08 怖い魔女にはご用心
紫の帽子。紫のローブ。箒にまたがったその女性は、鋭い目で僕らを睨みつけていた。
「さて、突然で悪いが一緒に来てもらおう」
紫の魔女は、額に青筋を立てながら、笑顔で僕らの前に降り立った。蛇のような目に、真紅の唇。ローブの下には、体のラインに沿ったデザインの紫紺のドレスを着ている。大型爬虫類を思わせる風貌だった。僕の隣でサラは蛇に睨まれた蛙のように硬直している。
「あぅ……」
サラは首根っこを掴まれ、箒に載せられた。魔女が杖を一振りすると、ローブの袖から紐が飛び出し、サラは箒に拘束された。
「さて、次は君だ、少年。乗りたまえ」
魔女は振り返って僕を見下ろした。僕は目線を素早く周囲に走らせる。先程までにぎわっていた通りに人通りはなくなっていた。魔女は杖を持ち、僕はからてだ。彼女は僕より背が高いが、腕力なら多分勝てるだろう。とすると、隙を突いて杖を奪えれば……。
「逃げられると思っているのかい? 無理矢理でもいいんだよ、こっちは」
目の前に杖の先端が突きつけられた。空気が怒りに震え、歪む。魔女の本気を示すには十分な圧迫感。
「……わかりましたよ」
サラが拘束された時点で、僕に選択肢はなかった。
魔女に指示されるまま箒にまたがった。彼女が箒の柄の方に乗ると、箒はぐんと力強く宙を進み始めた。
僕らは城の方へと向かっているようだった。降り落ちないように必死に箒にしがみつきながら、後ろに縛り付けられているサラの様子を伺うと、彼女は力なくうなだれていた。
エラルディア城の近く、広大な邸宅が立っている区画に僕らはついた。雑居な住宅が立ち並んでいた町中とは違い、家と家の感覚も広い。なかでもひときわ大きく、水晶で装飾された邸宅の応接間に通され、魔女はソファーに乱暴に腰掛けた。
「まあ座り給え。ほら、サラも」
魔女が指をふるとサラを縛っていた紐は消え、サラは箒から転がり落ちカエルのような悲鳴をあげた。サラに手を貸して、僕らは魔女の向かいのソファーに座った。
「私はアルルベドという。君は?」
「星野鍵人です」
魔女――アルルベドの目が細まり、僕の全身をじろじろと目線が這い回る。
「年は」
「14です」
無遠慮な目線に対抗し、精一杯背筋を伸ばし、相手を見据えて答えた。
「はん、若いね。君はこの本と、契約内容をどこまで知っている?」
アルルベドは黒い本を胸のあたりに掲げた。
僕はローブに手をあて、黒い本がなくなっていることを確認し、心のなかで舌打ちした。いつの間にか取られていたらしい。いままで気づかないとは抜けているにもほどがある。
「君は違う世界の住人だろう? その様子だと、ろくな説明もなくこの世界につれてこられたんじゃないか?」
彼女はため息を付きながらサラに目をやった。
「うう。ごめんなさい……」
サラが僕に頭を下げる。なんだか捨てられた猫を見ている気分だった。
「確かにそのとおりです。だけど、それが僕らの拉致とどんな関係があるんですか?」
「大アリだよ、少年。この世界ではね、この本――天上の魔導書を巡って何度も戦争が起きている。少年少女の甘いロマンスなんて気にしちゃいられないのさ」
隣で息を呑む音が聞こえた。
「戦争……?」
サラが震える声で聞き返した。膝の上で手を握りしめている。
「歴史の表舞台には出てないがね。今回は、ちゃんと説明をしていなかった私に責任がある。長い話になるからふたりとも覚悟したまえ」