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天上の魔導書 ―魔法大戦前夜―  作者: 海野山空
第一章 漆黒の少女
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06 一日の終りには安らかな眠りを

 彼女の住処は街の外れにある古びた家であった。一階は雑貨屋で、2階を間借りしているらしい。


 部屋入ると、サラはマッチでランタンに火をつけた。そこはキッチンとリビングのようだった。四角いテーブルと4つの椅子。食器棚や調理器具が手狭に並んでいる。


 僕らは食事の準備に取り掛かった。僕はサラの指示のままに食器を運んだり、食材を切ったりした。

 パン、何かの塩漬け肉、野菜のスープ。魔力を元に火を起こす器具を使い、手早く調理を行った。


 食卓に料理を並べ、僕らは向かい合って食べ始めた。どれも独特の味を持っていたが、空腹だった僕には、どれも美味しかった。


 食事をしながらいろいろな話をした。魔法とも契約ともなんの関係もない、ただの雑談を。いままで食べた中で一番おいしい食べ物。好きな歌。背中に乗って走り回ってみたい動物。子供の頃に聞いた御伽話。


 彼女はよく笑い、僕も少し笑った。


「……ここには、一人で?」

 言ってから、しまったと思った。聞くつもりはなかったのに、気になっていたことがつい口に出た。


「うん」

 サラは短く答え、パンにかぶりついた。ナイフを差し込まれたような痛みを胸に覚え、僕は息が苦しくなる。


 やはり彼女も()()なのか!


 3人分のおそろいの食器。4組の椅子のうち一つだけが傷んでおらず、綺麗なままだ。

 僕は動揺をさとられないよう、机の下で手を握りしめた。


 どうして彼女はこんなにも元気に笑えるのだろう? 慣れて、忘れてしまったとでも言うのか。そんな馬鹿な。短い付き合いだが、彼女は僕よりよほど善良だ。ならばどうして……。


「サラ」

「ん、なに?」


「……この料理、おいしいよ。すごく」


 心の底からそう思った。

 キョトンした表情のあと、サラは陽だまりのたんぽぽのような笑顔を見せた。


 食事の後、風呂を沸かした。お客さんの僕が先に風呂に入った。衣服を脱ぎ、裸体を湯船にゆっくりと沈める。漆喰が剥がれかけた天井を見上げ、大きく息を吐いた。


 今日はいろいろな事件がありすぎた。結局、彼女が僕の前に現れた理由は未だによくわからないし、疑問は山ほどあったが、明日でも良いだろう。


 そういえば、とふと思う。


 誰かと食事を取ったのは久しぶりだ。母が病気になったのが2ヶ月前。それ以来ずっと一人だった。会話と笑いがある食卓は、こんなにも暖かく感じるものだったろうか。


「湯加減は大丈夫?」

 扉越しにサラの声が聞こえた。


「暖かくて、ちょうどよいよ」

「そう。良かった」

 しばらくの沈黙。彼女は扉の前に佇んでいるようだった。


「強引に連れてきちゃって、ごめんね。怒ってる?」

 さっきまでと違い、覇気がないトーンの声だった。

「いや。別に怒ってないよ。自分でも不思議だけど」

「でも、鍵人の世界には心配する人がいるでしょ?」

「……大丈夫」


 そんな人はいないし、今は夏休みのため、学校にも縛られていなかった。


「今日ね、すごく楽しかった。そっちの世界の美味しいお菓子を食べさせてもらったり、世界を移動する冒険をしたり、一緒に料理して、食べて、おしゃべりをしたり。契約なんて無関係に、ただ楽しかった。そう思ったの。……だから、伝えたくって。君に会えて、良かった、って」

「……」


 その言葉は、強く僕の心を打った。光の海に包まれたとき以上の、痛切な、かけがえのないない感情の波が僕を覆った。


「だけど、やっぱり鍵人は元の世界に戻るのが一番だと思うの。勝手に連れてきておいてわがままだけど……。明日、元の世界に帰すね」


 そう言ったあと、彼女が扉から離れる足音が聞こえた。その音は、長い間耳にこびりついた。


 考えごとが更に増え、寝床に付いたあともすぐに眠れなかった。強制的に僕を連れてきておきながら、取り消したサラ。元の世界に帰してくれるのは望むところだったが、釈然としないわだかまりを残した。毛布にくるまりながら、今日あった出来事を振り返る。黒い本。契約。魔法。サラと交わした言葉。自分の考えが検証しているうちに、いつの間にか意識は深く沈んでいった。


 そうして、とんでもない一日が終わった。


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