1 お姫様の探し物
「しっかし・・・本当に実在するんすかねー」
「何がですか?」
とある酒場にて一組の男女が話している。一人は赤い髪のいかにも荒くれものにも見えるが整った顔立ちからそれさえも魅力に変えそうな大柄な男。もう一人は金髪のおっとりした印象を受けそうな美少女。端からみてカップルにも見えそうな美男美女の組み合わせなのだが、その二人の雰囲気にはそういったものは一切なかった。
「いえ、ですから『涙の英雄』っすよー姫さん」
「クラウド・・・外では姫さんはやめてっていってるでしょ?」
「でも姫さんは姫さんっすから」
「はぁ・・・とにかく」
そうため息をついてから女は少し声のトーンを落として言った。
「(今はお忍びなのだから、私のことはロジエール王国の第三王女のアリシア・ロジエールではなく、ただの町娘のアリシアと呼んでちょうだい)」
「はぁ・・・面倒っすね」
彼女の言葉にクラウドは素直な感想をもらす。もともと普段から言葉を選ぶのが下手な彼からしたら今回のお忍びの旅も面倒の一言に尽きるのだが・・・そんな彼の言葉を気にせずにアリシアは会話を続けた。
「やっぱり『彼』はこの町かその近くにいると思うの」
「姫さ・・・アリシアさんは本当に『涙の英雄』がいると信じてるんすか?」
「ええ、もちろん」
「んで、この町にいると?確かにこの町はえらく『涙の英雄』の噂が多いっすが、仮にいたとしても、本当にこんな目立つところにいるんすかね」
クラウドとしては主であるアリシアの突拍子もない行動はいつものことなのでたいして気にしてはいないが・・・それよりも、本当に実在するのかわからない人物の捜索という果てしなく面倒な仕事に当然の疑問を口にするが、そんな彼にアリシアは笑顔で言った。
「だって彼の・・・『涙の英雄』の噂はこの町を起点としているのよ?ということは、この町かその近くが彼の拠点の可能性が高いわ」
「いやー・・・仮にそうでも、ここまで噂が出てると逆に他の場所に引っ越してるんじゃないっすか?」
「その可能性は低いわね」
「そうっすか?」
クラウドとしては当然の疑問・・・ここまで人気者ならこの噂が多く、知名度も高い町には逆に居ずらいのではないかという疑問なのだが、そんな疑問にアリシアは水を一口飲んでから言った。
「この町は帝国と共和国、それに私達の国に隣接しているからもう少しで戦争に巻き込まれるところだった。彼の噂が出始めたタイミングからして、多分この町かその近くに住んでいて、それを守るために力を奮ったと見るべきね」
「うーん・・・」
今一つ筋が通っているようで通ってない説明だが、一概に否定もできないクラウドだった。昔から物事の本質を見極めることに長けた主は帝国と共和国の戦争が始まる前にそれを言い当てたこともあった。だからこそ今回の『涙の英雄』探しにもアリシアの直感が当たっている気がしないでもないが・・・
「それで・・・姫さんはその英雄を見つけてどうするんっすか?」
「それはもちろん嫁に貰ってもらうのよ」
「・・・はい?」
あまりにも突拍子もない答えに思わずキョトンとしてしまうクラウド。そんなクラウドを気にした様子もなくなくアリシアは言葉を続けた。
「だって、一人で戦争を止めさせるほどの力を持っていて、なおかつ『涙の英雄』なんて呼ばれる人なのよ。多分私好みだわ」
「えっと・・・姫さん?本気?」
「ええ。もちろんよ」
その答えにクラウドは頭を抑えてからため息混じりに言った。
「姫さん・・・会ったこともない男にいきなり押し掛けて嫁に貰って貰えると思ってるんっすか?」
「あらクラウド。嫉妬かしら?」
「そんな可愛い存在に見えますか?」
「ふふ・・・そうね、あなたは私の侍女のリリーが好きなのよね」
「なぁ・・・!?」
その言葉にクラウドは顔を赤くして言葉を詰まらせるが、そんなクラウドを微笑ましげに見ながらアリシアは言った。
「普段からリリーを見る目が凄く優しいものね。そういえばこの前は休みにリリーを食事に誘って断られていたわね」
「姫さん!!」
思わずばん!と机を叩いて立ち上がったクラウドだったがすぐに注目を浴びると思い慌てて回りに会釈してからこほんと咳払いをして言った。
「俺のことはいいんですよ。それよりも本気で『涙の英雄』に嫁入りを求めに行くんっすか?」
「もちろんよ」
「相手が凄い不細工だったらどうするんっすか?あるいは他に女がいたり、女に興味がなかったり、身分の問題もあるし、必ずしも理想通りの人物ではないかもしれないんっすよ?」
「それならそれでいいわ。実際に会ってみて決めるけど・・・私としては外見や行動には対して興味がないのよ。それよりも・・・私としては彼の中身に興味があるの」
「中身って・・・性格っすか?」
クラウドとしては主が他人に興味を抱くこと事態が珍しいので思わずそう聞くと、アリシアは「ええ」と頷いてから言った。
「だってそれだけの力を持ちながらこれまで表にまるで出てこなかったこともそうだけど、彼のあだ名である涙の理由が不思議なのよね」
「涙腺がよっぽど脆いか、汗とか血を勘違いしたものかもしれないっすよ?」
「まあ、きっとそういう嫌みも少なからず含んではいるのでしょうが・・・それでも、私は会ってみたいの」
「はぁ・・・まあ、わかりました」
どうせ自分が何を言っても止められないことがわかったのでおとなしく頷いておくクラウド。そんなクラウドを気にした様子もなくアリシアは楽しそうに本日集めた『涙の英雄』の情報を眺めていたのだった。




