2 発見
早朝、アリシアとクラウドはいつもより早めに宿屋を後にしていた。
「姫さん・・・こんな朝早くからどこにいくんっすか?」
「だから姫さんではなくアリシアと呼びなさい・・・この時間ならもしかしたら会えるかもしれないと思ったからよ」
「会えるって・・・『涙の英雄』にっすか?」
「ええ」
短く答えてアリシアは迷いのない足どりで近くの森へ入っていく。そんな彼女に慌ててついていくクラウドは彼女の護衛としてある程度警戒しながらも疑問を口にした。
「こんな森にいるんっすか?ここって前に一度入ってから一度も入らなかったところっすよね?」
「一番怪しいからあまり近づかなかったのよ。目立つ人間が一番怪しまれないのはどういう状況だと思う?」
「えっと・・・人里離れた場所とか秘境みたいな場所で暮らすことっすか?」
「それもある意味正解かもしれないけど・・・人間そうそう一度持った住みかを変えるものではないわ。長く住むと土地に愛着も持つしね」
森事態は昼間なら遭難はまずあり得ないくらいには多少自然が豊かな場所くらいの場所だが、早朝の日が出始めたばかりの時間では不気味な印象を抱いてしまう。少なくとも男のクラウドでもそう感じるのだが、アリシアはむしろ楽しそうにその道を歩きながら言った。
「生活時間の変更」
「はい?」
「きっと彼は人が多い時間の外出を避けているはずなのよ。彼の顔はこの町では知れわたっている。だからこそ住みかの大きな変更はせずに逆に噂の近くで少し時間をずらして過ごしていることも考えられるわ」
「こんな時間に出てると?」
「まあ、深夜かもしれないけどね」
さらりと告げられたことにクラウドは苦い顔をしたが、ふと思い付いたことを訪ねてみた。
「し、深夜って・・・そもそも今の時間でも夜でも店は閉まってるだろうし、狩りをするにも不向きな気がするっすが・・・」
「あら?そんなことはないわよ。お店の場合は店主とよほど仲良くしていればあり得ない話ではないし、狩りはむしろ活動を休止している動物を狩っているかもしれないしね」
「仮にそうだとしても、夜ならそんな夜目がきく人間いるんっすか?いや、例え見えていても、明かりも物音もたてずに獲物を狙えるなんて人間離れしたことが出来るとはとても思えないんすっけど」
「まあ・・・私もあくまで可能性のひとつとしてしか考えていないけどね。でもそれが出来るなら本当に戦争を終わらせた英雄というのも納得のいく実力だと思うわ」
アリシアの推測はあくまで可能性のひとつでしかない。そんな可能性を考えていたらいくら時間があっても足りないくらいに様々な可能性が存在しているが、そんな可能性を直感で引き寄せるのがアリシアであるということを知っているクラウドはそこそこ長い付き合いからわかっていたので一概に否定もできずにしばらく唸りながらアリシアの後ろを歩いていたが・・・ふと、何かに気づいたように視線を険しくしてアリシアの手を引いて身構えた。
「きゃっ・・・クラウド?」
「・・・姫さん。下がってください」
最初は驚いたような表情を浮かべていたアリシアだったが、クラウドの様子を見てから表情を引き締めて聞いた。
「クラウド。何かいるの?」
「・・・この感じは多分魔獣っすね。てか、この辺にはいないんじゃなかったんっすか?」
「そう聞いてるけど・・・」
魔獣・・・それは、魔力を持った動物のことを差す言葉で、人間では太刀打ちできないほどの絶対的な力を持った存在なのだが・・・
「クラウド・・・私を守りながら勝てる?」
「不本意ながら厳しいっすね。この感じからしてそこそこ大型の魔獣でしょうし、俺の力じゃ20秒の足止めで屍になりかねないっすね」
「そう・・・元冒険者のあなたがそう言うなら私達はここでゲームオーバーかしらね」
「姫さん・・・笑顔でそういう台詞をさらりと言わないでくださいよ」
クラウドのその言葉の通り、絶望的な状況ではあるのだがアリシアの顔には悲観や焦りなどといったものは一切なくただただ状況を楽しむような余裕の微笑みだけがあった。
そんな会話をしていると、次第にアリシアにもわかるほどの足音が聞こえてきて、やがて茂みから大柄な熊型の魔獣が姿を現した。
『ガルル』
獲物を見つけたとでも言いたげに熊の魔獣は唸り声をあげた。
アリシアの倍はあるであろう大きさのその魔獣の姿に普通なら恐怖で萎縮しそうなものだが、しかしアリシアは珍しそうにその熊の魔獣を見ながら呟いた。
「なるほど・・・これが魔獣なのね。確かにこれは普段食卓に出てくるには抵抗があるわね。外見だけなら普通の熊だけど、不気味なほどに尖った魔力。きっと食べたからお腹を壊すわね」
「魔獣を食べようって発想事態が元冒険者からすればおかしいんっすが・・・姫さん怖くないんっすか?」
「あら?怖いに決まってるでしょ。私はか弱い非力な美少女なのよ」
「自分で美少女とかか弱いとか言っちゃうあたり可愛げないっすね・・・」
腰から剣を抜いて視線を熊に向けているクラウドだが、その表情には余裕がない。アリシアの側近になる前は冒険者としてそこそこ名前が知られていた実力者なのだが、そんな彼からしても魔獣という生き物は圧倒的な力の差があるのだ。たらりと一筋クラウドの頬に汗が流れながらクラウドは思考を回していた。
(姫さんを守りながらの撤退は無理・・・助けを呼ぼうにもその前にこいつに姫さん共々餌にされるのは明白だし、時間稼ぎの間に少しでも姫さんを逃がすしかないか)
クラウドが背中を向ければ間違いなく魔獣は後ろから襲ってくるだろう。そして当然のようにアリシアはおいしく頂かれてしまう。主を守ることを優先するなら選択肢はほとんどないも同然だった。
「姫さん・・・もし生きて帰れたら、リリーさんに俺の勇姿を伝えてくださいっす」
「それもいいけど・・・その必要はないかもしれないわよ」
「はい?」
そんなアリシアの言葉にクラウドは一瞬視線を反らしたが、その一瞬が致命的だった。熊の魔獣は好機とばかりに一瞬でクラウドに肉薄すると、その大きな爪をクラウドに突き立てようとするが・・・その前に熊の動きはピタリと止まった。
その不自然な硬直にクラウドは内心で首をかしげるが、その疑問は次の瞬間に氷解した。
『ガ・・・ガァァァァァァ!』
熊の魔獣は悲鳴を挙げながら真っ二つに別れてその存在を消滅させた。何故そうなったのか、理由はわからずともクラウドは誰かが真っ二つに斬ったのだと悟った。
「これは一体・・・」
「ふふ・・・みーつけた」
唖然とするクラウドを他所にアリシアは楽しげに熊の魔獣がいた場所からほど近い場所の茂み近づいてから言った。
「こんにちは・・・でいいかしら?助けてくれたんでしょう?」
「姫さん。一体・・・」
「私はあなたに会いにきたのよ。出て来てくれないかしら」
そのアリシアの問いかけにしばらくしてから近くの木陰から一人の少年が姿を現した。小柄な体格で、アリシアと変わらないくらいの身長と中性的な顔だちはどこか少女のようにも見えるが、その身に纏う衣装は男性のものだった。眠たげに見える表情をした少年にアリシアは笑顔を浮かべながら言った。
「やっと会えた・・・私はアリシア。あなたの名前を聞いてもいいかしら?『涙の英雄』さん?」
「・・・レオン」
「そう・・・よろしくねレオン」
こうして二人は出会ったのだった。これが運命なのかはこのときの二人にはわからなかったが・・・少なくとも会うべくして会ったのだろう。




