第1話 王様の気まぐれ
10話前後の短めのお話です。どうぞよろしくお願い致します。
あるところに、困った王様がいました。
王様が困っているわけではありません。『困った』は『王様』を修飾しています。周囲の人間を困らす王様です。周りを困らしてばかりの困った王様。ーーあ、言語のゲシュタルト崩壊現象が起きました。
さて、この王様は、退屈が大嫌いでした。困ったものです。退屈になると、周りが迷惑とか厄介とか災禍とか思うようなことをしでかしていました。
だから臣下はせっせと王様に仕事を与えました。王様もそこそこ頑張りました。ですが、今度はあまりに忙しくなったので、イライラしてイライラして、思いついた意地悪をしました。
とばっちりは、王子様です。
臣下は「まあ、その程度なら」と承認しました。これで、王様の機嫌は少し良くなりました。
王様には、男の子どもが二人、女の子どもが一人いました。奥様は一人です。今回の王様の意地悪の餌食となったのは、初めの王子様です。
王様は初めの王子様を呼んで言いました。
「人はさ、選択肢が多すぎると、かえって選べなくなるんだよね。だから、私が選んでおいたよ♪」
感謝してよね、と。
初めの王子様は、いったいどこに、何に、感謝すればいいのかさっぱり分かりませんでした。
「どの女の子も可愛いよ。誰を選んでも、何人選んでもいいからね。君が18歳になったら、3人の女の子から選んで結婚してね♪」
王様は、まだ10歳の初めの王子様に伝えました。柔らかい口調ですが、命令です。初めの王子様は逆らえません。
こうして、王様のイライラの捌け口で初めの王子様に婚約者(候補)が出来ました。全く、とんでもない親です。
王子様は呆然としましたが、とりあえず命令なので3人の女の子と愛を育もうとしました。ーー真面目か!
これは、そんな王子様と3人の女の子のお話。
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初めの王子様の名前は、マティアスと言いました。
いま、マティアスの目の前には、3人の女の子が座っています。お見合いです。
「フィオレと申します」
と一番大人っぽい女の子は名乗りました。
「オルガです」
と一番元気そうな女の子は名乗りました。
「リリアーナでございます」
と一番きれいな女の子は名乗りました。
「マティアスです。よろしくお願いします」
何をよろしくするのか分からずに、マティアスがテンプレートな挨拶をすると、3人の女の子もペコリと頭を下げました。
マティアスはお茶を飲みながら、3人の女の子をじっと見つめました。3人の女の子はひとつとして重なるところがない、違いのわかる女の子でした。ーー使い方が微妙におかしいですが。
そこに、王様の徹底ぶりが見受けられます。本当に意地悪には完璧な仕事をする困った人間です。臣下はこぞって、「王子様が王様に似ていませんように…」と願っています。
フィオレは大人っぽい容姿に大人っぽい考え方をする女の子です。泣きぼくろがセクシーですね。
オルガは考えるな感じろ!と元気で子どもっぽい考え方の女の子です。かけっこが得意です。
リリアーナはありふれた考え方のごく普通の女の子ですが、顔立ちが素晴らしく美しい。王様が「顔で選べるように」と用意しました。ーーゲスいな、王様。
とりあえず、王子様は女の子を一目で選ぼうとはしませんでした。ーー好みの顔がいなかったのでしょうか?
初めてのお茶会は、ぎこちないものでした。そうですよね。全員まだ10歳ですから。もじもじして話は全く盛り上がりませんでしたが、月二回の交流を約束して、この日は解散しました。
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「はあ…」
自室に戻ったマティアスはため息をつきました。10歳のするため息ではありません。30年会社のために働いてきたのに上司が自分より若い奴になってしまってああ自分は何のために頑張ってきたのだろうもう疲れた…という疲弊しきったアレなため息です。
三択。自分のお嫁さんが、三択…。
10歳というお年頃。「可愛いお嫁さんが良いな」なんて、ちょっと照れくさく妄想したことだってあります。
三択…。
マティアスは今日のお見合いを思い出しました。
パッと見、悪い女の子ではなかった。ベタベタしないし、媚びたりしないし。気安そうな感じだった。顔立ちだって、悪くない。大人っぽいきれいな子と、元気で愛らしい子と、優しくてとてつもなく美しい子だ。ーー父親の本気を感じる。
でも、お嫁さんとなるとまだピンとこない。
というのが、マティアスの感想です。
まあ、お嫁さんにするのだから、相手をよく見て愛してあげようとマティアスは考えます。ーー真面目か!
落ち着かない毎日になりそうだ、とマティアスはちょっとだけウンザリするのでした。
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次のお茶会になりました。
今回のお茶会に、マティアスは弟妹を呼びました。ーー沈黙を減らそうという、姑息な作戦です。
「ディーノだ」
「フランカです」
ディーノは9歳、フランカは8歳。一緒に遊べることを喜んでいます。
「よし!じゃ、かけっこしよう!」
「おう!」
「うん!」
オルガが駆け出すと、ディーノとフランカもあとに続きます。「お前らも来いよー!」と呼ぶ声に、リリアーナも走りだしました。
マティアスは座ったまま本を読み始めたフィオレを見て、聞きました。
「フィオレは行かないの?」
「わたくしは結構ですわ」
ふいと顔を背けて、フィオレは言いました。無理させるつもりはないマティアスは、「分かった」と言って、弟妹たちに混ざりに行きました。
「兄さん見てっ!オルガは木登りも得意なんだぜ!」
「へへっ!これくらい、軽い軽いっ!」
すごーい!と下から皆で見上げます。……女の子なのにスゴいな、とマティアスは思いました。
その隣でフランカが疲れたと言うので、フランカは先にお茶会の席に戻りました。
残りの4人は、小さな噴水で水遊びを始めます。マティアスは、「全く、子どもっぽいな」と呆れながらも楽しみました。オルガとリリアーナらドレスの裾をまくって遊ぶものだから、白く美しい脚が眩しい。
何のかんの、マティアスも子どもに戻って(もともと子どもですけれど)遊びを楽しんだのでした。
服を濡らして席に戻ると、フィオレがフランカと仲良く遊んでいました。フィオレの瞳は優しくフランカを見つめていて、まるで良いお姉さんのようです。マティアスは意外そうに眺めました。
「殿下、タオルをどうぞ」
「あ、ありがとう」
リリアーナがタオルをくれました。マティアスは濡れた全身を拭きます。リリアーナは皆にタオルを配り、ディーノには頭を拭いてあげていました。良く気が付く優しい女の子だとこれも意外そうに見つめました。
「オルガ!今度は水鉄砲しような!」
「おう!負けないぞ!」
オルガはおよそ女の子らしくない言葉遣いですが、弟のディーノとすぐに仲良しになりました。ディーノは人見知りで特に女の子とは仲良くしたがらないのですが、オルガは彼とすぐに打ち解けたようです。そのこともまた、マティアスには意外でした。
王様の嫌がらせから始まったお見合いでしたが、そう悪くないとマティアスは思ったのでした。
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王子様と婚約者(候補)の仲も、お茶会の回を重ねるごとに深まっていきました。
「なあ、マティアス。お前、毎日何してんの?」
乱暴な口調で聞いたのは、オルガです。でもオルガは言葉遣いが悪くても良い子なことを、もうマティアスは知っています。
「毎日?そうだね、父上のお手伝いで執務をしているよ」
「げー!すごいな、マティアス。あんな王様とよく一緒に仕事出来るな!」
そっちか。とマティアスは思いました。3人の婚約者(候補)は、王様の悪ふざけを知っています。
「そういう3人は、毎日何をしているんだい?」
「わたくしは、本を読んでいますわ」
とフィオレ。
「あたしは剣の稽古してる!」
とオルガ。
「私は…勉強しています」
とリリアーナ。
「勉強?なんで?」
「15歳になったら、学園に入学したくて」
「まあ、リリアーナは学園に行きたいんですの?」
「はい」
オルガとフィオレが不思議がりました。家庭教師で充分でしょう?と思っているようです。
マティアスも驚きました。
ーーみんな、花嫁修業をしていないことに…。
「リリアーナ、それは良いことだね。僕も15歳になったら学園に入学するつもりだ」
「まあ、殿下も!」
リリアーナの声が弾みました。あら?意外とリリアーナはマティアスが好きなのでしょうか?
「嬉しいっ!オルガとフィオレも一緒に入学しましょうね!」
「ええ…。あたし、勉強きらいだよ…」
「オルガ、剣士の専門コースがあるんですよ!」
「えっ?そうなの?!じゃあ頑張る!」
「フィオレもお願いっ!」
「…仕方ありませんわね」
3人娘はキャッキャとはしゃぎます。おかしいですね、3人はライバル関係なのでは?とマティアスは首を傾げました。3人はとても仲良しです。
「マティアス様、こちらのお菓子をどうぞ」
「マティアス、これ美味いな!」
「殿下、お茶のおかわりはいかがですか?」
ありがとう、と言ってマティアスはお茶もお菓子ももらいます。
案外このハーレムを愉しんでいるみたいですね。
ですます調の語り口。