蘇る悪魔と頬を走る説教
「うわぁぁーー!!?」
「うおぇぇーー!??」
…ちょっと待てちょっと待てちょっと待てぇーー!!
いや、確かに増援がほしいとは思っていた。し、この状況が一人ではとても打開できる状況では無いのも事実。それにこの作戦には「銃声なんて聞いて駆けつけてくる人なんて、大体は戦える人だろう」というちょっとした思惑もあったりしたのだ。だから、本来ここで落ちてがべき(?)なのはもっとこう…凄腕の空手家とか凄い体格したラグビー部とか、欲を言えば私の同業者とか…そういうのを期待していたのだけど…
だけど…だけどさぁ、神様…
「はぁぁーー!??」
いくらなんでも、それは無いでしょうよ…
だって、女の子だよ?見た目からして多分中学生。体格だっていいようには思えないし…それにやたら可愛いし、それがスク水着て空から落ちて来るとかもう…ホントもう…
「…そういう展開、要らないっつーのぉ!」
かと言って、ここで彼女を受け止めない訳にはいかない。このままただあの子が鋼鉄製の装甲車目掛けて真っ逆さまに落ちてゆくのを見守っていたら、彼女は確実に死ぬだろう。それならば、多少の無理はしてでも彼女を助けるのが私の役目なのだ。…大人としての、一人の警察官としての。
幸いにも彼女、受け止められる体制は整えてくれているらしく、このままいけば多分大丈夫…かな?いや、大丈夫だと思うしか、信じるしか無い。でなければ彼女は…
その紺色の背中は、あっという間に空から迫ってくる。膝を抱え、体を丸め…しかし心無しかいつでも右腕を出して受け身がとれる状態になっているのは…気のせいだな、うん。
その綺麗な黒髪を後ろで束ね、中に染み込んだ美しい水滴が微かに光る。露出された黒い肌をちらつかせながら、それはただ猛スピードで私の胸元へ落ちて来る。それに合わせるように私も腰を落とし、両手を構え、そして…
結果、彼女は見事に私の胸の中へと落ちることに成功したのだった。
「…ちょっと、あんたねぇ!」
「ててて…あ、はい?」
とりあえず命は助けた、なら次に私がしなければならないのは…ならないのは…
「あんた…ねぇ…」
「………?」
未だ私の腕で丸まったままの少女は、つぶらな瞳でただこちらを見つめて来る。その中には恐らく罪の意識どころか…この状況に対する恐怖すら、微塵も無いように見えて。
そんな彼女を、私は今猛烈に叱りたい。だって危ないだろ、こんな状況でこんな戦地の真っ只中に突っ込んで来るとか、たかが好奇心程度でやっていいことでは無い。そんなことでたった一つの命を投げ出してしまうなんて、断じてやってはならないことだ。
…しかし、どうにも不思議な気分だ。これまでは散々叱られる側の人間だった私だが、遂にその必要性に気付く時が来るとは…これまで散々面倒だと思っていた大人達は、多分今の私と同じような気持ちを抱いて私の前に立っていたのかもしれない。そんな大人な気持ちの片鱗に今、私は触れている。
だけど…だけど、今するべきはそんなことでは無い。そんなこと、生き残った後でいくらでもやればいい。だから今、私の取るべき行動は…
「…とりあえず、この中入ってろ!」
その美少女の濡れた尻を豪快に叩き、彼女を安全な…現状で移動させてあげられるとりあえずの安全地帯へと移動させる。一応、仮にもこの車は装甲車…その名前は伊達では無く、一般的な携行用の小銃の類ではこの装甲はまず貫くことはできない。その装甲が今、奴らに対して有効なのかは…正直未知数ではあるが。
だが、かく言う銃弾の方は効いているようで。これまで散々撃つことに集中していてあまり確認はしていなかったが…そういえばさっきまで倒してきた連中、起き上がって来ないな。どうやら弾が効かない…というより、喰らっても復活してくる奴はあの黒い影と同じタイプだけらしい。そこだけが今、とりあえずの希望だ。
再び銃の方へと向き直り、腰を据えてアイアンサイトの中へと視線を移す。そしてそこから見える残りの敵を…残りの、敵を…
「…まだ、こんなにいる訳か…」
そこに見えるのは、辺りに溢れかえる異形の数々。それは未だ増え続け、高架の影から、ビルの隙間から、道の向こうから…次々に現れ、ただこちらを目指して歩いて来る。その数…正直、数えていたら日が暮れそうだ。全く、この装甲車に付いているのがこのミニミじゃ無かったら…一体、私はどうなっていたのやら。
いや、今は「私達」か。
今の私には、とりあえずの守るべきものがある。それが見知らぬ少女の命1つだとしても、それは私にとって絶対的な「守るべき対象」であり、それが私に戦う覚悟をくれる。何たってこの国の兵士連中は皆、何かを守る為にしか戦ってはいけないのだから。
だから私は今、始めて本心から引き金を引ける。
それと同時に引き起こる、耳を劈くような爆音。しかしそれは、その武器の信頼性と強さを示す象徴でもある。そしてその射線上にいた有象無象は…その弾に当たるごとに、崩れ落ちるように倒れてゆく。
弾は…あと50発って所か。それもこのミニミにしてみれば、たった一瞬のこと。並み居る軽機関銃の中でも圧倒的な信頼と実力を持つこいつにとって、たかだか50発程度連射することなんてあっという間の話なのだ。
この勢いだと…あと5秒。
この短時間で、どれだけ敵を倒せるか。倒せないにしても、次のリロードの時間を稼げるだけでとりあえずは儲けものだ。あとはただこいつの弾が無くなるまでひたすら撃ち続けて…それで弾が切れたなら、まぁ他の方法に切り替えるとしよう。とはいえ、この武器以上の制圧力を持つ武器なんて、もうこの中には無いのだが…
4、3、2…しかし尚、刻一刻と時間は迫る。その間にも敵は倒れてはいるが…正直これ、全部倒し切れるものなのか?倒れても倒しても湧いてきて…もしかしてこれ、無限湧きとかじゃ無いよな…
そんな不安を押し殺しながら…2、1…そして、
「…はい、これ。」
0、になる瞬間、足元から何やら声が。銃声に紛れてよく聞こえなかっため、とりあえず声が聞こえた方…この装甲車の中にいる、あのスク水少女の方を見る。と、そこには何と驚きの光景が。
「……えっ?あ、ありが…と?」
私の足元からひょっこりと顔を出し、手に持ったそれを私の体に押し付ける少女。しかし真に驚くべき所は…彼女の持っているそれが、この銃の弾倉だったことだ。
どうして…なんて考えている暇も無い。何故かは分からないが、彼女のお陰でかなりの時間節約が達成できた。これでこの状況も少しは…
必死に自身の心を落ち着かせながら、若干慎重気味に銃のカバーを開き、箱状の大掛かりなマガジンを外して適当に車内へと転がす(ちなみに、さっきまでは豪快に外へと投げ捨てていた)。そして彼女のその小さな手から弾倉を受け取り、銃に設置。中から弾帯を引っ張って銃の上部にセットすれば…あとは、カバーを下ろしてコッキングレバーを引くだけ。
全く、どうして軽機関銃のリロードというのは時間がかかるものなのか。その分失敗するような細かい作業も少なくはあるのだが…最近の銃の中では、ダントツで装填に時間がかかる。加えてこの状況…結果約5秒しかかからなかったはずのその時間をも嫌に長く感じてしまった。
だが…これで!
「…リロード、完了!
さぁさぁ、パーティーの再開といこうじゃなーい!!」
再び、私のトリガーハッピーの時間がやって来る。この状況、正直楽しんではいけないとは思うのだが…どんな状況であれ、楽しくなければやってはいられない。例えそれに自身の命が…他人の命もが、かかっていたとしても。
だから私は、ただ叫ぶ。いくら笑おうとしても笑えないから、代わりにこうして叫んでいる。…恐怖という感覚を、どこか遠くへと追いややってしまう為に。
まだ、まだ、まだ!
もっとやれる!まだ弾はある!ならこんな状況、引き金を引いて適当を照準を合わせておけば済む話じゃないか。幸い奴らの進行スピードは遅い…そしてこの銃の発射レートは(大体)他の銃の追随を許さない程に速い。加えてあの子も…今車の中で待機中のあの少女も、ゲーマーだかミリオタだか知らないがある程度までなら手伝えるようだし…これなら、まだ…!
「やれる、ってぇぇーー!!」
僅か数発で倒れ付す敵から、次々に照準を移動させる。その手つきは、結構な反動を受けているにも関わらず殆ど狂うことを知らない。こういう訓練はあんまり受けたことは無いが…訓練が無い分、ある程度イメージトレーニングはしていた。それに加え、こんな装甲車の上で弾丸パーティーができると来れば、いかにこんな劣悪な状況でもテンションが上がらない訳が無い。…そしてテンションの上がった私ほど、集中力に長けた者は多分この地球上にそうはいない。
…だから、私ならやれる!
50、40、30…撃て、撃て、もっと撃て!奴らから飛び散る血飛沫が、火花が、謎の液体が、質素なコンクリートの上で咲き乱れる。しかしその上を歩く敵の数は…未だ、減る気配を知らない。
20、10…弾は、あといくつあっただろうか。
少なくとも、このマガジンの弾はもうすぐ切れる。そしてこの車の中に備わっている弾だって…これだけ撃っていれば、もうそろそろ限界が近いはずだ。カラフルな道路の上、敵の海の中で鈍く輝く無数の弾丸と薬莢がその証拠だ。
駄目…なのか?
もうすぐ弾切れ、でも敵は減るどころかむしろ…増えているようにすら見える。このままでは私は…私達はどうなる?あの訳の分からない連中に食われ、蝕まれ、改造され…正直、無数の死亡パターンが予想できすぎて怖いくらいだ。
3、2、1…手の震えが、止まらない。そしてこれはきっと銃からの反動では無くて、私の心からの…恐怖という、弱さからの現象だ。
…恐怖なんて、戦場においては何も生まない。
怖くて逃げる、それは時には正解だ。それは人間が本能的に求める、生存本能そのものなのだから。何を捨てても、何を失っても、その上にいくら綺麗事を並べた所で、結局人は自分が生きる手段を本能的に選択する。そしてこの場合…ここから全力で逃げるというのが、どうやら私の本能が下した決断らしい。
だが、逃げてどこへ行く?どこへ行っても、どこまで逃げても、結局奴らが地の果てまで追いかけてくることは多分必至だ。それにこの状況…後ろに退路が無い以上、そもそも逃げられる算段が無い。
…戦うってことは、いつだってそうだ。
本当の殺し合いを経験したことが無い奴に何の根拠が、なんて思われるかもしれないが…それでも私のこの常識が変わることは、きっとこの先…生涯ありはしないだろう。
だって、そうだ。殺し合うってことは、皆どこかで心の中に恐怖を抱えて戦っているということ。でも彼らはその恐怖から逃げない、或いは逃げられない。その要因が例え逆らえない上官や薬のせいだったとしても…一度戦場に立った兵士が恐怖で逃げるなんてことは、そんなに頻発することでは無いのだ。
この状況がそれと同じだなんて、口が裂けても言うつもりは無い。…でも、それでもその本質は似ていると思う。
私だって、逃げられないのだ。主に要因は2つ。そもそも物理的に逃げられないってのと…もう1つ。私の命はもう、1人のものじゃ無いってことだ。
私が死んだら、この中にいる彼女も死ぬ。戦う術を知らない哀れな少女は、何をすればいいのかまるで分からないままにただ無惨に殺されてゆく。恐怖と絶望と…耐えられない程の、痛みの中で。そんな未来、私でなくとも簡単に想像のつくことだ。
……だからそんなこと…そんなことは…!
「…そんなこと……させて…
たまるかぁぁーー!!」
何の為に銃を取る決意をしたのか、今ようやく思い出した。拳では人は救えないと、その鋼鉄の逸物に生涯を捧げたその日からもう、私の心は決まっていたでは無いか。
これがもし1人だったら、私だって真っ先に逃げていただろう。でも私は…殺す為でも、奪う為でも無くて…ただ、守る為に銃を取ったのだ。その信念に逆らうことだけは、絶対にしてはならない。守るべきものがある限り、私はこの命を捧げる決意をしよう。守るべき人がいる限り、私の命はその人を守る為に使おう。それがどんなに損な生き方だとしても…それが私のやりたいことで、私の決意の形なのだから。
そしてやって来る、0の時。銃の中から頼りない音が鳴り出して、私はようやくこの銃の弾が切れたことを知る。
さぁ、さっさと次の弾倉を…と、下に向かって手を伸ばそうとした、その時。それは、まさに唐突に起こった。
突如、バンッという鈍い金属音が辺りに鳴り響く。それはかなりの大音量で…そしてその音に、私は聞き覚えがあった。
銃声…では無い。これは、まさか…
しかし、その事実に気付いた時には…
「…ちょっと、あん…」
もう、事は始まっていたのだ。
守るべきだと思っていたその存在…その一人の少女よる、圧倒的な虐殺の時間が。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…さて。」
一体、どうしたものか。
一応、ここには加勢に来たつもりだったのだが…あの調子では、せいぜいここから援護する程度しかできないぞ、これは。
確かに、軽機関銃による制圧射撃はこの状況においていい案ではある。こと、この状況においては尚更。大量の敵に対して大量の銃弾をばら撒くというのがいかに効果的なことかは、それは戦い方を知らない素人にだって分かる話だ。
…だが、それが私に限っては別なのだ。
そりゃ、普通に考えたら水着姿の女子高生を最前線で戦わせるなんて…余程頭のイカれたオタクか、或いは究極的な馬鹿の考えだ。最近の高校生の殆どが銃の撃ち方1つ知らないというのに、それを練習無しでいきなり撃てって言うんだから、当然無理な話だ。そんなこと、アメリカでだって通用する話じゃ無いぞ。
…だが、今この瞬間だけは例外だから、だから私はこうして頭を抱えて困っているのだ。あのまま馬鹿みたいに連射していれば、あっという間に弾が切れるのは分かりきっていること。だからと言って、それ以外に奴らを牽制する方法なんて…到底あるはずも無い。
ふと、近場にあった窓から外を見つめる。
…一体何が起こるか分からないと覚悟はしていたが…しかしこれはまた、随分とぶっ飛んだ状況だ。化け物に化け物に…化け物の数々。加えてそれは広大な群れを成し、この広い東京の四車線式の道路を完全に埋め尽くしていた。いかに天下の自衛官様とは言えど…流石にあんな怪物連中と戦う訓練なんてしてはいないだろう。
そして次に見るのは、車の中に転がっている物騒な装備の数々。慌てて突っ込んだのか何だか知らないが…いくら何でも、これはちょっと雑すぎやしないか。シートの上とかならともかく、床の上にまで銃が転がっているとなると…間違って引き金でも引いてしまったりしたら一大事だぞ、全く。…まぁ、そんなに足の力と体重に自身がある訳でも無いけれど。
…と、そこで私はあるものに目を引かれる。
「……?」
雑然とした車内においてきちんとシートの上に収められた、数少ない武器の1つ。それはその鋼鉄製の鈍く輝く得物達の中で、一風変わった姿を見せていて。
…ナイフだ。見た所軍用の…ファイティングナイフの類だろうか?いや、でも最近の銃剣ってみんなああいう形してるんだっけ…?まぁ、何にしたって戦いに使えるのは同じか。
狭い車内の中で必死に体を捩りながらも、ようやくその刃物の柄を掴むことに成功。一応、それらしい柄に入れられてはいるけれど…私の知っているような革製でもなければ布ですら無く、正直あまり格好のいいものでは無かった。
そんな角ばった柄から流れるようにナイフを抜き、その黒く塗装された艶の無い刃をじっくりと眺める。この刃渡りは…ぱっと見で10インチ以上もある。銃剣と兼用だからというのもあるのかもしれないが…正直、こんな長いナイフで格闘戦をやっている軍人なんて見たことが無い。確かにリーチは長いかもしれないけれど…結構刃の厚さも薄めだし、本当に格闘戦で使って大丈夫なのだろうか、このナイフは。
「…まぁ、やってみなきゃ分からない、かな。」
やってみる…というどうにも意味深な言葉を残して、その刃を再び柄に戻して私は次の得物探しへ。これだけでもいいのだが…正直、少しは現代的な銃がほしい所だが…
と、そこである銃が目に付いてその在り処まで手を伸ばす。小柄な拳銃…それに見た所、それと全く同じ銃が2つも並んでいるが…まさか、2丁拳銃なんてふざけた真似を本気でしようとしていたのか?そんなこと、正直言ってただのカッコつけに過ぎないというのに…
と、その瞬間。
それまで世界を支配していたあのうるさい銃声が…止まった。そしてそれは、何の偶然か私がその2つの銃に触れたタイミングとほぼ同時で。
「…これは……まさか……」
こいつで、戦えと?神様か何かがそう言っているということなのか?正直、この状況ならまた彼女に弾薬を渡すのが普通だとは思うのだが…それよりも先に、そんな運命的な瞬間を前にした私の中に生まれた1つの感情が体を走る。
…まぁ、冷静に考えたって見た所あの軽機関銃の弾はあのブロックみたいな弾倉が1つだけ。それが切れれば最後、もう外の奴らを留める術はもう無くなってしまうかもしれない。なら次まで待てって話になるかもしれないが…もしもの為にも、今やるしか無いのではなかろうか?
「…面白いこと考えるじゃない、神様とやらは。」
冷静な心がそう決断を出した以上、もう私の体は止まることを知らない。それまで持っていたナイフを柄ごと口に咥え、代わりにそこにある銃…二丁の拳銃を両手にそれぞれ持って、行動を開始。
狭い車内を何とか最短で潜り抜け、そのまま前方のドアの前に。本来ならここで出るタイミングを測る所なのだが…何せ相手が相手だし、状況も状況だ。一刻も早くこの状況を打開する為に動かなければならないのと、あんな異形の怪物に人間並みの頭が備わっているとは到底思えない。
「にゃら、いちいちタイミングなんて…気にしなくても、いいよね?」
ドアノブに手をかけ、その少し下に左脚の裏を力強く押し付ける。咥えたナイフのせいでうまく喋れないが…そんなに悠長に独り言を続けている時間が無いのも事実。
ならもう、待つ必要は無いだろう。そう決断した後に心の中で一応のカウントダウンをして、改めて心の中で覚悟を決める。
…こんなこと、本来なら喜んでやるべきことでは無いってことは分かっているのだが…でも、そこに私以外の命がかかっているのなら話は別だ。
一応、彼女は私を助けてくれた。いかに付き合いがたったの数秒だとは言えど、その相手が1人の人間であり…命の恩人であることも、また一つの事実。それに私自身、彼女に対して悪感情は抱いていないし、何より…こんな所で見知った人に死なれては、どうにも後味が悪い。それだけでもう、私が命を張る理由には十分だ。
「…さーて、じゃあいっちょ…!」
これでもう、私の中で引き金を引く覚悟はできた。それに相手は人じゃ無い…なら、遠慮も躊躇も無用だ。ドアのロックを外し、一応の確認を終えると…そのドアを大胆に蹴り飛ばし、勢いそのままに車の外へと転がり出る。
目の前には、幾多に重なり合う異形の数々。それら一同が一斉にこちらを見た瞬間には…正直、鳥肌が立った。だがそれは恐怖からでは無い。その時の感情はむしろその逆…
「…正義、執行といきますかっ!!」
戦いという非情な現実に対する、どうしようも無い程の興奮と喜びだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そこにあったのは、ただ純粋な殺戮だった。
拳銃二丁に、口に咥えたナイフが一本。辺りを漂う生温い血と硝煙の香りに包まれて、その殺伐とした香りには似ても似つかないその少女は、ただ一心に突撃する。予備の弾倉も手榴弾の1つも持たず、けれども、その彼女の姿には既にどこか安心感があって…いや、違う。その時点で彼女はもう「完成」していたのだ。…1つの、1人の、完璧な「兵士」として。
その少女が最初に取った行動は、両手に持った二丁の銃を構えることだった。一瞬で付近にいた2つの敵にほぼ同時に狙いを定め、そして…
そこから巻き起こる、2つの重厚な発砲音。それこそさっきまでの機関銃の音に比べれば幾分か頼り無くはあるが、それもあそこまで距離が近ければ話は別だ。その弾はそれぞれ正確に2つの標的の急所と思しき部分…頭を完全に貫き、そこから鮮烈な赤を咲かせる。
この時点でもう、既に状況は色々とおかしなことにはなっていた。そして私の頭の中も…ようやくその驚きから開放され、ようやくまともにこの状況を判断できるようになって…初めて、混乱する。
だってそうだろう?そもそも女子中学生が銃なんて撃てること自体おかしな話なのに…それを片手で、それも二丁持ちなんて…確かにあの銃にはきちんとマズルブレーキも付いてはいるし、一応銃の中ではかなり反動が抑えられた方ではあるけれど…だからってこれは…!
「…どういう、ことよ……?」
そしてその殺戮は、まだ止まる余地を知らず。二発の弾を撃った直後、しかしその余韻を一切感じさせないまま照準はもうあっという間に次のターゲットへ。そしてそのまま、再び奴らの頭目掛けてノータイムで再射撃。その攻撃を受けて当然のように血飛沫を霧散させる敵を前にして、しかし彼女の猛攻は止まる余地を知らない。…最も、片方は血すら通っていない機械だったので、出たのはせいぜい火花とオイルらしき液体くらいなものだったのだが。
そして、そこからの顛末もしばらくは殆ど同様で。まぁ、そのしばらくというのもあくまで私の時間感覚に過ぎず、本当は多分ほんの数秒のことではあったのだろうけど。それが私の中ではあまりにも長く感じて…それでも未だ、自身の心を渦巻く混乱は留まることを知らない。
彼女が持った、二つの黒い凶器。その銃口はただ敵のみを見つめ、その引き金を引く動作に一切の迷いは無い。その姿は…銃の扱いというものにある程度は慣れているつもりだった自分よりも、余程優れたもので。いくら私でも、二丁拳銃なんてただのカッコつけでしか無いような行為を本気で実行しようなんて思う訳が無い。
ではそもそも、二丁拳銃という戦い方の弱点は何なのか。映画やアニメでは非常によく見かけるこのスタイルだが、その全てにおいて曖昧にされ…描写されてこそいるものの、そこからでは分かりにくい列記とした弱点がこの二丁拳銃には存在している。
それはただ一点、「リロードの面倒さ」というポイントに集約される。一応他にも「照準が合わせづらい」とか「片手ではそもそも反動の問題がー」とか、色々と他にも問題はあるのだが…そんなもの、アニメや映画の登場人物級にもなってしまえば簡単に乗り越えられるような非常に低いハードルだ。そしてそれは多分…彼女とて、とっくに乗り越えているハードルでもあるのだろう。
しかし、いくら銃の扱いが上手くなろうと…二丁拳銃では他に比べてリロードに圧倒的な手間がかかってしまう、というのは誤魔化しきれない事実である。それはいかに工夫しようと練習しようと、簡単に変わるようなことでは無い。だからこそこのスタイルは、あくまでもアニメや映画などの制作物の範疇。実戦で使われることなど、到底有り得る話では無い。
では、当の彼女はどうするのか。その答えはもう、既にその姿に現れていて。…その、完全に無謀としか思えないまっさらな背中がその答え。
「あいつ…まさか……!」
そしてその言葉と、彼女がそれを実行するのは全く同じタイミングで。
計15発、両方合わせて30発。その弾丸をただの一瞬で全て敵に命中させ、撃ち切った彼女。しかしその銃はその全ての弾を吐き出すと…まるで役目を終えたかのように、彼女の手を離れることになる。そしてその行為…銃を使い捨てるその瞬間すら、彼女は余すこと無く攻撃に利用する。
両手に持った銃を近寄って来た敵の顔面らしき場所に投げつけ、怯ませる。その間に最後の武器…彼女が今しがた口に咥えていたナイフを取り出し、柄から外す。
そこから現れた黒い刀身は…瞬く間に、私の視界を離れた。そしてその瞬間、私の認識を超えた速度で、それは起こる。
「………へぇ…?」
そのナイフは…私の目が追いつくその前に、その僅か一瞬にして彼女の口元を離れ…その次の瞬間にはもう、敵の喉元を…それはそれは、的確に貫いていた。
「…なん……なのよ、あれ…」
そこからはもう、はっきり言って私の目に追える状況では無かった。
血と体液と金属片と…様々な色で彩られたその悲惨な戦場の上を、彼女は踊る。全ての攻撃において的確に敵の弱点を突き、その未知の敵からの攻撃をまるで予測しているかのように的確に避ける。しかもそれをあのスピードで…一瞬でも瞬きすれば、全てが終わってしまいそうな、そんな圧倒的な速さで実行している。これは…これはもう……
完全に…人の領域を超えている。格闘技や武術に精通し、同時に兵士として銃を持っている私からしても、それは明らかな真実だった。むしろそれは…この「鬼神」と呼ばれた私でさえ、こと格闘戦では完全に劣っていることを認めているということ。それって、つまり彼女は…
「…ホント…どうなって……
……あの子、神様とでも言う訳?」
あんぐりと情けなく開けた口から、ぽつぽつと溢れるそんな言葉達。…少なくとも彼女が人の領域を超えた存在であるということは、彼女には失礼かもしれないがもう明らかになってしまったことだ。そしてあれが人で無いなら…あながち、神という形容も間違ってはいないかもしれない。
だって、今の彼女は酷く美しい。幾多の殺戮を積み重ね、あの小さな体が返り血で染まり…それでも尚、彼女の寸分狂わぬ動き、姿、時折煌めくあのナイフの鈍い輝きが、私にとっては完全無欠の美そのものであった。
一体、彼女は何者なのだろう。
長い黒髪を後ろで小さく束ね、肌は日本人にしては少し黒め。それに負けじと瞳も真っ黒で…そしてその顔立ちは、幼さと可愛さを両立した愛らしい姿。ここまでなら正直、ちょっと変わってるなーという程度で許される範疇。むしろ可愛げがあって、私的には結構好みだ。
…でも、少なくとも今は違う。殺し、殺し、次々と敵を殺し…それでも尚、美しさを保ち続ける1人の殺人鬼…いや、倒している敵からしてさながら「異形殺し」とでも言った方がいいか。とにかく彼女はあの小さな背中に、心に、体に、武という存在の全てを一切の無駄無く体現している。その姿を、1人の武人として美しいと思わずして何とする。彼女はもう、私にとって…
「…お前にとって、唯一の脅威になる。」
そんな時、初めて私は思い出した。子供の頃の…酷く、懐かしい昔話を。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ええか、あら普通の人とちゃう。」
懐かしい箱型のブラウン管テレビを囲んで、古臭いリビングで鍋と掘り炬燵を前にして向かい合う、とある家族の娘と父。偶然流れたテレビのニュースを箸で指して、そう一言父は呟いた。
「…普通じゃ、無い?
それってどういうこと?…そりゃ、確かに凄いとは思うけど…」
そこに流れていたのは、確かつい一週間前くらいの事件だったか。元米軍の兵士二人がとある一家に押し入って娘以外を全員殺し、生き残った娘だけを残して人質にしたという話。内容が内容だった為に、当時はそりゃあ話題になったものだが…しかし、この事件が時の話題をさらった真の理由は、その残虐性の他にもう一つあって。
「…わしは見たんや。あの戦い方は…正直、人の領域を超えとる。」
見た…というのも、実は私の父、つい最近まで現役の警察官をやっていたりした。今はもうすっぱりと仕事を離れ母方の実家の道場を継いでいるのだが…そんな彼の最後の仕事というのが、今テレビに映っている例の事件という訳だ。
「戦いって…あ、あの子のこと?」
そう言って代わりひ私が指差すのは、そのテレビの右端…丁度移り変わったばかりの画面の上に浮かぶ、一人の少女の姿だった。そして彼女こそ…いや、そこに並んで映る計三人の少女達こそ、この事件における真の立役者。目撃者でも無ければ被害者でも無く…そのたった3人の小学生が、この凶悪な犯罪を見事解決に導いた伝説の3人なのだ。
ここで、その事件の詳細を私の覚えている範疇で話しておこう。
事件が起こったのは東京の青梅市、その中に佇むありふれた一軒家の内の1つ。そこに住んでいたのは父と母、そして一人娘の三人家族。一見すれば何でも無い、ごく普通のそこそこ幸せな一家…だが、そのありふれた幸せな一家に向けて、犯人の…二人の男の銃口は向けられた。
ある日の休日、何の連絡も無く急に訪ねて来たその二人に、実はその家の父は面識があったという。仲がよかった…という訳でも無かったらしいが、「茶の1つも淹れないのは失礼だろう」という日本人らしい精神から、呆気なくその二人を家の中へと招き入れてしまったそうだ。そしてそんな少しの優しさから…悲劇は始まる。
結果的にはそこから父と母の二人を銃で殺し、取り付けられたサプレッサーによって事の一切を知らないまま二階の部屋で遊んでいた娘は呆気なく人質にとられる事になる。幸い…と言うのも変な話かもしれないが、ギリギリにも親の片方が警察に通報できていた為、彼らは彼女を殺すことなく人質として交渉の道具に使うことを選んだらしい。
そしてしばらくして、警察が到着。道を見渡すベランダには、娘を抱えてその頭に銃口を向ける一人目の男。そしてその奥…外から見えない位置にもう一人。その情報を予め掴んでいた警察は手出しができず、状況はその後数時間拮抗したままだった。…それが、起こるまでは。
それは、まさに一瞬だった。テレビの映像でしか見ていない私からでも、本当に一瞬の出来事。そんな現象を間近で見ていた父からすれば…さっきの人じゃ無いという言葉も、あながち間違いでは無いのかもしれない。
中継を繋いでいた一機の報道ヘリのカメラ。そこに映し出されたのは…それまでベランダで銃を構えていたはずの男が、何の前触れも無く倒れる姿。そしてその手から少女が引き離され…しばらくベランダの影に隠れていたその姿は、数秒後ゆっくりとベランダの影から顕にされる。…その大男の襟元を掴んで持ち上げている、それはそれは小さな1人の少女と共に。
そんなこんなで、警察の出番は殆ど無いままに事件は解決。そしてその代わりに事件を解決したその少女…と、その計画を立てたり色々と根回ししたりしたというもう2人の少女は、その後はそりゃあ話題になったものだ。警察には褒め称えられ、メディアからは引っ張りだこ。僅か一日で時の話題をさらったその少女達は…誰の目から見ても、英雄そのものであった。
で、そんな事件を目の前で見ていた父が語るのは、その内1人の少女…神導寺紅炎という、少しばかり色黒の少女についてである。
彼女こそ、この事件において表に立った唯一の人物。あの時男を気絶させ…その襟元を掴んで堂々とメディアの前に晒し上げた、3人の中で最も話題に上がっている人物だ。
「そや、あの色黒のちびっ子…あの中継見ても、お前はなんも思わへんかったか?」
「そりゃ思ったさ、凄いなぁーって。
そもそも1人目を倒した時点で気付かれてなかった訳だし、それにあの視覚からの完全な不意打ち…!
まぁ、暗くて殆ど見えなかったけどね。」
父がその少女に固執する理由も、何となくは分かる。そりゃ当時の私だってそれはそれは関心したさ。一人の武を学ぶ人間としては、そこまで鮮やかなお手前をあの小さな少女が見せたとあっては…正直、落ち込まずにはいられない程に。
…でも、いくら何でもそこまで言うか?この私が一応は一人の師として仰ぎ、私の知る限りでは誰よりも強いあの父が…それではまるで、彼までもが負けを認めているみたいでは無いか。
しかし、そんな私の知る限り世界最強の父は尚も続ける。
「…ええか。あれはお前にとって、唯一の脅威になる。間違い無く、たった1つの、な。」
「たった1つ…ねぇ。
それ、褒めてる訳?貶してる訳?」
たった1つの脅威…それは当時の私にとって、皮肉でもあり褒め言葉でもあった。
私に武術の才能があることは、他でも無い父が認めていたことだ。それも他とは段違いの、稀代の天才であるとまで言わしめる程、私の実力は異常なまでに秀でたものだった。…自分で言うもの、何だか恥ずかしい話だが。
だからこそ、その父の言葉をどう受け止めたものか当時の私には分からなかった。それは私が天才であることを認める言葉でもあるし、しかしいくら頑張ってもテレビの奥に映るあの小さな少女を超えることはできないという宣言でもある。
「…でも、父さんはそんなに褒めるけどさぁ…
その子が戦ってるとこ、本当に見たの?」
結局、当時の親への不信感と皮肉をもってさっきの言葉を悪い意味に捉えることにした私は、不機嫌な表情を顕にしたまま父に尋ねる。
…よくよく考えれば、これも当然の疑問だ。だって彼はただの一警察官だった訳だし、そうなると彼女の戦う姿を見られたのは…せいぜい、野次馬達の少し手前程度からのはず。それで無くとも、彼女が外に見えるように姿を表したのはほんの一瞬の出来事だった。それなのに、一体何をもって父は…
「あいつが戦うた例の犯人、実は元海兵隊員だったらしいんや。」
そんな疑問に対する答えの一言目は、いまいち理解しにくい内容だった。
…確かにまぁ、米軍の軍人だとは聞いていた。そしてその彼らの元上官が殺された家族の父で、そこで彼らから何らかの恨みを買って…それが結果あの事件に繋がった、というのが今分かっている犯人達の犯行動機だ。
「へぇ…でもそんなの、不意打ちさえ出来れば何でも無いことでしょ。それにいくら海軍で訓練受けてたって…」
「お前、あんま軍隊っちゅうのを甘くみーひん方がええで。…特に、海軍はな。」
その事実にあくまで軽いノリを崩さない私に対して、まるで真逆な冷たい父の言葉。その言葉には酷く重みがあって…まるで、その海兵隊という存在に対して恐れを成しているかのように。
私とて、別に軍人を舐めてかかっている訳では無い。というのも、私が今まで習ってきた武術はあくまで古武道がメインだったが、より洗練された強さを求めた結果父の我流でその中に織り込まれてきているのが…属に言う、CQCという奴だ。国や軍隊によって色々と種類はあれど、それらは全て実戦を想定したものだ。…それも、刃物や銃などの狂気を持った相手に対して、素手だけで立ち回る為の。
その強さと無駄の無さを見をもって知っている私からしたら、そりゃ軍隊自体は馬鹿にすることはできない。でもそれはあくまで「軍隊」の話であって、その中に所属する人達の話では無い。正直、私からしたって鍛え込まれた大男の1人や2人、不意打ちさえできるなら圧倒できる自身はある。
だから私には分からないのだ、彼が何故…その事実をそこまで重要視するのかを。
「それにそれだけや無い。何せあの家には…」
「…家には?」
「…………」
その事実の一歩手前で言葉を詰まらせた父。それがもどかしくてならなかった私は、父を急かすようにその続きの言葉をを求める。
でも、それは結局叶うことは無くて。でもその代わりに父が放ったのは、こんな一言だった。
「…とにかく、よう覚えとけ。神導寺紅炎ちゅう、あのガキの名前を。」
覚えておけ、か。それにしてはどうにも長ったらしくて難しい漢字の並びだ。まぁ、せいぜい下の名前と顔くらいは覚えておくとするかな。何たって、彼女は…
「私の…唯一のライバルになるから?」
「…そやな。ライバル、やな。」
ライバルという対等に近い言葉にいくらかの不満を残しつつ、しかし父は苦笑いを浮かべて頷く。こういう辺り、やはり私は1人の娘として愛されていたのかもしれない。本当、今更気付いたって遅いことなのにな。
「神導寺紅炎、か。」
何となく、自分の口に出して呟いてみる。
声に出した所で、相変わらず覚えにくそうな名前だ。読み難い訳でも覚え難い漢字がある訳でも無く、ただ長ったらしいというだけの話ではあるが…頭の悪い、特に記憶力に関しては一切の自身が無い私からすれば、十分覚え難い名前に匹敵する。
でも、とりあえずは覚えておこう。覚えておけるよう、努力するとしよう。そうすれば、いつか彼女に会えた時に喧嘩の1つでも吹っかけられるかもしれない。そしたらきっと、近隣を巻き込んでの大騒ぎになるな。最強と最強、それも女同士。それが面白い見世物にならずして、自身の中を走る武人としての血が滾らずして、一体何だと言うのだ。
だから、そんな日がいつかは…
「…覚えとけば、いつか会えるかね。」
無論、その後の私が彼女とのどんな出会いを繰り広げるのか、当時の無知な私には知る由も無かった。…その最悪の出会いから始まる、数々の冒険という名の騒動についても、何も。
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「…所詮、こんなもんか。」
残骸の海の中、私は1人呟く。
あれから数分、奴らからは特に大した抵抗も無いまま順当に戦いは進んだ。そしてそんな簡単な戦場、この私の手にかかれば…この通り、見事に奴らは全滅した。何一つの難題も吹っかけて来ないまま、何一つのゲリライベントも起こさないままに、ただワンパターンに…不気味な程手応えの無いままに、奴らはただ死んでいった。
「はぁ…」
…しかし、これではどうにも虫が悪い。ここまで一方的な暴力、これではまるで私の方が悪者みたいでは無いか。私としてはこの状況、襲い来る恐ろしい怪物の群れを1人のヒーローが一掃したー、みたいな感じで讃えられることにすらなると思っていたのに…
そんな贅沢な虚しさを抱えながら、私は一人元いた場所へと戻る為足を進める。道中、無下に投げ捨ててしまった二丁の銃達をその謎の真紅の地面から拾い上げたりしながら。
「…ちょ、ちょっとあんたー!」
と、そんな私の行き場の無い空虚な気持ちを1つの声が制する。
…そっか、そういえば私1人じゃ無かったんだっけか。現にこうして道の奥…無理矢理停められたあの装甲車の前まで戻ろうとしているのも、無意識ながらそれが原因だった。
…となると、この場合私が最初にどのように声をかけられるのかは…もう、既に慣れてしまった私からすれば簡単に予想がつく。
装甲車の銃座から綺麗に飛び降り、その少しばかり気味の悪い液体に足を滑らせそうになりながらも何とか私の元まで駆け寄って来る。…よく考えると彼女、こんな景色を見てよくあんな表情が保てているな。私の今目に映っている彼女の顔は…恐怖とかの負の感情では無くて、間違い無く「驚き」の感情一つであった。そしてその真相を確かめる為なら…こんな穢れた地面を赤い液体を跳ね飛ばしながら走ることすら、厭わないという訳か。
だからそんな彼女からかけられる言葉なんて、きっと…
「…あんたねぇ……!
あんたってのは…本っ当に……っ!
馬っ鹿じゃないの!!」
でもそんな予想は、その瞬間に初めて裏切られることになる。…その、鮮烈な頬の痛みと乾いた音と共に。
「…へ……?あの、えっと…」
「だーかーら!あんたは馬鹿かって言ってるの!!いくら何でも、この状況でそんな行動とるかな普通ー!?」
その時、私は動揺していた。多分、人生最大級に。頭が真っ白になって、何が何だか分からなくなって…そんな私にできたことと言えば、十も年は離れていないであろう若い大人からの、永遠にも思える程の痛烈な説教をただポカンと聞いているだけであった。
こんな感覚…あの時以来だ。あの時も私は、ちょっとした思い上がりで英雄を気取ろうとして人助けをしたつもりで、でもそれ以外は何も見えていなくて…もし、これがあの時と同じだと言うのなら彼女は…
「…いい!あんたがどんだけ強いかは知ったこっちゃ無いけどねぇ…
大人を心配させるなんざ、ひっぱたかれて当然のことだかんね!」
私のことを、心配してくれたというのか。あの景色を…私が戦う、あの場面を見ても尚、驚きよりも恐怖よりも先にそんな感情が出てくるなんて…彼女は、一体…
「あなた、一体…」
「…あたしはねぇ、普通の大人よ。ちょっと下手なことじゃ動揺しないってだけの、至って常識的な1人の大人なの!」
その答えを、彼女は胸を張って堂々と宣言する。しかしその顔に自慢げな感情は無く…未だ、私に対する怒りと心配の2つの思いしかその表情には映ってはいなかった。
普通の、大人か…思えばこうして怒られるのも随分と久しぶりだ。私の場合、無茶をやってもたいてい常識外れ過ぎて怒られるより先に心配されたり、最悪の場合引かれたりするのが普通なのに。それで無くとも、普段からそうしたことが無いように気を配って行動してはいるのだが…何せ状況が状況だ、私の心配りが及ばなかったもの仕方ないか。
「一応聞いておくけど…怪我、してないわよね?」
そんな優しい思い遣りの言葉とは程遠い荒々しい手付きと表情で、私の体をその両手でバンバンと叩く。…これ、本当に怪我の確認なのか?
「…あの、ちょ、やめ…」
「……よし、とりあえず怪我はしてないわね、よかった…」
その行為と彼女の心境に未だ動揺を抑え切れないままの私。そんな私を無視して、彼女のあまりにも荒っぽい怪我の確認は終了。そしてそのまま、流れるように今度は…服の中から手頃な大きさのハンカチを取り出し、体に纏わりついたその返り血を丁寧に拭き始める。全く、優しいのか厳しいのか…どっちなんだ、彼女は?
そんな優しい手付きの中でも、未だ怒りを引っ込めてくれない彼女。そんな彼女が軽く付着した返り血を拭き終えると…その荒っぽい態度を止めないままに、着ていた迷彩柄の上着を脱ぎ捨て…私に向かって突き付ける。そしてそれを受け取ったかと思った刹那…いきなりこちらの顔を覗き込むように顔を近づけてきて、私も思わず変な声を出しながら後ろにのげぞってしまう。そしてその体制のまま、
「…だから、いい!?
私が今から言うこと、これからはしっかり守ること!守らないとしても、最悪心には留めておくこと!」
「…は、はいぃ!」
叫ぶ彼女と、それを受ける私。これではまるで…さながら小学校の職員室のような光景ではないか。
黒色の三つ編みが微かに風で揺れて、その顔が改めて私の前で顕になる。…こうして見ると、結構幼い顔をしているな、彼女。くりっとした大きな茶色の瞳も相まって、その顔は…なるほど中々に可愛いではないか。眉間に微かにシワが寄ってはいるが…元の顔がそんなだからだろうか。その表情からはどうも、怒られているという実感が湧かない。
ジロジロと舐め回すような目の動きをようやく止め、少しだけ私から顔を離す。と、今度は私の前に人差し指をぴんと立てて、それを私の鼻の上に。そんな一連の行動に驚きが隠せないままの私に、彼女は話し始めた。
「1つ!
私を含め、周りを心配させるような行動はするな!いくらあんたにとってそれがどんな簡単なことでも重要なことでも、それは絶対!大事な人なら尚更!」
心配…その言葉に対し、私は口を噤みながら気まずそうに彼女からのお叱りを引き続き受ける。どこか目を泳がせながら、少し頬を赤らめながら。…それこそ、まるで先生から説教されてる子供みたいに。
「心配…ですか。」
「そ、心配!心配だよ!
だってもし、自分が誰かを守る為に無理しちゃったとするでしょ?それで自分ではその子を守れてるつもりだったのに、実は助けた子はそのことをすごーく心配してくれたりして、下手すると周りまでそんな風になって…」
私の鼻から指を離して、そのままその人差し指をゆらゆらと宙を泳がせながら淡々と彼女は続ける。ビルの谷間から差し込む、その眩しい光を指先に受けながら。
そしてその指が止まったと思うと、今度は真面目な顔をして私に言う。
「あんたには分からないのかもだけど…それって、辛いことなのよ?」
そう、か…そうだよな。私だって、別に周りに心配かけたくてあれこれ厄介事を引き受けている訳では無い。あくまでそれは自分の為…自分がやりたいと思ったことをやり、守りたいと思ったものを守る。でもそれで、もし無駄に周りから心配されて、挙句知らない所で大事な人を傷付けてしまったとしたら…それこそ、本末転倒ではないか。
…しかしなるほど、天然っぽい見た目と口調の割に結構筋の通ったことを言うものだ。あの見た目で自身を大人だと言い切っていた時はもはや背伸びをしている子供のようにすら見えたが…なるほど、こんな立派な説教が子供に向けてできるなら、大人だというのも頷けるかもしれない。
「…それからもう1つ!」
そんな意外にも真面目な説教を垂らしていた彼女が、再び私の前に顔を寄せる。…しかし、今度はもう驚かない。最初こそ変な人だと思っていたが…なるほど、彼女という人がどういう人物なのか、少し分かってきた気がする。
「これも結構大事な内容だから、しっかり覚えておくように!」
「…は、はい!しっかり覚えます!」
そんな彼女のテンションに押されて、私の応答にも思わず力が入る。こんなの、柄じゃ無いのだけれど…こういうのも、意外に悪くないものだ。
「さっき心配かけるなって言ったけど…
もしも自分にとって凄い大事なことがあって、それでいてよーく考えた上でのことであるなら…」
「…あるなら?」
立てられた2つ目の指先に瞳を奪われながら、その揺らめく二本の指に合わせて私は頭を傾げる。言葉に疑問の感情を浮かべ、その体制を維持したまま…私はただ彼女が放つ次の言葉を、ただじっと待っていた。
…ここまで私の心を揺さぶってくるなんて、彼女は本当に何者なのだろうか?
こんなに心に響く説教を受けたのは初めてだ。それも恐らく、私とは十どころか五も離れていなさそうな見た目の女性に、母よりも学校の教師よりも、これまで叱られてきたその誰よりも心に響く説教をされるなんて…全く、人生というのは分からないものだ。…こんな状況なら、尚更。
人生は、予想外で満ちている。だから怖い、辛い、でも面白い。未知という存在ほど、人の心を突き動かすものは無いのだ。新しいことを経験して、学んで、理解して…そんな一連の流れを、人はどうしようも無く「楽しい」と思ってしまうのだ。
でもそれは、いつでも楽しい訳では無い。心を動かす…そんな未知という存在は時に、人を闇へと陥れる凶器にもなり得る。世の中全てが楽しい訳では無いし…辛くて、苦しくて、痛くて、その果てに所詮世の中なんてこんなもんかと、諦めてしまう人だって大勢いる。
だけど、それは違うと私は思う。
こんなたかだか十六年強しか生きていない若輩者が何を言うかと思うかもしれないが、それでも私には、1つの揺るがぬ信念があった。
「人生なんて、所詮は楽しんだ者勝ちだ。」
こんなこと、常に本気で信じられたのなら誰だって苦労はしないだろうけれど…それでも私は、このたった1つの言葉を信じてここまで生きてきた。
だから、どんな時でも面白いと思える生き方をしたい。逆境に笑い、ピンチをチャンスに変えて…そしてその先の未来で「あぁ、そんなこともあったっけな」なんて、その決死の冒険談の数々を茶飲み話ついでに笑い飛ばしてみたい。…その先で出会った、共に笑い合えるような素敵な仲間達と一緒に。
だから、これから言われることも一応心には留めておく。…そういえば、最初から何も強制はされて無かったんだっけか。
でも、私の信念は曲げない。そりゃ、他人に心配かけるのは辛いことだし、時には私の信念とも一致する時が来るには来るだろうけれど…でも、それでもだ。
だから私は、これから放たれるであろう説教についても人生の楽しみという糧としてきちんと受け止めるつもりだ。それを今後に活かすにしろ活かさないにしろ…私が楽しくないことなんて、他でも無い私自身が許さない。
でもまぁ、彼女のことだ。これから言うことだってきっと筋が通っていて、それでいて馬鹿らしくて…きっと、笑える話なのだろう。付き合いの長さこそほんの数時間限りだけれど…多分、それは紛れもない事実だと思う。
だから私は、頬を緩めた。
そんな私に気付いてか、彼女もまた口角を上げてニッと笑う。そして言うんだ、楽しい、それはそれは楽しい、説教を…
「「だから…」」
でも、それは、
「…楽しいお話はそこまでですよ、お二方。」
聞き覚えの無いその声によって、無惨に遮られるのだった。