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プロローグ

走る、走る、走る。

先の見えぬ暗闇の中を、ただひた走る。

遥か背後から、しかしハッキリと聞こえる巨獣の唸り声と、蹄が大地に食い込む音が、

神和住ソラの恐怖心を掻き立てる。


ソラは今、地下遥か深く、大渓谷の底にて天を衝かんとばかりに巨大な体躯を誇る獣と

命を懸けた鬼ごっこを繰り広げている真っ最中なのだ。


既に疾うの昔に体力は底を突き、もういつ倒れてもおかしくない。

辛い、苦しい、全てを諦めて楽になりたい。

そう思ったことはもう一度や二度ではないだろう。


しかしその度に、背中に背負う少女の確かなぬくもりが、

懐に忍ばせた小さなお守りが、

ソラにちっぽけな勇気を与える。


さて、日本人であるソラが、ファンタジーもかくやという獣と鬼ごっこを繰り広げるハメに

なったかを説明するには、語らねばならないだろう。


この世界に召喚されたソラが受けた、裏切りと絶望を。



///////////////////////////////////////////////////////////////////////


ありていに言って、ソラは平凡な男だった。

謎の殺人拳法の達人だったりはしないし、

剣道八段だったりも勿論しない。


授業中に、学校へ侵入してきたテロリストをどうやって撃退しようか妄想することに

時間を費やす、平凡な高校二年生だ。


特段突出した特技を持つわけでもなく、部活に所属して日々研鑽を積む努力家でもない。

流行りの本を読んで、流行りのゲームをする。

そんな平和な日々を享受している、一般人だ。


だからこそ、ソラの脳は、自身が置かれている状況を理解することを拒んだ。

即ち……


「お初にお目にかかります、勇者様。わたくし、ラマセリ聖国の神官を務めております、

フイハと申します。」


見覚えのない場所、聞き覚えのない国の名前、そして修道女の衣服を身に纏い、翠色の髪に、藍色の目をした明らかに日本人では無いフイハと名乗った少女の存在だ。

祈るように両手を組み、両の膝をついている彼女は、

巨大な魔法陣のようなものが描かれた床に座り込むソラを見上げている。



「は……? え? 俺……?」


「はい、あなた様こそ、ラマセリ聖国に危機が迫る時に召喚に応じるとマワデス様の予言の書に記されている伝説の勇者様です!」


ソラが未だ自身の状況について正しい認識を得ていないまま、

フイハは畳みかけるように身を乗り出し、自身の両手でソラの両手をそっと掬い上げ、握る。

ソラの両手に伝わるフイハの手の温もりと、もう鼻と鼻がくっついてしまうのではないかと、そんな至近距離に存在する目鼻の整った可愛らしいフイハの顔に、

彼女なんて今に至るまで存在したことなんて無い女性免疫皆無のソラは、

ドキッと胸が高鳴ってしまう。


「そ、そんな……何かの間違いじゃ……?

それに、俺、なんでこんなところにいるのかさっぱり……」


「勇者様が困惑されるのも無理はありません。

なにせ、いきなり異世界から呼びつけてしまったのですから。」


「異世界……?」


「ええ。……いつまでもこのような場所に勇者様を座らせていては失礼ですし、

この後伺って欲しい場所がありますので、

歩きながら説明させていただいてもいいでしょうか?」


「え、あ、うん……」


いそいそとフイハが立ち上がると、手が未だに握られたままなので、

むざむざ離してしまうのも惜しいと感じたソラはつられて一緒に立ち上がる。

そのまま辺りを見渡せば、どうやらここは祭祀場のような場所で、

部屋の入口には神父のような衣装を身にまとった人物が立っていた。


今の今までフイハしか目に映っていなかったソラは、自分とフイハの他に人がいる状況を

認識すると、途端にフイハに手を繋がれている現状が恥ずかしくなってきたが、

どうやらフイハと入口に佇む男はそんなこと気にしていないらしい。

フイハが男に扉を開けるように指示すると、男は頷きその扉を開ける。

どうやらフイハと男ではフイハの方が偉いらしい。

男はそのままソラとフイハに会釈すると、扉の向こうへと消えていった。


「さぁ、参りましょうか。」


優しく握られた手に未だドキドキしながらも、ソラは促されるまま歩き出す。

扉をくぐると、そこはステンドグラスと天使の像で装飾され、

一定間隔で灯された蝋燭が辺りを照らす、教会然とした廊下だった。


また、その廊下の端では、信徒のような人々がソラとフイハに向けて頭を垂れていた。

廊下の先、さらにその奥までズラッとならぶ彼らがつくる道を、フイハは歩き出した。

慌てて、ソラもそれについていく。


「この人たちは……?」


「彼らは、マワデス様を信奉する信者の方々です。彼らもまた、勇者様が降臨されるのを、待ち望んでいたのです!」


「その、マワデス様っていうのは?」


「この世界の神、マデル・マワデス様のことです。この国は、マデル・マワデス様を信奉する信者が集まり創られた国なのです!」


それから、フイハによるこの世界の講義が始まった。

どうやら、信徒が形成する道はソラに伺って欲しい場所とやらに続いているらしく、

その道すがら話される内容を要約するに、


曰く、ここはアルメリアという世界らしいこと

曰く、群雄割拠の戦国時代らしいこと

曰く、キンカ帝国という隣国がこの国の領土を狙っていること

曰く、戦う力を持たないこの国には勇者が必要だ、と


「……キンカ帝国の皇帝が世代交代を行い、前回の戦争から長らく結んでいた停戦協定は終わりを告げました。このままでは、この国は近い将来、キンカ帝国に滅ぼされてしまうでしょう。」


「……」


「ですから、勇者様。どうか、力を貸していただけないでしょうか?」


ソラの胸中では未だに、どうして自分なんかが? という疑問が渦巻いていた。

別段、ソラは勇気に溢れている訳でも、誇れる何かを持っているわけではない。

ごく普通の、平凡な、そこら中にありふれているであろう少年なのだ。


しかし、日本では何者にもなれなかったそんな自分が、この少女に、この国に、

誰かに望まれて、その力になれるのなら、それもいいかな。という

一種の情にも似た感情も確かに芽生えていた。


「俺は、君が思っているよりも、ずっと弱い人間だよ? 勇者なんて柄じゃないし、

何かを最後までやり切ったことだって、ほとんどない。」


ソラは今までの自分の人生を思い返す。

僅か17年と短い道程ではあるが、少なくとも人に誇れるような生き方はしてこなかった。

壁にぶつかっては、楽な方へ、楽な方へと逃げてきた。

でも、だからこそ、そんな自分も変われるのであれば、誰かに必要とされるのならば


「そんな俺でも良ければ……ううん、こんな俺を選んでくれたのなら。」


ここで変わろうと思った。

日本から遠く離れた、この異国の地で。

ソラの胸に、確かな覚悟が宿る。


「力を貸すよ。いや、貸させてください!」


「勇者様……!」


「このフイハ、感動いたしました! 勇者様がこの世界でその力を十全に発揮できるよう、

 私も勇者様を支えてゆきます!」


「ありがとう。これからよろしくね、フイハ。」


「はいっ! ……それでは、そんな勇者様に、まずして頂かないといけないことがあります。」


「しなければいけないこと?」


ソラは首を傾げる。

そういえば、今も行かなければいけないらしい場所へと向かっているらしいが、

それに関して詳しいことは一切聞いていない。


「はい。この世界では、誰もが1つ、特別な力を持っています。」


「特別な力。」


「私たちは、その特別な力をスキルと呼んでいます。見せるのが一番早いと思いますが、私のスキルは視覚的にわかりにくいので……そこのあなた、ちょっとスキルを使ってみてもらえますか?」


フイハが信徒の一人にスキルを使うように促す。

すると、その信徒は自分の右腕をすっと前に出し、手のひらを広げる。

ソラが興味深そうにそれを眺めると、突然、信徒の手のひらに炎が灯る。


「うおっ、炎が出た!?」


「これがスキルです。どうやら彼は、炎を操るスキルを持っていたみたいですね。」


「なるほどな……」


「……あまり驚かれないのですね?」


フイハの言う通り、ソラは多少驚いたものの、大きく動揺はしなかった。

と、いうのも。ソラは元の世界で異世界召喚モノのライトノベルを嗜んでいたのだ。

であれば、異世界であるこの世界には、剣と魔法があるものだと半ば確信を持っていた。


そして、何の力も持たない非力なソラが、力になると宣言できた理由もここにある。

そう、異世界召喚のセオリーに従えば、召喚された自分にも何か特別な力があるはず、と。


「予想ができていたから、心構えができていただけだよ。と、今スキルの話をしたってことはつまり……」


「さすが勇者様です! そう、既にお察しであるかとは思いますが……」


フイハがソラの手を離し、とっとっと、とソラの前方に小走りしていく。

若干の名残惜しさを感じるソラではあったが、表情に出すのはなんとも情けなかったので

必死に抑える。

いつの間にか信徒の作り出した道を抜け、目的の場所に到着していたみたいだ。

辺りをソラが見渡してみると、2体の巨大な石像が立つ広い空間のようで、

広間の中央には大きな鏡が鎮座していた。

その鏡の前で、フイハがくるっと回って振り返る。


「ここで、勇者様のスキルを鑑定してもらいます!」


「スキル鑑定。」


「はい、この世界に生まれた人は、スキル鑑定をして初めて自分の持つ力を自覚し、行使できるようになるのです。そして、この国のスキル鑑定の方法は、この真実の写し鏡を使います!」


大きな鏡は、どうやら真実の写し鏡という名前で、映った人間のスキルを鑑定する力を持って

いるらしい。


「これに映ればいいの?」


「はい! 近寄って映ってくだされば、勇者様が持つスキルが浮かび上がるはずです!」


フイハが、「ささっ、どうぞ!」と言わんばかりに、鏡の前でアピールする。

そんな彼女の可愛らしさに絆されながら、ソラは鏡へと向かって歩を進める。


鏡の前に立つ。

そこには、短く切りそろえられた髪に、平凡な顔立ちの、紛れもないソラ自身が映っていた。

やがて、鏡の表面が波立つ。

ソラが、まこと不思議なその鏡を見つめ続けること数秒。

鏡の変化が収まり、そこには―――



先程と何一つ変わらない、ソラの姿しか映っていなかった。


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