01 プロローグ
死んだ母の遺品を整理していると、一冊の本が目に入った。
書斎の本棚にはところ狭しと本や雑誌が並んでいる。中でも、古めかしく漆黒のその本は異彩を放っていた。
背表紙には見たこともない文字が刻まれている。他の本にはうっすらとほこりが積もっているのに、黒い本にはチリ一つついていない。
なにか、開かれるのを待っているような……。
レースのカーテンから漏れる光が、その本の周りだけを照らしているようだった。古い紙の匂いが立ち込める中、僕は何かに導かれるように指を伸ばし、本に触れた。
『あなたが、継承者なのですね』
「っ! なんだっ」
反射的に後ろを振り向く。誰もいない。六畳ほどの書斎は、本棚の他には机と椅子、最低限の家具しかない。蝉の音がひどく遠くに聞こえるばかりだった。
鼓動が暴れる。心臓に熱した杭を打ち込まれたかのようだった。手のひらを胸にこすりつけると、Tシャツが汗を吸ってじっとりと重くなった。
再び本棚を向くと、先ほどと変わらず、黒い本がそこに佇んでいる。
「まさかね……」
おとぎ話じゃあるまいし、気のせいだったのだろう。
自分を落ち着かせるため、もう一度周囲を見渡した。異常はない。鼓動が収まってくるにつれて、性悪ないたずらに引っかかったような苛立ちと羞恥が湧き上がってきた。
全くばかばかしい。
心のなかでつぶやいて、乱暴に本を引き抜いた。
その瞬間、僕は気を失った。