殲滅者~ギアドール~
…私は、勘違いしていたのかもしれない。
「…っああぁぁーー!!?!」
今、目の前で発狂している1人の少女。年端もいかぬその見た目と声色から、その姿がいかに異常であるかを痛い程に理解させられる。だってそうだ、こんな小さな…推定十三歳程の少女がこんな叫び方をするなんて、普通はありえることでは無い。本来ならもっと、泣きながら布団を被って、場合によっては誰かに縋るように泣きじゃくって…そんな自然な姿が、彼女のような年の少女が何かを悲嘆する姿として普通のはずなのだ。
初めて彼女を目にした時、私は彼女を聡明な人だと思った。物分かりがよくて、頭の回転も早く、そして何より優しい。
だから私は、自分のことを幸運な存在だと思った。かつてのマスター…私を作った人の存在はもうデータの中にしか無いけれど、それでももしかして、私はそのマスターの元にいた仲間たちよりも幸せな暮らしを送ってゆけるのではないのか、と。そう思って少しばかり心を踊らせていた…というのに……
…なのに、今私の前で起こっているこれは何だ?
「あぁ…あ、あぁぁあぁ!」
頭を抱え、その美しい銀の髪を乱雑に振り回し、ギリギリと奥歯を鳴らして…文字通り、発狂している。とても正気とは思えない。だけどそれは、わざとでも演技でも無く、心からの行動だ。でなければ…頭から血を流し、体中を痣だらけにするような自己犠牲的なこと普通ならしないはずだ。
恐怖から逃げている。何かを猛烈に恐れている。或いは…何か、過去のトラウマに触れるような現象が、今起こったというのか?だとしたらそれは一体、どれほどの…
「…あの、マスタ…」
「ああぁ…あぁっあぁぁーー!!?」
こんな状況、私のデータには無い。こんな心理状態は、私の想定されているシチュエーションの中には無い。故に私は今、彼女にどう声をかけていいかすら分からないまま、頭を掻きむしって叫び散らす1人の少女の前で、ただ何もできずにこうして立ち尽くすことしかできないでいた。
…一体、何の為の心なのだ。私には何故、他の戦闘用の機械には無い心という存在が与えられたのか。その理由はたった1つ…想定されたプログラムと誰か指揮下でしか動けなかった機械という存在に、あらゆる事態に対応できうる自律性と凡庸性を求めた結果だ。裏切られる危険を承知で、それも強力な戦闘力を持つ生粋の戦闘型に。
そんな人類から託された力を、私は今完全に無駄にしてしまっている。悲惨な状況を前に、悲しみと恐怖の渦に巻かれながら…でも、ようやくその奥底で「傷付いてゆく彼女を助けたい」という1つの願いを拾い上げ、私は止めていた思考を再び開始する。…今回はできるだけ、頭より心を使って。
彼女がこうなったのは、ついさっきのこと。あの瞬間に鳴り響いた、一つの音がきっかけだった。
爆発…というより、破裂音に近い。金属が弾ける音と、それを支えるような低い爆発の音。となるとこの音は…この世界での武器なのだろうか?
だとすると彼女は…もしかして、その武器に何かトラウマを抱えているのか?となると考えられるのは…
…誰か彼女にとって大切な人が、その武器によって殺された?
「…っあぁ……あぁああぁあ!」
そんなあくまで簡易的な推理の結論に至った上で、私は再び彼女を見る。
…さっきよりは、だいぶ収まった。外では未だ先程のような音が鳴り響いているようだが…前のマスターが雑音を嫌う人間だった為に、ちゃっかりと仕込まれていた防音機能のお陰でその音ももう一切聞こえない。その甲斐あって彼女も大分落ち着いてきてはいるのだが…でもそれだって「さっきまで」に比べたらの話。今も尚彼女は恐怖に身を震わせ、頭を鷲掴みにしてベットの上を転がり回る。抜け落ちた美しい銀髪と、所々に染み付いた自身の血の上で。
…助けなければ。だって、そう決めたのだ。私の心が…機械的な部分では無く、私が持つ心そのものがそれを願った。なら、私がいくら非力な存在だったとしても、彼女にとって私が…無駄な存在だったとしても、それでも私は彼女を助けたい。心を持って初めて、私はそんな欲求に惹かれたのだ。冷静さを欠き、情に流されて…これでは、機械としては最悪の欠陥品だ。
でも、私はそれを望んでしまった。そしてそんな私のマスターは…現状、彼女だけなのだ。ならもう私が助けるしかあるまい。こんな状態の主に付き従える程…私とて、完璧にはできていないのだから。
そっと、指先を伸ばす。目標は当然、目の前の少女ただ1人。
…何故、こんなにも指先が震えるのだろう。どうして、彼女に触れることをこんなにも躊躇してしまうのだろう。これがもし、私の心が生んだ結果なのなら…心なんて、本当は…
駄目だ、そんなこと考えるな!
どうして私には心がある。それは私に生涯を費やし、私が機械の領域を超えた最高の存在になれるかもしれないという願いを託したという、一人の男。その男の生涯の果てに生まれたのが…その想像を絶する程の願いと努力の元に生まれたのが、私だからだ。そんな願いを無下にして、断ち切ってしまうのは…そんなの、誰にだって許されていい行為じゃ無い。何より、願いによって生まれた存在である、私自身の心が何よりもそれを許さない。
躊躇いを振り切り、ぐんぐんと手を伸ばして…ようやく、その柔らかい頬に触れた。
それに呼応して…ようやく、彼女の瞳が私を捉えてくれた。私という存在を…彼女が今、一人では無いということを思い出してくれた。例えどんなに冷たい手でも、それがこれから幾多の人を殺すかもしれない、血塗られた手だとしても、今だけは違う。だってこの手は、たった一つの感情…思い遣りという優しさから、伸ばされた手なのだから。
そんな手を振り払う人など、いるはずも無い。少なくとも、私はそう信じていた。
だから今、こうして私の手は彼女に触れることができた。涙と恐怖でぐちゃぐちゃになった彼女の顔と、こうして向かい合うことができた。
瞳の奥で、揺れる光。それが悲しい程に儚くて、脆く壊れてしまいそうで。そんなものをこれ以上直視していられる強さは、生まれたばかりの私には備わっていなかった。
だから、
「………っ!」
こうして、ただ抱きしめる。硬く冷たい体を彼女に押し付け、感じられない彼女の柔らかさと暖かさに心で嘆きながらも、私はただこうして彼女を抱きしめる。たった1人の、その小さな名も知らない少女を必死に守るようにして。
…本当は、ただ逃げていただけなのかもしれない。今の彼女と真っ向から向き合うのが怖くて、彼女の恐怖や悲しみを全て受け止められる自信が、今の私には無くて。だから今も、こんなに近くにいながらにこれ以上彼女を顔を見ることができないでいた。
でも、それでも私は…
「…大丈夫です。大丈夫。
……だから…」
こうして一緒にいるのだから。私のマスターなのだから。彼女が一人では抱え切れない荷物を、少しでも分けてほしいから。
…だから、
「…私に、できることなら…何でも言って下さい。」
私は、彼女を助ける。出ない涙を悔やみながら、それでも心の中では必死に涙を堪えながら。その果てしない恐怖の海から、何が何でも彼女を引っ張り上げると心で固く決意する。そうしなければ私は…この先一生、後悔することになるだろうから。
安心させたい。笑っていてほしい。そして私に…少しくらいは頼ってほしい。そうすればきっと私も、彼女も、今よりずっと…幸せな……
「…………
…ほん……と…?」
未だ悲しみと安堵の狭間で揺れながら、それでも彼女はその震える唇をようやく動かした。…どんな顔をしているかは、まだ見れないままだけれど。
「えぇ、本当です。」
薄い笑みを浮かべて、心の底から拾い上げるように声を出す。そうでもしないと私は…きっと、おかしくなってしまうから。彼女が頼っていいような心強い存在では、無くなってしまうから。
「…ほんとに、何でもしてくれる?」
「はい、マスターの命令なら、何でも。」
正真正銘、それが私の本懐だ。いかに心があろうとも、いかに命令に対して絶対では無くとも、それは私の生まれ持った望みであり使命だ。心という絶対的な不確定要素を抱えても尚、私のマスターに対する信念は揺らがない。だってそれを…他でも無い私の心が、望んでいるのだから。
「……じゃあ…お願い。」
だから、彼女に何を言われたって。どんな無茶を言われて、私が散々苦労する羽目になったって、それをこなす責任が私にはある。どんな望みであれ、彼女の為なら叶えたいという願望がある。
「はい、何でしょう、マスター?」
だから、何でも言って下さい。どんな無謀も、無茶も、それがあなたの命令なら、私は何だって…
「……あの音を…
あんな音をさせる全てを…壊してきて。」
何だって、するのだから。
「楽しいお話はそこまでですよ、お二方。」
だから私は、こうしてここまで来た。
心の中で葛藤を残したまま、しかしその答えを結局は出すことができず。そんな心理状態の今の私がここまで来た理由はただ一つ…命令という、呪縛のような鎖に縋り付いた結果だ。
逃げるようにあの部屋を後にした私ではあったが…正直、彼女達を見つけるのにはあまり時間はかからなかった。途中まではあの小うるさい音をより豪勢にたててくれていたし、何より私の生命探知に…他一切の「人間」という存在が引っかからなかったから。
そしてその辿り着いた先にいたのが…彼女達、2人になる。
「…何の、用かしら?」
そしてその内の片方…黒い薄手のシャツを身に纏った大きい女の方が、その苦し紛れな顔の中に必死に平静をねじ込みながら呟く。
しかし、なるほど…この状況、この世界で普通に生きている人間にとってはさぞ不自然な状況であろうに、しかし意外にも彼女達の顔は平静を保っていた。いや、或いはこんな中途半端に人間らしい私よりますます化け物じみた奴らをもう既に見ているから…もう、見慣れてしまっているというだけか。
その証拠としては何だが、そのかつては化け物のような連中だったのであろう残骸が既にあちこちに転がっていた。…赤を基調とした、生臭いその液体の海の上に。これであの音が…マスターが「壊せ」と命令したその存在が、この世界における一種の武器であることが明確になった。…それも、過剰なまでの殺傷性を持った。
「おや、話が早くて助かります。」
何はともあれ、今は私の成すべきことを果たさなければ。この状況、せっかく私の方が圧倒的有利に立てているのだから、この有利を会話においても保っておかねば。
とりあえず、少しでも偉そうな感じな言葉を選ぶ私。しかしそれでいて差し障りが無く、かつ一歩の譲歩も感じさせることの無いような会話を…
…なんて、馬鹿な話だよな。
「では、私の望む所は1つ…」
私の本来の望みを果たす、それが私がここに来た理由だ。そしてそれを今の私の心では導き出せないと分かった以上…従うべきは、マスターの命令ただ一つ。それがいかに残酷な行いであったとしても、これから先ずっと後悔することだったとしても…
その瞬間、私は生まれて初めて腰に据えた武器へと手を伸ばす。
長細い、それでいて先端にかけては重厚な作りになっているこの武器は、一見すればどうにも不安定な形状をしている。普通ならこんな不自然な形状、どう考えたって細い部分への負荷が大きくなってしまうはずなのだが…
けれど、私は知っている。
瞬間、世界が変わる。時間の流れが目に見えて遅くなり、しかし私の動きの速さは変わらない…いや、むしろ加速している。視界には2つのターゲット。規則的に動く四角い枠に囲まれて、それは既に今か今かと私が動くのを…私に切り刻まれるのを、ただゆらゆらと待っている。だが、まだだ。
腰から武器を切り離し、前方へと振り下ろす。瞬間、それは長さを変え…その先端から、光の刃が現れる。そしてそこで初めて、この武器が何たるかが目に見えて明らかになる。…槍だ。各所に色々と機械的な仕掛けはしてあるものの、その本質はあくまでも「槍」。長いリーチを活かして戦う、近接戦闘用の古典的な武器の1つだ。
でも、無論それはただの槍では無い。
当然だ、何せ私は戦闘用の自律型兵器…亡き天才、クルブス・キルシュテンがその人生を賭して作り上げた「ドール」シリーズの最後の1人。そして最後の1人にして、同時に唯一その最高の技術を「戦闘」に向けて注ぎ込まれた…彼にとっても、世界的に見ても完璧な最高傑作であったことは恐らく間違い無いだろう。そしてその、こと彼女達からすれば神にも等しいであろう戦闘能力を持つ私が持つ数少ない武装の1つ…それがただの槍で終わる程度のもので無いことは、火を見るよりも明らかで。
振り下ろされた槍の先から、掌を通して伝わってくる微かな躍動。それは次々に大きさを増し、鮮烈な音と青白い光を伴って…槍の先端、刃の付け根辺りから噴出される。それが槍にさらなるスピードを与え、勢いに乗ったその切っ先が向かう先はただ1つ…
「…それの、破壊ですよ。」
2人の内1人がその手に持った、黒い鉄の塊。それは刹那、中央を境に美しい程の直線で分かたれ…斜めに切り取られた先端の部分が、ゆっくりと地面に転がり落ちていった。…未だ、その断面に真紅の熱を帯びたまま。
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…見えなかった。
私にとってそれは、たった一瞬の出来事。しかしそれは、確かな結果を伴って持っていた拳銃の先端を…見事に、切り取っていたのだ。
目が追いつかなかった、なんて次元の話では無い。そもそもそれは、人間には認識することすら不可能な程の圧倒的な速さ…人が人である以上超えることのできない反応速度の壁をも超えた、まさしく人智を超えた一撃。それを私がようやく認識した頃には…既に銃は真っ二つに切断され、その驚異的な速度で振られた槍のような武器から生まれた風圧と衝撃波によって、私の体は遥か後方の壁へと激突していた。
「かはっ……!」
体中を、鈍痛が走る。それと同時に体中から空気が抜け、その息苦しさに思わず声を上げてしまう。…まぁ、この程度の衝撃であれば背骨が折れるまでには至らないだろうが…脊椎を直撃した壁からの一撃には、やはりどうしたって身体に堪えるものがある。
そして、その被害は私だけに限った話でも無いらしい。ようやく体に感覚が戻ってきて辺りを見回して見ると、私と全く同じ大切で必死に腰を擦る黒い薄手の服を着た女の姿…そういえば、まだ名前すら聞いていなかったっけ、彼女。
でも何にせよ、この絶望的とすら思える状況に共に巻き込まれてしまったのは事実。そうなった以上…生死を共にする、彼女はもう私にとって一種の戦友のようなものだ。そして恐らく、彼女にとってもそれは同じこと。
「…やれやれ。人という生き物の脆弱さは、どこの世界でも変わりませんね。」
そんな戦友と共に迎えたこの状況。ああして呑気に喋っているあいつ…機械と少女の間をとった、少女型のアンドロイドとでも言おうか。とにかくそんな一見すればかなりの数のオタクをも唸らせ得るメカニカルと萌えを両立したそれは、その見た目からまさしく想像がつくような喋り方をもって、私達2人に嘆くように呟きかける。…その言葉の内容とあの強ささえ無ければ、私としては完璧の一言なのに。
「…にしては、随分優しい対応だけど?」
とにかく、言葉を繋ごう。
こういう時の会話というのは、意外にも生死を分けることがあるものなのだ。こういう時、有利な側は心にある程度の余裕を持っている。そして一手目で既に勝ちを得ている相手ならば尚更、その勝利の余韻も相まって心が緩んでいることが多い。そこで上手い具合に相手を喜ばせ、あわよくば見逃してもらえたり…なんて、都合が良すぎるか。
「おや、優しい…ですか?」
「…まぁ、ね。」
おまけに相手は半分以上が機械製…それが脳まで見事に機械でできていたとしたら、そもそもこの話術には意味が無い。いかに高度なAIだとしても、喜びなんて不合理な感情から判断を鈍らせるなんてこと、そもそもあり得る訳が無い。人工知能とは、つまりは脳…心までをも模倣している訳では、断じて無いのだから。
けれどその割に随分楽しそうに話に乗ってくるもので、そんな彼女と現状で会話している私としては未だに諦めていないという訳。この会話に意味があるのかは不明ではあるが…何にせよ、時間稼ぎくらいにはなるのだ。真っ向から挑んで勝機の薄い敵を前にして、これが今できる私達にとっての恐らくは最善の策だった。
「だ…ってあんた、なーんで私達を殺さない訳さ?」
そこに二人目も加わって、いよいよ本格的な時間稼ぎの始まりだ。その横顔から察するに…恐らくは、私の意図はだいたい伝わっているはず。それで無くとも、この状況で簡単に下手を打つ程彼女も馬鹿では無いはず。私にあんな合理的な説教喰らわせてくれたんだ、せめて迷惑だけは…かけないでくれよ。
その二人目の参加に少しばかり目を丸くしながらも、しかし目の前のメカ少女は未だその楽しげな表情を崩すことをしない。機械に通用するかは知らないが…あの表情が変わらない以上は、多分私達二人の身の安全は保証されていると言っていいだろう。故に今の私達の目的は…
「それはまぁ…
私とて、人という存在に少なくない尊敬を寄せていますからね。あくまで私の尊き創造主と同じ種族である、貴方方を、ね?」
誠に不本意ではあるが、目の前で薄笑いを浮かべる人の形をした死を…彼女の笑顔を、守ることにある。
「…それで?そっちの目的ってのは一体何?さっき破壊とか言ってたけど…」
「あぁ、そうですね。うっかり話すのを忘れていました、申し訳ございません。」
恐らくは圧倒的に下の地位にいるであろう私達に対して、礼儀正しく頭を下げてお辞儀をしてみせる彼女。その青い髪がゆらゆらと風に揺れ、上げられた頭から真紅の瞳が姿を覗かせる。その姿は…悔しいが、誠に悔しい限りだが、どうしようも無く美しかった。
…しかし、人に対して尊敬を寄せてるとか言っていたが…なるほど、あれが人の作ったものであるならそれも納得だ。いかに私達との間に絶対的な力の差があったとしても、今の彼女を動かしているのは別のもの…創造主たる人類に対する、尊敬の念そのものなのだろう。
そんな彼女の、目的…それが私達を殺すということだったとしたら、既に私達の命は遠く天まで昇っている頃だろうから、恐らくここからいきなり最悪の展開に陥ることはまず無いだろう。
だとすると何だ?破壊、と言いながら切り捨てたのが私の持っている拳銃だったのだから…つまりは武力の排除?ならなぜ、私のもう片方の手に握られたこの銃…二丁の内の一丁には何もしないのだ?まぁ、確かにそれだけの力量的余裕があればいくらでも後から回収することも可能ではあるだろうが…もしかして……
「私が命じられたのは、ただ1つ…
その煩わしい音を放つ鉄の塊を、全て破壊することにあります。」
銃を…破壊する?
その言葉自体、内容としては私が予想していたこととおおよそは合致するのだが…でも、たったそれだけのことか?それならば私が今左手に持っている方の銃もさっさと破壊してしまえば…と、そんなに上手くもいかないか。それができたら既にやっているだろうし、何より私達の後方には…彼女の破壊対象であろう所の銃器の数々が山程積み込まれているのだ。それを分かっていて彼女がこういった行動をとったとなると…
「…鉄の塊?それって…これのこと?」
そう言って、私は1つの賭けに出ることにした。それまで隠すように体の裏手に回していた拳銃を…改めて、堂々と目の前に出す。そして、それをひらひらと揺らしながら彼女の前で見せつけて…さて、どう出る?
まぁ大したことは起こらないだろうけれど…私達の命がとりあえずは保証された以上、こうした大胆な行動に出て相手の様子を探れるのは大きなメリットだ。何せ私達は、彼女についての一切を知らない。銃を知らない辺りからして、異世界からやって来た戦闘用の機械人形ってのが妥当な所だろうが…全く、ラノベの世界じゃ無いんだぞ、ここは。
しかしその見せびらかされた銃を見た彼女の反応は…正直、予想外なものだった。
「…なるほど。差し出してくれるのなら…それはそれで助かります。
私とて、人を傷付けたいという願望がある訳でもありませんからね。」
微かに眉を動かし、私の行動を意外そうに見つめる彼女。しかしその反応自体はあまり問題では無い。真の問題は…彼女がその後に口にした、その一言にあった。
「…願望、ねぇ。」
横から挟まれる、少しばかり不機嫌な声。しかしその内容は、短いながら今詰めるべき要点を完璧に選ている。悔しながら…この状況において尚、中々どうして分かっているでは無いか、我が戦友。
そう、今私達が確認するべきはその1つだけ。そしてそれは、或いは今の私達にとって勝利への架け橋になってくれるかもしれない、重要なファクター。
そう、願望だ。それが意味する所は、つまり…
「機械が何を、と思うでしょう?
当然です、普通の機械が心なんてものを持つことができないのは私達の世界でも…恐らく、こちらの世界でも同じなのでしょうから。」
彼女に、自身を機械であると明言したその彼女に「心」なんてものが存在している、ということにあった。
ここで1つ、質問だ。
人は、一体何で動いていると思う?
心臓、脳、その他諸々…色々と答えはあるだろう。そしてそれら1つが欠けてしまえば多分、人がその生命を維持することはままならなくなってしまうような重要な要素だ。
だがそれは、あくまで人が「生きる」為の生命維持機構に過ぎない。とはいえそれも人が活動するには無くてはならない存在であるのも1つ事実ではあるが…ここで私が尋ねているのは、そんなことでは無い。
人を動かすのは、一体何か。ここで私の意見を言わせてもらうと…少し哲学っぽくなってしまうかもしれないが、それは「心」だと思う。
そりゃ、人が動く為には心だけでは全く要素が足りない。脳、神経、各所の筋肉、そしてそれを動かす為の栄養…それらの無数の条件が揃って初めて、人は動くことができるのだ。でもそれは…全ての前提である、脳からの命令が無ければ基本的には動かなない。そしてその脳が何を基準に判断を下しているのかと言ったら、ここで私の考えである心…正確には、感情という存在が出てくる。
感情無しで、人は動くことはできない。
いかに感情を殺した所で、それも結局自身が感じた一つの感情から生まれた結果的な行動でしか無い。人が本当に心を殺すことなど…実際、できはしないのだ。
だからこそ、彼女に心が備わっているというこの事実に正直私は驚いた。
「…あんた、それがどういうことか分かってんの?」
「えぇ、当然です。
…心なんて不合理で不正確なもの、本当なら機械にとって邪魔なだけ…そんなこと、私が一番分かっていますとも。」
先に述べておくが、人工知能と心というのは全くの別物だ。前者が状況を合理的に考える存在なのに対して…心というのは、感情なんて訳の分からない基準を元にして動く、まさに不合理の塊なのだ。
例えば、ある時あなたが車に轢かれかかったとしよう。突然の信号無視、しかし今ならギリギリ避けられる…と思っていた所で目に入る、1人の子供の影。もしも今から全力でその子を遠くへ跳ね飛ばせばその子は助かり、しかし自分は車に直撃して大怪我…最悪、死に至ってしまうとしたら。そんな時、あなたならどうするだろうか?
合理的に考えば、この状況の答えはたった1つ、「自分が助かる」のが正解だ。だってそうだろう?自分のことだけ考えれば、死なんてものはまず避けなければならない最悪の事態だ。それに今避ければ大した怪我も負わずに、せいぜい膝の擦り傷程度で済むかもしれない。自身への被害を最小限に抑えるならば、これが紛れもない正解だ。
しかし、こと人間にとっては少しばかり違ってくる。さっきの質問、その答えは人によって「子供を助ける」という答えになることがあるのだ。たかが1人の子供の為、自身の命を捨てる覚悟で車の前に飛び込み、結果大怪我。全身にとてつもない大怪我を負い、治るまでには気が遠くなる程の時間がかかる。そしてその中にはきっと…もはや一生治ることの無い、絶望的な後遺症だってあるかもしれない。
けれど、その絶望的に不釣り合いな選択を経て尚、その一連の苦労を良しとして認めてしまえる。そう、それが人なのだ。
いかに痛かろうと、苦しかろうと、それは他人の人の命には変えられないのだと。あまりに一瞬すぎてもはや顔すら覚えていないその見知らぬ子供の笑顔を思い浮かべるだけで、全て笑って済ませることができてしまう。ぴくりとも動かない体をただ布団に横たわらせ、時間と金だけがただひたすらに流れてゆく。それでもそんな中届いたたった一枚の手紙…下手くそな時と、安っぽい紙。一見は何の価値も無いその紙切れが、それだけで自分が生きた価値になる。涙を流し、ただあの時あの子を助けてよかったと、その涙すら拭けない体をもって嗚咽を交えて感嘆する。…そんな理不尽な存在が、人という奴なのだ。無論、全員が全員こんなことのできる存在である訳でも無いだろうが。
だからこそ、私には理解できない。
何故心なんてものを作ったのか…そして何故、そんなものを「機械」という正確さの賜物に擦り付けたのか。この見た目からして結構な文明の元で作られたのは明らかだが…この絶賛発展途上の世界でだって、機械の反乱なんて話の題材くらいすぐにでも思いつくことだぞ。
「…理解できない、といった顔をされてますね、お二方。」
「そりゃまぁ…」
「当然。」
揃って顰めっ面を並べる私達に対し、まさにその核心を突くその言葉。いかにこの状況で考えることがそれくらいしか無いとはいえ…彼女、もしかして心理を読み取れる機能とか…付いてないよな?
しかし、その心理を見透かすような彼女の言葉に対し、私達二人の答えはほぼ一緒だった。それはつまり…心の中でも、同じことを思っていたということになる(あくまでも多分の話だが)。こんな事実を叩き付けられて…勝機うんぬんよりもまず先に、自身の心に生まれた驚きを処理するのに二人揃って必死だったのだ。
「当然です。私とて、普通ならばこんなにも歪な存在、作る理由など欠片も思いつきません。
命令違反も、主人への服従の放棄も、時には激情に駆られて我を失うことだって…きっと、あるのでしょう。」
そしてさらに意外だったのが…この私達の意見に対して、当の彼女までもが同意見だったということだ。
彼女は多分、こことは違う世界で生まれた存在。そしてその世界にはきっと、こことは決定的な文明力の差があって、人の思考も理論も技術も、それに応じて決定的な差が存在しているはずだ。そんな環境にいて尚、作られた当人である所の彼女ですらその理由を理解していないなんて…彼女を作った奴は一体、どんな理由で彼女を…?
「けれど。」
「……?」
しかし、そんな終わりなき思考に呑まれることは、私達には無かった。或いはそんなこと、許されるはずも無かったのかもしれない。
ふいに、彼女がその右腕を…暗い紫紺に染まったその重厚かつ繊細なその腕を私達の前まで持ち上げた、その時…既にそれは始まっていた。しかしその右腕の指す先は私達…では無く、少しだけ違う方向で。
「…そんな私にも一つ、許せないことがあるのです。」
彼女の真紅の瞳が、ゆっくりとその瞼を下ろす。
と、その瞬間に現れるぼんやとした青白い一つの光。それは彼女の掲げた右手の中で少しづつその輝きを増してゆき…はっきりとした球体の形を成して、私達二人の前に現れる。
「…感情という存在を理解できぬまま、ただ翻弄されるだけの、愚かな私…
そんな私の、たった一つの信念。…それは」
ゆらゆらと揺れる、小さな光。しかし、その光が穏やかな気持ちで見つめていていいものでは無いと分かった時には…もう、遅かった。
光の周りを、円を描くようにして現れるいくつかの光の輪。それはゆっくりこちら側へと伸びて来て、その大きさを確実に広げていた。そしてその輪の展開が終わったと思った、その瞬間、
「…やば」
「マスターを…私の創造主たる存在を貶されるのは、私が許さない。
…だから、もう消してしまいましょう。」
その光は一筋の巨大な柱となって…私と戦友の中央すれすれをただ真っ直ぐに走っていった。
…その肌を刺すような鮮烈な光の中に、鮮やかな破壊の色を伴って。