婚約破棄!? アンタなぁ、婚約者を大事にしろってんだ! 〜田舎っ子男爵令嬢、断罪劇にブチ切れる〜
「おい公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄とする!」
とある貴族学園のパーティーにて。
華やかなドレスを身に纏った学園生徒が揃って出席するこの宴で、しかし、不穏な事件が発生した。
この国の王子が公爵令嬢に婚約破棄を突きつけたのである。
呆気に取られる周囲。仮にも王子であろう者が、こんな公の場で、婚約破棄。
――馬鹿じゃね? これが彼らの意見の総意であろう。
「な、なぜでしょう……?」
すっかり怯え切った様子で尋ねる公爵令嬢。
王子は彼女を鋭く睨みつけると、言った。
「貴様はこの男爵令嬢に数多のいじめを行った挙句、屋上から突き落とした! これはもはや大罪だ!」
王子の言う男爵令嬢とは、彼のすぐ隣に立つ少女のことである。
涼しげなドレスの少女は愛らしく、まさに天使の容貌である。
「はい……? 身に覚えがないのですが」
「嘘を吐くな! 証拠ならいくらでもあるんだぞ」
王子は取り巻きの男子たちを呼びつけた。
侯爵家の息子、次代宰相……。それはそれはたいそうな顔ぶれであった。
彼らは次々に公爵令嬢の犯罪歴を語る。
「いじめているところを見た」だとか色々。本来なら侮辱と言っても過言ではない言葉の数々を投げつけられた公爵令嬢は、不満げに顔を歪める。
が、そんな彼女のことはまるでお構いなしで、
「男爵令嬢を傷つけるなど、公爵令嬢にあってはならないことだ。ということで退学処分、そして公爵家から退いてもらう。これは王子の命令だ。いいな?」
と王子は言い切ってしまった。
こうまで言われてしまっては、公爵令嬢も反論のしようがない。というかしても無駄だと思った。
会場がしんと静まり返る。そして公爵令嬢は、そのまま追放処分となるはずだった。
……だが、そうはならなかった。何故なら、
「ふざけてんじゃねえよバカ野郎!」
――男爵令嬢の細い脚が、王子の顔面に叩き込まれたのだから。
***
「うごっ」
頬をハイヒールで蹴られた王子はたまったものではない。
地面に転がりもんどりうつ。男爵令嬢はさらにそれを蹴り飛ばし、そして「ふん」と鼻を鳴らして仁王立ちになった。
これまた意外な展開に、だが今度は観衆は興味津々だった。
先ほどまで王子の味方、というよりかはむしろ彼に庇われていたはずの男爵令嬢の奇行。一体どういう意味があるのか、と囁き合う声が聞こえた。
「あのなぁ。アンタらさぁ、出鱈目な嘘吐いて人を処刑しようとしてるとかどんだけの腹黒だよ」
「は……?」
床に倒れる王子が、不可解というように首を傾げた。
「ほんっと呆れた。あーあ呆れた。……こんな嘘っぱちの断罪劇、ぶっ壊してやんよ!」
ちなみに、彼女がこんな喋り方なのは田舎出身だからである。
男爵令嬢と言っても、男爵の妾の娘だったので実のところを言うと元平民なのだ。
それはさておき。
「最悪だよなー。アタシをダシに使って厄介払いしようとかさ、頭イカれてんじゃね? イカれてるからこそ貴族とかやってるんだろうけども」
「ふ、不敬だぞ! 王子に対して何たる態度!」
「いやいや、不敬なのアンタだからな? 仮にも自分の婚約者を貶めようとするとかどんだけバカなんだ?」
王子が狼狽える。「貶めようなどとは……。というより、君がいじめられていると言ったから」
「そんなのアタシがいつ言った、ああ? 黙って聞いてりゃ何だ。婚約破棄!? おふざけも大概にしろってんだ」
男爵令嬢の暴挙。
一方の公爵令嬢は立ちすくみ、動けないでいる。他の多くのパーティー参加者はこの舞台を楽しんでいた。
「大体他人を貴様呼ばわりする奴があるか。公爵家が王家より富んでるのはこんな下っ端貴族のアタシですら知ってることなんだぞ? てゆーか王家壊滅寸前だろうが!」
「壊滅寸前? 一体何のことだ?」
「知らねえのか未来の王太子。それじゃあ言ってやる。王太子候補がこんなにバカで問題ばっか起こすからその対応に無駄な金使わされてるんだよ! 城から勝手に飛び出したりだの学園の女を見つけては遊んだりだの、子供かアンタは?」
王子は完全に黙り込んでしまった。
確かに彼は城から飛び出したことも、婚約者ではない令嬢と連んだこともあったからだ。
「公爵令嬢がアタシにいじめだ!? するわけねーだろバカ。てか屋上から落とされたら死んでるわ。アタシは魔女か何かとでも思ってんのか? なぁ」
急に話題を振られた公爵令嬢は小さく体を震わせながら、「そ、そうですわね……」と答えた。
もちろん彼女は無実である。どうして怯えているかというと、もちろん男爵令嬢のあまりの剣幕に、だ。
「こんな出鱈目な嘘を言いふらしたのはおそらくアンタらだろう。なんでこんなバカな真似しやがったんだ」
次に男爵令嬢が噛み付いたのは侯爵令息と宰相の息子。
彼らは必死で首を振るが、しかしこれは学園中の皆がわかっていることだった。
彼らは学園トップの成績である公爵令嬢を疎んでいた。学園一の成績になれば将来が約束されるというのに、いつも公爵令嬢ばかりがその座を奪っている。
だから彼らは公爵令嬢を追放してしまおうと企んだのだろう。
「そんな穴だらけの計画でどうにかなるとでも思ったか!? 大体なぁ、国王がそんなこと許すわけないだろうが!!!」
王子の取り巻きたちが顔をこわばらせた。図星なのであろう。
もう彼らは片付けたとばかりに男爵令嬢は頷き、王子に視線を戻した。
「アタシがこんなに可愛いからって取り入ろうとして、取り巻きたちの適当な話を信じてアタシを守るふり! アタシがどれだけ迷惑してると思ってんだ! うっかりアタシが『公爵令嬢の代わりに婚約者になりたくて悲劇のヒロインを演じた女』になるところだったぞ!?」
「あ、ああ……」
「そ・も・そ・も。婚約破棄なんかできねーんだよ! 憲法にあるだろ、『婚約者は大罪を犯さぬ限り一生の連れとなる』。公爵令嬢が一個でも大罪を犯したか? 言ってみろ。ただの冤罪で婚約破棄しようだなんてことしたら憲法違反で取っ捕まるぞ?」
これはさすがに効いたらしく、王子の顔が真っ青になる。
男爵令嬢は彼の元へ行き、顔をグィッと近づける。そして言った。
「わかったな? 今回は見逃してやる。でも次やったらアタシが容赦しねえ。わかったな?」
「あ。はあ」
「ったく、バーカ。アンタなぁ、ちょっとくらい婚約者を大事にしろってんだ!」
この時の男爵令嬢の表情はまるで鬼のようだったと、のちに王子は語る。
***
王子と公爵令嬢は無事に関係を取り戻したらしい。どうやって和解したのかは両家のみぞ知るだが、事件以降、王子が婚約者に対し献身的になったのだとか。
公爵令嬢の追放を企てたメンバーは反省させるために退学処分となった。
そして男爵令嬢はあれ以来英雄と呼ばれるようになり、婚約者同士の不仲などが生まれると必ず相談されるのだった。
そうして田舎っ子男爵令嬢であった彼女は人気者に。
やがて、運命の出会いを掴むことになるのはしばらく先の話である。
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追記:リンク間違えてましたすみません……。