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第3章57話 とある少年の死②

 その日以降、カインは復讐のことばかりを考えるようになった。何もしないもどかしさを鎮めるために、シャナレアには魔法の教えを請うた。


 カインの存在意義が確定したとき、どこか暗い顔をしていたシャナレアだったが、意外にも快諾した。「無気力よりはずっと良い」とのことだった。


「驚いた。火だけじゃなく風の適性もあるんだね」


 カインには魔法の才があった。それは本来の適性ではない風魔法さえ十分に使うことのできるほどの魔力量とセンスを持ち合わせていた。しかし、カインの浮かない顔をした。


「火は、嫌だ。……使いたくない」


 重々しく首を振るカインに、シャナレアは驚くことはなかった。今のカインが火を忌み嫌うのは容易に想像がついたからだろう。


 カインに最も適性のある属性が『火』であることは間違いなかった。そもそも御三家のファグムダートは優れた炎の魔法使いの一族として、国に捧げてきた歴史があった。そして、兄もまた火の魔法に秀でており、その天賦の才を以って、全てを焼き尽くした。


 兄を徹底的に否定するために、カインは火の魔法を封じた。新たに身に着けた風魔法で兄を滅ぼすことにより、真の復讐が果たされるような気がした。くだらない拘りでしかなく、シャナレアも口にはしないが、それが正しいとは思っていないようだった。しかし、

 

「そっか。かっこいいね」


 そんな憐憫を滲ませた慰めは、カインの精神に深く入り込んだ。




 それから数週間、週一のペースで訪れるシャナレアから風魔法のいろはを教わったカインは、初歩的な風魔法などを使えるようになっていた。しかし、肝心な風を用いた遠話魔法はついぞ習得できなかった。


 そんな折、カインは過ごしていた貴族の屋敷を追い出されることになり、平民である母方の祖父母の家で生活することになった。

 初めはその理由がよくわかっていなかったが、後からファグムダート家の権利を兄が独占していたことを知った。甘い汁を吸いたかった貴族は、カインの利用価値が失われて、保護する意味がなくなったのだろうと得心がいった。当然、シャナレアとも顔を合わせる機会もなくなった。


 別れ際、シャナレアとは短いやり取りをしただけだった。


「復讐を遂げたら教えてね。労うし、謝るから」


 罪悪感をわずかに滲ませたシャナレアは、それ以上の言葉を口にしなかった。




 貴族という地位さえ失い、カイン・スタイナーという名前になったカインは、政治的発言力をもつ特位騎士を目指した。

 ファグムダートという権力者に接近するには、近しい立場を手に入れなくてはならなかった。

 そのために絶えず剣を振るったし、リベリオにも弟子入りを迫った。


「弟子は取らない。帰れ」


 初めのリベリオは頑なだった。一カ月に及び毎日のようにリベリオの家に通いつめ、殴られたこともあった。


「何がお前をそこまでさせるんだ」


 雨が長らく続いた頃だった。呆れ果てたリベリオが、殴り倒したカインに訊いた。リベリオは返答次第で再起不能に陥るまで痛めつけるつもりでいた。

 しかし、カインもまた必死だった。


「特位騎士にならなきゃいけないんだ……」


「はあ?」


「奴に復讐するために特位騎士にならないといけないんだ」


 その言葉を聞いたリベリオは、酷い表情でカインを見つめた。後にも先にもそんな顔を見たことは一度だけだった。


 遂に折れたリベリオは、カインを弟子に迎えて数日してからこんなことを言った。


「復讐だけに身を(やつ)せば、道中、精神が持たない。せめて別の何者かを自分のなかに持っていると良い」


「具体的には?」


「あー……。まあ、そうだな。俺は色恋に現を抜かしまくった、女遊びも含めてな。それで大事にしたい人に、身の上話を打ち明けたとき、酷い顔をしていたのを覚えてる。復讐に人生を捧げることが悲しいものであったことに自覚はあった。でも、自分の人生が、明るかった人にあんなに悲しそうな顔をさせてしまうようなモノだって、身に染みて理解させられた」


「……」


 色恋。カインには縁のない話だったが、その言葉を聞いて最初に思いついたのはシャナレアだった。


 カインの中でシャナレアという人物との関わりは、それほど長い間発生したものではなかった。

 しかし、印象深いという言葉では片付けられないほどに、その日々を思い出していた。甘ったるい渇きの気配も、血の滲んだ暴力の予感も、言葉にできない欲望がシャナレアを思い出すたびに自分の周りを漂った。

 自分を復讐へと決定的に陥れた人物に、復讐の過程でその人物を完全に掌握する必要と、報復の後に最後に何が残っていてほしいという欲求を、漠然と感じていたのかもしれない。


 カインはその言語化不可能な衝動を利用することに決め、それ以降シャナレアへの思いは恋慕であると、自分のなかで定義した。


 騎士として立派になって、もう一度会いたい。そして、たくさん話をしたい。


 リベリオの言う通り、そんな目標があることで、復讐しか考えていなかった自分の人生に厚みが生まれ、その厚みは復讐においても自分の心を強くした気がした。


 ─────復讐を遂げたら教えてね。労うし、謝るから。


 そんなシャナレアとの最後の言葉を、随分と都合よく解釈した。



 だから、しばらくしてシャナレアと再会した直後、リベリオとシャナレアの間に恋愛的な感情が存在しているだろうことを察したとき、カインはそれらしく落ち込んだ。よそよそしい様子でリベリオに事情を訊くと、それとなく誤魔化された(リベリオに恋愛的な感情はなかったが)ので、やはり落ち込んだ。


 だが、執着に人の皮を被せたようなカインに、諦めたり別に人を好きになったりする選択肢はなかった。


 その後もリベリオについて回っていたので、シャナレアと言葉を交わすことは何度かあった。自分のことを覚えていたと知ったときは天にも昇る気持ちだったし、カインの内情を脅迫の材料にされたときは、シャナレアのことが憎たらしくなると同時に心配だった。


 母胎樹討伐の報酬は、昇位を断った代わりに、二人で会う時間を作ってもらい、少しだけ話をした。愛する人を失って傷心していたはずなのに気丈に振舞っていたのを覚えている。リベリオの思い出話を少ししたあとで、告白をして、振られてから、その日はお開きになった。



 カインの復讐に、シャナレアの存在は必要不可欠だった。シャナレアがきっかけとなり、支えとなり、復讐の先にその姿を求めた。

 自分の人生は『復讐』そのものだった。だからカインの人生には、シャナレアは失ってはならなかった。


 心が疲弊したとき、シャナレアとのわずかなやりとり思い出すと、心が少しだけ元気になった。そんなことがあるたびに、カインは、自分が恋をしているのだと改めて思った。


 すでにカインは、シャナレアへの思いが初めは偽物であったことを忘れていた。

 カイン・スタイナーは、間違いなくシャナレア・ワンズを愛していた。




 ◇  ◇  ◇




 赤い花びらが舞った。儚く氷のようだった女性は、散った花びらの中央で命を落とした。散った花びらなどと綺麗な言葉で(たと)えているが、実際は血に染まった手足が千切れ落ちたものが地面に転がった、目を背けたくなるような惨たらしい光景が広がっている。 

 そして不思議なことに、その死に顔は穏やかで、やはり美しかった。


 視界の端で、しきりに火花が弾けている。


 意味がなくなった。


 焦点の合わない視界で、カインはぼんやりと思う。


 今まで自分を組み上げていた言葉に価値がなくなっていき、色がなくなっていき、形が崩れていき、ただのごみになる。


 深い繋がりも思いもない。ただ、恋という言葉を当てはめただけの憧れ。初めは憎しみすらあった、あまりに言語化が難解なだけの感情でしかなかった。


 ばちばちと火の粉が舞う音がする。


 人生が決定的に希薄になった人間の自暴自棄。


「もう、いい」


 周囲の温度が上がり、肌が焦げるように痛い。


 あの人と交わした言葉が遠ざかっていく。生きる意味が復讐だったとしても、是とした呆れた顔も、火を忌み嫌い風に拘泥したことを「かっこいい」と言ってくれた慰めも、遥か遠く。


「もう、全部どうでもいい」


 燃え盛る炎が、勢いを増していく。夜の広場に、煌々とした光が広がる。 


 自分という人生に、復讐だけが残った。

 こんなに悲しいのに、こんなに辛いのに、どうしてかすっきりした心持だった。

 このときカインは久々に思い出したのだ。怒りに身を任せるということが、これほど楽だったということを。


「なにもかも、燃えてしまえ」


 カイン・ファグムダートは、真っ赤な焔にありったけの魔力を注ぎ、過去の自分(カイン・スタイナー)を荼毘に付した。

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