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引きこもり勇者の窓口係

作者: 天野 チサ

 幼馴染である同い年の男の子が勇者として覚醒したのは、十五歳のときだった。


 まさかと思った。

 こんな片田舎の村で生まれ育った人間に、勇者だなんてそんな大役が果たせるわけないと。


 魔王という厄災を倒す勇者。

 それは長い間幾度となく繰り返されてきた争い。

 小さな頃から聞かされてきた英雄譚の数々に、幼心は確かに躍った。だけどそれは、現実味のないおとぎ話のはずだったのに。


 その勇者という存在が、現実として目の前に現れる。

 人々の思いを一身に背負う今世の希望は、私の幼馴染である男の子だった。


 教会の偉い人たちに囲まれながら、大丈夫だと手を振って村を発つ背中を今でも鮮明に覚えている。

 勇者となった者は教会にて認められると魔王討伐の旅に出るらしい。

 毎日一緒にいた幼馴染は、もはや私の手など届かない存在に――。




 連日続いた雨がようやく止み、清々しく晴れた朝。

 私は両親の畑仕事を手伝い、のんびり着替えと朝食を済ませてからバスケットに荷物を詰めて家を出る。


 呆然として幼馴染の勇者を見送ったあの日から、早いものでもうすぐ二年が経とうとしていた。

 気付けば私ももうすぐ十七歳になる。


 気付けばあっという間だな、なんて感慨にふけっていると、ふと視界の端に人影が映って足を止めた。


「……あ」


 見やれば、村の入り口には、馬を繋いでいる背の高い男性とその彼より少し低めの男性が二人。

 二人とも紺色の制服に金色のボタンが良く映えている。シャツの襟は首元まできっちりと留まっていた。背が高く精悍な顔つきをした方は、四角い革の鞄を手に持っている。


 明らかに村人とは雰囲気の違う彼らは、街のお役人さんだ。

 鞄の男性は私に気付くと丁寧な所作で一礼した。それを見たもう一人もぺこりと倣うので、私も慌てて頭を下げてから彼らに駆け寄った。

 鞄の男性はよく見知った相手だったから。


「ルズさん、おはようございます。朝早くからすみません」


 無愛想ながら、低いがよく通る聞きやすい声と丁寧で穏やかな言葉遣い。

 この人は精悍な顔をニコリともさせないけれど、話してみると役人だからと驕るところがひとつもない。だから村の人たちはみんな彼に好意的だ。きっと仕事もできるに違いない。

 現に小難しい役職名を持っているらしいけれど、聞いてもよくわからなかったのでずっと『お役人さん』と呼ばせてもらっている。


「いいえ、こちらこそ遠くからありがとうございます。いつもごくろうさまです」


 こんな小さな村まで足を運んできてくれるのだから、労わらずにはいられない。


「今日はお二人でいらっしゃったのですね」


 お役人さんの後ろには、年若い青年が立っていた。見たところ私より若干年上くらいだと思う。

 覗き込むように身体を傾げたら不快そうに眉根を寄せられてしまったので、嫌々ここへ来たのだろう。けれどその気持ち、わかる。


「新人が配属されましたので、ごあいさつもかねて連れてまいりました」

「そうなんですね。新人さん、よろしくお願いします」

「…………どうも」


 第一印象は大事! と精一杯の笑顔を向けたら、たっぷりと間を置いての「どうも」が降って来た。

 おそらくこれは『どうしてこんな小娘に』の不満を込めてだろう。うんうん、わかる。その気持ちもよくわかるよ新人さん。申し訳ないね新人さん。同情の思いで心の中で何度も頷いた。


「それで、またご依頼がありまして……」

「なら、ちょうど良かったです。私も今から行くところだったので」


 手にしていたバスケットを掲げると、お役人さんは納得したように頷いた。並んで一緒に目的地へ向かう。

 新人さんは、いまだに不快感を隠さない顔でついてくるだけだったけれど。



 しばらく進めば、ごくごくありふれた田舎の一軒家に辿り着く。

 そしてそのまま玄関――には向かわず、ぐるりと裏手に回ると薄暗い裏庭の端に大きな物置のような小屋が建っている。


「は? ここか……?」


 訝しそうな新人さんの声を背中に受けながら、私は小屋の入口に向かった。

 ですよね。こんな鬱蒼とした物置小屋、戸惑いますよね。もはや何度目かもわからない同意の頷きを心の中で返しながら、私は数度扉をノックした。


「おはようニール。来たよー」


 声をかけるが反応はない。

 しん、と落ちる沈黙。


 だがよく耳をすませば、中からズリズリとした這いずるような物音がする。

 間違いなくこちらに向かって。


「な、なんだ……?」


 新人さんの戸惑うような声がした。

 その言葉と重なるように、ギギギと軋む音をさせながら、わずかに開いた立て付けの悪い扉。

 薄暗い隙間から漏れ聞こえてきたのは、掠れたようにしわがれた低い声だった。


「…………ぉはよう、ルズ」


 正直、干からびたカエルだってもっとマシな声を出すと思う。

 そして――ヌゥッと、苔みたいな色をしたボサボサ頭が扉の奥から現れた。


「――――っ!?」


 声にならない叫びが新人さんから聞こえた気がした。

 まあ確かに、一体なんの化け物が出て来たのかと思うだろうけれど。


「うっげぇ、眩し……」


 どうやら小屋に引きこもりすぎて、光に対する眼球の耐性が尽きたらしい。またかと、ついため息が出る。


「もうっ。はい、朝ご飯」


 手にしていたバスケットを持ち上げてやれば、とたんに『ゴギュルルルルルルル』と爆音が響いた。

 ニールの腹の虫はデカい。「そういえば腹へったなぁ」と、今にも眠気に負けそうな覇気の無い声とともに、のろのろと扉の隙間から姿を現した。


 その姿は期待に違わず陰鬱で薄汚れている。


 襟元がヨレヨレになるまで伸びきった黒いシャツ。親父さんのお古だという作業着のズボンは細身のニールにはサイズが合わず、ずるずると引きずりすぎて裾がほつれていた。というより、もはや削れている。

 そんなダルダルの服装に、寝ぐせが付きまくったままのボサボサとした見た目ただの苔でしかない深緑の髪の毛。目元なんてその伸び放題の苔にすっかり覆われて見えない。

 そして亡霊のようにまったくキレのない動きは薄気味悪い。


 指摘しようと思えば枚挙にいとまがないが、左耳にぶら下がっている大きな紫水晶のようなピアスだけが、暗澹としたシルエットの中で唯一キラリと輝いていた。


 見るからに不審者のニールは、この鬱蒼とした裏庭の小屋で一日の大半を過ごしている。


「今日はなに?」

「たまごサンドだよ。あとうちで採れた果物も」


 言えば、中を覗き込んでいたニールの雰囲気がほわっと和らいだ。

 たまごサンドは彼の大好物。どうやら喜んでいる様子に、思わず私の口元も緩むけれど……小屋の前に立つお役人さんたちに気が付いたニールは露骨に不機嫌さをあらわにした。


「……来てたの」

「おはようございます。朝から申し訳ございませんが、ご依頼がありまして」


 眉根を寄せるニールの態度もなんのその。お役人さんは涼しい顔で革の鞄から封筒を取り出した。


「どうかよろしくお願いします。勇者様」


 敬意を払うかのように足を揃えたお役人さんは、今まで以上に畏まった様子で恭しく頭を下げた。


 もはや私の手など届かない存在に――なるはずだった幼馴染の勇者は、いまだこうして村に引きこもっている。



 *****



「毎度ルズを利用しやがって……」

「そう言われましても、ルズさんじゃないと頑として扉を開けてくれないじゃないですか」


 舌打ちしてたまごサンドを頬張るニールに、お役人さんから冷静なツッコミが飛んだ。


 その言葉に間違いはなく、どうやらニールは私以外が声をかけても小屋に引きこもったまま顔すら見せないらしい。それは親でも同じようで。結果、頼み込まれた私がこうやって毎食ご飯だけでもと届けている。

 まあ、ご飯程度なら我が家の分を作るついでだし、ニールのご両親から十分すぎるくらいの謝礼もいただいているしで、苦でもなんでもないのだけれど……お役人さんに対しても常時この態度なので、気付けば私は不本意ながら周りに『窓口係』などと呼ばれている。


 つまり利用するもなにもニールのせい。


 そんな私たちは、現状物置小屋の中でひしめき合っていた。

 ただでさえ広くもない小屋なのだが、溢れかえる荷物のせいで四人も入れば余裕はない。そんな中、一人だけ悠然と大きな作業用椅子に腰かけたニールは、足を組み直すと至極面倒臭そうにお役人さんが持ってきた依頼書へ目を通した。


「……なるほどね。貿易の要にもなる都市の近くだから、大至急魔物をなんとかしてくれってことかー」


 大事な依頼書をピラピラと目の前で揺らし、ニールは口元をもごつかせながら気だるげに呟く。

 お役人さんが持ってきた依頼は魔物退治。そもそもそれが勇者の主な仕事でもある。


「ここなら騎士団もいるしギルドもあるでしょ? ダメだったの?」

「少々数が多いのと、一部彼らでは手に負えない物が混じっていまして……正直苦しいですね」

「ふーん」


 なんだか物騒な話をしているけれど、対するニールの返事は軽い。はらはらとした気持ちで様子を見守っていると、そんなニールの態度にやはりと言うべきか我慢の限界を突破した人物がいた。


 ――バァンッ!


「ひぇっ!?」


 強く叩きつけるような音に、身体が大きく跳ね上がった。

 小屋全体を揺らすような……いや、実際揺れたのだけれど、とにかく大きな音に驚いて振り返れば、こめかみにヒクヒクと青筋を浮かべた新人さんが、壁に拳をめり込ませている。口元をわなわなと震わせる顔は明らかに怒髪天を衝いている。


「さっきから何なんだその態度は! お前は勇者だろう!? 一刻も早く向かうべきじゃないのか!」

「よせ」


 お役人さんが制止するように腕を伸ばすが、怒りのおさまらない新人さんはそれすら押しのける。


「こっちはわざわざ、こんな辺鄙な村まで来たというのに……っ! なのに――」


 怒りを爆発させた勢いのまま、新人さんが腕を大きく振った。山積みになるほど物が押し込められた小屋の中、振られた腕は案の定うず高く積み重なっていた物にぶつかる。()()は衝撃で派手に弾けるように飛び散った。


「なんっだこの人形の山はあああぁぁっ!」


 バラバラと落ちてくる大量の人形が降り注ぐ中、新人さんが叫ぶ。

 言葉通り、小屋の中は積み重なる人形たちに占められていた。


 おかげで私たちは肩身狭く身を寄せ合っていたわけで。

 しかも、これらは全てニールの自作である。


「…………可愛いだろ?」


 怒る新人さんを前にして、ニールは自慢げに口角を上げた。



 昔、少年だったニールはよく絵を描いていた。

 本人はこんなだが、以外にもじっくりと時間をかけて繊細で美しい絵を描く。 


 そして私は、そんな彼の絵が大好きだった。

 真っ白いキャンバスに絵の具がのり、鮮やかな絵に仕上がっていくまでの工程も、出来上がった絵をじっくりと眺め堪能するのも、すべてに胸は躍り釘付けとなった。


 そうやって描いていた絵は進化を遂げて、ついに今ではキャンバスを飛び出し人形という立体物にまでなっている。



 ニールは床をバウンドした人形の一体を拾い上げると、新人さんの目の前にズイッと差し出した。

 恥じ入るように後ろ手で小首を傾げるポージングの女の子と新人さんが顔を突き合わせる。


 ――確実に、新人さんから何かがブチッと千切れる音がした。


「こんなときにふざけるなっ!」


 奇声にも似た怒りの咆哮だった。

 わかっていて煽るのは止めなさい。の意味を込めてじとりと視線を送るが、ニールはまったく意に介さず、口笛を吹きながら自慢の人形と顔を見合わせご満悦だ。新人さんかわいそう。


 キャンバスの絵から進化を遂げ、二次元から飛び出した彼の人形は、子供が持つようなおもちゃの人形類とは違いなかなか特殊だ。

 無駄におそろしく完成度が高い。今にも動き出しそうなくらいに。

 どう見ても少しばかり進化を遂げすぎていると思う。


 元々の素材は土をこねた粘土らしい。

 それを人の形になるよう整えて、精巧に削りあげて、更になんだか難しい魔法陣を刻んだ小さな魔石を核として埋め込むのだ。

 そうするとなにかしらの魔法が発動するのか、硬い粘土がツルリとした弾力ある素材に変換される。そして魔法陣に刻んだ通りに髪や顔の造形が作り上られて――と、色々と教えてもらったけれど、とにかく私の頭では理解しきれない技術が詰め込まれた凄い人形なのだ。


 絵と同じく、こういったものづくりへの手間暇を惜しまないのは素直に尊敬する。


 実際に、完成した作品は私でもドキッとしてしまうくらい、存在が奇跡! と思わずにはいられない絶世の美少女が大半だ。


 ニールはこの小屋に引きこもり、夢中になって人形制作に明け暮れている。

 最初は魔石を使った魔術の研究という目的があったようだけれど、今ではその延長で編み出したこの人形制作にどっぷり浸かっている。完全に目的と手段が変わっている。


 しかも、市場ではニールの人形を『至高の造形美(フィギュア)』と呼ぶ熱狂的なファンまでついていて、とんでもない価格で取引されている。と、お役人さんが言っていた。

 ファンからは『神』と愛称を付けられているらしい。……勇者なんですけれどね。


 現に、怒り狂った新人さんが飛び散った人形の一体を掴み上げて投げようとしたけれど──その長く艶やかな栗色の髪をした人形の姿をじっくりと見て、ぴたりと動きが止まった。だけではなく、気のせいでなければ耳が赤くなっている。


「……ん? この人形……」


 穴が開きそうなほど手元の人形を見つめていた新人さんが、ふと、ハッとしたように声をこぼして顔を上げた。その瞬間不意に目が合う。すると驚きを浮かべた瞳はさらに見開かれた。


 新人さんは何事かを言いかけたが、その前にニールがひょいっと人形を取り上げた。


「これはダメ。……で、魔物退治ね。はいはいー」


 呆けている新人さんをよそに、ニールはヒラヒラと手を振りながらお役人さんの依頼を承諾した。ノリが軽い。

 お役人さんが「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げる姿に、なんだかこちらが申し訳なくなる。


「騎士団とギルドでもダメなら、全員連れてくか」


 顎を撫でてほんの一瞬思案したニールは、人形を机に置いてから再び作業用の椅子に腰をかけて、足を組んだ。

 そして左耳で揺れる紫水晶のようなピアスをトントンと指で軽く叩くと、とたんに水晶はボウッと光を放ち、表面には魔法陣のような文様が浮かびあがる。

 かと思えば、ニールは唐突に叫んだ。


「はい集合! 番号!」


 同時に、この場はとたんに騒々しくなった。


『今なの!? 1!』

『ふざっけんなよ寝るとこなのにっ! 2!』

『…………』


「へっぽこ3どうした」


『へっぽこじゃないわよ! 優秀の間違いでしょ!? 3!』


 ニールの呼びかけに続いて、揺れるピアスから次々と声が返ってくる。

 実は紫水晶のピアスは、魔石を利用した通信魔道具らしい。ちなみにこれもニールの自作なのでびっくりだ。なんでも作れて本当に凄い。


「依頼がきたけど、面倒そうだから全員で行くぞ。準備が出来たらまた声かける」


『楽しみにしてた朝ご飯なのに……了解……1』

『こっちなんて装備全部脱いで着替えてベッドに入った瞬間だったっつーの! 了ー解っ! 2ぃ!』

『久しぶりの休日だったのに……私が優秀過ぎての連勤つらい……了解、3』


 気のせいでなければ文句しか聞こえないけれど、この方たちが人々の希望を一身に背負う勇者パーティー……らしい。

 らしい。というのは、私も全員と面識があるわけではないので。でも優秀な方たちだとお役人さんが太鼓判を押していたからには、実力は間違いないのだろう。


「ええと、じゃあ外で待ってるね」

「おぉー」


 準備の邪魔にならないようにと、ニール以外は小屋から出た。こんなに物が溢れた狭苦しい場所では準備もなにも動けないし、目の前で着替えられるのもいたたまれない。ニールは気にしないというけれど、こちらが気にする。

 小屋の扉を閉めると、改めてお役人さんに感謝された。


「ありがとうございました。おかげで依頼を引き受けていただけました」

「え!? いえっ、そんな……私はここまで案内しただけなので……」

「そんなことはありません。ルズさんでなければ、絶対に話すら聞いてもらえないので」


 そう言って頭を下げられる。

 本当に、このお役人さんはこうやって私のような小娘にも誠意を尽くしてくれる、できた人だ。とはいえ、わたしは言葉通り案内しているだけなので、ちょっと申し訳ない。


 ――と、好意的なお役人さんとは対照的に、先程から新人さんのぶっすりと突き刺すような視線を痛いほど感じる。いや、完全に睨みつけられている。視線がとにかく痛い。


「なにを頭なんか下げてるんですか……! 勇者なら依頼を受けるのは当然でしょう!? そもそもあんな――」

「だから、よせと言っているだろう」

「あれが勇者!? 魔王を倒しにも行かず、こんな村に引きこもってなにを考えてんだよ……っ」


 ですよね。そう思いますよね。

 新人さんの憤りが痛いほどわかる。私だって最初は同じことを思ったから。しかし、それを私に向かって言われても困るのだけれど。

 まあ、勇者は魔王討伐の旅に出る。って、よく聞く英雄譚では至極当たり前の展開ですものね。


「そもそも、本当にあれがまともに戦えるのか!? あんな薄気味悪い奴が――!」


 積もりに積もった憤りを爆発させる新人さんに向かって、ちょうどお役人さんが口を開きかけたときだった。


「よーし、行くか!」


 バーン! と荒々しく小屋の扉が蹴り開けられたのは。


「…………誰、だ?」


 たっぷりと間を置いて、新人さんがぽかんと呟いた。

 その問いへの答えは、なんとも上から目線で返される。


「お前らの勇者様だろうが」

「はあ!? 本当にあの苔頭か!?」


 どうやら新人さんも苔のような頭だと認識していたらしい。わなわなと震える指先で、小屋から蹴り出てきた人物を指差している。


 その先では、地面に突き立てた剣に寄りかかる極彩色の瞳が、不遜なまでの強い眼差しで私たちを見据えていた。


 今目の前に立っているのは、みすぼらしいダルダルの服を着た不審者間違いなしの男ではなかった。


 首から足にかけてピッタリと身体にフィットする黒一色に身を包み、足元には膝までの頑丈なブーツ。肩と腕だけはそれぞれ肩当てと手甲が付いているが、膝、胸、肘部分は薄い防具(プレート)で保護されている程度だ。騎士団の仰々しい鎧や冒険者のごちゃごちゃとした装備に比べて、スッキリと身軽ながら守るべきポイントは抑えた無駄をとことん省いた格好。

 腰には、道具入れと思われる少しごついホルスターベルトが巻かれている。


 そしてなにより。苔のかたまりにしか見えなかったボサボサ頭は、額につけられたゴーグルによってごっそりと前髪が掻き上げられていた。


 あらわになったニールの瞳は、角度によってキラキラと宝石のように色を変える。

 誰もが見惚れてしまうほどの、極彩色の瞳――それが勇者に覚醒したものの証だった。


 この瞳を前にしては、ニールが勇者と認めざるを得ないのだろう。新人さんは先ほどまで溢れ出ていた不満が喉に引っかかったような、なんとも苦い顔になった。

 それでも、認めたくないという気持ちはその眼差しにありありと浮かんでいる。


「だが、その恰好は……っ、教会から賜った勇者の装備は――」


 今のニールは、英雄譚に出てくるような輝かしい勇者の鎧や装備とはかけ離れた姿だった。どちらかといえば闇に紛れて暗殺してそう。


「あんなギラギラしたもの付けてられるか。無駄」

「無――!?」

「そもそも歴代勇者の~とかさ、どんだけ昔のセンスって話だろ。じいちゃんの服より古いとかどうなの?」


 確かに、由緒正しいと言えばそうなんだけれど、自分のおばあちゃんのお古より昔のローブ、と考えるとちょっとな……。なんて、なんとなくわかる気がする。

 同じく黙り込んだ新人さんも、一瞬でも私と同じ思いを抱いてしまったのだろう。ハッと我に返った様子で必死に頭を振っている。


「そういうのどうでもいいだろ。魔王を倒しさえすれば関係ないんだからさ。代々の~とか伝統云々の方が大事なら別だけどな」


 ぐぬぬ、と新人さんの歯ぎしりが聞こえる。

 うん、まあ間違ってはいないのだけれど、言い方ね。


 新人さんを尻目に、ニールは地面へ突き立てていた剣を引き抜き、ガシャンと荒々しく肩に担いだ。

 その雑な扱いを目の前で見てしまった新人さんが、さらに目を剥いて怒りを取り戻す。


「それはっ、国宝である勇者の聖剣だろう!? なんて扱いをしているんだ!」


 顔を真っ赤にして怒る相手の声を、当のニールは完全に右から左へ聞き流していた。

 ――万が一にも、この聖剣が普段は物干し竿になっているなんて知られたら、新人さんの血管が文字通りブチ切れてしまいそう。

 うっかり口を滑らせないように、私は唇を固く引き結んだ。


「あのさぁ、こっちは命かけてやってんだろ。文句言われる筋合いはないぞ」


 一瞥するニールに、新人さんが言葉を詰まらせる。

 強く人を惹きつける極彩色の瞳はもちろんのこと、ニールがまとう空気は有無を言わせぬ強さがあった。もはやそこには、ねっとりと薄気味悪い男の影など見当たらない。毎回勇者モードのニールはまるで別人のように雰囲気が変貌する。


 それもこれも、彼にとって勇者業は時間をかけるだけ無駄なもの、という認識なのだ。


 新人さんが黙り込んだ隙に、ニールはピアスの紫水晶をトントンと叩いた。


「おい、行けるぞ。そっちは?」


『はいよー、昨日から楽しみにしてた名物の朝ご飯をちょうど大急ぎで腹にねじ込んだところですよー。1です』


 すごい。びっくりするくらい嫌味がすごい。

 でもこのセリフに表情ひとつ変えず平然としているニールもすごい。


「場所は貿易の要、ウルビア付近の街道だ」

『ああ、そこなら直接飛ばせるかな。今からみんなの位置を特定して順番に転移してくんで、動かないでくださいね』


 聞こえるやいなや、ニールの身体がボワーッと薄く紫色に発光し始めた。

 すると、これまで沈黙を守っていたお役人さんが新人さんの腕を掴んで、ニールの前に進み出る。


「勇者様。申し訳ございませんが、彼も連れて行っていただけないでしょうか」

「え……っ!?」


 突然のことに、新人さんだけでなく私まで大きく目を剥いた。

 当のニールは面倒そうに顔をしかめる。


「なんで?」

「実際に見れば理解すると思いまして。今後の円滑な業務のためにもよろしくお願いします」

「そんな――っ!」

「いいけど、どうなっても知らないからな」


 丁寧な言い回しであるものの、要は文句があるなら見てから言え。ということに他ならない。丁寧な物腰ながら、できるお役人さんの部下の教育はスパルタらしい。


 ギャイギャイと抗議する新人さんに構わず、お役人さんが彼の背をニールに向かってドンと押したと同時に、二人の姿は眩さを増した紫色に包まれる。

 目も開けていられないほどの閃光がおさまった頃には、鬱蒼とした裏庭から二人の姿は忽然と消えていた。


「無事に行ったようですね」

「……あ、そうですね」


 なかなか強引なことをしたわりにシレッとしているお役人さんへ、私は間抜けな返事を返すことしか出来なかった。


「ええと、こっちで待ちましょうか……」


 小屋の横に備え付けられてある簡易ベンチへ促し、私は一度小屋の中に戻って持参したバスケットを手にお役人さんの隣へ腰かけた。

 ゴソゴソと水筒とコップを取り出して二人分のお茶を注ぐ。どうぞと手渡せば、お役人さんは「恐れ入ります」と仰々しく受け取って口を付けた。


 先ほどまでの騒々しさがまるで嘘のように、穏やかな時間が訪れた。


 ニールが任務に行くと、こうやってしばしお役人さんとのティータイムとなる。

 改めて考えてみればなんとも奇妙な時間だけれど、もはや慣れてしまった。

 おやつに、と思って入れていたクッキーを広げて勧めたら、お礼と一緒に大きな口へ消えていく。意外と甘党のお役人さんとはよくスイーツ談義にも花が咲くので、本当に人は見かけによらないとしみじみ思う。


「新人が大変な失礼をしました」

「いえ、そんなお気になさらず」

「あのような者は、実際に見せた方が早いので」

「新人さん、大丈夫でしょうか……?」


 きっと今頃、騎士団でもギルドでも『手に負えない物』と正面から向かい合っている頃だろうか。頑張れ新人さん。


「勇者様がいれば心配はないでしょう。多少慣例から外れた方ですが、実力は測定器を破裂させるほどですから」


 そのときを思い出したのか、お役人さんが珍しく口元に笑みを浮かべた。


「ああ、そういえば……破裂しましたねぇ……」


 私もその瞬間を目の当たりにしたひとりだ。当時は計器の調子が悪かったのかな、くらいにしか思っていなかったけれど――どうやらあれはとんでもない出来事だったらしい。その辺の程度は一介の田舎の村娘では推測しかねるけれど。

 それよりも、サラリと言われた『慣例から外れた』の一言が耳に痛い。

 教会の方ではニールの言動が色々と問題になっているのだろうことが察せられる。


 とはいえ、私の中のニールはひたすら絵を描いていた少年だった。

 元来ものぐさで、面倒なことは時間の無駄とばかりに切り捨てて効率を重視するのに……彼の信条に反するような、非効率ともいえる絵にはじっくりと時間をかけて、本当に見惚れるような作品を創り出す。


 そして、なにごともモタモタしてしまう私を見かねてはいつも手を貸してくれた。

 それがニールだった。


 そんな私たちが十五歳の冬。

 近くの山から魔物が現れた。


 魔王の出現とともに溢れ出てくると言い伝えられていた魔物。それが現れ始めたらしいという噂が、こんな田舎にまで聞こえてきた頃だった。

 まさかと思っていた私たちは、魔物を前にしてただ立ち尽くした。


 そして、やっぱりモタモタしてしまった私が逃げ遅れたのだ。


 恐怖に尻餅をついたとき、私の前に現れたニールは全身から白く眩い光を放っていた。

 振り返ったその瞳は、見たことのないキラキラと輝く極彩色に色を変えていて、私はあまりの美しさに目が離せなかったのを覚えている。


 ニールの身体が放つ光は襲ってきた魔物を滅するほどの威力を持ち、突然現れた瞳の色もあってすぐに教会へ知らせが飛んだ。

 そこからは嵐のような慌ただしさ。

 大慌てで教会の人たちが押し寄せて、勇者の力を測るだとかで、ニールは水晶が入った箱に手をかざすことになったのだ。


 結果、とても貴重な品らしい水晶は破裂した。

 それはもう、ものの見事に破裂した。粉々だった。


 箱の中で砂塵と化した水晶を前に大人たちの動揺は凄まじかったようで、雷でも落ちたのかというほど目も口も大きく開けたまま硬直して動かなくなった。

 かと思えば、笑えるほどあたふたし始めて、攫うようにニールを連れて行ってしまったのだ。

 ……まあ、当の本人は呑気に手なんて振っていたけれど。


 ニールが勇者であることは間違いない。あの瞳がなによりの証だから。

 となれば、きっとこれが今生の別れになる。


 勇者だなんて大役、大丈夫だろうか。危険はないのだろうか。

 考えれば考えるほど心配と不安で胸は潰れてしまいそうだった。


 沸き立つ村の人々の手前、意地でも笑顔で見送ったけれどその夜は枯れるほど泣いた。

 それまで傍にいるのが当たり前だった存在の喪失と、ニールはどうなってしまうのだろうという不安は想像以上に心を抉った。

 でも一番大変なのは彼自身なんだと心を奮い立たせて、私は彼の旅路の無事を祈り続けよう。と、なんとか前を向けるようになった頃――。


 今生の別れを覚悟したニールがひょっこり村に帰って来た。

 そして驚きのひと言。


「何人か魔術師が面接にくるからさ、来たら教えて」


 他に言うことあるだろう。

 思ったけれど、本当にこのひと言だけだった。

 こんなところで効率性を重視しないでほしい。


 そしてその日から彼は小屋にこもった。

 そしてここに、勇者の窓口係が爆誕というわけである。



 ふと過去を振り返れば振り返るほど、私の目は遠くなった。


「……あれは、多少……なんですかね」

「…………」


 ほんの()()、慣例から外れている程度と言っていいのだろうか。

 私の問いかけに無言で茶をすするお役人さんの静寂が、答えである気がしてならない。


「まあ、他に類を見ないと言いますか……」


 ――それはすでに多少ではない。


 村に帰ってきたニールが真っ先にしたことは、転移魔法が使える魔術師をパーティーに採用することだった。

 当然実力も考慮して決まったのが、先ほどの魔石通信で『1』と言っていた彼だ。

 なんてことはない。とにかく利害が一致した。


 転移魔法を使うには、術者が一度でもその場所へ行ったことがないと飛ばせないらしい。

 なのに優秀な高位魔術師として大変多忙だった彼は、たいして遠出もできず国の命令で研究一色の日々。つまり転移魔法の持ち腐れもいいところ。

 より多くの場所を巡るため。なおかつ、ついでに旅行三昧したかった彼と小屋から一歩も出ずに魔王討伐の旅をしたかったニールの思いは、見事に合致したというわけだ。


 以降、魔物討伐の依頼など勇者として必要とされるときは、先ほどのように魔術師の彼がビューン! と飛ばしてくれる。

 海の向こうへ魔物を倒しに出かけてくる。と言ったかと思えば、その日の内に全て終わらせて帰ってくるなんてことも多々。そんな驚きの魔王討伐の旅が始まったという訳だ。

 なんというか、そんな勇者聞いたことない。というのが正直な感想。


 その後も都度仲間を募集し面接を重ねた結果、出来上がったのが現在の勇者パーティー『1』~『3』のメンバーだった。

 ニールが提示した条件はただ一つ。


 なによりも実力最優先。


 いかに効率よく魔物を退治できるか。

 それさえ満たしていれば性格は一切問わず。だった。

 おかげで大変個性的なパーティーとなったようだけれど、現在歴代最速破竹の勢いで魔物を撃退しているらしい。


 ものぐさなニールらしいといえばらしいが、勇者としてはどうなのだろう、と首を捻らずにはいられない。


「確かに、勇者様が何よりも無駄を厭う方だというのは見て明らかですが……」


 ずずっ、とお茶を啜ったお役人さんが不意に口を開いた。


「とはいえ、聖剣を『溶かして再利用していいか』と問われたときはさすがに全力で止めましたけれど」

「そんなことを!?」


 まさかの話に開いた口が塞がらない。お役人さんよくぞ止めてくださいました! 恐れおおいにもほどがある! けれど、ああーニールならやりそうー……という思いも否めず、思わずペチンと額に手を当てた。


「とにかく、そんなにも効率を重視する彼の行動の根源がなにかは……ルズさんもよくご存じではないですか?」

「なにか、ですか……?」


 どこか確信を持って問われた言葉。

 私とお役人さんの間を、ふわりと風が吹き抜けた。


 私はただ笑みを浮かべる。

 手にしたコップゆるりと傾け揺れるお茶に視線を落としていた瞳が、スッと流れて私を映した。


「別に咎めているわけではないです。それが勇者様の原動力になっているのなら、止める必要もありませんし」

「……すみません」

「ああ、やはりあなたは、気付いてなお受け入れているのですね」


 ふっ、と、変わらぬ表情の唇から笑みがこぼれたような気がした。


「あの方は、この片田舎に埋もれていたとは思えないほど才気煥発な方です。現に、勇者様と判明した際、村の方々は揃って納得されていました。この神童なら当然だろうと」

「え……」


 神童? 誰が? 思わぬ言葉に、みっともなくまじまじと見返してしまった。


「ええと、すみません。そこまでとは思っていませんでした」

「そうですか」


 気のせいではなく「またまたそんなことを言って」みたいな顔をしてお役人さんがこちらを見ているけれど……本当にそこまでとは思っていなくて口元が引きつった。


 ニールの描く絵が好きで、いつもモタつく私に手を貸してくれることには感謝していた。鈍くさい私と違ってなんでもテキパキこなせるニールを確かにすごいとは思っていた。

 両親もニールのことを「あの子はすごい」とよく褒めていたし、ものぐさなわりに並々ならぬものづくりに対する情熱は尊敬していたけれど、神童と呼ばれ村の外でもお役人さんにそこまで評価されているとは思っていなかった。


 笑んだまま固まる私を見て、お役人さんも察したのかわずかに目を瞬かせる。


 いたたまれない。

 自分の鈍くささをここまで恨んだことはないかもしれない。


 なのに意外にも、密かに動揺する私を見てお役人さんは目を細めた。


「なるほど、それでもあなたは受け入れているのですね。そうか……だからいいのでしょう」


 いい、とは一体なにが。

 でもひとつ言えるのは――。


「ニールに不満はないです。……あ、私を窓口係に使うこと以外は、ですけど」


 最後に付け足したら、お役人さんが珍しく声を上げて笑った。


「あの方にとっての勇者任務は、効率化すべき無駄なことなんですよ。でもあの方にとって譲れないほど大事な部分は、確かにあなたには至極面倒でしょうね」


 初めて見た心底楽しそうな笑い方と、やけに腑に落ちたような顔を見て、私も思わず笑ってしまった。

 それはその通りだから。

 と、そのとき。


 ――ズドォン……っ!


 地響きのような重たい音と衝撃に、ベンチに腰かけていた私とお役人さんのお尻がふわっと浮いた。

 お互いに目を見開き前方へ目をやれば、そこには再度転移で戻ってきたニールと新人さん――多分、いや、おそらくきっとあれは新人さん――がいた。


「…………」

「…………」


 目の前の光景を前に、私どころかお役人さんまでも言葉が出てこなかった。


 まず第一に、ニールが全身血でベッタリだ。一瞬まさか……っ、なんてヒヤリとしたものの、本人は平然と立っているのであれはただの返り血だ。間違いない。

 そして、なぜか新人さんがその血まみれニールに向かって土下座をしている。土下座というよりも、もはやひれ伏すように上半身を地べたに擦りつけている。

 どうなっているの。


「ず、ずみまぜんでしたあぁっ!」


 涙に濡れた新人さんの絶叫が響き渡った。

 せっかくビシッと決まっていた紺色の制服もすっかりヘロヘロだけれど、そんな彼に目をくれることなく、ニールは背後を指しながらお役人さんに問う。


「とりあえず頭だけ持ってきた。いるだろ?」


 ニールと新人さん、二人の背後にはなによりも目を引くどでかいドラゴンの頭が鎮座していた。

 見間違いではなくそこには赤いドラゴンの生首。裏庭いっぱいの生首!


「ぎゃあ──っ!?」


 我に返った瞬間変な悲鳴が出た。

 自分でも驚きの俊敏さでベンチの後ろへ退避する。さっきのズドォンはこの頭が落ちた音だったらしい。地面が割れるような音からして重量感が凄すぎる。


「お早いですね、さすがに驚きました。それに首までお持ちいただけるとは……」


 ドラゴンなんて災害級の魔物だ。確かにこれは騎士団でもギルドでもそう手に負えるものではない。ないけれども……。


「お、お早いっていうか、早すぎない?」


 さっき飛んで行って、お役人さんとちょっとお茶してる間に帰ってきましたけど?

 おそるおそるニールに問えば、そうかも。なんて、呑気な声が返ってきた。


「なんか知らんが、みんなストレスが溜まってたのか怒涛の総攻撃であっという間だった」

「えぇ、そのストレスってたぶん……」


 転移魔法で飛ぶ前のパーティーメンバーの渋々どころか不満だらけの言葉を思い返せば、ストレスの原因は私の目の前にいるこの人では。


 つまりこのドラゴンは、パーティーの憂さ晴らしで瞬く間に生首と成り果てたらしい。

 横でいまだにひれ伏している新人さんをチラリと見やる。

 

「今後は決して勇者様に文句など付けません! なのでなにとぞ、なにとぞおおぉぉ――っ」


 地面に埋まりそうなほど顔を擦りつける新人さんは、一体どんな光景を見て来たというのか。

 お役人さんの指導方針は、効きすぎるほど効果だったようだ。確かに見た方が早かったのだろう。そして見たのだろう。勇者パーティーのうっぷん晴らしともいえる一般人には恐怖でしかない怒涛の総攻撃とやらを。

 巻き込まれて怪我がなかっただけでも御の字だ。


 こっそりとニールの様子を伺うと、収納魔法とやらを付与したなんだか凄い袋にドラゴンの頭を突っ込んでお役人さんに渡したところだった。凄い袋なんだけど、元々は我が家の備蓄野菜を詰めてた袋だとは言わないでおこう。


 倒した魔物は素材が取れるし討伐の証拠にもなる。特にドラゴンの頭はとても貴重な物らしい。恭しく袋を受け取るお役人さんの様子からもそれは伝わる。


 ――効率を重視する彼の行動の根源がなにか。

 ――よくご存じではないですか?


 現在ニールは、魔石の研究も兼ねた人形制作に打ち込むとして裏庭の小屋に引きこもっているけれど、本当に効率を重視するならこの村を出た方がいいに決まっている。

 教会で勇者認定を受けてからわざわざ出戻り、転移魔法が使える魔術師をわざわざ探し、魔石を使ってわざわざ通信魔道具を作り出し、村を拠点にして活動できるシステムをわざわざ作り出した。

 国や教会からの依頼はわざわざお役人さんにこの村まで足を運んでもらって。


 これらすべてが、面倒以外のなにものでもない。


 それもこれも、この村を出なくて済むように。

 さらにいうならば、初めて村に魔物が現れたとき、逃げ遅れた私を庇うようにニールが飛び出してきたことがそもそも不効率極まりないことで。


 べっとりと顔にまとわりつく返り血を拭うニールに近づくと、極彩色の瞳がパアッと輝く。


「お疲れさま」

「ただいま、ルズ」


 普段は傍若無人を貫き通すニールだけど、こうやって素直に喜びを浮かべてくれる顔は可愛い。

 

「今回は頑張ったんだ。ご褒美にまたポージングしてよ」

「うん。いいよ」


 頷けば、嬉しそうにはにかんだ。


「誕生日もうすぐだろ? あと少しで完成なんだ。絶対に間に合わせたい」


 ニールが私の()()()()の髪をひと房すくい上げて、そっと口付ける。


「ポーズを取るのも恥ずかしいんだからね」

「ごめん、もう絶対にルズがポージングしてくれたのは人に見せないから」


 そう言うニールがチラッと新人さんに視線を向けたら、驚きの早さで目を逸らされた。


 私がニールの絵に心を奪われて依頼、ニールは毎年私の誕生日に似顔絵を描いて送ってくれた。

 成長記録のように一枚づつ増えていった絵は、今は立体の人形となって一体づつ増えている。


「完璧なルズを作り上げたいんだ」

「でも忙しかったら無理しないでね」


 勇者業との両立を心配して言ってみるけれど、私はその答えを知っている。


「何言ってるんだよ? 一番大事なのはルズを作る方だろ」


 ものぐさなニールにとっては、非効率ともいえる創作活動。でもそれが勇者業よりも譲れないものなのだ。


「……本物は?」

「もちろんこのルズは特別だよ」


 極彩色の瞳にうっとりとした熱を浮かべて、ニールが撫でるように私の両手に手を添える。

 地べたから新人さんの慄く視線を感じるけれど、そんなの気にもならなかった。


 ――効率を重視するニールの行動の根源は、この村を出なくて済むように。

 ――それらすべては、私と過ごす時間のためなのだから。


 傍から見たら重症にもほどがある。でも、


「ありがとうニール。大好きよ」


 私の言葉で顔を真っ赤にするこの引きこもり勇者を、たまらなく可愛いと思ってしまう私自身も相当重症なのだろう。

読んでいただきありがとうございます。

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