ただのえんぴつですよ……本当に。
放課後、学校の図書室で僕はある1冊の分厚い本の前で足を止めた。
「……背表紙がボロボロじゃないか」
興味本位で手を伸ばしてその本を棚から引き抜いてみれば、背表紙どころか表紙のタイトルもかすれて読めないようなひどい有様だった。
せっかく手に取ったんだ、タイトルくらいは見てから本棚に戻すか。軽い気持ちで表紙を開き、パラパラとページを捲ったところで、僕はこの本の異様さに目を見開いた。
「なんだこれ……」
神や悪魔らしきものを象った絵に、謎の図面。見たことも無い文字で綴られた文章。どれをとっても不可解なそのすべてを内蔵するその本は、僕にある物――魔導書を連想させた。
しかし、現実にはそんなもの存在するはずがない。大方、文化祭で作った小道具の出来が良くて悪ふざけをした生徒がいたんだろう。
動機としては十分だ。上手く出来たら人に見せたくなる気持ちは、僕にも良く解る。
本来こういうモノを見つけたらすぐに処分するのが、図書委員である僕の仕事なのだが、つい魔が差してしまった。
あろう事か、僕はその本の背表紙に図書室の蔵書であるナンバーを書いたラベルを貼り、表紙裏には学校の名前の印を押して貸出票を作成したのだ。
「折角だ。僕が最初の貸出人になってやろうかな」
今思えば、この時の僕は箍が外れていたんだと思う。
白紙のページが1枚破れていたからと言って、それを貸出票に加工するくらいに。
さらにその際、加工に使用したカッターで指先を傷つけたにもかかわらず、痛みに気付かないほど。
そして、僕は貸出票に自分の名前と今日の日付を書き込んだ。
――図書室のカウンターの上にたまたま置いてあった、ただの鉛筆で。
「契約完了。現世は200年ぶりじゃが、よろしく頼むぞ。マイマスター」
「はっ? えっ!? 幼女!? マスター?」
突如として図書館のカウンターの上に現れた魔女姿の幼女に、僕の思考が停止した。
「しかし、血の契約とはのう。代償はデカいが妾の魔力を最大限発揮できるいい契約じゃ。見所あるぞ、マイマスターよ」
図書室中の視線を集めた魔女っ子姿の幼女が、カウンターの上で高笑いしながらふんぞり返ること数秒。僕は、この現状を正確に理解した。
「がっ、学校にまで付いてきたらダメだって、兄ちゃんいつも言ってるだろう。ホラッ、先生に見つかって叱られる前に帰るぞ!」
きょとんとした様子の魔法幼女? を小脇に抱えたまま、僕は全速力で学校を飛び出したのだった。
おしまい