを満たしていく。宝剣は雷と熱を帯び、赤褐色に染まって、やがて限界に達した。


「『雷槍』……ッ‼」


 出し惜しみのないヴァルユートの権能(クラウン)が放たれると、音速を遥かに超えた弾丸が、空中に黄金の軌道を描く。眩い電の権能(クラウン)は空気さえも切り裂いた。その速度は魔人の人外の反射神経を以てしても、反応することはできない。


 弾丸が通り過ぎた魔人クォーツの胴体は、弾丸の口径よりもずっと大きな風穴が生まれていた。


 血の通っていないバケモノは、流す血もなく、信じられないモノを見るように目を丸々と開けている。


「驚いた。腐っても権能(クラウン)か」


 何事もなかったように口にするクォーツは、自分の腹に空いた穴をじっと見つめたり、撫でたりしていると、やがて本当に何事もなくなった。円状に失われた肉体は見る見る再生して、ぼろぼろになった服を残して、ヴァルユートの奥義を受けた痕跡は消え去ってしまった。


「くそッ……!」


 その現象を、ヴァルユートは知っていた。

 先の魔獣戦争における最終決戦。『要塞』リベリオと『契約』の魔人の戦い、その一部始終を記録していたシャナレアから報告されたものだった。

 幾度となくリベリオから致命傷を受けても、数秒後にはなかったことのように回復している、理外の治癒能力。

 魔核が銃弾で穿った場所になかった、というわけでもなくリベリオとの戦いでは、足首より上を全て消し飛ばしても、問題なく回復したとあった。


「ならば、塵一つ残らぬまでっ」


 ヴァルユートがもう一度、剣を掲げる。クォーツはそれを止めようともせず、両腕を開いて無抵抗を示す。


 もっと大きな速度を。もっと大きな破壊を。


 そう念じて魔力を練り上げる。ほんの一欠けらさえ残さぬほどの雷撃ならば、あるいは……。

 祈りと覚悟が混ざり合った、謂わばゾーンのような状態に至っているヴァルユート。『圧力』の魔人ゼレットとの戦いからまだ数時間足らずで、彼の魔力はほとんど底をついていた。それでもと全身から、魔力を捻り出す。目や鼻から血が滴り、内臓の幾つもが悲鳴を上げる。


「『版典(ネガシュトラ)』……」


 体中から悲鳴が上がる。落雷をも操る権能、その範疇を超えた電流が、ヴァルユートの体を焼いていく。皮膚は焼かれ、筋繊維は裂かれ、血が沸騰する。だが、王の血を引くヴァルユートには、命に代えてでも成し遂げなくてはいけない使命がある。


「『回紀流星(プロトノヴァ)』ッッ‼」


 ヴァルユートの権能は、光の柱を生み出した。


 戦禍の流星の数秒が、王都全域を包んだ轟音は、その破壊力を物語っている。建設以来一度として崩れることのなかった分厚い城壁は、円状に融解しており、その余波をもろに食らった母胎樹シャラは、苦痛の声をあげた。


 命を削って放った弾丸は、極大の衝撃波と圧倒的な密度の魔力により、夜空に流れる流星よりも煌びやかな光の筋を生み出した。

 その圧倒的な輝きは、『契約』の魔人クォーツの体を跡形もなく消し飛ばした。


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